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図書室の少女、17歳の文藝賞
昭和59〜
滋賀県に生まれ、京都市で育つ
金閣寺に近い住宅街で育つ。幼いころから「本読んで」とねだる子どもで、学校の図書室には昼休みによく通った。京都市立衣笠中学校では演劇部に入っている。
高校在学中、『インストール』で文藝賞を受賞
中高生の頃は学校の図書室で太宰治全集を読んで過ごした。17歳で太宰治の作品に引き込まれ、作家になろうと決める。京都市立紫野高校の2年の冬休みに一気に仕上げた初めての小説『インストール』で第38回文藝賞を受ける。高校生活から脱落した少女が小学生に誘われて風俗チャットを体験する話で、選考では4人の審査員に絶賛され、満場一致で決まった。受賞時17歳は堀田あけみ以来20年ぶりの最年少タイ記録として話題になった。本人はこの受賞で、小説を書くなら自分から投げ出すことはしないと決めたという。
本人2001年、17歳の時に『インストール』という作品で文藝賞を頂きました。受賞したときに、社会から必要とされることに感激したんです。 出典
早稲田大学教育学部に入学
国語国文学科に自己推薦で入学する。在学中は千葉俊二のゼミで谷崎潤一郎の女性描写を学び、夜通し小説を書いてそのまま朝の授業に出る生活だった。同じ年、『インストール』が第15回三島由紀夫賞の候補になった。
『蹴りたい背中』と「文壇のアイドル」
平成15〜
『蹴りたい背中』を刊行
周囲に溶け込めない陸上部の高校1年生・初実と、アイドルおたくの同級生・にな川との交流を描く。大学在学中の作で、河出書房新社から刊行され、同年の第25回野間文芸新人賞の候補になった。
『蹴りたい背中』で芥川賞、19歳での受賞は史上最年少
第130回芥川賞を、20歳の金原ひとみ『蛇にピアス』と同時に受ける。それまでの最年少は23歳で、2人そろって記録を塗り替えた。選考では三浦哲郎が書き出しを「不可解な文章」と評したが、ほかの9人の選考委員が支持した。受賞作を載せた月刊『文藝春秋』3月号は118万5000部を記録し、同誌の最多発行部数を更新している。単行本は芥川賞受賞作として28年ぶりのミリオンセラーになり、早稲田の学生のまま「文壇のアイドル」ともてはやされた。
本人授賞式前日に、金原さんの『蛇にピアス』を読んで、すごく感動して泣いてしまったんです。授賞式当日に「面白かった」って伝えたら仲良くなり、今でも対談をすることもあります。 出典
早稲田大学を卒業
在学中はずっと小説を書いていたが、書き上げて編集者に渡してもボツになって戻る原稿が続いた。気づけば就職活動の時期も過ぎていたという。
6年のスランプ、『勝手にふるえてろ』で抜け出す
平成19〜
芥川賞受賞後第1作『夢を与える』を刊行
芥川賞受賞後第1作となる長編で、出すまでにかなり時間がかかった。一つひとつの文章の精度を高めたい気持ちが強くなりすぎ、連続性のある文章が書けなくなっていたという。卒業後は大失恋をきっかけにいったん実家のある京都へ戻り、ホテルや洋服屋などでアルバイトをしながら書いていた。
本人次の作品の帯には、必ず“芥川賞受賞後第1作”とつくはずなのに、いつまでたっても書けへんから、焦りましたね 出典
京都府文化賞奨励賞を受賞
第26回京都府文化賞奨励賞を受ける。同じ年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersの1人に選ばれ、春からは読売新聞の書評委員も務めた。
『勝手にふるえてろ』を刊行
片思いしか経験のない26歳の女性が「現実」の扉を開けていく恋愛小説。それまでは人間関係が複雑に絡み合う壮大な物語を書こうとして、自分の個性を無視していたと本人は振り返る。原稿がボツになり続けた末、一作書き上げようとほとんどヤケクソで書いた原稿が通った。大学3年の頃から続いた書けない時期を、本人はこの本を出した2010年までと区切り、「後からやってきた下積み期間」と振り返っている。2018年の取材では、7年前から年間1本のペースで中長編を書いていると語っている。
本人芥川賞をいただいたことはとてもありがたいと思っていますが、それ以前に小説を練習する時間がほとんど取れていなかったんですね。だから、その時期にあらためて小説を書くための修行をしたんじゃないか、と考えています。 出典
『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞
2011年10月に刊行した『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受け、同賞の最年少受賞者になった。この年には京都市芸術新人賞も受けている。7月には、谷崎潤一郎『春琴抄』を下敷きにした場面を含む『ひらいて』を刊行している。
東京で家庭を持ち、故郷の京都を書く
平成26〜
第1子を出産
それまでは書く前に「助走の時間」があり、爪を磨いたりノートに絵を描いたりして、気分が乗ってから書いていた。子ども中心の生活になってからは、時間があればすぐ書くようになった。
『手のひらの京』を刊行
地元の京都を舞台に、3姉妹を描く長編。長女は図書館員で、実家にいた頃に通った京都の市立図書館をイメージした。京都で見ていいなと思った風景にいる女の人を書きたかったという。第33回織田作之助賞の候補になった。
映画『勝手にふるえてろ』公開、東京国際映画祭で観客賞
大九明子監督、松岡茉優の初主演で映画化される。公開に先立ち、第30回東京国際映画祭のコンペティション部門で一般観客の投票による観客賞を受けた。日本映画の観客賞は2014年の『紙の月』以来3年ぶりで、松岡も若手俳優に贈られる東京ジェムストーン賞を受けている。この年は1月に『私をくいとめて』、12月に短編集『意識のリボン』も出している。
『生のみ生のままで』を刊行
女性同士の恋愛を描いた上下巻の長編。妊娠中に読んだ谷崎潤一郎『卍』が、書くきっかけになった。何年も前から書きたかったテーマだが、どう書けばいいか分からずにいたという。結末については、2人に幸せになれる選択をしてほしいと思いながら書いたと語っている。
本人何年も前から書きたいと思っていたテーマでしたが、自分の中で、どういうふうに書いたらいいのか分かりませんでした。ただ注目されるテーマになったこともあって、今書きたいなというストーリーにやっとたどり着けました。 出典
コロナ禍、北京、25年目の長編
令和2〜
『生のみ生のままで』で島清恋愛文学賞を受賞
第26回島清恋愛文学賞を受ける。この年は『私をくいとめて』も大九明子監督、のん主演で映画化され、第33回東京国際映画祭で観客賞を受けた。大九監督にとっては『勝手にふるえてろ』に続く2度目の観客賞だった。
デビュー20周年作『オーラの発表会』を刊行
デビュー20周年となる作品を出す。9月には、コロナ禍の2020年の1年間をつづった日記『あのころなにしてた?』を刊行した。日記は感染が広がる中で初めて書き始めたもので、その少し前から中国語の勉強も始めていた。
映画『ひらいて』公開
首藤凜の監督、山田杏奈の主演で10月22日に公開。首藤は17歳で原作を読み、「この作品を撮るために映画監督になった」と公言していた。
コロナ禍を描いた『嫌いなら呼ぶなよ』を刊行
コロナ禍のいまを書いた作品集で、承認欲求が強すぎて周りから浮いてしまう女性を描いた『眼帯のミニーマウス』など4編を収める。この頃、宇野千代ら100歳近くまで生きた作家のエッセイを好んで読み、自分も100歳を超えても書きたいと語っている。
『パッキパキ北京』を刊行
主人公の菖蒲が北京で隔離を終え、春節に沸く街で食や買い物を楽しみ尽くす滞在記で、自身の北京滞在が下敷きになっている。菖蒲は魯迅『阿Q正伝』に出てくる「精神勝利法」に出会い、ある境地にたどり着く。人物造形には、本人が好きな「寅さん」をモチーフにした面もある。本人によれば、この本を出してから中国関連の仕事が増えた。
自身最長の長編『激しく煌めく短い命』を刊行
京都の中学校で出会った2人の女性が引き裂かれ、十数年後に東京で再会する物語。2020年8月号から『文學界』に連載した作品で、1300枚の自身最長作になった。通っていた中学校をモデルにし、初めて上京したときの思い出も素材にしている。地元の京都や女性同士の恋愛など、これまで書いてきたものを詰め込んだ集大成と本人は語る。9月には『週刊文春』で新連載を始めた。
文士劇『風と共に去りぬ』でスカーレット・オハラを演じる
日本文藝家協会の創立百周年を記念して復活した文士劇が、紀伊國屋ホールで開幕した。主人公のスカーレット・オハラは4人の作家が場面ごとに演じ分け、綿矢はその1人として舞台に立った。中学生の頃から繰り返し読んできた小説の舞台化だった。
本人今回舞台で主人公スカーレットの役を演じてみて、彼女の気性の激しさに参りました。 出典
朝ドラ『ブラッサム』主題歌の原作小説を書き下ろすと発表
NHKが連続テレビ小説『ブラッサム』の主題歌をYOASOBIが担当し、楽曲の元になる原作小説を綿矢が書くと発表した。朝ドラは作家・宇野千代がモデルで、その生き方や著作を敬愛してきた綿矢は短編『桜(はな)の命は不滅なり』を書き下ろした。主題歌は『咲き誇れ』で、ヒロインの葉野珠は石橋静河が演じる。
本人宇野先生の、年齢を重ねてもなお尽きることのない生命力を、桜の木になぞらえて書きました 出典
作家生活25周年のエッセイ集『ま、さじ加減でしょ。』を刊行
10月5日、集英社から最新エッセイ集を出す。第1章には、『LEE』の巻頭で2022年4月号から2026年3月号まで連載した全39話を収めた。作家生活25周年の節目の一冊になった。