長崎での生い立ちと学生時代
昭和35〜
長崎県長崎市に生まれる
長崎県立長崎西高等学校に進むまで、高校卒業まで長崎で過ごした。
中学から続けた卓球部を、ジャズにのめり込んで退部
高校2年でジャズを聴き始めるとすぐに夢中になり、コンサート通いの時間を確保するため部活動を辞めるほど熱中した。
上智大学理工学部化学科に進学
物理と化学が得意な理系学生で、地元・長崎大学か東京の大学かで進路を迷った末、東京に上京していた兄を頼って上智大学に進学。田園調布のコンサートに通うなどジャズ熱は大学時代も続いた。
無機化学を専攻し、フッ酸に強いガラスを研究して卒業
4年次に無機化学を専攻し、フッ化水素酸(フッ酸)に耐性のあるガラスの研究に取り組んだ。この学びが、非金属無機材料を高温処理する京セラでのキャリアの土台となった。
京セラ入社、ファインセラミック技術者として
昭和57〜
— 京都セラミック株式会社(現・京セラ)に入社
以来一貫して同社創業以来の事業であるファインセラミック事業を歩む生え抜きの技術者としてキャリアを始めた。稲盛和夫が築いた「全従業員の物心両面の幸福を追求する」京セラフィロソフィを土台に育った世代である。
焼成工程の時間を10分の1以下に縮める焼成炉を開発
ファインセラミック製品の量産で長年の課題だった焼成工程の大幅な時間短縮を実現し、技術者として社内での評価を確立する実績となった。
事業部長に就任
携帯端末向け部品やLED実装基板など多くの事業立ち上げに携わってきた実績を評価され、事業部長に昇任した。
経営陣入りと社長就任
平成26〜
ファインセラミック事業本部長に就任
長年携わってきたファインセラミック事業のトップとして、事業運営の中枢を担う立場に就いた。
執行役員に就任
経営の意思決定に関わる執行役員に昇任。
執行役員常務を経て取締役兼執行役員常務に
同年4月に執行役員常務、6月に取締役を兼務する形で経営中枢に加わり、社長就任への道筋が敷かれた。
— 前任の山口悟郎の後を継ぎ、代表取締役社長兼執行役員社長に就任
入社以来一貫して京セラで技術者としてのキャリアを積んだ生え抜きの経営者が社長の座に就いた。創業者・稲盛和夫が体調を崩し表舞台から退いていた時期にあたり、「カリスマなき京セラ」を率いる重責を担うことになった。
SOFC(固体酸化物形燃料電池)の研究開発で技術経営・イノベーション賞選考委員特別賞
「セラミック技術で環境貢献」をテーマに、京セラの共同研究陣とともに選考委員特別賞を受賞。稲盛が築いたセラミック技術を環境分野に展開する取り組みが評価された。
半導体投資による構造改革と退任
令和5〜
半導体分野への「覚悟の投資」を語る
日本経済新聞のインタビューで、2026年3月期までの3年間で設備投資・研究開発費を倍増させ過去最大規模を投じる方針を明かし、半導体製造装置向けファインセラミック部品や半導体パッケージへの投資を「覚悟の投資」と語った。
テレビ東京「カンブリア宮殿」に出演
「新ビジネスを生み出す!京セラ式『ものづくり革命』」のテーマで、10代目社長として経営方針を語った。
創業以来初となる中期経営計画を発表、3年で最大1.2兆円投資へ
2026年3月期までの3年間で、設備投資・研究開発費に最大1兆2000億円を投じる方針を発表。うち半導体関連分野の設備投資は過去3年比2.3倍に拡大するとし、ファインセラミック・半導体パッケージなど半導体関連部品を成長軸に据えて2028年度に売上高3兆円を目指すとした。
政策保有するKDDI株の縮減方針を発表
創業者・稲盛和夫が第二電電(現KDDI)創業以来保有してきたKDDI株について、今後5年で保有株数の3分の1程度を売却する方針転換を発表。資金調達力の強化に向け、稲盛時代からの資本構造の見直しに踏み込んだ。
KDDI株約2500億円分を売却
KDDIが実施した自社株買いに応じ、前年発表した縮減方針に沿ってKDDI株の一部を売却した。
社長交代を発表、後任に作島史朗氏
9年ぶりとなる社長交代を発表。事業戦略・資本戦略の両面での構造改革が一定の区切りを迎えたと判断し、4月1日付で作島史朗が社長に昇格。自身は同日付で取締役として残り、6月の定時株主総会での退任後に特別顧問へ移る人事とした。
— 定時株主総会で取締役を退任し、特別顧問に就任
1982年の入社から44年、2017年の社長就任から9年にわたり率いた経営の一線を退いた。半導体投資による構造改革を軌道に乗せ、稲盛和夫の経営哲学を次世代に引き継ぐ形での退任となった。
現在:特別顧問として京セラに関わる
社長・取締役を退いたのち、特別顧問の立場から京セラに関わり続けている。