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宮里 藍

みやざと あい

宮里 藍

日本人女子として初めて世界ランキング1位に立った元プロゴルファー。

昭和60年 沖縄生まれ ・ 1985–

競技ゴルフ(女子プロゴルファー・引退) ・ 通算優勝日本ツアー15勝・米ツアー(LPGA)9勝 ・ 所属していたツアー日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)→米国女子ツアー(LPGA)

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2025(令和7)

第6回「宮里藍インビテーショナル」を開催、ジュニア育成を継続

自身が主催するジュニアゴルフ大会「宮里藍インビテーショナル」の第6回大会を開催し、育成活動を続けている。

1985(昭和60) 沖縄県国頭郡東村に生まれる2001(平成13) 仙台の東北高校へ進学2002(平成14) 釜山アジア大会で金メダル2003(平成15) 日本女子アマチュア選手権で優勝2003(平成15) ミヤギテレビ杯でアマチュア優勝、史上初の高校生プロ宣言へ高校生プロ宣言2004(平成16) プロ4戦目で初優勝、賞金1億円を突破2005(平成17) 日本女子オープンで公式戦初優勝、史上最年少で通算10勝2006(平成18) ロサンゼルスを拠点に米ツアーへ本格参戦2009(平成21) エビアンマスターズで米ツアー初優勝米ツアー初優勝2010(平成22) 米ツアー開幕から2週連続優勝2010(平成22) 岡本綾子の記録に並び、世界ランキング日本人初の1位に世界ランキング1位2010(平成22) セーフウェークラシック優勝で日本人単独最多勝記録を樹立2012(平成24) LPGAロッテ選手権など2勝を挙げるも、この年を最後に優勝から遠ざかる2017(平成29) 涙の引退会見、現役生活に幕現役引退2018(平成30) 自身の誕生日に入籍2019(令和1) 自身主催のジュニアゴルフ大会をスタート2021(令和3) 第一子を出産2024(令和6) 「宮里藍インビテーショナル」を沖縄で初開催2025(令和7) 「宮里藍サントリーレディスオープン」終了後の会見で近況を語る2025(令和7) 第6回「宮里藍インビテーショナル」を開催、ジュニア育成を継続昭和平成令和
誕生 1985現在
仙台の東北高校在学中、アマチュアとして出場した大会で史上初の高校生プロ宣言を果たすと、単身ロサンゼルスへ渡って米ツアーに挑戦した。世界ランキング1位という日本人女子初の到達点に立った後、モチベーションの揺らぎと向き合いながら現役を退き、今は結婚・出産を経て次世代のジュニアゴルファー育成に力を注いでいる。

歩み

沖縄でのアマチュア時代

昭和60〜

昭和
1985昭和606月19日
満0歳

沖縄県国頭郡東村に生まれる

兄の宮里聖志、宮里優作とともに3兄妹全員がのちにプロゴルファーとなり「宮里3兄妹」と呼ばれた。4歳でゴルフを始める。

平成 1989
2001平成13
満15歳

仙台の東北高校へ進学

兄・優作が東北福祉大学で活躍していた縁もあり、同じ仙台市にある東北高校へ進学。

2002平成1410月
満17歳

釜山アジア大会で金メダル

アジア競技大会の女子ゴルフ競技で金メダルを獲得した。

2003平成156月24日〜28日
満18歳

日本女子アマチュア選手権で優勝

日本女子アマチュアゴルフ選手権競技を制した。

2003平成159月
満18歳転機

— ミヤギテレビ杯でアマチュア優勝、史上初の高校生プロ宣言へ

「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」でアマチュアとして実に30年ぶりとなるツアー優勝を果たすと、10月9日にプロ宣言。高校3年生のままプロ転向するという日本ゴルフ史上初の決断だった。

日本ツアーで活躍

平成16〜

2004平成16

プロ4戦目で初優勝、賞金1億円を突破

地元開催のダイキンオーキッドレディスでプロ入り後初優勝。この年だけで5勝を挙げ、賞金1億円を突破した。

2005平成1710月
満20歳

日本女子オープンで公式戦初優勝、史上最年少で通算10勝

日本女子オープンを制し公式戦初優勝。この年6勝を挙げ、20歳3か月という史上最年少でツアー通算10勝に到達した。

単身渡米、米ツアーへの挑戦

平成18〜

2006平成18
満20歳

ロサンゼルスを拠点に米ツアーへ本格参戦

拠点をロサンゼルスに移し、米ツアーに本格参戦。同年導入された世界ランキングの初回発表で6位につけた。

2009平成217月26日
満24歳転機

— エビアンマスターズで米ツアー初優勝

エビアンマスターズを制し、米ツアー初優勝を果たした。この年は米国賞金ランキング3位を記録し、飛躍の年となった。

世界ランキング1位へ

平成22〜

2010平成222月
満24歳

米ツアー開幕から2週連続優勝

開幕戦ホンダLPGA(タイ)で最終日6打差を逆転優勝すると、第2戦のHSBC女子チャンピオンズ(シンガポール)でも優勝。1966年のマリリン・スミス以来44年ぶり、日本人として史上初の開幕から2週連続優勝を達成した。

2010平成226月20日〜21日
満25歳転機

— 岡本綾子の記録に並び、世界ランキング日本人初の1位に

ショップライト・クラシックで米国本土初優勝を果たし、1987年に岡本綾子が記録した日本人最多のシーズン4勝に並んだ。翌21日付で世界ランキング1位に到達し、日本人として初めて世界ランキング1位に立った。

2010平成228月22日
満25歳

セーフウェークラシック優勝で日本人単独最多勝記録を樹立

セーフウェー・クラシックで優勝し、日本人最多となるシーズン5勝目、米ツアー通算6勝目を挙げた。この年は岡本綾子の記録を更新するシーズンとなった。

2012平成24
満27歳

LPGAロッテ選手権など2勝を挙げるも、この年を最後に優勝から遠ざかる

LPGAロッテ選手権とウォルマートNWアーカンソー選手権で優勝しシーズン2勝。これが現役生活における最後の優勝となり、以降はモチベーションの維持に苦しむ長いスランプに入っていく。

スランプと引退

平成25〜

2017平成295月29日
満31歳転機

— 涙の引退会見、現役生活に幕

都内で記者会見を開き、現役引退を正式表明。「モチベーションを維持していくことが、どんどん難しくなっていった」と涙ながらに理由を語り、高校生プロから14年間のキャリアに幕を下ろした。

引退後、次世代育成へ

平成30〜

2018平成306月19日
満33歳

自身の誕生日に入籍

マネジャーを務める座親匠氏と、33歳の誕生日である6月19日に入籍。6月21日、そのことを発表した。

令和 2019
2019令和1
満34歳

自身主催のジュニアゴルフ大会をスタート

女子ジュニアゴルファーを対象にした招待大会を初開催。

2021令和312月
満36歳

第一子を出産

同年に妊娠を発表し、12月に第一子を出産。母としての新しい生活が始まった。

2024令和610月
満39歳

「宮里藍インビテーショナル」を沖縄で初開催

自身が主催するジュニアゴルフ大会・宮里藍インビテーショナルSUNTORYの第5回大会を、携わりたいと考えていた沖縄で初めて開催。「私の経験を生かし、選手としてだけでなく人間性の成長の助けにもなれば」と大会への思いを語った。

2025令和76月15日
満39歳

「宮里藍サントリーレディスオープン」終了後の会見で近況を語る

大会アンバサダーを務める「宮里藍サントリーレディスオープン」終了後の会見で、育児との両立について「娘の人生軸、私の人生軸などを考えると、今はまだこれぐらいが精いっぱいですね」と語った。

2025令和79月
満40歳近況

第6回「宮里藍インビテーショナル」を開催、ジュニア育成を継続

自身が主催するジュニアゴルフ大会「宮里藍インビテーショナル」の第6回大会を開催し、育成活動を続けている。

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