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いとう たくみ
世田谷育ち。5歳のクリスマスに将棋盤を贈られ、同学年の藤井聡太から叡王を奪って八冠独占を崩した。王座も加えて二冠に。
平成14年生まれ ・ 東京都世田谷区出身 ・ 2002– ・ 満24歳
師匠宮田利男 八段 / 段位九段 / プロ入り2020年(17歳) / 学歴弦巻中学校卒業(高校は1年の1学期で退学)
著書・関連書籍を見る ↓王座戦の結果、タイトル保持者は伊藤を含む3人になった。順位戦ではA級に在籍する。
平成14〜
東京都世田谷区に生まれる。父の伊藤雅浩は弁護士。東京で育ちながら、名古屋出身の父の影響で中日ドラゴンズのファンになった。
クリスマスのプレゼントに将棋盤と駒をもらう。保育園の近くにある将棋・囲碁のサロンで大人たちが指す姿に関心を持ったのがきっかけだったと、父はブログに書いている。父に将棋を教わると、まもなく自宅から歩いて行ける三軒茶屋将棋倶楽部に通い始めた。倶楽部を営む宮田利男が、のちの師匠になる。
8月の全国小学生倉敷王将戦では、低学年の部で2年生ながら準優勝する。11月にはJT子ども大会東京の低学年の部で優勝した。当時は「たっくん」と呼ばれ、小学2年ながら有名な存在だった。
第9回全国小学生将棋大会の準決勝で、同じ2002年生まれの藤井聡太と対戦し、接戦を制す。決勝では敗れて2位、藤井は3位だった。敗れた藤井が泣いたという逸話から、のちに「藤井を泣かせた男」と呼ばれるようになる。4月には、三軒茶屋将棋倶楽部で修行する姿がNHK教育の『カラフル!』で放送された。
ベラルーシのミンスクで開かれた世界オープン将棋選手権で、小学生ながら優勝する。当時の大会を伝える記事は、小柄な眼鏡の少年が大人の強豪を次々と倒したと伝えている。
小学5年で宮田利男に入門し、9月に棋士の養成機関である奨励会に6級で入る。入会試験は1日目を1勝2敗で終え、2日目は負けていた将棋を拾って合格した。入会前は伸び悩んでいたが、入ってからは順調に昇級していったと本人は振り返っている。
平成29〜
中学3年の12月に三段へ昇段する。関西の奨励会では、同い年の藤井聡太が2016年度前期の三段リーグを抜け、史上最年少の14歳2か月で四段に上がっていた。その後、藤井はデビューから公式戦29連勝を果たす。伊藤は藤井の対局で記録係を務めながら、連勝が早く止まってほしいとも思っていたという。
本人なんか、歯がゆい思いみたいなのはあった気がします 出典
朝日杯将棋オープン戦の準決勝と決勝で記録係を務める。藤井聡太が準決勝で羽生善治、決勝で広瀬章人を破り、棋戦初優勝を果たした2局だった。
4月から三段リーグに参加する。三段になってリーグ開幕までに時間ができたため受験勉強をして高校に進んだが、1年の1学期のうちに退学し、将棋に集中した。三段リーグでは毎期勝ち越したものの、しばらくは昇段争いに食い込めなかった。
第67回三段リーグを15勝3敗の1位で終え、10月1日付で四段に昇段してプロ棋士になる。藤井聡太より誕生月が3か月遅いため、将棋界の最年少棋士が4年ぶりに入れ替わった。会見では藤井について「一手一手の精度が高い」と話した。
本人今は実力差があって現状では対戦することも想像できませんけど、まずは対戦できるように。追いつきたいという気持ちです 出典
令和3〜
非公式の団体戦、ABEMAトーナメントで藤井聡太に指名され、高見泰地と3人のチームを組む。9月18日の決勝で勝ち、優勝した。デビューは2連敗から始まったが、この大会を戦う間に公式戦でも勝ち星を重ねた。
第52期新人王戦の決勝三番勝負で、プロ入り同期の古賀悠聖に2連勝し、初めての棋戦優勝を果たす。2018年の藤井聡太に続く新人王だった。その後、王位戦の予選では永瀬拓矢王座を破るなど5連勝し、初めて王位リーグ入りを決めた。
本人今はホッとしているというのが正直なところです。棋士になって1年。ひとつ結果を残すことができてよかったです 出典
3月10日、順位戦で1期でのC級1組への昇級を決め、五段に昇段する。30日の対局に勝って2021年度の勝率を8割1分8厘(45勝10敗)とし、全棋士の1位になった。8割1分2厘で2位の藤井聡太は、デビュー以来5年連続の勝率1位を逃した。この年度の将棋大賞では勝率1位賞と新人賞を受けた。
竜王戦は5組で優勝して決勝トーナメントに進み、出口若武、大石直嗣、広瀬章人、丸山忠久、稲葉陽を破る。8月14日の挑戦者決定三番勝負第2局で永瀬拓矢王座に勝ち、藤井聡太竜王への挑戦を決めた。竜王戦で5組優勝からの挑戦は初めてで、規定により七段に昇段した。
本人小学校の対戦はほとんど記憶にないが、常に藤井竜王を追いかけてここまでこれたのかなという気がしている。自分を引き揚げてくれた存在と思っています 出典
10月6日に開幕した七番勝負は、対局者2人の年齢の合計が41歳で、すべてのタイトル戦を通じて史上最年少の対決だった。保持者と挑戦者がともに21世紀生まれのタイトル戦も、将棋界で初めて。11月11日の第4局に敗れて4連敗となり、竜王獲得はならなかった。
藤井聡太棋王に挑んだ棋王戦五番勝負は、第1局が持将棋の引き分けとなり、続く2局に敗れる。3月17日の第4局にも敗れ、棋王獲得はならなかった。2日後の19日、叡王戦の挑戦者決定戦で永瀬拓矢九段を破り、半年で3度目のタイトル戦出場を決めた。
本人藤井さんが負けるなら、相手は自分であってほしい 出典
2023年度の将棋大賞で、優秀棋士賞、最多対局賞、最多勝利賞とともに升田幸三賞を受ける。対象は、角換わりの後手番で100手ほどで互いに玉を敵陣へ入れて持将棋の引き分けとし、それによって先手番を得る指し方だった。受賞について本人は「全く考えておらず、本当に驚きました」と語った。
令和6〜
叡王戦五番勝負で、八冠を独占していた藤井聡太叡王に挑む。初対戦から11連敗していた藤井に、4月の第2局で初めて勝った。6月20日の第5局に勝って3勝2敗で叡王を獲得し、藤井の全冠保持は254日、タイトル戦無敗は22期で止まった。21歳8か月での獲得は歴代8位の若さ。
本人普段の生活は今のところ変化はないです。ただ、タイトル戦の最中はかなり緊張感というか、普段から張り詰めていたところもあったので、それからだいぶ解放されているのは感じています。 出典
斎藤慎太郎八段の挑戦を受けた初めての防衛戦は、最終第5局までもつれる。6月14日、千葉県柏市での第5局に勝って3勝2敗で叡王を守り、タイトル獲得が通算2期となって同日付で八段に昇段した。防衛の会見では、藤井聡太との「差が広がっている」と口にしていた。
7月の王座戦挑戦者決定戦で、子どもの頃から憧れてきた羽生善治に勝ち、藤井聡太王座に挑む。10月28日、甲府市での第5局に97手で勝って3勝2敗とし、王座を獲得した。自身初の二冠で、タイトル3期により九段に昇段する。二冠の年少記録は藤井、羽生に次ぐ3位。藤井のタイトル戦敗退はこれが2度目で、2度とも相手は伊藤だった。産経新聞は、将棋界が藤井の1強から2強の時代に入ったと報じた。
本人まだまだ実感が湧かないところですけど。ここ最近はよい状態で対局に臨むことができたかなと思うので。その中で一つ結果を出すことができてよかったと思います 出典
第19回朝日杯将棋オープン戦で、全棋士が参加する一般棋戦では初めて決勝に進む。2月11日の決勝で藤井聡太王将に94手で敗れ、準優勝に終わった。2018年に記録係として藤井の初優勝を見届けた棋戦の、同じ決勝の舞台だった。
本人8年前に記録を取ったことは覚えている。決勝を戦えたのは、感慨深かった 出典
順位戦B級1組を10勝2敗で終え、3期連続の昇級でA級に上がる。同じ月の詰将棋解答選手権では、83点で2位に入った。
アパホテルと広告出演契約を結び、出演するCM『次の一手へホテル』篇と『次の一手へリゾート』篇が公開される。アパホテルは2023年12月から叡王戦に協賛している。
王位戦の挑戦者決定リーグ白組で4勝1敗の3人が並び、プレーオフで藤本渚、古賀悠聖に連勝する。5月28日の挑戦者決定戦では、1対1の研究会で練習将棋を指してきた羽生善治に勝ち、初めて王位戦の挑戦者になった。藤井聡太とタイトル戦の番勝負で戦うのは5度目になる。
2期続けて挑戦者となった斎藤慎太郎八段との五番勝負は、開幕から2連勝したあと2連敗し、最終第5局にもつれる。5月31日、千葉県柏市での第5局に117手で勝ち、3勝2敗で叡王を守って3連覇を果たした。王座と合わせた二冠を維持した。
浜松市での第1局で藤井聡太王位に勝って白星で発進し、第4局を終えて2勝2敗と並ぶ。そこから2連敗し、9日の第6局に敗れて2勝4敗で王位獲得はならなかった。藤井は王位戦7連覇となった。
初めての王座防衛戦で、挑戦者の広瀬章人九段に9月2日の第1局で敗れたあと、10月2日の第3局に勝って2勝1敗とする。14日の第4局に敗れて2勝2敗となり、27日に甲府市で指した最終第5局に121手で敗れた。2勝3敗で王座を失い、叡王の1冠に後退した。叡王戦と王座戦の五番勝負はそれまで4度とも最終局までもつれて勝っていたが、5度目で初めて敗れた。
本人シリーズとして、あまり内容の良くない将棋も多かった。結果もやむを得ない。もう少し力をつけていかないといけないのかもしれません 出典
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