目次
竹原から升田幸三の門下へ
昭和24〜
升田幸三に弟子入り
高校生のとき『赤旗』主催の将棋大会で中国地区代表になったのが、棋士を目指すきっかけになる。大会審判長の市川一郎八段に「升田幸三の弟子になればいい」と声をかけられ、同じ広島出身の升田に弟子入り。奨励会には18歳半と遅い入会で、4級から出発した。代稽古の謝礼を弟子から取り上げない師匠のもとで、実家からの仕送りの無い生活を支えられた。
本人将棋に集中できるという点でも師匠に恵まれたと思います。 出典
胃潰瘍で3か月休会、大山康晴の一言
初段で降級点を抱えていた7月、胃潰瘍と診断され、3か月の休会を余儀なくされる。休会中、同級生の母親が汽車で偶然大山康晴と同席して桐谷の話題になり、大山は「ああ、彼は八段になるよ」と言った。この一言で調子を取り戻したと伝えられる。
「コンピューター桐谷」と株の始まり
昭和50〜
四段に昇段、プロ棋士となる
7月14日、規定の成績を挙げて四段に昇り、プロ棋士となる。ライバルとされた沼春雄と同時の昇段だった。奨励会入りが遅く、在籍中は大変な苦労をしたとされる。棋士番号は120。
証券会社とのつきあいから株を始める
34歳のとき、東京証券協和会の将棋部で師範をしていた縁で証券会社の人と知り合い、つきあいで株を買い始める。訳も分からずに買った仕手株は、1か月もしないうちに5万円ほどの儲けを生んだ。時代はバブルのただ中で、1980年代は棋士のほとんどが株をやっていたという。午後に株の番組が始まると、対局室から人が消えて娯楽室のテレビの前に集まった。以後、現役のうちから株取引を続け、「財テク棋士」として知られるようになる。
『コンピューター桐谷のこれが矢倉だ』を刊行
4月、矢倉の戦法書『コンピューター桐谷のこれが矢倉だ〈スズメ刺し〉』を出し、シリーズは翌年4月までに3冊になる。当時まだ珍しい研究派の棋士で、「コンピューター桐谷」の異名をとった。棋風は居飛車の受け将棋。優勢になっても相手の攻めを受け続ける指し方は「マッサージ戦術」と呼ばれた。
バブル崩壊で株の儲け1億円を失う
バブルが弾け、この年に入ってわずか8か月の間に、株で稼いだ1億円を失う。損失の大きさにすべてを清算して1年だけ株から離れたものの、株価が戻るとまた買い始めた。将棋では12月5日、五段昇段後の公式戦120勝という勝数規定で六段に昇っている。
本人結局、私たちは株が上手かったわけではなく、バブルだから誰でも儲かっていただけだったんですね。 出典
棋士の研究会で萩本欽一の話を聞く
1991年頃、棋士の研究会に萩本欽一が来て芸能界の話をする。突然一人ずつ「あなたのお母さんは?」と聞かれ、皆が黙るなか桐谷だけが「田舎で元気にしています」と答えると、萩本は「それだ!!パッと反応するのが大事だ」と言った。
『手筋の集大成 歩の玉手箱』を刊行
5月、毎日コミュニケーションズから『手筋の集大成 歩の玉手箱』を刊行する。矢倉の3冊と同じ版元から出た、歩の手筋の本。
引退、そして優待株で暮らす
平成12〜
現役勤続25年の表彰を受ける
日本将棋連盟から現役勤続25年の表彰を受ける。1975年の四段昇段から数えて、プロとして25年の節目だった。
『歩の玉手箱—楽しく読める手筋の宝庫』を刊行
10月、毎日コミュニケーションズから『歩の玉手箱—楽しく読める手筋の宝庫』を刊行する。1995年の『手筋の集大成 歩の玉手箱』と同じ題を冠した、歩の手筋の本である。
保有株は約400銘柄・時価3億円に
この頃、財テク雑誌『ダイヤモンドZAi』や『日経マネー』に個人投資家として登場する。この年の時点で持っていた株は約400銘柄、時価3億円分で、うち1億円が優待銘柄だった。株主優待を活用し、生活費にはほとんど現金を使わない。4月にはNHK総合『家計診断 おすすめ悠々ライフ』にも出演した。
現役を引退
2005年4月1日にフリークラスの昇段規定で七段に昇っていたが、順位戦でフリークラスに陥落したまま復帰できずに10年が過ぎ、規定により3月31日付で引退した。通算成績は327勝483敗。
リーマン・ショックで資産が5000万円に、優待株中心へ
引退後、信用取引で毎日のように1000万円まで株を買い続けていたところ、1月に暴落が始まり、9月15日にはリーマン・ブラザーズが破綻する。引退時に3億円近くあった資産は5000万円まで減り、父親が2000万円近くを貸してくれたことで、ぎりぎりで破綻を免れた。現金が尽きた時期に、持ち株の優待品や優待券が届いて生活が助かる。それからは株主優待のある株を中心に買うようになり、値上がり益は狙わずに投資を続けている。
本人株券はある程度残っているものの、現金がまったくなくなり、すっかり落ち込んでいる時に、たまたま保有していた株の優待品や優待券が届いてね。お米やら何やら、凄く助かるんですよ。 出典
「桐谷さん」として、テレビとXへ
平成24〜
『銭ナール』へのゲスト出演で注目される
株アイドルの深田萌絵の縁で、カンニング竹山の深夜番組『銭ナール』(毎日放送)に個人投資家としてゲスト出演し、注目を集める。本人によると、萩本欽一に言われたとおりテレビではパッと反応するようにしていて、それで番組の竹山から「スギちゃんの次にブレイクするのは桐谷さんだ」と言われたという。12月には『笑っていいとも!』(フジテレビ)に出演し、その後は『月曜から夜ふかし』(日本テレビ)にも登場するようになった。
初の公式本『桐谷さんの株主優待生活』を刊行
現金をほとんど使わない生活ぶりが『月曜から夜ふかし』で取り上げられたことをきっかけに、一気に人気が出る。ママチャリで爆走する姿も受けた。8月10日には日本将棋連盟から桐谷七段うちわが発売され、9月30日には初の公式パーソナルブック『桐谷さんの株主優待生活』(角川書店)が出る。続けて10月に小学館から『桐谷さんの株主優待ライフ』、11月に総合法令出版から『桐谷さんが教えるはじめての株主優待』が刊行された。
初のテレビCMに出演
9月にはタカラトミーのスポーツアクショントイ、大車輪てつぼうくんのテレビCMに初めて出演した。それまでCMの依頼は「自信がないのでお断りしていた」という。この年は5月にタカラトミーアーツから本人のカプセルトイが出て、8月4日には自転車で走るiPhone向けゲーム『桐谷さん×チャリ走』が配信されている。
『定年後も安心!桐谷さんの株主優待生活』を刊行
11月、祥伝社から刊行する。2013年の公式本、2014年の『桐谷さんのもっと儲かる株主優待生活 NISA対応版』(KADOKAWA)に続く、株主優待生活を題にした本だった。
『桐谷さんの株主優待のススメ』を刊行
祥伝社から『桐谷さんの株主優待のススメ』を刊行。2018年の『定年後も安心!桐谷さんの株主優待生活』と同じ版元から出た2冊目となる。
株の入門書2冊を同時刊行、Twitterも始める
7月、ダイヤモンド社から『一番売れてる月刊マネー誌ZAiと作った桐谷さんの株入門』と『一番売れてる月刊マネー誌ZAiと作った桐谷さんの米国株入門』を同時に出す。この年、本人を名乗る偽のアカウントをやめさせるには自分で始めるしかないとファンに言われ、Twitter(現X)での発信も始めた。
本人今は、優待で楽しく生きられればそれでいいので、はっきり言って株が上がっても下がっても関係ない。 出典
なりすまし投資詐欺に注意を呼びかける
9月15日、自分の名前や写真を使って投資詐欺を働く偽者がいるとXで注意を呼びかける。偽者は相手に免許証の画像を送っていたが、本人は「私は車の免許を持っていません」と明かし、免許証を見せたこと自体が偽物の証明だと強調した。
肩書は「プロ棋士」とXで説明
テレビ朝日系『サンデーステーション』で「元プロ棋士」と紹介されたのを受け、引退しても日本将棋連盟の正会員なら棋士だとXで説明した。
本人元プロ棋士と紹介されましたが、現役は引退していても肩書は『プロ棋士』です 出典
警察庁の依頼でなりすまし詐欺への注意を呼びかける
自分の名前や写真を投資詐欺の広告に勝手に使われる被害が続くなか、19日、警察庁から頼まれて注意喚起の投稿をXでリポストする。「私の名前と写真を使った偽物が大勢います」と書き添えた。
本人私だけでなく、有名人が皆さんのお金を預かるというのは、総て詐欺です 出典
前立腺がんと大腸がんの闘病を公表
6月22日から7月1日まで入院していたことをXで明かしたのち、27日放送の『月曜から夜ふかし』で前立腺がんと大腸がんを公表する。糖尿病の定期検査で前立腺がんがわかり、転移を調べる検査入院で大腸がんも見つかったため、命に関わる大腸がんの手術を先に受けた。再発と転移を防ぐため、抗がん剤の治療が半年間必要とされる。
本人体はだるいけど、手術の痛みはなくなった 出典
株主優待と配当で暮らし、Xで発信
株主優待と配当で生計を立て、資産は7億円とされる。Xでは保有株や優待品について語り、通院の様子も写真付きで報告している。7月には、投稿に反応した偽者のアカウントに「勝手に私の名前と写真を使うな」と警告した。