目次
生い立ちと商社時代
昭和26〜
東京都に生まれる
東京で生まれ育った。
米カーネギーメロン大学でMBAを取得
20代の終わりに渡米し、カーネギーメロン大学でMBAを取得。当初は留学を「時間の無駄」と感じていたが、アメリカの大きさや多様性を飲み込む包容力に触れるうち、「いつかはアメリカで勝負したい」と思うようになった。同大学の評議員(ボード・オブ・トラスティー)も務めている。
GE時代 ―― アジア人初の要職へ
昭和61〜
GEカンパニー・オフィサーに
GEの経営中枢を担う「カンパニー・オフィサー」に就任し、アジア地域のヘルスケア事業を率いる立場に加わった。GEでは自分ができると思う3倍ほどのアサインメントを3年でやり切るという高すぎる目標を課される育成方針の中で経営者としての力を鍛えられたと振り返っている。
本人自分ができると思っている3倍ぐらいのアサイメントが来るんです。それを3年間でやらなくちゃいけない。 出典
GEプラスチックスCEO兼、アジア人として初のシニア・バイス・プレジデントに
GEプラスチックスのCEOに就任すると同時に、アジア出身者として初めてGE本社のシニア・バイス・プレジデント(上席副社長)に上り詰めた。
GEアジア・パシフィックのCEOに就任
アジア太平洋地域全体の事業を統括する立場に就き、日本国外での経営経験をさらに積んだ。
GEマネー・アジアのプレジデント兼CEOに就任
アジア地域の金融事業(GEマネー・アジア)のトップに就き、金融分野での経営責任を担った。
— 日本GE代表取締役会長兼社長兼CEOに就任
日本法人の代表取締役会長兼社長兼CEOに就き(GEマネー・アジアのプレジデント兼CEOと兼務)、2011年まで務めた。
LIXIL社長 ―― 世界企業への挑戦
平成23〜
— 住生活グループ(現LIXILグループ)社長兼CEOに就任
同社会長だった潮田洋一郎氏との対話の中で「この国内事業中心の会社をGEで学んだ経験を活かしてグローバル化させられないか」という挑戦意欲に火が着き、GEから転じた。入社直後から「Diversity、Equal opportunity, Meritocracy」=多様性・機会均等・実力主義を掲げ、全国の社員に語りかけたという。持株会社・住生活グループ(現LIXILグループ)の取締役 代表執行役社長兼CEOと同時に、中核事業会社・株式会社LIXILの代表取締役社長兼CEOにも就任した。
本人60歳になったら、日本の会社で日本のために何かしたい。 出典
東京電力の社外取締役に就任
東日本大震災後の経営体制の中、2012年6月に東京電力(現・東京電力ホールディングス)の社外取締役に就任した。2017年6月23日の第93回定時株主総会終結をもって退任した(同総会の取締役選任議案の候補者13名に藤森氏は含まれていない)。
独グローエ・グループの買収を発表
アメリカンスタンダードに続く海外M&Aとして、欧州の水栓大手グローエ・グループの買収を2013年9月に発表。2014年1月に日本政策投資銀行(DBJ)との共同出資会社を通じて発行済株式の87.5%を取得して買収を完了したが、この時点ではグローエと、その上場子会社で中国の水栓大手ジョウユウ(Joyou AG)は関連会社にとどまっていた。2014年12月には、ジョウユウ創業者一族の保有会社Cai GmbHから残る12.5%を309億円で取得することで合意した。
— 中国子会社ジョウユウの不正会計が発覚
2015年4月1日、残る12.5%の取得完了でLIXILがグローエ株式の56.25%を保有し、グローエと傘下のジョウユウ(Joyou AG)が連結子会社になった直後、ジョウユウの簿外債務と長年の不正会計が明らかになった。同月中旬に中国の銀行からLIXILに「ジョウユウからの支払いがない」との督促状が届いたのを端緒に、ジョウユウの監査役会が特別監査の実施を決議(4月27日公表)。5月3日には売上高・負債・手元現金が前年度の財務報告と大きく乖離するとの暫定結果が公表され、5月22日にジョウユウはドイツの裁判所に破産手続きを申し立てた。この問題は最大662億円の損失計上と、2016年3月期の6年ぶりの連結最終赤字につながった。
ジョウユウ問題で最大662億円の損失見込みを公表、調査委員会を設置
6月3日の発表で、ジョウユウの破産に伴う損失の見込み額を累計約660億円(最大662億円)と公表し、藤森を委員長とする社内調査委員会を設置。6月8日には取締役会決議により、社外取締役および社外有識者で構成される特別調査委員会(「Joyou問題委員会」)を設置した。
ジョウユウ問題の調査結果を公表、役員報酬を減額
11月16日、特別調査委員会の調査結果をLIXILが公表し、同日、藤森ら役員の月額報酬を3カ月間10〜50%減額することを決めた。
社長退任を発表、後任は瀬戸欣哉氏
後任社長となるモノタロウの瀬戸欣哉氏は英国に活動の拠点を置いており退任会見に同席せず、藤森が単独で記者会見に臨み、退任はジョウユウの問題とは無関係だと説明。「コンフォタブル(快適)な状態になったら辞める。それがプロ経営者というもの」と語った。ただし報道では、不正会計発覚から半年余りというタイミングもあり、取締役会議長で指名委員会委員の潮田洋一郎氏の決断による事実上の更迭と受け止められた。
LIXILグループ社長を退任、相談役に
退任発表後、2016年1月1日付で事業会社・株式会社LIXILの社長職を瀬戸欣哉氏に譲り、自らは同社の代表取締役会長兼CEOとなり(LIXILグループの取締役 代表執行役社長兼CEOは継続)、6月に持株会社・株式会社LIXILグループの社長を退いて代表権のない相談役となった。在任中に海外売上高比率を3%から30%へ拡大し、営業利益を約4割伸ばした実績を残した。
武田薬品工業の社外取締役に就任
LIXILの社長退任と同じ月に、武田薬品工業の社外取締役に就任した。2026年6月の株主総会をもって退任するまで、10年にわたり同社の経営を監督した。
退任後 ―― 国際経営への関与を継続
平成28〜
米ボストン・サイエンティフィックの取締役に就任
米国の医療機器大手の取締役に7月13日付で選任され(選任は即日発効)、退任時点ではリスク・サイエンス・アンド・テクノロジー委員会の委員長を務めるなど、米国企業のガバナンスにも携わった。
CVCキャピタル・パートナーズ日本法人の最高顧問に就任
欧州系の投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズの日本法人で最高顧問を務めるようになった。2019年に経営者向けカンファレンスに登壇した際も、この肩書きで紹介されている。
日本オラクルの取締役会長に就任
2018年3月22日に日本オラクルが藤森を会長に迎えると発表し、同年8月下旬の定時株主総会で社外取締役に選任されたうえで取締役会長に就任した。非執行の取締役会長として、クラウド事業を軸とした経営に助言する立場となった(CEOは社長が兼務)。
ICCサミットKYOTOで経営哲学を語る
経営者が集うカンファレンス「ICCサミット KYOTO 2019」に登壇し、最初の100日で戦略を描き、3年で結果を出すという自らの経営スタイルを語った。目的地を定め、戦略を立て、必要な人材とチームを組み立てるまでを、その100日で考えるのだという。
本人アメリカでは、“The First 100 Days” つまり最初の100日で何をするかを考えます。どういう会社になっていくのか、どんな戦略を作って3年後の形を作るのか、ということを最初の100日で考えるのです。 出典
デジタルインフラ投資会社デジタルブリッジのシニア・エグゼクティブ・アドバイザー就任が発表される
米デジタルブリッジ・グループが、日本およびアジア太平洋地域での事業拡大を後押しする顧問として藤森を招いたと発表。武田薬品工業とボストン・サイエンティフィックの取締役、日本オラクル取締役会長を務めながら、新たな役割を引き受けた。
ボストン・サイエンティフィックと武田薬品工業の取締役を退任
2016年から務めた米医療機器大手ボストン・サイエンティフィックの取締役について、2026年2月に改選へ立候補しない意向を通知し(会社との対立によるものではないとされた)、4月30日の年次株主総会をもって退任。武田薬品工業の社外取締役も、6月24日の第150回定時株主総会の終結をもって退任した。日本オラクル取締役会長、CVCキャピタル・パートナーズ日本法人最高顧問、デジタルブリッジのシニア・エグゼクティブ・アドバイザーなど、経営への関与は現在も続けている。