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やまざき はじめ

山崎 元

12回の転職で得た現場感覚をもとに、業界の「不都合な真実」を切り続けた経済評論家。

昭和33年 北海道生まれ ・ 1958–2024

出身校東京大学経済学部 ・ 活動分野経済評論家・コラムニスト

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1958(昭和33) 北海道に生まれる1981(昭和56) 東京大学経済学部を卒業、三菱商事に入社1981–1996(昭和56) 野村投信、住友生命、住友信託、外資系運用会社などを渡り歩く1994(平成6) 東洋経済「高橋亀吉記念賞」優秀賞を受賞高橋亀吉賞受賞1997(平成9) 在籍していた山一證券が自主廃業山一證券自主廃業1998–2001(平成10) 第一勧業アセットマネジメント、明治安田生命、UFJ総合研究所へ2001(平成13) 『お金がふえるシンプルな考え方』を出版2002(平成14) 『僕はこうやって11回転職に成功した』を出版2005(平成17) 楽天証券経済研究所客員研究員に就任楽天証券客員研究員2006(平成18) 『「投資バカ」につける薬』を出版2010(平成22) 獨協大学経済学部特任教授に就任2013(平成25) 『全面改訂 超簡単 お金の運用術』を出版2015(平成27) 『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』を大橋弘祐と共著2016(平成28) 獨協大学経済学部特任教授を退任2018(平成30) 『定年後、お金で泣く人笑う人』を出版2022(令和4) 食道がんの告知を受ける食道がん告知2023(令和5) 18年務めた楽天証券経済研究所客員研究員を退任2023(令和5) がんが再発し、医師から「半年は保証できません」と告げられる2024(令和6) 食道がんのため東京都内の自宅で死去死去昭和平成令和
誕生 1958歿 2024
三菱商事から楽天証券まで、12回の転職で金融業界の裏表を渡り歩いた男は、その現場感覚を武器に運用商品の99%は検討に値しないと業界の慣行を切り続けた。低コストのインデックス投資と長期・分散という原則を繰り返し説き、専門用語を避けた歯に衣着せぬ語り口でテレビや紙面の常連となる。食道がんの告知後も自らの資産運用論を変えず、余命が限られる中でも執筆と発信を続けた。

歩み

北海道の生い立ちと東大時代

昭和33〜

昭和
1958昭和335月8日
満0歳

北海道に生まれる

北海道札幌南高等学校を経て東京大学経済学部に進学する。

1981昭和563月
満22歳

東京大学経済学部を卒業、三菱商事に入社

総合商社に新卒入社し、社会人としてのキャリアをスタートさせる。この後、金融・保険業界を中心に転職を重ねていくことになる。

12回の転職と金融業界での実務経験

昭和55〜

1981–1996昭和56

野村投信、住友生命、住友信託、外資系運用会社などを渡り歩く

野村投信、住友生命保険、住友信託銀行、シュローダー投信、バーラ、メリルリンチ証券、パリバ証券など、国内外の運用会社・証券会社を次々と移った。この間に運用の現場実務とリサーチの両方に精通していった。

平成 1989
1994平成6
満36歳

東洋経済「高橋亀吉記念賞」優秀賞を受賞

金融機関に籍を置きながら発表した論考が評価され、経済分析の書き手としての評価を確立する。まだ会社員だったこの時期から、後の評論家としてのキャリアの土台となる執筆活動が始まっていた。

1997平成9
満39歳

在籍していた山一證券が自主廃業

移籍先の山一證券が、簿外債務の発覚を受けて自主廃業を発表。四大証券の一角が崩れる金融危機の当事者を経験した。

楽天証券客員研究員として評論家活動を本格化

平成10〜

1998–2001平成10

第一勧業アセットマネジメント、明治安田生命、UFJ総合研究所へ

山一證券の廃業後も運用会社・シンクタンクでの勤務を継続し、資産運用と経済分析の実務経験を積み重ねた。

2001平成13
満43歳

『お金がふえるシンプルな考え方』を出版

会社員を続けながら著書を発表し、個人向けにわかりやすい資産運用論を発信する評論家としての顔を持ち始める。

2002平成14
満44歳

『僕はこうやって11回転職に成功した』を出版

自身の転職歴そのものをテーマにした著書を発表。当時までに11回の転職を数えており、後にもう1回加わり計12回となった。

本人会社と個人は本来対等であり、お互い離れることができる 出典

2005平成17
満47歳転身

— 楽天証券経済研究所客員研究員に就任

12回目の転職で楽天証券に移り、客員研究員として資産運用に関するコラムの執筆を本格化させる。同時期に自らの会社「株式会社マイベンチマーク」を設立して代表取締役に就き、金融機関向けアドバイザリーやセミナー・講師派遣も手がけた。以後2023年まで18年にわたりこの肩書きで発信を続け、評論家としての活動拠点となった。

2006平成18
満48歳

『「投資バカ」につける薬』を出版

業界慣行への率直な批判を含んだ著書を続けて発表し、「ヤマゲン節」と呼ばれる歯に衣着せぬ語り口で読者の支持を広げていく。

評論家として確立、闘病と晩年

平成22〜

2010平成22
満52歳

獨協大学経済学部特任教授に就任

評論家・コラムニストとしての活動と並行して教壇にも立ち、資産運用論を学生にも伝えた。任期は2015年度までの特任教授職だった。

2013平成25
満55歳

『全面改訂 超簡単 お金の運用術』を出版

低コストのインデックス投資と長期・分散という原則を軸にした実践書で、以後何度も改訂を重ねるロングセラーとなる。「世の中にある運用商品の99%以上は、はじめから検討に値しないクズである」という持論を平易な言葉で読者に届けた。

本人正しいことを多くの人に、面白く伝え続けたいんだよね 出典

2015平成27
満57歳

『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』を大橋弘祐と共著

対話形式でお金の増やし方を解説する共著がシリーズ化し、投資初心者層にも読者を広げた。

2016平成28
満57歳

獨協大学経済学部特任教授を退任

2010年度から務めた特任教授の任期が2015年度で満了し、教壇を離れた。

2018平成30
満60歳

『定年後、お金で泣く人笑う人』を出版

老後の資産運用をテーマにした著書を発表し、退職世代に向けた発信も続けた。

令和 2019
2022令和48月
満64歳闘病

食道がんの告知を受ける

自ら「がん保険は、やっぱり不要だ」と主張してきた持論を、罹患後も変えなかった。診断後も執筆・発信活動を続け、闘病の様子も率直に語った。

2023令和53月
満64歳

18年務めた楽天証券経済研究所客員研究員を退任

闘病を続けながら肩書きを離れ、以後はフリーの経済評論家として活動した。

2023令和5
満64歳

がんが再発し、医師から「半年は保証できません」と告げられる

2022年8月の告知後にいったん治療を続けていたが、この年の春に再発が判明し、主治医から「半年は保証できません」と告げられる。その中で大学生の息子に向け「長期、分散、低コスト」という自らの投資原則と「代替可能な労働者」にとどまってはいけないというメッセージを書き残し、最期まで実践者としての一貫した姿勢を貫いた。

2024令和61月1日
満65歳死去

食道がんのため東京都内の自宅で死去

65歳没。通夜・葬儀は行わず近親者のみで見送られた。インデックス投資の普及と業界批判を貫いた評論家人生に、多くの追悼の声が寄せられた。

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