さいたまで育ち、浦和の下部組織へ
平成14〜
米ニュージャージー州ニューアークで生まれる
ガーナ人の父と日本人の母の間に生まれ、兄がいる。名前の「彩艶(ザイオン)」は、聖書に登場する聖なる丘「シオン」にちなむ。その後、埼玉県さいたま市で育った。
浦和レッズジュニアに加入
浦和レッズジュニアに加入し、ジュニア・ジュニアユース・ユースと下部組織を歩む。
U-17日本代表として2017 FIFA U-17ワールドカップに出場
年代別代表に早くから名を連ね、国際舞台での経験を積み始める。
2019 FIFA U-20ワールドカップに出場
浦和ユースと並行して通信制のN高等学校に在籍し、高校生でありながらベンチプレス125kgを挙げるほどの肉体改造に励み、同僚やOBから称賛される。年代別代表でも中心選手となっていった。
2019 FIFA U-17ワールドカップに出場
同年のU-20ワールドカップに続き、年代別代表の中心選手として大会に臨んだ。
プロ入りと日本代表定着
令和3〜
ルヴァンカップでクラブ最年少出場、トップチーム初出場
Jリーグヤマザキナビスコカップ改めYBCルヴァンカップ第1節・湘南戦でクラブ最年少出場を記録し、2013年設立の「浦和レッズジュニア」出身者としては初のトップチーム出場となった。
— 浦和レッズトップチームでJ1初出場、3戦連続無失点
J1リーグに初出場。川口能活以来史上2人目となるデビューから3戦連続無失点を記録し、GKとしては史上2人目のニューヒーロー賞も受賞した。
— チームの若手キャプテンに任命、日本代表デビュー
クラブでは将来を見据えた若手キャプテンを任され、7月13日に森保一監督によりA代表に初招集。同19日のEAFF E-1サッカー選手権2022・香港戦でA代表デビューを果たした。
海外挑戦、セリエAへ
令和5〜
ベルギー、シント=トロイデンへ移籍
レンタル移籍で欧州初挑戦。即座にレギュラーを掴み、1シーズンでリーグ32試合に出場した。
AFCアジアカップ2023のメンバーに選出
A代表デビュー後も出場を重ねて定着し、翌年に開催されたAFCアジアカップ2023(カタール)のメンバーにも選出された。
シント=トロイデンへ完全移籍を発表
浦和レッズとの契約を解消し、レンタル移籍先のシント=トロイデンへ完全移籍すると発表。完全移籍への移行自体は同年7月から発効し、その所属のまま同月パルマへ移籍することとなる。
— パルマへ完全移籍、日本人GK初のセリエA挑戦
シント=トロイデンから中田英寿以来2人目の日本人選手としてパルマに加入。契約期間5年、移籍金は17億円。1年目から正GKとしてチームの残留に貢献し、同年10月にはアジア人GKの市場価値ランキングで1位(700万ユーロ)となった。
負傷により手術、復帰後すぐにスタメンに復帰
全治3〜4ヶ月と診断されたが、復帰後は即座に正GKの座を取り戻し、2年連続でチームの1部残留に貢献した。
北中米ワールドカップ、そして今
令和8〜
FIFAワールドカップ日本代表メンバー26名に選出
正GKとして北中米ワールドカップに臨むメンバーに選ばれた。
— ワールドカップ初出場、オランダ戦で好セーブを連発
グループステージF組第1節(ダラス)、オランダとの試合は2-2のドロー。2失点を許しながらも幾度もの好セーブでチームを救い、「チームを助けたいという思いが一番だった」と振り返った。
— グループステージ突破、ラウンド32でブラジルに惜敗
第2節チュニジア戦(4-0勝利)、第3節スウェーデン戦を経てグループステージを突破。決勝トーナメント1回戦(ラウンド32)のブラジル戦ではヴィニシウス・ジュニオールのシュートを防ぐなど幾度もの決定機を止めたが、後半終了間際に許した1点で1-2で敗れ大会を終えた。決勝T1回戦終了時点でのセーブ数17本は大会4位タイを記録し、ESPNのブラジル戦ベストプレーヤー3位選出やFIFA公式サイトでの特集など、海外メディアからも高い評価を受けた。
W杯での評価急上昇を受け、移籍を巡る報道が過熱
大会での活躍を受けて市場価値が急騰し、海外メディアではプレミアリーグ・リーズ・ユナイテッドへの移籍が有力と報じられているが、2026年7月時点で正式な発表はない。