さいたまで育ち、浦和の下部組織へ
平成14〜
米ニュージャージー州ニューアークで生まれる
ガーナ人の父と日本人の母の間に生まれ、兄がいる。名前の「彩艶(ザイオン)」は、聖書に登場する聖なる丘「シオン」にちなむ。その後、埼玉県さいたま市で育った。
浦和レッズジュニアに加入
2013年に新設された浦和レッズジュニアの一期生として加入し、ジュニア・ジュニアユース・ユースと下部組織を歩む。
U-17日本代表として2017 FIFA U-17ワールドカップのメンバーに選出
年代別代表に早くから名を連ね、国際舞台での経験を積み始める。当時最年少での飛び級招集で、メンバー入りは果たしたが出場機会はなくベンチにとどまった。
浦和レッズと史上最年少でプロ契約
2019年2月1日、当時16歳5ヶ月11日で浦和レッズとプロ契約を締結し、クラブ史上最年少記録となった。同年8月9日には2種登録選手としてトップチームに登録された。
2019 FIFA U-20ワールドカップのメンバーに選出
浦和ユースと並行して通信制のN高等学校に在籍し、高校生でありながらベンチプレス125kgを挙げるほどの肉体改造に励み、同僚やOBから称賛される。年代別代表でも中心選手となっていったが、この大会でも出場機会はなくベンチにとどまった。
2019 FIFA U-17ワールドカップに出場
2017年・2019年5月と2大会連続でベンチにとどまっていたが、この大会でついに世界大会デビューを果たした。
プロ入りと日本代表定着
令和3〜
ルヴァンカップでGKクラブ最年少出場、トップチーム初出場
Jリーグヤマザキナビスコカップ改めYBCルヴァンカップ第1節・湘南戦でGKとしてのクラブ最年少出場を記録し、2013年設立の「浦和レッズジュニア」出身者としては初のトップチーム出場となった。
— 浦和レッズトップチームでJ1初出場、3戦連続無失点
J1リーグに初出場。川口能活以来史上2人目となるデビューから3戦連続無失点を記録した。同年10月には、この年のYBCルヴァンカップでの活躍(グループステージからプライムステージ準決勝第2戦まで12試合中9試合にフル出場)が評価され、GKとしては曽ヶ端準(2001年)以来11シーズンぶり2人目となるニューヒーロー賞を受賞した。この活躍で正GKとしての地位を確立し、以後A代表定着への足がかりとなった。
— チームの若手キャプテンに任命、日本代表デビュー
クラブでは将来を見据えた若手キャプテンを任され、7月13日に森保一監督によりA代表に初招集。同19日のEAFF E-1サッカー選手権2022・香港戦でA代表デビューを果たした。このデビューを機にA代表に定着し、後のAFCアジアカップ2023メンバー入りや2026年ワールドカップでの正GK起用へとつながっていく。
海外挑戦、セリエAへ
令和5〜
ベルギー、シント=トロイデンへ移籍
レンタル移籍で欧州初挑戦。即座にレギュラーを掴み、1シーズンでリーグ32試合に出場した。
AFCアジアカップ2023のメンバーに選出
A代表デビュー後も出場を重ねて定着し、翌年に開催されたAFCアジアカップ2023(カタール)のメンバーにも選出された。
シント=トロイデンへ完全移籍を発表
浦和レッズとの契約を解消し、レンタル移籍先のシント=トロイデンへ完全移籍すると発表。完全移籍への移行自体は同年7月から発効し、その所属のまま同月パルマへ移籍することとなる。
— パルマへ完全移籍、日本人GK初のセリエA挑戦
シント=トロイデンから中田英寿以来2人目の日本人選手としてパルマに加入。契約期間5年、移籍金は17億円。1年目から正GKとしてチームの残留に貢献し、同年10月にはアジア人GKの市場価値ランキングで1位(700万ユーロ)となった。
負傷により手術、復帰後すぐにスタメンに復帰
全治3〜4ヶ月と診断されたが、復帰後は即座に正GKの座を取り戻し、2年連続でチームの1部残留に貢献した。
北中米ワールドカップ、そして今
令和8〜
FIFAワールドカップ日本代表メンバー26名に選出
正GKとして北中米ワールドカップに臨むメンバーに選ばれた。
— ワールドカップ初出場、オランダ戦で好セーブを連発
グループステージF組第1節(ダラス)、オランダとの試合は2-2のドロー。2失点を許しながらも幾度もの好セーブでチームを救い、「…チームを助けたいという思いが一番だった」と振り返った。この試合での活躍が海外メディアの注目を集めるきっかけとなった。
— グループステージ突破、ラウンド32でブラジルに惜敗
第2節チュニジア戦(4-0勝利)、第3節スウェーデン戦を経てグループステージを突破。決勝トーナメント1回戦(ラウンド32)のブラジル戦ではヴィニシウス・ジュニオールのシュートを防ぐなど幾度もの決定機を止めたが、後半終了間際に許した1点で1-2で敗れ大会を終えた。決勝T1回戦終了時点でのセーブ数17本は大会4番目に多く記録し、ESPNのブラジル戦ベストプレーヤー3位選出など、海外メディアからも高い評価を受けた。
パルマからPSGへの移籍合意が一転破談、アストン・ヴィラへ完全移籍
大会での活躍を受けて市場価値が急騰。7月はプレミアリーグ・リーズ・ユナイテッドへの移籍金約3000万ユーロ(約55億円)での提示・交渉が報じられたが、本人がオファーを拒否し不成立に終わった。8月に入るとパリ・サンジェルマン(PSG)がパルマへ正式オファーを提示し、8月11日には移籍金3500万ユーロ規模・PSGとの5年契約で合意に達したと報じられたが、代理人手数料を巡る条件面で土壇場で破談。直後にプレミアリーグのアストン・ヴィラが浮上し、PSGとほぼ同額水準(総額最大約3500万ユーロ、約64億円)でパルマと合意、8月19日に5年契約(2031年夏まで)での完全移籍がクラブ公式発表された。前守護神エミリアーノ・マルティネスの退団が後任確保の背景とされ、プレミアリーグでプレーする日本人GKとしては初、移籍金は日本人史上最高額タイとなった。アストン・ヴィラは2025-26シーズンのUEFAヨーロッパリーグ優勝クラブとして、2026-27シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を保持している。