目次
祖父母の将棋から奨励会へ
平成14〜
愛知県瀬戸市に生まれる
愛知県瀬戸市に生まれる。自宅の隣には母方の祖父・清水訓一さんが住んでいた。幼いころから家の近くの線路を走る電車を眺めるうちに、鉄道が好きになったと語っている。
5歳、祖父母の手ほどきで将棋を覚える
2007年の夏、母方の祖父母から将棋の手ほどきを受ける。ルールはすぐに覚え、秋には相手をしていた祖父が歯が立たなくなった。12月に瀬戸市内の将棋教室へ入会。週3回の授業では足りず、本人の希望で週4回通った時期もある。
本人早くおじいさんになって、いっぱい将棋が指したい 出典
東海研修会に入会、杉本昌隆と出会う
小学1年で東海研修会に入り、のちに師匠となる幹事の杉本昌隆と出会う。同じ年、将棋の日のイベントで憧れの谷川浩司に指導対局を受けた。谷川に引き分けを提案されると、泣き出して盤の前から離れなかった。
小学4年で棋士養成機関の奨励会に入会
小学4年、6級で新進棋士奨励会に入る。地元から新幹線で関西奨励会に通い、稲葉聡の家で開かれていた研究会にも参加した。入会のころ、瀬戸市のFMラジオの番組に出演し、「名人を超えたいです」と語っている。小学6年では初段、続いて二段に、いずれも史上最年少で上がった。
詰将棋解答選手権で史上最年少優勝
詰将棋は作る側でも早くから目立ち、9歳だった2012年には『将棋世界』に投稿した作品が谷川賞を受けていた。2015年3月、プロ棋士も参加する詰将棋解答選手権に小学6年生で挑み、全問正解で史上最年少の優勝。2019年まで5連覇を続ける。
史上最年少の13歳2か月で奨励会三段に
名古屋大学教育学部附属中学校の1年生で三段に上がる。ただ、その期の三段リーグは2週間前に始まっていて、参加は翌2016年4月からとなった。足止めの半年間は、師匠の杉本が知人に頼んで実戦の場を作った。
14歳の四段と29連勝
平成28〜
14歳2か月、史上最年少でプロ(四段)に
三段リーグが始まる前の2月、将棋を教えてくれた祖父の訓一さんを亡くす。リーグの期間中には、千田翔太の勧めでAIを使った研究を始めた。9月3日の最終局で西山朋佳に勝ち、13勝5敗の1位で四段昇段を決める。10月1日付、14歳2か月でのプロ入りは、加藤一二三の14歳7か月を62年ぶりに破る史上最年少。中学生棋士は加藤、谷川浩司、羽生善治、渡辺明に続く5人目となった。12月のデビュー戦から、公式戦で負けない日々が半年続く。
本人昇段できてうれしい。終盤が好きなので、そこを見てほしい 出典
デビュー戦で加藤一二三に勝つ
公式戦の初対局は竜王戦のランキング戦。相手は、最年少記録を譲ったばかりの現役最年長棋士・加藤一二三だった。62歳差は記録が残る公式戦で最も年の離れた対局で、110手で勝った。14歳5か月での勝利も史上最年少。加藤は「読みが正確で、攻めが強い」とたたえている。
デビューから無敗の29連勝、歴代最多記録を更新
竜王戦の決勝トーナメント1回戦で増田康宏に勝ち、デビューから負けなしの29連勝。神谷広志が30年近く持っていた28連勝の記録を抜いた。連勝は次の対局、7月2日に佐々木勇気に敗れて止まる。連勝中は各メディアが広く取り上げ、その人気は「藤井フィーバー」と呼ばれる社会現象になった。この年のユーキャン新語・流行語大賞では、「29連勝」が選考委員特別賞に選ばれている。
本人自分でも29連勝というのは本当に想像もできなかったことで、喜びとともに非常に驚いてもおります。 出典
朝日杯将棋オープン戦で優勝、15歳で六段に
2月1日、順位戦C級2組で昇級を決めて五段に上がる。中学生での五段昇段は史上初だった。その16日後、朝日杯の準決勝で羽生善治竜王を、決勝で広瀬章人八段を破って優勝し、規定により同日付で六段へ。15歳6か月での六段昇段も最年少記録だった。
七段に昇段、1年で3度目の昇段
竜王戦5組ランキング戦の準決勝で船江恒平に勝ち、連続昇級の規定で七段に。15歳9か月での七段も最年少で、1年間に3回の昇段は現行制度で藤井だけだ。この年度は新人王戦も制した。
王将リーグ最終局で敗れ、最年少でのタイトル挑戦を逃す
初めて入った王将戦の挑戦者決定リーグで4勝1敗とし、同じ成績の広瀬章人と最終局で挑戦権を争う。対局前から約50人の報道陣が集まった一局は、一時は藤井の勝勢だったが、秒読みの中で自玉の詰みを見落として敗れた。最年少でのタイトル挑戦は、翌年の棋聖戦が最後の機会となる。
初タイトルから八冠独占まで
令和2〜
棋聖を奪取、史上最年少の17歳11か月でタイトル獲得
最後の機会だった棋聖戦は、新型コロナウイルスの影響で対局が延び、記録更新が危ぶまれた。日程が組み直され、渡辺明棋聖との五番勝負を3勝1敗で制する。高校在学中、17歳11か月での初タイトルは、屋敷伸之が1990年に作った18歳6か月を30年ぶりに更新した。渡辺は「すごい人が出てきたなという感じです」と語っている。ここから2024年6月まで、登場したタイトル戦では22期続けてタイトルを手にした。
王位も奪って二冠、八段に
王位戦の挑戦者決定戦で永瀬拓矢に勝ち、2度目のタイトル戦へ。木村一基王位に4連勝し、8月20日、18歳1か月での王位獲得を決めた。棋聖と合わせて二冠となり、タイトル2期の規定で八段に上がる。この年度の将棋大賞では初めて最優秀棋士賞を受け、同賞は以後6年続けて受賞している。
高校を自主退学
2018年4月に附属中学から附属高校へ内部進学していた。高校3年の2020年は、休校明けと対局再開後の過密な日程が重なり、出席日数が足りなくなる。1月末で自主退学し、2月16日に日本将棋連盟が発表した。
本人タイトルを獲得できたことで将棋に専念したい気持ちが強くなりました。 出典
叡王を奪い、史上最年少の三冠に
7月3日に棋聖を初防衛し、18歳11か月で最年少の九段に。夏には棋聖・王位の防衛戦と並行して叡王戦にも挑み、3つの番勝負に同時に登場するのは中原誠以来のことだった。豊島将之叡王との五番勝負を3勝2敗で制し、19歳1か月で史上最年少の三冠となる。
竜王を奪取して四冠、棋士の序列1位に
竜王戦はランキング戦から無敗で勝ち上がり、豊島将之竜王に4連勝して竜王を獲得。ランキング戦から負けなしでの竜王獲得は史上初だった。19歳3か月での四冠は、1993年7月に羽生善治が作った22歳9か月を3年半更新する最年少記録。四冠となったことで、棋士の序列でも1位に立った。
王将を奪い、19歳で五冠に
渡辺明王将に4連勝して王将を獲得し、19歳6か月で五冠に。大山康晴、中原誠、羽生善治に続く史上4人目で、羽生の22歳10か月を29年ぶりに更新した。同じ年度の順位戦はB級1組で10勝2敗とし、A級への昇級を決めている。
棋王を奪って六冠、一般棋戦も全制覇
3月19日、渡辺明棋王に3勝1敗で勝って棋王を初めて獲得し、20歳8か月で羽生以来2人目の六冠に。同じ日に放送されたNHK杯の決勝でも勝ち、朝日杯、銀河戦、日本シリーズと合わせ、参加できる一般棋戦4つをすべて制した。史上初の達成である。この年度は、羽生善治が挑戦者となった王将戦を含め、持っていた5つのタイトルをすべて防衛した。
名人を奪取、史上最年少の名人・七冠に
2018年度の順位戦C級1組(第77期)では9勝1敗ながら昇級を逃し、1年足踏みしていた。そのため最年少名人の機会はこの年だけだった。A級のプレーオフで広瀬章人に勝って挑んだ名人戦で、渡辺明名人に4勝1敗。20歳10か月での名人は、谷川浩司が1983年に作った21歳2か月を40年ぶりに破る記録で、同時に羽生善治以来2人目の七冠となった。
王座を奪い、史上初の八冠独占
最後に残ったタイトルは、決勝にも進めていなかった王座だった。5連覇で名誉王座の資格がかかる永瀬拓矢王座との五番勝負を3勝1敗で制し、21歳2か月で8つのタイトルをすべて手にする。羽生善治が1996年に達成した七冠独占を超える、将棋界で初めての全冠制覇。11月13日には内閣総理大臣顕彰を受け、将棋界では羽生に続く2人目となった。
本人八冠に挑戦できたのは貴重な機会。まだまだ実感湧かないが、うれしい 出典
伊藤匠との番勝負
令和6〜
叡王戦で伊藤匠に敗れ、初の失冠
八冠のまま迎えた叡王戦で、同学年の伊藤匠七段に2勝3敗で敗れる。タイトル戦での敗退は初めてで、八冠の期間は254日で終わった。伊藤とは小学生のころ全国大会で対戦しており、2023年の竜王戦では、ともに2002年生まれの2人によるタイトル戦が実現していた。
本人(失冠は)時間の問題だと思っていたので、これからまた頑張りたい 出典
棋聖5連覇で、最年少の永世称号資格
棋聖戦を3連勝で防衛して5連覇し、永世棋聖の資格を得る。21歳11か月での永世称号は、歴代の最年少記録を51年ぶりに更新した。続く王位戦も4勝1敗で5連覇し、永世王位の資格も手にして永世称号は2つになる。
竜王5連覇、史上最年少で永世竜王の資格
この年度は名人・棋聖・王位を防衛したが、10月28日、王座戦で伊藤匠に2勝3敗で敗れ、七冠から六冠に後退する。その直後の竜王戦で佐々木勇気に4連勝し、竜王5連覇。23歳3か月で史上3人目の永世竜王の資格を得て、永世称号は3つとなった。これまでの最年少永世三冠は、羽生善治の25歳11か月だった。
王将・棋王をともにカド番から防衛
年度の終わりは、王将戦で永瀬拓矢、棋王戦で増田康宏の挑戦を受け、どちらも途中でカド番に追い込まれた。王将戦は4勝3敗、棋王戦は3月29日の第5局に勝って3勝2敗で防衛し、六冠を守る。一般棋戦ではこの年度、日本シリーズ、朝日杯、NHK杯の3つで優勝した。
名人4連覇に続き、棋聖7連覇
5月の名人戦は糸谷哲郎九段に4連勝で4連覇し、永世名人まであと1期とした。7月1日には棋聖戦で服部慎一郎七段に3連勝し、棋聖7連覇を果たす。
王位戦で伊藤匠を退け、7連覇
8月5日の王座戦挑戦者決定戦では広瀬章人九段に敗れ、伊藤匠王座への挑戦を逃す。王位戦では、叡王・王座の二冠を持つ伊藤を挑戦者に迎えた。2勝2敗から第5局と第6局を連勝し、9月9日、4勝2敗で7連覇を決める。対局の翌日、10月で棋士10年になることを聞かれ、デビューのころを振り返った。
本人棋士になったばかりの頃は根拠のない自信があって、それが良い方向に働いたと感じる。 出典
六冠を保持し、竜王6連覇を懸けて服部慎一郎と対戦
竜王・名人・王位・棋聖・棋王・王将の六冠を持ち、タイトル獲得は通算37期を数える。竜王戦では、7月の棋聖戦に続いて挑戦者となった服部慎一郎七段を迎え、10月9・10日の第1局から七番勝負を戦う。