★ STAR TIMELINE

ふじもり よしあき

藤森 義明

商社マンからGEでアジア人初の要職に上り詰め、LIXILを世界企業へと導いた「プロ経営者」の代表格。

昭和26年生まれ ・ 東京出身 ・ 1951– ・ 満75歳

近況
2026(令和8)満75歳

ボストン・サイエンティフィックと武田薬品工業の取締役を退任

2016年から務めた米医療機器大手ボストン・サイエンティフィックの取締役について、2026年2月に改選へ立候補しない意向を通知し(会社との対立によるものではないとされた)、4月30日の年次株主総会をもって退任。武田薬品工業の社外取締役も、6月24日の第150回定時株主総会の終結をもって退任した。日本オラクル取締役会長、CVCキャピタル・パートナーズ日本法人最高顧問、デジタルブリッジのシニア・エグゼクティブ・アドバイザーなど、経営への関与は現在も続けている。

1951(昭和26) 東京都に生まれる1975(昭和50) 東京大学工学部を卒業し、日商岩井に入社1981(昭和56) 米カーネギーメロン大学でMBAを取得1986(昭和61) 日本ゼネラル・エレクトリック(GE)に入社GE入社1997(平成9) GEカンパニー・オフィサーに2001(平成13) GEプラスチックスCEO兼、アジア人として初のシニア・バイス・プレジデントにアジア人初SVP2003(平成15) GEアジア・パシフィックのCEOに就任2005(平成17) GEマネー・アジアのプレジデント兼CEOに就任2008(平成20) 日本GE代表取締役会長兼社長兼CEOに就任日本GEトップ2011(平成23) 住生活グループ(現LIXILグループ)社長兼CEOに就任LIXIL社長就任2012(平成24) 東京電力の社外取締役に就任2013(平成25) 独グローエ・グループの買収を発表2015(平成27) 中国子会社ジョウユウの不正会計が発覚ジョウユウ不正会計2015(平成27) ジョウユウ問題で最大662億円の損失見込みを公表、調査委員会を設置2015(平成27) ジョウユウ問題の調査結果を公表、役員報酬を減額2015(平成27) 社長退任を発表、後任は瀬戸欣哉氏2016(平成28) LIXILグループ社長を退任、相談役に2016(平成28) 武田薬品工業の社外取締役に就任2016(平成28) 米ボストン・サイエンティフィックの取締役に就任2017(平成29) CVCキャピタル・パートナーズ日本法人の最高顧問に就任2018(平成30) 日本オラクルの取締役会長に就任2019(令和元) 東芝の社外取締役に就任2019(令和元) ICCサミットKYOTOで経営哲学を語る2020(令和2) 資生堂の社外取締役に就任2024(令和6) デジタルインフラ投資会社デジタルブリッジのシニア・エグゼクティブ・アドバイザー就任が発表される2026(令和8) ボストン・サイエンティフィックと武田薬品工業の取締役を退任昭和平成令和
誕生 1951現在
東京大学工学部を卒業後、日商岩井(現・双日)を経て1986年に日本ゼネラル・エレクトリック(GE)へ転じ、2001年にアジア人として初めてGEのシニア・バイス・プレジデントに、2008年には日本GEの会長兼社長兼CEOに就いた。2011年に住生活グループ(現LIXILグループ)の社長兼CEOに転じ、アメリカンスタンダードやグローエなど5件の海外M&Aを主導して海外売上高比率を3%から30%へ引き上げたが、グローエ傘下の中国子会社ジョウユウで不正会計が発覚し、2016年に社長を退任。その後は国内外の企業の社外取締役や日本オラクル取締役会長を務め、日本と世界をまたぐ経営者としての活動を続けている。

同世代1986年、同世代の舘 ひろしは、『あぶない刑事』で鷹山敏樹を演じる →

歩み

生い立ちと商社時代

昭和26〜

昭和
1951昭和267月3日
満0歳

東京都に生まれる

東京で生まれ育った。

1975昭和504月
満23歳

東京大学工学部を卒業し、日商岩井に入社

工学部(石油工学専攻)を卒業後、総合商社の日商岩井(現・双日)に入社し、社会人としての第一歩を踏み出した。

出典10mtv.jp
1981昭和56
満29歳

米カーネギーメロン大学でMBAを取得

20代の終わりに渡米し、カーネギーメロン大学でMBAを取得。当初は留学を「時間の無駄」と感じていたが、アメリカの大きさや多様性を飲み込む包容力に触れるうち、「いつかはアメリカで勝負したい」と思うようになった。同大学の評議員(ボード・オブ・トラスティー)も務めている。

GE時代 ―― アジア人初の要職へ

昭和61〜

1986昭和6110月
満35歳転身

— 日本ゼネラル・エレクトリック(GE)に入社

日商岩井を経て、当時「世界で最強の会社」と呼ばれていたGEの日本法人に転職。「アメリカでアメリカ人と戦い、勝ちたい」という思いが転職の原動力になったという。11年勤めた商社を離れ、以後25年をGEで過ごすことになる転機となった。

本人アメリカでアメリカ人と戦い、勝ちたい。 出典

出典10mtv.jp
平成 1989
1997平成9
満46歳

GEカンパニー・オフィサーに

GEの経営中枢を担う「カンパニー・オフィサー」に就任し、アジア地域のヘルスケア事業を率いる立場に加わった。GEでは自分ができると思う3倍ほどのアサインメントを3年でやり切るという高すぎる目標を課される育成方針の中で経営者としての力を鍛えられたと振り返っている。

本人自分ができると思っている3倍ぐらいのアサイメントが来るんです。それを3年間でやらなくちゃいけない。 出典

2001平成135月
満49歳記録

GEプラスチックスCEO兼、アジア人として初のシニア・バイス・プレジデントに

GEプラスチックスのCEOに就任すると同時に、アジア出身者として初めてGE本社のシニア・バイス・プレジデント(上席副社長)に上り詰めた。

2003平成15
満52歳

GEアジア・パシフィックのCEOに就任

アジア太平洋地域全体の事業を統括する立場に就き、日本国外での経営経験をさらに積んだ。

2005平成17
満54歳

GEマネー・アジアのプレジデント兼CEOに就任

アジア地域の金融事業(GEマネー・アジア)のトップに就き、金融分野での経営責任を担った。

2008平成2010月
満57歳就任

— 日本GE代表取締役会長兼社長兼CEOに就任

日本法人の代表取締役会長兼社長兼CEOに就き(GEマネー・アジアのプレジデント兼CEOと兼務)、2011年まで務めた。

LIXIL社長 ―― 世界企業への挑戦

平成23〜

2011平成238月
満60歳転身

— 住生活グループ(現LIXILグループ)社長兼CEOに就任

同社会長だった潮田洋一郎氏との対話の中で「この国内事業中心の会社をGEで学んだ経験を活かしてグローバル化させられないか」という挑戦意欲に火が着き、GEから転じた。入社直後から「Diversity、Equal opportunity, Meritocracy」=多様性・機会均等・実力主義を掲げ、全国の社員に語りかけたという。持株会社・住生活グループ(現LIXILグループ)の取締役 代表執行役社長兼CEOと同時に、中核事業会社・株式会社LIXILの代表取締役社長兼CEOにも就任した。

本人60歳になったら、日本の会社で日本のために何かしたい。 出典

2012平成246月
満60歳

東京電力の社外取締役に就任

東日本大震災後の経営体制の中、2012年6月に東京電力(現・東京電力ホールディングス)の社外取締役に就任した。2017年6月23日の第93回定時株主総会終結をもって退任した(同総会の取締役選任議案の候補者13名に藤森氏は含まれていない)。

出典10mtv.jp
2013平成259月
満62歳

独グローエ・グループの買収を発表

アメリカンスタンダードに続く海外M&Aとして、欧州の水栓大手グローエ・グループの買収を2013年9月に発表。2014年1月に日本政策投資銀行(DBJ)との共同出資会社を通じて発行済株式の87.5%を取得して買収を完了したが、この時点ではグローエと、その上場子会社で中国の水栓大手ジョウユウ(Joyou AG)は関連会社にとどまっていた。2014年12月には、ジョウユウ創業者一族の保有会社Cai GmbHから残る12.5%を309億円で取得することで合意した。

2015平成274月
満63歳不祥事

— 中国子会社ジョウユウの不正会計が発覚

2015年4月1日、残る12.5%の取得完了でLIXILがグローエ株式の56.25%を保有し、グローエと傘下のジョウユウ(Joyou AG)が連結子会社になった直後、ジョウユウの簿外債務と長年の不正会計が明らかになった。同月中旬に中国の銀行からLIXILに「ジョウユウからの支払いがない」との督促状が届いたのを端緒に、ジョウユウの監査役会が特別監査の実施を決議(4月27日公表)。5月3日には売上高・負債・手元現金が前年度の財務報告と大きく乖離するとの暫定結果が公表され、5月22日にジョウユウはドイツの裁判所に破産手続きを申し立てた。この問題は最大662億円の損失計上と、2016年3月期の6年ぶりの連結最終赤字につながった。

2015平成276月
満63歳

ジョウユウ問題で最大662億円の損失見込みを公表、調査委員会を設置

6月3日の発表で、ジョウユウの破産に伴う損失の見込み額を累計約660億円(最大662億円)と公表し、藤森を委員長とする社内調査委員会を設置。6月8日には取締役会決議により、社外取締役および社外有識者で構成される特別調査委員会(「Joyou問題委員会」)を設置した。

2015平成2711月
満64歳

ジョウユウ問題の調査結果を公表、役員報酬を減額

11月16日、特別調査委員会の調査結果をLIXILが公表し、同日、藤森ら役員の月額報酬を3カ月間10〜50%減額することを決めた。

2015平成2712月
満64歳

社長退任を発表、後任は瀬戸欣哉氏

後任社長となるモノタロウの瀬戸欣哉氏は英国に活動の拠点を置いており退任会見に同席せず、藤森が単独で記者会見に臨み、退任はジョウユウの問題とは無関係だと説明。「コンフォタブル(快適)な状態になったら辞める。それがプロ経営者というもの」と語った。ただし報道では、不正会計発覚から半年余りというタイミングもあり、取締役会議長で指名委員会委員の潮田洋一郎氏の決断による事実上の更迭と受け止められた。

2016平成286月
満64歳

LIXILグループ社長を退任、相談役に

退任発表後、2016年1月1日付で事業会社・株式会社LIXILの社長職を瀬戸欣哉氏に譲り、自らは同社の代表取締役会長兼CEOとなり(LIXILグループの取締役 代表執行役社長兼CEOは継続)、6月に持株会社・株式会社LIXILグループの社長を退いて代表権のない相談役となった。在任中に海外売上高比率を3%から30%へ拡大し、営業利益を約4割伸ばした実績を残した。

2016平成286月
満64歳

武田薬品工業の社外取締役に就任

LIXILの社長退任と同じ月に、武田薬品工業の社外取締役に就任した。2026年6月の株主総会をもって退任するまで、10年にわたり同社の経営を監督した。

退任後 ―― 国際経営への関与を継続

平成28〜

2016平成287月
満65歳

米ボストン・サイエンティフィックの取締役に就任

米国の医療機器大手の取締役に7月13日付で選任され(選任は即日発効)、退任時点ではリスク・サイエンス・アンド・テクノロジー委員会の委員長を務めるなど、米国企業のガバナンスにも携わった。

2017平成292月
満65歳

CVCキャピタル・パートナーズ日本法人の最高顧問に就任

欧州系の投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズの日本法人で最高顧問を務めるようになった。2019年に経営者向けカンファレンスに登壇した際も、この肩書きで紹介されている。

2018平成308月
満67歳

日本オラクルの取締役会長に就任

2018年3月22日に日本オラクルが藤森を会長に迎えると発表し、同年8月下旬の定時株主総会で社外取締役に選任されたうえで取締役会長に就任した。非執行の取締役会長として、クラウド事業を軸とした経営に助言する立場となった(CEOは社長が兼務)。

令和 2019
2019令和元6月
満67歳

東芝の社外取締役に就任

経営再建中の東芝で、外国人取締役の登用が進む中、株主総会で社外取締役の一人に選任された。2021年6月まで務めた。

2019令和元9月
満68歳

ICCサミットKYOTOで経営哲学を語る

経営者が集うカンファレンス「ICCサミット KYOTO 2019」に登壇し、最初の100日で戦略を描き、3年で結果を出すという自らの経営スタイルを語った。目的地を定め、戦略を立て、必要な人材とチームを組み立てるまでを、その100日で考えるのだという。

本人アメリカでは、“The First 100 Days” つまり最初の100日で何をするかを考えます。どういう会社になっていくのか、どんな戦略を作って3年後の形を作るのか、ということを最初の100日で考えるのです。 出典

2020令和23月
満68歳

資生堂の社外取締役に就任

化粧品大手・資生堂の社外取締役として経営に関与し、2022年3月まで務めた。

2024令和611月
満73歳近況

デジタルインフラ投資会社デジタルブリッジのシニア・エグゼクティブ・アドバイザー就任が発表される

米デジタルブリッジ・グループが、日本およびアジア太平洋地域での事業拡大を後押しする顧問として藤森を招いたと発表。武田薬品工業とボストン・サイエンティフィックの取締役、日本オラクル取締役会長を務めながら、新たな役割を引き受けた。

2026令和86月
満74歳近況

ボストン・サイエンティフィックと武田薬品工業の取締役を退任

2016年から務めた米医療機器大手ボストン・サイエンティフィックの取締役について、2026年2月に改選へ立候補しない意向を通知し(会社との対立によるものではないとされた)、4月30日の年次株主総会をもって退任。武田薬品工業の社外取締役も、6月24日の第150回定時株主総会の終結をもって退任した。日本オラクル取締役会長、CVCキャピタル・パートナーズ日本法人最高顧問、デジタルブリッジのシニア・エグゼクティブ・アドバイザーなど、経営への関与は現在も続けている。