「タレント」の年表一覧

20人の経歴をまとめています。

「タレント」に分類される人物の年表をまとめています。現在20人を掲載中です。

Y YOU ゆう ・ 1964 – 『ダウンタウンのごっつええ感じ』からバラエティへ。『誰も知らない』の母親役で日本アカデミー賞の優秀助演女優賞を受け、いまも『ねほりんぱほりん』でぱほりんの声を務める。 → 桐 桐谷 広人 きりたに ひろと ・ 1949 – 現役を引退した将棋棋士で、個人投資家。研究派の棋士として「コンピューター桐谷」の異名をとった。リーマン・ショックで資産を5000万円まで減らしたのち優待株に切り替え、いまもXで保有株と優待品について発信する。 → 朝 朝日 奈央 あさひ なお ・ 1994 – アイドリング!!!の15号から、卒業後に『ゴッドタン』の代打アシスタントへ。2020年にはバラエティー出演回数の女性部門で1位になり、いまも『ゴッドタン』『ひるおび!』などに出演を続ける。 → せ せいや せいや ・ 1992 – 霜降り明星で史上最年少のM-1王者に。高校の文化祭では、自作のコントを演じていた。 → 指 指原 莉乃 さしはら りの ・ 1992 – AKB48の研究生から選抜総選挙で4度の1位へ。卒業後はMCと、=LOVEら3組のプロデュースを担う。 → 東 東野 幸治 ひがしの こうじ ・ 1967 – 心斎橋筋2丁目劇場のオーディションからダウンタウンの傍らで育ち、『行列』『ワイドナショー』の司会を担った吉本の芸人。 → 深 深澤 辰哉 ふかざわ たつや ・ 1992 – 母が応募したオーディションから15年のJr.時代を経て、27歳でSnow Manとしてデビュー。グループのMCを担い、情報番組のコメンテーターから俳優へ歩みを広げる最年長メンバー。 → 愛 芦田 愛菜 あしだ まな ・ 2004 – 5歳で『Mother』に出演し、6歳で『マルモのおきて』に主演した。慶應義塾大学に進み、『はたらく細胞』で日本アカデミー賞の優秀助演女優賞を受け、2026年は大みそかの紅白で初めて司会を務めることが決まった。 → ヒ ヒカキン ひかきん ・ 1989 – 趣味のビートボックス動画から身を起こし、日本のYouTube文化を切り拓いてきた第一人者。 → 田 田中 みな実 たなか みなみ ・ 1986 – 「ぶりっ子キャラ」のTBSアナウンサーが、フリー転身と写真集60万部を経て女優としても出演を重ね、いまも局アナ時代の2012年に始まったラジオ『田中みな実 あったかタイム』を続ける。 → 篠 篠原 ともえ しのはら ともえ ・ 1979 – 原色のシノラーファッションで一大ブームを巻き起こし、国際的な広告賞に輝くデザイナーへと転身した。 → M MEGUMI めぐみ ・ 1981 – Netflixと契約するプロデューサー。歌手を夢見た少女で、グラビアと女優業を経てきた。 → 要 要 潤 かなめ じゅん ・ 1981 – 香川の陸上少年が『仮面ライダーアギト』の氷川誠役で俳優デビューし、2026年には大河ドラマで明智光秀を演じている。 → 梅 梅沢 富美男 うめざわ とみお ・ 1950 – 1歳7か月で初舞台を踏んだ旅一座の子が、女形「下町の玉三郎」、『夢芝居』の紅白出場、『プレバト!!』の特別永世名人を経て、いまも梅沢富美男劇団の座長として舞台に立つ。 → 爆 爆笑問題 ばくしょうもんだい ・ 1988 – 日本大学芸術学部で出会った太田光と田中裕二が1988年に結成した漫才コンビ。太田プロダクションからの独立で仕事を失い、事務所「タイタン」から再起して、時事ネタの漫才を隔月の新ネタライブで30年かけ続けている。 → 向 向井地 美音 むかいち みおん ・ 1998 – 『アンフェア』の子役から、ファンとしてAKB48に入り、『AKB48グループ センター試験』1位を経て、歴代最長の4年11か月を務めた3代目総監督。 → ロ ローラ ろーら ・ 1990 – 母の故郷・新潟で米を育てる。「オッケー」の口癖で人気者になったモデルで、ハリウッド映画にも出演した。 → 徳 徳光 和夫 とくみつ かずお ・ 1941 – 85歳でもラジオの生放送に立ち続けている。長嶋茂雄に憧れて日本テレビに入り、『ズームイン!!朝!』の初代総合司会を務め、『24時間テレビ』には皆勤した。 → タ タモリ たもり ・ 1945 – 赤塚不二夫の家に居候しながら密室芸でテレビに出始め、『笑っていいとも!』の司会を31年半務めた。2026年10月には、2代目の司会者として『ミュージックステーション』の放送40周年を迎えた。 → 有 有吉 弘行 ありよし ひろいき ・ 1974 – 『電波少年』のヒッチハイクで猿岩石として売れ、仕事が途絶えた時期を経て、あだ名と毒舌でテレビに戻った。『NHK紅白歌合戦』の司会を3年続け、いまも各局に冠番組を持つ。 →