目次
長崎の理系少年、ジャズと化学
昭和35〜
高校2年でジャズに夢中になり、卓球部を辞める
中学から続けていた卓球部を高校でも続けていたが、高校2年のときにジャズを聴き始めてすぐに夢中になった。聴く時間がほしくて、部活動を辞めたほどだった。
高校3年、地元の長崎大学か東京かで迷い、兄のいる東京へ
物理と化学は得意だが国語や社会はさっぱりという典型的な理系学生で、進路は地元の長崎大学か東京の大学かの二択だった。2歳上の兄が一足早く上京し、親戚の寺院が経営するアパートから大学に通っていたため、同じアパートに住めることが決め手になり、上智大学理工学部化学科(現・物質生命理工学科)に進んだ。
鹿児島の工場で、ファインセラミックの技術者として
昭和57〜
— 上智大学を卒業し、京都セラミック(現・京セラ)に入社
大学4年次は無機化学を専攻し、フッ化水素酸に強いガラスを作っていた。ジャズ熱は続き、田園調布のテニスコートで開かれた屋外コンサートなどに足を運んだ。就職では都心の満員電車が嫌で地方の会社を探し、京セラフィロソフィに出合って共感し、当時売上1500億円だった京都セラミックに技術者として入った。配属先は鹿児島県川内市(現・薩摩川内市)の工場。以後、京セラの祖業であるファインセラミック畑を一貫して歩む。
本人都心の満員電車が嫌だったこともあり地方での就職を考えました。 出典
30歳で、赤字だったセラミック製造ラインを変えるプロジェクトリーダーに
セラミック基板の製造ラインは焼成に三十数時間かかり、失敗すると焼き直しになるため採算が合わず赤字だった。作り方を根本から変えるプロジェクトのリーダーを任され、研究開発から製造、営業までおよそ60人をまとめて各部門と連携し、材料の配合や炉を見直す試行錯誤を重ねた。本人は後に「後にも先にもこれほど苦労したことはない」と語っている。
本人当時、セラミックの焼成には三十数時間かかっており、かつ失敗により再度焼き直しが発生したりと採算性が非常に悪く、赤字状態。利益を出すために根本的に作り方を変える必要がありました 出典
焼成時間を10分の1に縮めた新ラインが完成、稲盛和夫が見学に訪れる
2年で完成させた新ラインは、焼成時間を3時間にまで縮めた。見学に来た創業者の稲盛和夫は、30分ほどの説明の間ずっと目を見て聞き、本人は、多くの方を新ラインに案内したなかであそこまで真剣に話を聞いたのは稲盛だけだったと振り返る。完成から半年は注文が入らず、次は一挙に注文が押し寄せて生産が追いつかなかったが、プロジェクト開始から3年目に黒字化。このラインは今も稼働している。
本人私のような若者の説明を、これほど集中して聞く方がいるのかと驚きました。 出典
京都本社へ、そして社長に
平成26〜
稲盛会長からの電話で京都本社へ、ファインセラミック事業本部長に就任
ずっと技術者として工場にいるつもりだったが、当時の稲盛会長から個人の携帯に電話があり、京都本社に来るよう言われた。本部長として3年間ファインセラミック事業全体を指揮し、売上高と利益を伸ばすとともに事業のデジタル化を進めた。定年退職者が新規採用者を上回る人手不足のなか、ベテランの技を若手に引き継ぐのが難しく、ロボティクスとAIで物作りを一気に変える実験的な取り組みに出た。
社長就任の人事が発表される
2015年に執行役員、2016年に取締役兼執行役員常務となり、この日、4月1日付で社長に就く人事が発表された。山口悟郎社長は会長になる。携帯端末事業や太陽光パネル事業の不振で、京セラは2017年3月期に2期連続の減収減益見通しだった。
本人事業間の連携を強化し、相乗効果を発揮できるグループの実現に向けて、まい進したい 出典
— 代表取締役社長に就任、生え抜きの10代目社長に
入社から35年、京セラの10代目社長になった。売上高は入社時の1500億円から、社長就任時には1兆5000億円まで伸びていた。成長が緩やかになって社員一人当たりの裁量が減り、若い人の活力が失われつつあると感じ、人事制度を変えて360度評価を取り入れるなど、活力を取り戻すことを意識した。
社長就任1年目の2017年度、売上高が過去最高に
2016年度に1兆4200億円強だった売上高は、社長に就任した2017年度に約1兆5800億円と過去最高を記録した。好調の理由を聞かれると「部品業界の景気がよかったんです」と答えている。
本人部品業界の景気がよかったんです 出典
米子会社AVXの完全子会社化を提案
発行済み株式の約72%を保有していた米国の電子部品子会社AVXに対し、少数株主分を1株19.50ドルで取得して完全子会社化する提案を行った。
AVXを完全子会社化する最終契約を締結
1株21ドル75セントの株式公開買い付けと合併でAVXを完全子会社化する最終契約を結んだ。買い付け資金は約10億3000万ドル(約1130億円)。
SOFCの研究開発で技術経営・イノベーション大賞の選考委員特別賞
京セラの固体酸化物形燃料電池(SOFC)の研究開発・事業が評価され、科学技術と経済の会が主催する第9回技術経営・イノベーション大賞で選考委員特別賞を受賞した。
売上高3兆円の新目標を発表
オンラインの事業戦略説明会で、連結売上高3兆円、税引き前利益率20%という新たな事業目標を発表した。従来目標の2兆円は2年程度で達成する見込みとしたうえで、「3兆円達成は、そこからさらに5年後くらいだろう」と説明した。
創業者・稲盛和夫が死去、コメントを出す
8月24日、稲盛和夫が90歳で死去した。30日、「仕事に対する真摯な姿勢や創業者ならではの考え方、卓越した経営手腕を学べたことは、私の大きな財産となっている」とコメントした。社長就任後、業績の報告に行くと稲盛は手を合わせて「ありがとう」と言ったという。
本人仕事に対する真摯な姿勢や創業者ならではの考え方、卓越した経営手腕を学べたことは、私の大きな財産となっている 出典
中期計画から構造改革へ、そして退任
令和5〜
テレビ東京「カンブリア宮殿」に出演
京セラ式「ものづくり革命」と題した回に10代目社長として出演。前年発表の売上高は1兆8389億円と過去最高で、2兆円突破を見込む時期だった。
— 創業以来初の中期経営計画を発表、個人向けスマホからの撤退も表明
目標としてきた売上高2兆円を2023年3月期に達成したうえで、2026年3月期までの中期経営計画を発表した。売上高2兆5000億円、利益率14%を目標に、3年間で最大8500億円の設備投資を行い、うち4000億円を半導体関連に充てる。約20年ぶりの国内新工場を長崎県諫早市に着工する計画も盛り込んだ。京セラは稲盛の考えから中長期計画を作ったことがなく、これが創業以来初の中計だった。前日15日の決算説明会では、個人向けスマートフォンからの撤退を明言した。
本人今後は先取りして半導体の成長を京セラの成長につなげていきたいという思いを込めて、3年間の中期目標を立案した 出典
出身地・長崎の諫早工場の地鎮祭に出席
諫早市の南諫早産業団地で、2026年度の稼働を目指す長崎諫早工場の地鎮祭が行われ、知事や市長とともに出席した。京セラグループとして初の長崎県内の生産拠点で、国内では2005年度の京都綾部工場以来、約20年ぶりの新工場。将来は地元雇用を中心に千人規模の配置を想定する。長崎市出身の本人は「一つの大きな(生産)拠点にしたい」と述べた。
本人一つの大きな(生産)拠点にしたい 出典
KDDI株の3分の1を売却する方針を発表
京セラは1984年にKDDIの前身の一つである第二電電を設立して以来その株式を保有し、この年3月末時点で16.08%を持つ筆頭株主だった。保有株の3分の1を今後5年で売却し、その後も縮減を検討すると発表した。
中期経営計画を取り下げ、構造改革へ転換
半導体部品で生成AI関連の需要を取り込めず、2025年3月期は3期連続の最終減益見通しだった。2026年3月期から2028年3月期を構造改革の期間と定め、売上高の1割にあたる2000億円規模のノンコア事業の整理、KDDI株売却の5年から2年への前倒し、4年で4000億円規模の自社株買いを公表した。2023年に掲げた初の中期経営計画は部品事業の低迷で遅れ、この転換で有価証券報告書から記載が消えた。
定時株主総会で再任されるが、賛成率は69.8%
2025年3月期の連結純利益は前の期比76%減の240億円、ROEは0.7%まで落ち込み、香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントが山口会長と自身の再任に反対を表明していた。総会は両者の再任と、取締役の任期を2年から1年に短縮する定款変更を可決したが、賛成率は山口が63.8%、谷本が69.8%にとどまった。同月、KDDIの自己株式公開買い付けに応募し、2492億円分を売却した。
母校・上智大学で講演
ソフィア会の「経営者に聴くシリーズ」に登壇。「チャレンジ精神を取り戻すのが僕の仕事」と、30歳で任された製造ライン改革の苦労や稲盛の経営哲学を学生に語った。
本人チャレンジ精神を取り戻すのが僕の仕事 出典
— 9年ぶりの社長交代を発表、後任は作島史朗
この日の取締役会で、4月1日付で作島史朗取締役執行役員専務が社長に昇格する人事を決めた。業績不振に伴う構造改革に一定のめどを付け、安定成長への道筋を付けたと判断した交代で、自身は3月31日付で社長を退任して取締役に残り、6月の定時株主総会で取締役も退いて特別顧問に就く。
— 定時株主総会で取締役を退任し、特別顧問に
4月に作島史朗が社長に就任し、6月の第72期定時株主総会をもって取締役を退任、特別顧問に就いた。1982年の入社から44年、社長として9年。京セラの社長在任は2017年から2026年までとなった。
現在:特別顧問として京セラに関わる
社長・取締役を退き、特別顧問の立場で京セラに関わる。自身が地鎮祭に出席した長崎諫早工場は、9月1日に竣工式を迎えた。