生い立ちとシノラー現象
昭和54〜
東京都青梅市に生まれる
幼少期は大人しい性格だったが、小学4年でバレエを始めたのを機に明るい性格に変わったという。
ソニーの歌手オーディションに合格
10歳の頃からデザインに興味を持ち、人形の服や小物を自作していた。中学1年で軽音楽部のバンド活動(ギター兼ボーカル)を経験し、中学3年の夏休みにソニーの歌手オーディションに合格。新人開発部に所属し、デビューに向けたボイストレーニングを受け始めた。
東京都立八王子工業高等学校 応用デザイン科に進学
絵を描くことが好きだという思いから進学し、創作活動を始める。部活動では天文部に所属した。
— 石野卓球プロデュースでシングル「チャイム」デビュー
ソニーのラジカセ「Dr.CHANGER」のCM企画を持ち込んだディレクターに見出され、電気グルーヴの石野卓球のプロデュースにより、「篠原ともえ+石野卓球」名義のシングル「チャイム」でデビューを果たした。このデビューが翌1996年の『LOVE LOVE あいしてる』出演を経た「シノラー」ブームの起点となった。
— 「シノラー」ブーム到来、1stアルバム発表
フジテレビ『LOVE LOVE あいしてる』にレギュラー出演し、自ら考案した原色ずくめの衣装「シノラーファッション」が10代女性を中心に大流行。男女・年齢を問わず模倣する「シノラー」が現れる社会現象となった。10月には1stアルバム『スーパーモデル』を発表。同番組で共演した吉田拓郎からは、篠原自身のスタイリングを見て「お前デザイナーになれ」とファッションデザイナーへの夢を後押しされ、その後の歩みの原点となった。
本人90年代のファッションスタイルは自らデザインした私の夢の集まりだったのです。
高校を卒業、戸板女子短期大学被服科へ
同月、石野卓球プロデュースによる最後のシングル「ウルトラリラックス」を発表。卒業後は推薦入試で戸板女子短期大学被服科に進学したが、より専門的な裁縫技術を学ぶため翌1998年に文化女子大学短期大学部服装学科へ一般受験で編入し直した。
連続ドラマ『FiVE』で女優デビュー
同年8月には映画『デボラがライバル』で銀幕デビューを果たし、歌手・タレントに加え女優としての活動も本格化させた。
女優・舞台への転身
平成12〜
ミュージカル『天使からの招待状』で初舞台
作詞・作曲・衣装デザインをすべて自ら手掛けた。同年には在学中の大学でファッションショー「しのコレ〜21世紀に作る21歳の篠原ともえがデザインする21体の服〜」も開催しており、表現者としての幅を音楽・演技・デザインへと広げていった。
文化女子大学短期大学部を卒業
同年公開の映画『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』にも出演した。
— 舞台「ありがとうサボテン先生」で自身初のコスチュームデザイナーに
出演者としてだけでなく、自身初のコスチュームデザイナーとしても参加。これ以降、表現の場を舞台・ミュージカルへと移し、出演と衣装デザインを両立させるスタイルを確立していく。
ミュージカル『長靴下のピッピ』に主演
2006年7月には再演も行われた。同年からはキッズステーション『モンすたージオ』の衣装製作・スタイリングも2008年まで担当した。
友禅ドレスや舞台衣装など、多様な創作を継続
2005年にはNHK-BS hi『熱中時間』で友禅ドレスをデザインしたほか、エコTシャツ企画「しの個10」を開催。2006年にはミュージカル『長靴下のピッピ』の再演(7〜9月)や舞台『JAILBREAKERS』(10月)に出演するなど、女優と創作活動の両輪を続けた。
タレントグッズなど、多方面のデザイン仕事を重ねる
2003年には「リカちゃん人形」の服をデザインしたのに続き、2009年にはホワイトトラッシュチャームズのアクセサリーデザインを手掛けるなど、女優・タレント活動と並行してデザイナーとしての実績を積み重ねていった。
宙ガール、アーティストとしての開花
平成22〜
デビュー15周年記念ライブ「ULTRA RELAX DAY 2010」
LIQUIDROOMで記念ライブを開催。学生時代に取得できなかった色彩検定・カラーコーディネーター検定にも合格した。
青ヶ島で無料ライブと星空観望会を開催
東京都青ヶ島にて無料ライブと本人解説による星空観望会を実施。この縁で東京都青ヶ島村の公式サイトには本人による星空解説がリンクされている。後の「宙(そら)ガール」としての活動の原点となった。
— 松任谷由実のコンサート衣装デザイナーに抜擢
コンサート『POP CLASSICO』の全6着の衣装と、全メンバーのスタイリングを手掛けた。著名アーティストの衣装デザインを任されたことで、デザイナーとしての評価が音楽業界にも広がる転機となった。
小惑星が「Shinohara」と命名される
天文の普及活動を行う「宙ガール」としての活動が認められ、国際天文学連合により小惑星14555番が「14555 Shinohara」として正式に学術名登録された。
デビュー20周年「篠原ともえ&シノラー展」を開催
これまでデザインしたライブ衣装やグッズ150点以上を展示。同年、嵐のコンサート「ARASHI BLAST in Miyagi」から衣装デザインチームにも参加した。
初代青梅市親善大使に就任
出身地・青梅市の公式キャラクター「ゆめうめちゃん」をデザインした。
鳥取県観光PR「星取県」のシンボルマークをデザイン
「星取県スター大使」にも就任。同年には東京都水道局のペットボトル『東京水』の新デザインアドバイザーも務めた。
展示会「rooms EXPERIENCE 37」でデッサンを初公開
幼少期から描き続けてきた約150枚のデッサンを初めて公開した。
結婚とデザイナーへ
令和1〜
— アートディレクターの池澤樹と結婚
空間のアートディレクターを担当した池澤樹と2019年1月に入籍。同年5月4日、日刊スポーツの報道で結婚が明らかになった。同年11月には映画『漫画誕生』(北沢いの役)に出演しており、以後はタレント活動よりデザイン・アート活動に軸足を移していく。
— 夫婦でクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立
以後、夫婦二人三脚でデザイン・アート活動を本格始動させる拠点となった。同年7月には渋谷ヒカリエで自身初のギャラリー個展「SHIKAKU―シカクい生地と絵から生まれた服たち―」を開催し、衣装制作で生じる余り布を活かしたサステナブルな作品を発表した。
本人布を100%使い切ることを目指して、衣装や作品を作ってみようと思いました。
ニューヨークADC賞でメリット賞を受賞
日本タンナーズ協会からのオファーでデザイン・ディレクションした革アクセサリーが、国際的な広告賞「The ADC Annual Awards」のファッションカテゴリーでトラディショナル・アクセサリー、イノベーションの2部門でメリット賞を受賞した。
— ニューヨークADC賞で2冠を達成
デザインを手掛けた革の着物作品「THE LEATHER SCRAP KIMONO」が、第101回ニューヨークADC賞のブランド・コミュニケーション部門でシルバーキューブ(銀賞)、ファッションデザイン部門でブロンズキューブ(銅賞)を受賞。国際的な広告賞での受賞歴を重ね、デザイナーとしての評価を確立した。同年には大阪の新今宮駅前ホテル「OMO7大阪」のスタッフユニフォームのデザイン・製作監修も手掛けている。
ロンドンの展覧会「CUTE」にシノラーファッションが展示
サマセット・ハウスのエンバンクメント・ギャラリーで開催されたポップカルチャー展「CUTE」にて、1990年代に本人がデザイン・着用していたシノラーファッションの衣装やアクセサリーが展観された。
SHISEIDOのポップアップイベントに出席
東京ミッドタウン日比谷で開幕した「SHISEIDO フューチャーソリューション LX はなれ」のお披露目会に来場し、着物の重ね襟をイメージしたスタイリングと、愛知・尾州産の生地を使ってオリジナルデザインした袴風パンツを着用。デザイナー・アーティストとしての活動を続けている。
世間「お綺麗だしデザイナーとしても最高です」といった称賛の声がSNSで相次いだ。