★ STAR TIMELINE

平野 佳寿

ひらの よしひさ

平野 佳寿

京都・鳥羽高から京都産業大学のエースとなり、オリックスで先発から救援へ転向後は最優秀中継ぎ・最多セーブとクローザーに成長。海外FA権でメジャーに挑戦したのち復帰し、日米通算258セーブ・205ホールドという前人未到の記録でオリックス選手として初めて名球会入りを果たした守護神。2026年、42歳で現役引退を発表した。

昭和59年 京都府宇治市生まれ ・ 1984–

所属オリックス・バファローズ(投手兼投手コーチ) ・ 体格186cm/90kg ・ 投打右投右打 ・ 背番号16 ・ 学歴京都産業大学 経営学部

代表作を見る ↓
最新
2026(令和8)

投手兼投手コーチとして最終シーズンを過ごす

9月25日の対ソフトバンク戦(京セラドーム大阪)で引退記者会見と引退セレモニーが行われる予定。日米通算852試合登板・258セーブ・205ホールドという21年間のプロ野球生活を締めくくる。

1984(昭和59) 京都府宇治市に生まれる2001(平成13) 京都府立鳥羽高校で選抜大会に2年連続出場2005(平成17) 京都産業大学でリーグ通算36勝404奪三振の記録を樹立2005(平成17) オリックスにドラフト希望入団枠で入団2006(平成18) プロ初登板、4日後に初先発・初勝利プロデビュー2008(平成20) 右肘の遊離軟骨除去手術でシーズンをほぼ棒に振る2010(平成22) 岡田彰布監督の勧めで先発からリリーフへ転向2011(平成23) 最優秀中継ぎ投手を初受賞、リーグ新記録の43ホールド2014(平成26) クローザーとして最多セーブを初受賞、40セーブのリーグ新記録最多セーブ2016(平成28) 不振を経てクローザーに復帰、31セーブ2017(平成29) 第4回WBC日本代表に選出2017(平成29) NPB史上13人目の通算150セーブを達成、海外FA権を行使2017(平成29) アリゾナ・ダイヤモンドバックスと2年契約MLB移籍2018(平成30) 26試合連続無失点、MLB公式戦で日本人投手歴代2位の記録2020(令和2) シアトル・マリナーズと契約、日本人メジャーリーガー初の背番号62021(令和3) オリックスと復帰契約2022(令和4) NPB通算200セーブを史上最年長38歳2か月で達成、日本シリーズ初制覇日本一2023(令和5) 日米通算250セーブを史上最年長で達成、オリックス選手として初の名球会入り名球会入り2025(令和7) 不振の2024年を経て、選手兼任の投手コーチに就任2026(令和8) 投手コーチ兼任1年目の開幕カードで通算1000奪三振を達成2026(令和8) 右太もも裏の肉離れを機に現役引退を表明現役引退2026(令和8) 投手兼投手コーチとして最終シーズンを過ごす昭和平成令和
誕生 1984現在
「一所懸命」を座右の銘に掲げるこの投手は、プロ入り当初は先発として伸び悩み、右肘手術や逆流性食道炎にも見舞われた。プロ5年目、岡田彰布監督の勧めで先発からリリーフへ転向した。パ・リーグ最優秀中継ぎ、最多セーブとタイトルを積み上げ、海外FA権を行使した。オリックスに復帰してからは3年連続リーグ優勝・日本シリーズ初制覇に貢献し、日米通算258セーブ・205ホールドという前人未到の記録でオリックス選手として初めて名球会入りを果たした。2026年、右太もも裏の肉離れを機に42歳で現役引退を決断した。

歩み

京都での原点、鳥羽高から京都産業大学へ

昭和59〜

昭和
1984昭和593月8日
満0歳

京都府宇治市に生まれる

小学3年で「小倉リトルズ」で軟式野球を始め、中学時代に投手へ転向した。

平成 1989
2001平成133月
満17歳

京都府立鳥羽高校で選抜大会に2年連続出場

腰痛に悩まされ公式戦の登板機会は限られたが、公立高校ながら2年時の春から3季連続で甲子園の全国大会に出場するチームに所属し、2年春・3年春の選抜大会にベンチ入りした。

2005平成17
満21歳

京都産業大学でリーグ通算36勝404奪三振の記録を樹立

京都産業大学経営学部で2年時からエースとして活躍し、関西六大学野球リーグ通算56試合登板、36勝11敗・防御率1.33・404奪三振。36勝と404奪三振はいずれも当時のリーグ記録で、「大学ナンバーワンの右腕投手」と評価された。

2005平成1711月
満21歳プロ入り

— オリックスにドラフト希望入団枠で入団

契約金1億円、出来高払い5000万円、年俸1500万円(いずれも推定)という条件で入団し、背番号16を着用した。

本人一軍公式戦で2桁勝利を挙げて新人王を獲得したい 出典

オリックス第一次時代、リリーフの守護神へ

平成18〜

2006平成183月26日
満22歳デビュー

— プロ初登板、4日後に初先発・初勝利

3月26日の対西武戦(開幕カード第2戦)で救援投手として一軍デビュー。4日後の3月30日の対楽天戦で初先発・初勝利を挙げ、4月6日には自身初の完封勝利も記録した。この年は先発として7勝を挙げオールスターにも出場した。

2008平成203月27日
満24歳

右肘の遊離軟骨除去手術でシーズンをほぼ棒に振る

開幕直前に右肘痛を発症し、検査で遊離軟骨が判明。手術を受けてシーズンの大半をリハビリに費やし、一軍登板の機会はなかった。翌2009年には逆流性食道炎も発症するなど、故障続きの時期を過ごした。

2010平成22
満26歳転向

岡田彰布監督の勧めで先発からリリーフへ転向

プロ5年目に先発からリリーフへ転向。一軍63試合に登板し防御率1.67・パ・リーグ救援投手最多の101奪三振を記録した。

世間「若いし、球に勢いがある。いけるよ」(岡田彰布監督)

本人(2026年の引退表明時に振り返って)岡田さんのおかげです 出典

2011平成23
満27歳

最優秀中継ぎ投手を初受賞、リーグ新記録の43ホールド

パ・リーグ最多の72試合に登板し、セットアッパーとして43ホールド・49ホールドポイントのリーグ新記録を樹立して最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得。同年12月には交際していた女性と結婚した。

2014平成26
満30歳タイトル

クローザーとして最多セーブを初受賞、40セーブのリーグ新記録

2012年終盤にクローザーへ転向し、2014年には一軍62試合に登板してシーズン40セーブのパ・リーグ新記録(当時)を樹立。1勝6敗と勝敗には恵まれなかったが、最多セーブのタイトルを初めて獲得した。

2016平成28
満32歳

不振を経てクローザーに復帰、31セーブ

2015年は救援失敗が相次ぎ中継ぎへの再転向も経験する不振のシーズンだったが、翌2016年に開幕からセットアッパーを務めた後クローザーへ復帰。7月以降は無失点を続け、リーグ2位の31セーブ・防御率1.92でシーズンを終えた。

2017平成291月
満32歳WBC

第4回WBC日本代表に選出

投手では最後の選出で日本代表入り。チーム最多の6試合に登板し、通算投球回数を上回る7奪三振を記録するなど、初の国際舞台で評価を上げた。

2017平成298月
満33歳

NPB史上13人目の通算150セーブを達成、海外FA権を行使

8月27日の対西武戦でシーズン23個目のセーブを挙げ、NPB史上13人目となる一軍公式戦通算150セーブを達成。シーズン終了後の11月7日には海外FA権の行使をNPBに申請し、メジャー挑戦への道を選んだ。

2017平成2912月
満33歳海外移籍

アリゾナ・ダイヤモンドバックスと2年契約

海外FA権行使後、WBCでの投球内容も評価されメジャー複数球団から獲得を打診され、ダイヤモンドバックスと2年契約を締結。背番号はWBC日本代表時代と同じ66とした。

メジャーリーグ挑戦

平成29〜

2018平成30
満34歳

26試合連続無失点、MLB公式戦で日本人投手歴代2位の記録

5月6日から7月3日までの26登板連続で無失点を記録。これは上原浩治の27試合連続に次ぐ、MLB出場経験がある日本人投手として歴代2位の記録だった。レギュラーシーズン通算75試合に登板し、防御率2.44・ナ・リーグ3位の32ホールドを記録。9月にはクローザーにも転向し、地元記者からは「ダイヤモンドバックス新人王」に選出された。

令和 2019
2020令和21月
満35歳

シアトル・マリナーズと契約、日本人メジャーリーガー初の背番号6

ダイヤモンドバックスでは2年目に不振に陥りFAとなった後、マリナーズとクローザー起用を見越した単年契約を結んだ。背番号は日本人メジャーリーガーとして初めての「6」。新型コロナウイルスの感染拡大でキャンプが中断され自身もPCR検査で陽性となる中、8月に移籍後初登板を果たした。

オリックス復帰、パ・リーグ3連覇と日本一

令和3〜

2021令和32月
満36歳復帰

オリックスと復帰契約

3年間のメジャー挑戦を経てオリックスに復帰。一軍46試合に登板し29セーブ・防御率2.30で、オリックスとして1996年以来25年ぶりのパ・リーグ優勝に貢献した。日本シリーズには11月25日・27日に登板し、プロ16年目にして初めての日本シリーズ登板でセーブも記録した。

本人(オリックスでもMLBでも)優勝したことがなかったので、『優勝する』という一番の目標を達成できただけでも、オリックスに帰ってきて良かった 出典

2022令和46月
満38歳大記録

— NPB通算200セーブを史上最年長38歳2か月で達成、日本シリーズ初制覇

6月2日の対DeNA戦で、NPB史上7人目となる一軍公式戦通算200セーブを史上最年長で達成。この年はチームのパ・リーグ連覇にも貢献し、10月30日には自身にとって初めてとなる日本シリーズ制覇を経験した。

2023令和510月
満39歳名球会入り

— 日米通算250セーブを史上最年長で達成、オリックス選手として初の名球会入り

10月2日の対日本ハム戦でシーズン29個目のセーブを挙げ、名球会入会条件のNPB/MLB公式戦通算250セーブ(史上4人目)を歴代最年長の39歳6か月で達成。パ・リーグの球団に所属する選手としても、オリックス在籍中に名球会資格を得た選手としても史上初だった。チームはこの年パ・リーグ3連覇を果たした。

投手コーチ兼任と引退

令和6〜

2025令和710月
満41歳

不振の2024年を経て、選手兼任の投手コーチに就任

2024年は不振から登録抹消が続き一軍に定着できずシーズンを終えたが、2025年10月30日に球団が発表した新コーチングスタッフで、選手を続けながら投手コーチを兼任することが決まった。

2026令和83月29日
満42歳

投手コーチ兼任1年目の開幕カードで通算1000奪三振を達成

3月29日の対楽天戦で通算1000奪三振を達成。250セーブと1000奪三振の同時達成は史上初の記録となった。

2026令和88月
満42歳引退

— 右太もも裏の肉離れを機に現役引退を表明

4月に登録抹消されて以降一軍登板の機会は限られ、7月9日のファーム戦を最後に右太もも裏の肉離れを負った。「基本的にずっと、1軍の勝っている試合で投げてきた。それが徐々にできなくなってきて、僕が(投手の)一枠を取っていることはどうなのか…」と胸中を語り、7月下旬に引退を決断。8月9日に球団が発表した。

本人もう十分。本当に長いこと、面倒を見てもらいました。オリックスの球団、出会いに感謝したいです 出典

2026令和8
近況

投手兼投手コーチとして最終シーズンを過ごす

9月25日の対ソフトバンク戦(京セラドーム大阪)で引退記者会見と引退セレモニーが行われる予定。日米通算852試合登板・258セーブ・205ホールドという21年間のプロ野球生活を締めくくる。

この人を知る代表作PR

他に「平野 佳寿」の関連グッズを探したい人はこちら(Amazon)

※ 一部のリンクにアフィリエイトを含みます

Supported by Rakuten Developers

同じ分野の人物