★ STAR TIMELINE

やまざき たかし

山崎 貴

特撮に憧れて白組に入り、監督・脚本・VFXを兼ねて『ALWAYS 三丁目の夕日』『ゴジラ-1.0』を撮った映画監督。邦画として初めて米アカデミー賞の視覚効果賞を受けた。

昭和39年生まれ ・ 長野県松本市出身 ・ 1964– ・ 満62歳

職業映画監督・脚本家・VFX制作者 / 所属白組 / 学歴長野県松本県ヶ丘高等学校、阿佐ヶ谷美術専門学校卒業 / 主な受賞米アカデミー賞 視覚効果賞(2024)

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近況
2026(令和8)満62歳

『ゴジラ-0.0』を世界初上映、11月3日に公開

第64回ニューヨーク映画祭のスポットライト・ガラ部門で『ゴジラ-0.0』が世界初上映され、ゴジラシリーズとして初めての選出となった。上映後にはスタンディングオベーションが起き、質疑ではキングギドラの登場が明かされた。日本では2026年11月3日、北米で11月6日に公開され、同じ週に欧州・アジアなどでもほぼ同時に公開される。日本で作られたゴジラが日米同時期に公開されるのは初めて。

1964(昭和39) 長野県松本市に生まれる1978(昭和53) 『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』に衝撃を受ける1979(昭和54) 中学3年の夏、8ミリ映画『GLORY』を撮る1986(昭和61) 映像制作会社の白組に入社白組入社1989(平成元) 『マルサの女2』『スウィートホーム』でSFXを担当1993(平成5) 『大病人』でデジタル合成を担当1995(平成7) 佐藤嗣麻子監督『エコエコアザラク』のVFXを担当1997(平成9) 『パラサイト・イヴ』でデジタル合成を担当2000(平成12) 『ジュブナイル』で監督デビュー監督デビュー2002(平成14) 監督第2作『リターナー』を公開2005(平成17) 『ALWAYS 三丁目の夕日』を公開ALWAYS2007(平成19) 『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を公開2009(平成21) 『BALLAD 名もなき恋のうた』を公開2010(平成22) 『SPACE BATTLESHIP ヤマト』を公開2012(平成24) 『ALWAYS 三丁目の夕日'64』を公開2012(平成24) 佐藤嗣麻子と結婚2013(平成25) 『永遠の0』を公開永遠の02014(平成26) 3DCGアニメ『STAND BY ME ドラえもん』を公開2016(平成28) 『海賊とよばれた男』を公開2017(平成29) 東京2020の開閉会式の企画チームに選ばれる2019(令和元) 『アルキメデスの大戦』など3本を公開2022(令和4) 新作ゴジラの監督・脚本・VFXを務めると発表される2023(令和5) 『ゴジラ-1.0』を公開2024(令和6) 第96回アカデミー賞で視覚効果賞アカデミー賞2024(令和6) 新作ゴジラとハリウッドでの監督作が発表される2025(令和7) 視覚効果協会のVESビジョナリー賞を受ける2026(令和8) ラスベガスの「CinemaCon 2026」に登壇2026(令和8) 『ゴジラ-0.0』を世界初上映、11月3日に公開昭和平成令和
誕生 1964現在
長野県松本市に生まれ、中学生のときに『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』に衝撃を受けて特撮の仕事を志した。1986年に映像制作会社の白組に入り、伊丹十三監督の作品などで合成を手がけるうち、自分の好きな映像を撮るには自分で企画を通して監督するしかないと考え、2000年の『ジュブナイル』で監督デビューする。昭和の東京をVFXで再現した『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞の最優秀監督賞を受け、2014年には『永遠の0』と『STAND BY ME ドラえもん』で邦画興行収入の1位と2位を占めた。監督・脚本・VFXを務めた『ゴジラ-1.0』は、2024年に邦画で初めて米アカデミー賞の視覚効果賞を受賞。続編の『ゴジラ-0.0』と、ハリウッドでの初監督作が控えている。

同世代2005年、同い年の阿部 寛は、ドラマ『ドラゴン桜』で主演・桜木建二役、映画『姑獲鳥の夏』にも出演 →

作品『ゴジラ-1.0』は、ほか2人の年表にも出てくる →

つながり山崎 貴のつながりを図で見る →

歩み

松本で見た『未知との遭遇』

昭和39〜

昭和
1964昭和396月12日
満0歳

長野県松本市に生まれる

長野県松本市に生まれる。松本市立清水中学校から長野県松本県ヶ丘高等学校へ進み、高校を卒業するまで松本で過ごした。

1978昭和53
満13歳原点

『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』に衝撃を受ける

中学生のとき、日本で公開された『スター・ウォーズ』と、スティーヴン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』に衝撃を受け、特撮の仕事を志す。映画監督ではなく「こういう映像を作りたい」と考え、中学の卒業文集には“特撮監督になりたい”と書いた。

本人今まで見たこともなかった世界が目の前に現れ、“これだ!”と思ったんです。 出典

1979昭和54
満15歳

中学3年の夏、8ミリ映画『GLORY』を撮る

同級生ら約10人と、8ミリフィルムのSF映画『GLORY(グローリー)』を撮る。フィルム代はスーパーマーケットの棚卸しのアルバイトで稼ぎ、文化祭で視聴覚室を借りて上映した。

白組の合成から監督の椅子へ

昭和61〜

1986昭和61
満21歳入社

映像制作会社の白組に入社

阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業し、白組に入社してCMや映画のミニチュア製作を担当する。白組でアルバイトをしていた同じ学校の佐藤嗣麻子が、人手が足りないと言われて学校の人に声をかけ、その中に山崎がいた。入社した頃には、すでに映画で特撮を使う時代は終わっていたという。

平成 1989
1989平成元
満24歳

『マルサの女2』『スウィートホーム』でSFXを担当

1988年の伊丹十三監督『マルサの女2』に続き、1989年の『スウィートホーム』でもSFXを担当する。伊丹作品には以後も多く関わった。20代の駆け出しだった山崎にも伊丹は分け隔てなく接したが、仕事の出来には納得するまで首を縦に振らなかったと振り返っている。

1993平成5
満28歳

『大病人』でデジタル合成を担当

伊丹十三監督の『大病人』でデジタル合成を担当する。同じ1993年にはゲーム『スターフォックス』のマペットも制作した。

本人伊丹さんはVFXをすごく楽しんでくれ、僕らとも対等に話をしてくれた。伊丹さんによる演出や、監督としての立ち居振る舞いなどをそばで見ることができたことは、今思えばとても貴重な経験でした 出典

1995平成7
満30歳

佐藤嗣麻子監督『エコエコアザラク』のVFXを担当

同じ専門学校の出身で、27歳で先に監督になっていた佐藤嗣麻子の『エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS』でVFXを担当する。渋谷紀世子を加えた3人でMacintoshを使って作り、時間がかかったという。佐藤は、NGを出され続けた山崎が「こんなに辛くて苦労するなら、俺は監督になる!」と言っていたと明かしている。1995年の『静かな生活』でも伊丹作品の合成を手がける。

1997平成9
満32歳

『パラサイト・イヴ』でデジタル合成を担当

1996年の『スーパーの女』に続き、映画『パラサイト・イヴ』でもデジタル合成を担当する。

2000平成127月15日
満36歳監督デビュー

『ジュブナイル』で監督デビュー

自分の好きな映像を撮るため、妖怪を題材にした『鵺/NUE』を企画して通したが、制作費が膨らみ実現しなかった。代わりに実現できる規模で出したSF『ジュブナイル』が、監督・脚本・VFXを務めるデビュー作になる。ROBOTの阿部秀司の尽力で制作費5億円の東宝系夏休み映画に広がり、香取慎吾も出演。興行収入は11億円だった。

本人自分で企画を通して、自分で監督するしかないと気づいた。 出典

2002平成148月31日
満38歳

監督第2作『リターナー』を公開

金城武と鈴木杏が主演したSFアクション。『ジュブナイル』に続き、監督・脚本・VFXを担う。

『ALWAYS』で描いた昭和の東京

平成17〜

2005平成1711月5日
満41歳ブレイク

『ALWAYS 三丁目の夕日』を公開

西岸良平の漫画を原作に、昭和33年の東京の下町を描く監督第3作。SFに親しんできた山崎は昭和を撮るイメージが湧かず、オファーから逃げていたが、プロデューサーの阿部秀司に「お前にとっての『タイタニック』を作れ!」と背中を押された。吉岡秀隆主演で公開されると週末興行成績で首位に初登場し、興行収入は32.3億円。翌2006年の第29回日本アカデミー賞では13部門中12部門で最優秀賞を得て、山崎も最優秀監督賞と、古沢良太と共同の最優秀脚本賞を受けた。続編は2作つくられた。

本人映画館をタイムマシンにして、お客さんをどんな時代にも連れて行くことができるという大きな発見がありました。 出典

出典serai.jpbijutsutecho.com
ja.wikipedia.org×2
2007平成1911月3日
満43歳

『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を公開

前作の続編で、興行収入は45.6億円。冒頭には1954年の『ゴジラ』のゴジラをフルCGで登場させた。ほんの数分の場面だったが、身も心もへとへとになったと後に語っている。

2009平成21
満45歳

『BALLAD 名もなき恋のうた』を公開

9月、草彅剛と新垣結衣が主演した『BALLAD 名もなき恋のうた』を公開する。

出典eiga.com
2010平成2212月1日
満46歳

『SPACE BATTLESHIP ヤマト』を公開

テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』を実写映画にした作品で、脚本は佐藤嗣麻子。興行収入は41億円を記録する。

2012平成241月21日
満47歳

『ALWAYS 三丁目の夕日'64』を公開

昭和39年を舞台にしたシリーズ第3作で、シリーズで初めて3Dで製作され、興行収入は34.4億円。この作品と、2011年12月に公開した八木竜一との共同監督の3DCGアニメ『friends もののけ島のナキ』は、翌2013年に第1回が開かれたVFX-JAPANアワードでそれぞれ受賞した。

2012平成244月
満47歳私生活

佐藤嗣麻子と結婚

専門学校時代からの仲間で、白組に入るきっかけをつくった映画監督の佐藤嗣麻子と結婚する。

『永遠の0』、そしてアニメと漫画原作へ

平成25〜

2013平成2512月21日
満49歳ヒット

『永遠の0』を公開

百田尚樹の小説を岡田准一主演で映画化し、林民夫と共同で脚本も書く。8週連続で興行成績1位となり、興行収入87億6000万円で2014年の邦画興行収入1位を記録した。2015年の第38回日本アカデミー賞では最優秀作品賞を受け、山崎は自身2度目の最優秀監督賞を受賞する。

2014平成268月8日
満50歳

3DCGアニメ『STAND BY ME ドラえもん』を公開

八木竜一と共同で監督し、脚本を書く。国内の興行収入は83億8000万円で『永遠の0』に次ぐ2014年の邦画2位となり、2作で計171億4000万円を挙げた。第38回日本アカデミー賞では最優秀アニメーション作品賞を受ける。2020年11月には続編『STAND BY ME ドラえもん 2』も公開した。同じ2014年の11月29日には、岩明均の漫画を染谷将太主演で映画化した『寄生獣』を公開し、2015年4月25日に後編『寄生獣 完結編』を続けた。原作のファンで、映画化を熱望していた。

2016平成2812月10日
満52歳

『海賊とよばれた男』を公開

『永遠の0』と同じく百田尚樹の小説を、再び岡田准一の主演で映画化した。制作中のCGは、一般的な週1回程度ではなく日に5〜6回確認していると当時語っている。

2017平成2912月
満53歳

東京2020の開閉会式の企画チームに選ばれる

開会式・閉会式の4式典総合プランニングチームに、川村元気、野村萬斎らとともに選ばれる。2017年12月9日には堺雅人主演の『DESTINY 鎌倉ものがたり』を公開している。のちに、大会の1年延期に伴うチーム解散で退任した。

令和 2019
2019令和元7月26日
満55歳

『アルキメデスの大戦』など3本を公開

戦艦大和を描く『アルキメデスの大戦』を公開。8月2日には総監督・脚本を務めた『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を公開し、同じ年には監督・脚本を務めた『ルパン三世 THE FIRST』も公開した。

2022令和411月3日
満58歳

新作ゴジラの監督・脚本・VFXを務めると発表される

この年の8月、中学時代に撮った『GLORY』のフィルムが40年以上の行方不明を経て松本の市民団体に発見され、本人や同級生を招いた上映会も開かれた。11月には新作ゴジラの監督・脚本・VFXを務めると発表された。ゴジラ好きを公言してきたが、話を受けた時は迷ったという。

ゴジラで立った世界の舞台

令和5〜

2023令和511月3日
満59歳代表作

『ゴジラ-1.0』を公開

戦後間もない日本を舞台にした怪獣映画で、監督・脚本・VFXを務め、脚本だけで3年・29稿を重ねた。『アルキメデスの大戦』では海の場面をどう見せるかが課題だったが、手応えを得て、その技術を応用すればゴジラの海からの登場場面も迫力ある映像にできると考えていた。製作費は10〜15億円と報じられた。国内の興行収入は76.5億円。12月1日に北米で公開されると5日までに1436万ドルに達し、実写の日本映画として全米の歴代1位になった。

本人長い間破られなかった記録を、ほかならぬゴジラが飛び越えてくれたことがうれしい。 出典

2024令和63月10日
満59歳受賞

第96回アカデミー賞で視覚効果賞

2日前の第47回日本アカデミー賞で『ゴジラ-1.0』は最優秀作品賞など最多の8冠を得て、山崎も最優秀脚本賞を受けていた。続く米アカデミー賞では、渋谷紀世子、高橋正紀、野島達司とともに視覚効果賞を受ける。邦画・アジア映画で初めての受賞で、監督が視覚効果賞を受けたのは『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリック以来55年ぶり2人目。その後、米大手エージェンシーのCAAと契約したと報じられ、7月には文化庁長官表彰(国際芸術部門)を受けた。

本人40年以上前、『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』を観たショックからキャリアをスタートさせた私にとって、この場所は望むことすら想像しなかった場所でした。 出典

出典press.moviewalker.jpnippon.com
ja.wikipedia.org×2

Wikipedia の出典

山崎貴ゴジラ-1.0
2024令和611月
満60歳

新作ゴジラとハリウッドでの監督作が発表される

11月1日、ゴジラシリーズの新作でも監督・脚本・VFXを務めると発表される。同じ月には、ハリウッドデビュー作となる『グランドギア』の脚本・監督を手がけると報じられた。J・J・エイブラムス率いるバッド・ロボットとソニー・ピクチャーズが製作する。

2025令和72月11日
満60歳

視覚効果協会のVESビジョナリー賞を受ける

ビバリー・ヒルトン・ホテルで開かれた第23回VESアワードで授与された。視覚効果を一貫して活用し、革新的な作品で想像力を育んだ個人に贈られる賞。2025年11月3日の「ゴジラ・フェス2025」では、新作のタイトルが『ゴジラ-0.0』(ゴジラ マイナスゼロ)と発表された。

2026令和84月
満61歳

ラスベガスの「CinemaCon 2026」に登壇

2026年4月13日、ソニー・ピクチャーズが『グランドギア』の公開日を2028年2月18日と発表。翌14日には山崎がメインステージに立ち、『ゴジラ-0.0』が前作の先の世界と敷島家の運命を描くこと、邦画で初めて「Filmed For IMAX」の基準を満たして作られたことを発表する。邦画の実写作品がメインステージで紹介されるのは異例だった。

2026令和8
満62歳近況

『ゴジラ-0.0』を世界初上映、11月3日に公開

第64回ニューヨーク映画祭のスポットライト・ガラ部門で『ゴジラ-0.0』が世界初上映され、ゴジラシリーズとして初めての選出となった。上映後にはスタンディングオベーションが起き、質疑ではキングギドラの登場が明かされた。日本では2026年11月3日、北米で11月6日に公開され、同じ週に欧州・アジアなどでもほぼ同時に公開される。日本で作られたゴジラが日米同時期に公開されるのは初めて。

本人約55年かけて、幼少期から思い描いていたキングギドラを登場させることができました 出典

主な監督作品

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