宇部での生い立ちと家業継承
昭和24〜
山口県宇部市に生まれる
父・等は紳士服小売「メンズショップ小郡商事」を営んでいた。
大学2年の夏、世界一周旅行へ
早稲田大学在学中、父の資金援助で200万円以上をかけて世界一周旅行をした。この旅の中で、後に妻となる女性と出会った。
早稲田大学を卒業し、ジャスコに入社するも9か月で退社
就職活動では大手商社を志望したがことごとく落ち、父の勧めでジャスコ(現イオンリテール)に入社。四日市店で家庭雑貨売場を担当したが、小売の現場が性に合わず9か月で退社し、実家の小郡商事に入った。以後10年余り、家業で経験を積んだ。
ユニクロ創業、苦境からの転換
昭和59〜
— 「ユニクロ」1号店を広島に開店、父の後を継いで社長に
6月、「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」を略した店名で「ユニクロ」1号店を広島に開店。同年9月、父が営む「小郡商事」の社長に就任した。当初は有名ブランドを安価で販売する形態だったが、模造品が混入する騒動で評判を落としたことを機に、オリジナル商品の開発へ路線を転換していった。
社名を「ファーストリテイリング」に変更
中国地方を中心に店舗網を広げ、ユニクロの路線が徐々に軌道に乗っていった。
— フリースが大ヒット、全国区の企業へ
低価格・高品質のフリースが社会現象的なヒットとなり、ユニクロは一気に全国的な知名度を獲得した。
海外展開とヒット商品の広がり
平成11〜
ロンドンに海外初出店
一時は21店舗まで拡大したが不採算店が相次ぎ、海外展開の難しさを経験した。
中国・上海に進出、代表取締役会長兼CEOに
9月、中国・上海に出店。ロンドンでの苦戦とは対照的に、中国市場は後にユニクロ最大の海外市場へ成長していく足がかりとなった。同年11月には玉塚元一氏に社長を譲り、自身は代表取締役会長兼CEOに就任した。
機能性インナー「ヒートテック」を発売、経営論『一勝九敗』を出版
ヒートテックはフリースに続くヒット商品となり、後年には累計販売15億枚(2023年9月時点)を超える定番商品に成長した。同年11月には自身の失敗と再起の経営論をまとめた著書『一勝九敗』を出版した。
香港1号店の成功が、郊外型から都市型グローバル戦略への転機に
香港・チムサアチュイの繁華街に大型1号店を出店。知名度の乏しい市場では売場面積で圧倒しブランドの世界観を伝えるという教訓を得て、ロンドンで縮小を余儀なくされた郊外型出店から、都市型の旗艦店戦略へと海外展開の路線を転換する契機となった。同年9月、玉塚元一氏が2005年8月期の業績目標未達の責任を取って社長を退任し、柳井氏が社長に復帰。11月には持株会社体制へ移行し、衣料品の製造・小売事業を新設の完全子会社「株式会社ユニクロ(旧サンロード)」に承継、柳井氏はグループ各社の会長職を兼務した。
低価格新業態「ジーユー」を設立、米ニューヨークに旗艦店を開業
低価格カジュアルの新会社「株式会社ジーユー」を設立(2008年に他2社との統合で「GOVリテイリング」に商号変更、2011年に再び「ジーユー」へ)する一方、ニューヨーク・ソーホーにユニクロの大型グローバル旗艦店をオープンし、世界戦略を本格化させた。
— フォーブス「日本の億万長者」で初めて首位に
世界的な不況で資産を減らした富裕層が多い中、低価格路線のユニクロが業績を伸ばし、前年1位だった任天堂の山内溥相談役(3位に後退)を抜いて初の首位となった。不況下でも成長を続ける経営者としてユニクロの事業モデルの強さを示す出来事となった。
米TIME誌「世界で最も影響力のある100人」に選出
経営者として世界的な影響力を持つ人物としてTitans部門に選ばれた。
— 売上高が初めて2兆円を超える
国内外への展開が実を結び、世界的なアパレル企業としての地位を固めた。
長男・一海、次男・康治がともに取締役に就任
リンク・セオリー・ジャパン会長を務める長男・一海(44歳)と、三菱商事を経て2011年に入社した次男・康治(41歳)が株主総会でそろって取締役に就いた。かねて世襲を否定してきた柳井は「私がいなくてもガバナンス(統治)が利くようにするため。決して経営者(社長)になるものではない」と述べ、後継体制の構築を慎重に進めた。
長者番付トップ、そして継承期へ
令和1〜
— フォーブス日本長者番付の首位に返り咲き
保有資産3兆500億円で、2020年以来2年ぶりの首位。2025年まで4年連続で首位を維持し、日本を代表する資産家としての地位を確立した。
ユニクロ社長を塚越大介氏に譲り、会長兼CEOに
2023年9月1日付で塚越大介氏(当時44歳)がユニクロの代表取締役社長兼COO(最高執行責任者)に就任し、柳井正氏はユニクロの代表取締役会長兼CEOに退いた。
— 塚越大介氏が取締役に就任
既にユニクロ社長を務めていた47歳の塚越氏がファーストリテイリングの取締役に就任し、次世代の経営体制づくりが進められている。
フォーブス日本長者番付で2位に後退
ファーストリテイリングの好業績で資産を3割以上増やしたものの、資産を3倍近くに伸ばしたソフトバンクグループの孫正義会長兼社長に抜かれ、4年守った首位から2位に後退した。