★ STAR TIMELINE

ありよし ひろいき

有吉 弘行

一発屋から毒舌で這い上がり、国民的司会者となった芸人。

昭和49年 広島生まれ ・ 1974–

所属太田プロダクション ・ 活動開始1995年

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近況
2026(令和8)

第二子誕生、母の死去を経て育児優先の日々へ

2023年から3年連続で紅白歌合戦の司会を務めるなど活躍を続ける中、2月に第二子の誕生を報告。3月には『有吉の深掘り大調査』『有吉ジャポンII ジロジロ有吉』の2つのレギュラー番組が終了し、空いた時間に仕事を入れず育児を優先させてもらえるよう事務所に頼んだことを明かした。5月には実母(83歳)の死去をラジオで報告し、「大往生だったかな」と胸中を語った。

1974(昭和49) 広島県安芸郡熊野町に生まれる1993(平成5) 高校在学中、オール巨人に弟子入り1993(平成5) 兄弟弟子との喧嘩で謹慎1994(平成6) 同級生と「猿岩石」を結成し上京1995(平成7) 太田プロダクションに所属しデビュー1996(平成8) 『電波少年』ヒッチハイク企画で社会現象に電波少年1996(平成8) 「白い雲のように」がミリオンセラー1996(平成8) 師匠オール巨人と再会し、正式に破門される1997(平成9) ブームが去り、長い低迷期へ2004(平成16) 「猿岩石」解散、ピンとして再出発2007(平成19) 『アメトーーク!』“おしゃクソ事変”2008(平成20) 「おしゃべりクソ野郎」が流行語に2012(平成24) 広島県観光大使に就任2013(平成25) 「有吉反省会」レギュラー化、司会業へシフト司会者へ2013(平成25) 『IPPONグランプリ』初優勝2019(令和1) 主要全局に冠番組を持つ2020(令和2) 「有吉の壁」がレギュラー放送開始2021(令和3) 夏目三久さんと結婚結婚2022(令和4) 紅白歌合戦に初出演、「白い雲のように」を歌う2023(令和5) NHK紅白歌合戦の司会に2024(令和6) 第一子の誕生を発表2026(令和8) 第二子誕生、母の死去を経て育児優先の日々へ昭和平成令和
誕生 1974現在
猿岩石として一夜にして時代の寵児となりながら、ブームの終焉とともに長い低迷を味わった。だが「毒舌」という新たな武器で再び表舞台へと這い上がり、いまや各局に冠番組を持つ国民的司会者となった。浮き沈みの激しいその歩みは、多くの人に再起の希望を与えている。

歩み

生い立ちと修行時代

昭和49〜

昭和
1974昭和495月
満0歳

広島県安芸郡熊野町に生まれる

のちの毒舌芸とは裏腹に、地元の高校(広島県立熊野高校)に通うごく普通の少年だった。

平成 1989
1993平成53月
満18歳

高校在学中、オール巨人に弟子入り

『EXテレビ』の企画「公開弟子審査会」(審査員は上岡龍太郎・島田紳助・オール巨人・西川のりお)に合格し、お笑いの世界へ足を踏み入れる。同時期にNSC(吉本総合芸能学院)も受験していたが、合否発表前に巨人のテレビ企画への参加が決まったため入学はしなかった。

1993平成5
満19歳

兄弟弟子との喧嘩で謹慎

弟子入りからわずか8か月、トラブルを起こし師匠から謹慎を命じられる。順風満帆とはいかなかった。

猿岩石 ―― 大ブレイクと転落

平成6〜

1994平成6
満20歳

同級生と「猿岩石」を結成し上京

地元の同級生・森脇和成を誘いコンビを結成。謹慎中のまま無断で師匠のもとを離れ、勝負をかけて上京する。上京当初は下北沢に住み、飲食店でアルバイトをしながら下積みを続けた。

1995平成7
満21歳

太田プロダクションに所属しデビュー

新人オーディションに合格。プロの芸人としての一歩を踏み出す。

1996平成8
満22歳ブレイク

— 『電波少年』ヒッチハイク企画で社会現象に

ユーラシア大陸横断のヒッチハイク企画が爆発的な話題を呼び、一夜にして国民的な知名度を得る。

世間ヒッチハイクの行方が茶の間の話題となった。

1996平成812月
満22歳

「白い雲のように」がミリオンセラー

お笑い芸人としては異例の大ヒットを記録。歌手としても時代を席巻した。

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1996平成8
満22歳

師匠オール巨人と再会し、正式に破門される

ヒッチハイク企画の話題で有吉の活動継続を知った師匠オール巨人と、旅企画終了後の『オールスター感謝祭』の現場で再会。土下座して謝罪すると、師匠から「これで正式に破門や。お前も辛かったんやろ」と告げられ、1993年の謹慎以来曖昧だった師弟関係にひとつの区切りがつく。

1997平成9
満23歳

ブームが去り、長い低迷期へ

熱狂は急速に冷め、仕事は激減。笹塚や豪徳寺で困窮した暮らしを送る。

2004平成16
満30歳

「猿岩石」解散、ピンとして再出発

コンビを解消し、一人の芸人として再び下積みからやり直すことになる。

本人豪徳寺での記憶がすっぽり無く、最も苦しかった時期に住んでいた家も記録が無く探せなかったという。

毒舌で再び表舞台へ

平成19〜

2007平成198月
満33歳再ブレイク

— 『アメトーーク!』“おしゃクソ事変”

「一発屋芸人にならないための方法」を指南する企画で、ひな壇の共演者に「世間が持ってるイメージ」をアドリブで伝える中、品川祐に「おしゃべりクソ野郎」というあだ名を命名。スタジオが大爆笑となり、毒舌・イジりキャラとして再び脚光を浴びる。翌2008年3月13日には「アメトーーク! 年間流行語大賞」にこのあだ名が選出された。

本人久々に爆笑という感覚を味わった、と自賛している。

2008平成203月
満33歳

「おしゃべりクソ野郎」が流行語に

番組発の流行語大賞に選ばれ、あだ名芸が彼の代名詞となっていく。

2012平成243月
満37歳

広島県観光大使に就任

故郷からの信頼も厚く、地元の魅力を発信する役割を担う。

国民的司会者へ、そして家庭

平成25〜

2013平成254月
満38歳

「有吉反省会」レギュラー化、司会業へシフト

4月7日に「有吉反省会」がレギュラー放送を開始するなど、この頃からレギュラーが急増し、「あだ名・毒舌芸人」から「MC・司会者」へと評価が移る。

2013平成2511月
満39歳

『IPPONグランプリ』初優勝

第10回『IPPONグランプリ』で初優勝を果たし、大喜利の実力も改めて示した。

令和 2019
2019令和14月
満44歳

主要全局に冠番組を持つ

NHK・日テレ・TBS・フジ・テレ朝・テレ東——すべての局にレギュラー冠番組を抱える稀有な存在に。

2020令和24月
満45歳

「有吉の壁」がレギュラー放送開始

2015年から不定期特番として放送されていたお笑いバラエティが、水曜19時台のレギュラー番組となった。

2021令和34月
満46歳私生活

夏目三久さんと結婚

番組で共演していたフリーアナウンサーとの結婚を発表し、祝福を集めた。

2022令和412月
満48歳

紅白歌合戦に初出演、「白い雲のように」を歌う

猿岩石時代に叶わなかった紅白での歌唱を、26年越しに果たす。

2023令和5
満49歳

NHK紅白歌合戦の司会に

以後3年連続で司会を務め、世代を超えて親しまれる国民的タレントとしての地位を確立する。

2024令和63月
満49歳

第一子の誕生を発表

ラジオ番組で報告した。

2026令和85月
満51歳近況

第二子誕生、母の死去を経て育児優先の日々へ

2023年から3年連続で紅白歌合戦の司会を務めるなど活躍を続ける中、2月に第二子の誕生を報告。3月には『有吉の深掘り大調査』『有吉ジャポンII ジロジロ有吉』の2つのレギュラー番組が終了し、空いた時間に仕事を入れず育児を優先させてもらえるよう事務所に頼んだことを明かした。5月には実母(83歳)の死去をラジオで報告し、「大往生だったかな」と胸中を語った。

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