海老名の少女、福原愛以来の3冠
平成14〜
神奈川県海老名市に生まれる
神奈川県海老名市生まれ。祖父は神奈川大学卓球部の監督を務めた人物で、母はバレーボールをしていた。
祖父の勧めで岸田クラブに入会、卓球を始める
5歳のとき、神奈川大学卓球部監督だった祖父の勧めで藤沢市の岸田クラブに入会した。本当はバレーボールがしたく、本人いわく「嫌々やらされた」始まりだったが、サーブでお菓子に球を当てるゲームが楽しく、次第にのめり込んだ。もともと右利きだが、選手の少ない左で打つよう小さいころに意識して、左利きになった。
本人始めた当時はバレーボールがしたかったので本当にイヤで言うことも聞かなかったのですが(笑)、離れた今になって分かることもありますね。 出典
全日本の年代別3部門を制覇、東アジアホープスも優勝
小学2年の2010年に全日本選手権バンビの部、小学4年の2012年にカブの部、小学6年の2014年にホープスの部を制し、1999年の福原愛以来となる年代別3部門制覇を達成した。同じ2014年には東アジアホープス選手権の日本代表に選ばれ、大阪で開かれた本大会の女子シングルス決勝で韓国の安韶姸を3-1で下して優勝。初めて制した国際大会で「世界の選手にも勝てるんだ」と実感したという。
エリートアカデミー、そしてジュニア世界一
平成27〜
JOCエリートアカデミーに入校、親元を離れて東京へ
さらなるレベルアップを図るため、中学入学と同時にJOCエリートアカデミーに入校し、東京・北区立稲付中学校に進んだ。全国から有望な中高生が集まる寮生活の始まりだった。同年のイタリアジュニア&カデットオープンではカデット女子シングルスで優勝している。ただ、故郷を離れてからは伸び悩み、小学生時代のコーチ村守ひとみから「アカデミーをやめて、岸田クラブに帰ってくる?」と問われたこともある。長﨑は困惑した表情を浮かべたが、すぐに首を振った。
出典ja.wikipedia.orgdanone-institute.or.jpsportiva.shueisha.co.jp
世界ジュニア選手権で団体準優勝、ダブルス銅
中学3年でイタリアのリーヴァ・デル・ガルダで開かれた世界ジュニア選手権に出場。加藤美優と組んだ女子ダブルスで3位、加藤・木原美悠との団体では決勝に進み、中国戦で前年の世界ジュニア女王・石洵瑶を下したが、チームは準優勝だった。
全日本ジュニアで優勝、年代別4種目を制覇
中学3年で臨んだ全日本選手権ジュニア女子シングルスで、高校生を相手に優勝。これでバンビ・カブ・ホープス・ジュニアの4種目を制した。世界ジュニアでの活躍と合わせて、国際試合への高い潜在性がある選手と日本卓球協会に評価され、世界選手権の代表選出につながる。
世界ランク128位で世界選手権団体戦の代表に大抜擢
3月、日本卓球協会は4月29日開幕の世界選手権団体戦(スウェーデン・ハルムスタッド)の代表に、選出時点の世界ランキングが128位だった長﨑を選んだ。石川佳純、平野美宇、伊藤美誠、早田ひなという2学年上の「黄金世代」に交じっての初選出だった。日本は決勝で中国に敗れて銀メダル。長﨑に出番はなかったが、15歳でベンチから世界のトップを間近に見た。
世間宮崎義仁強化本部長(2018年3月の代表発表会見)「現時点で、日本選手では間違いなく1番ボールの威力がある。(攻撃的なバックハンド技術の)チキータも1番うまくて威力もあり、最新技術を身につけている。フィジカルも強い。日本人離れした選手」
本人まさか選ばれるとは。誰も予想していなかったと思う 出典
全日本混合ダブルスで張本智和と準優勝、Tリーグ初年度
全日本選手権では、同じエリートアカデミーの1歳年下・張本智和と初めてペアを組んだ混合ダブルスで準優勝。一方でシングルスはジュニアの部で準決勝敗退、一般の部は初戦で敗れ、「まだ自分に迷いがある」と語った。前年10月に開幕した新リーグのTリーグには、地元の木下アビエル神奈川の一員として石川佳純らと参戦していた。世界ランキングは前年春の128位から35位に上がっていた。
アジアジュニア選手権優勝、中国の21連覇を止める
モンゴル・ウランバートルで開かれたアジアジュニア選手権で、シングルスと木原美悠と組んだダブルスの2冠。シングルス決勝は出澤杏佳との日本人対決を4-1で制した。大会史上初の日本選手の優勝で、中国の21連覇を止めた。
世界ジュニア選手権で日本女子初のシングルス優勝
タイ・コラートで開かれた世界ジュニア選手権の女子シングルスで、中国勢を下して決勝に進み、エリートアカデミーの後輩・小塩遥菜との日本人対決を4-2で制した。日本女子として初めてのジュニア世界一だった。木原美悠との女子ダブルスも制して2冠、団体は準優勝。ジュニアの主要大会でほとんど取りこぼしがないまま、17歳でシニアの舞台へ向かう。
ITTFグランドファイナル女子ダブルス優勝、「Wみゆう」が脚光
中国・鄭州でのITTFワールドツアーグランドファイナルに木原美悠と出場。準決勝で世界選手権ダブルス王者の孫穎莎/王曼昱ペアから金星を挙げ、決勝でも韓国ペアに勝って優勝、年間女王となった。2人の名前から「Wみゆう」と呼ばれ、一躍脚光を浴びる。
コロナ禍、厳しい選択、シニアの壁
令和2〜
コロナ禍で国際大会が止まる
新型コロナウイルスの感染拡大で国際大会が止まり、この年の世界選手権も中止になった。中学1年から海外遠征続きだった長﨑にとって、練習だけの日々は初めてで、試合がない中で諦めようと思ったこともあったという。
エリートアカデミーを修了、日本生命へ「厳しい選択」
3月にJOCエリートアカデミーを修了し、大原学園高校を卒業。4月1日付で日本生命に所属し、Tリーグは地元の木下アビエル神奈川から、リーグ3連覇中の日本生命レッドエルフへ移った。大学へは進まず社会人となり、2学年上の伊藤美誠・早田ひな・平野美宇と同じチームで練習する道を選んだ。この年の全日本選手権一般の部では初のベスト8に入っている。
本人2024年のパリオリンピックを目指すにあたって、自分がどこで卓球をしたら一番強くなれるのか。それを考えた時に、自分にとって厳しい選択をした方がいいと思った 出典
アジア選手権で女子団体優勝、選考会の涙から1か月
8月末の世界選手権個人戦の代表選考会は、上位2人の枠に対して5位に終わった。大会前から調子を崩し、決勝リーグの前に涙が止まらなかったという。「2人で一緒に行こうね」と約束していた木原美悠も出場を逃した。その翌月、9月28日から10月5日にドーハで開かれたアジア選手権では、早田ひな・佐藤瞳・芝田沙季・安藤みなみとの女子団体で優勝。安藤と組んだ女子ダブルスでも3位に入った。
世界卓球の代表選考会で伊藤美誠を破り、自力で代表権
世界選手権団体戦の代表選考会「LIONカップ TOP32」は、4強入りで代表が決まる。その準々決勝で東京五輪の金銀銅メダリスト伊藤美誠と対戦し、4-2で勝った。嬉し涙を流し、同じく代表入りした木原美悠と抱き合った。15歳で推薦された4年前と違い、自分の力で掴んだ代表権だった。6月には日本生命を離れて木下グループに移籍し、Tリーグは木下アビエル神奈川に戻る。
世界卓球成都大会で5勝1敗、決勝は孫穎莎と対戦し団体銀
コロナ禍を経て4年ぶりに開かれた世界選手権団体戦(中国・成都)。石川佳純や平野美宇が不在の中、6試合に出場して5勝1敗と勝ち星を重ね、開幕7連勝で決勝に進んだ日本の立役者の一人となった。10月8日の決勝は不調で欠場した早田ひなに代わって第3試合に登場し、世界ランキング1位の孫穎莎に0-3で敗れたが、日本は4大会連続の銀メダル。当時世界43位の長﨑は中国メディアからも称賛され、大会中「幸せです」と繰り返した。
本人こうしてプレーさせてもらって、高い緊張感の中で、日本代表を背負ってきた先輩たちは本当にすごい。自分もそれに次ぐ存在になれるように、そして追い越せるように頑張りたいとさらに思った 出典
世界卓球ダーバンで木原美悠と女子ダブルス銅メダル
初出場の世界選手権個人戦(南アフリカ・ダーバン、5月20〜28日)。木原美悠との女子ダブルスは5月26日の準決勝で中国の陳夢/王芸迪に1-3で敗れ、銅メダルとなった。「Wみゆう」にとって世界選手権個人戦で初のメダル。この年には木下グループの関連会社KSMと専属マネジメント契約も結んでいる。
杭州アジア大会で女子団体銀メダル、パリ選考レースも佳境
中国・杭州のアジア競技大会(卓球は9月22日〜10月2日)に女子団体で出場。9月25日の準決勝で韓国を3-1で下し、決勝は中国に敗れて銀メダル。平野美宇と組んだ女子ダブルスにも出場した。この年はパリ五輪の代表選考ポイントを争う大会が続き、11月25日の全農カップ大阪大会では準々決勝で選考レース2位の平野をストレートで破っている。
全日本女子ダブルス初優勝、パリ五輪の代表は届かず
1月27日、全日本選手権の女子ダブルス決勝で木原美悠と組み、佐藤瞳/橋本帆乃香を3-2のフルゲームで破って初優勝。優勝の瞬間、2人は床に崩れ落ちて涙を流した。一方、この全日本で終了したパリ五輪女子シングルスの選考レースは、1月29日発表の最終ポイントで6位。上位2人の早田ひなと平野美宇が代表となった。2022年に始まったこの選考レースで、長﨑は最初の対象大会でいきなり2位につけていた。トップ選手が全員出る中での好スタートだったが、シニアでは「追われる側になったことがなかった」ため、その順位を守ろうと守りに入ってしまったと振り返っている。
本人行けなかったのはすごく残念だったけど、自分にとってこの出来事は大きい。だから、次は本気でオリンピックを狙いたいと思っています 出典
WTTコンテンダーリオでシングルス初優勝、早田を7-10から逆転
5月20〜26日、ブラジルのWTTコンテンダー・リオデジャネイロ。1ゲームも落とさず決勝に進み、早田ひなとの同士討ちは最終ゲームにもつれた。3-7、4-9とリードされ、7-10からマッチポイントを三度しのいで12-10。WTTシリーズのシングルスで初めての優勝だった。同じ年にはスターコンテンダー・リュブリャナの女子ダブルスも木原美悠と制している。
「自分を一度、全部壊す」——躍進と3度目の銀
令和7〜
スターコンテンダー・リュブリャナで中国勢を3連破しシングルス優勝
前月の世界選手権ドーハ大会はシングルス2回戦で敗れていたが、23歳の誕生日の翌日にスロベニアへ移動して臨んだWTTスターコンテンダー・リュブリャナでは、中国勢を3連破して決勝へ。相手は前年に同じ大会のダブルスを一緒に制した木原美悠だった。6月22日の決勝でこれを4-1で下し、格上の「スター」を冠した大会で初の優勝。6月24日発表の世界ランキングは6つ上げて自己最高の20位となった。この6月には、木下アビエル神奈川がチーム初となる個人の所属契約を長﨑と結んだと発表し、所属は木下グループから神奈川に移っている。
本人スターコンテンダーで初の決勝進出。その相手が美悠なんだって、すごく感慨深い感じで、正直勝負の気持ちになれなかった。 出典
世界ランキング自己最高の14位、ヨーロッパスマッシュでダブルス銅
6〜7月のWTTで結果を重ね、8月5日付の世界ランキングは20位から14位に上がって自己最高となった。スウェーデンでのWTTヨーロッパスマッシュでは韓国の申裕斌と組んだ女子ダブルスで、8月22日の準決勝で敗れて3位。この年を「100点満点」と振り返り、過去の戦績も固定観念も捨て、すべてを自分で選んで結果に責任を持つようになったと語っている。
本人自分を一度、全部壊そうと思ったんです 出典
全日本はベスト8、「ベスト8の壁」を痛感
1月20〜25日の全日本選手権(東京体育館)。女子シングルスは準々決勝で張本美和に1-4で敗れ、ベスト8だった。1月下旬の世界ランキングでは自己最高に並ぶ14位で、日本女子の6番手につけていた。
全日本女子ダブルス、張本美和と組んで2度目の優勝
愛知・スカイホール豊田での全日本選手権ダブルスの部。張本美和と組んだ女子ダブルス決勝で、かつてのパートナー木原美悠と平野美宇のペアを3-0で下した。ペアを替えての2度目の全日本ダブルス制覇。張本はこの大会でジュニア女子・女子シングルス・混合ダブルスを制しており、この女子ダブルスで全日本史上初の4冠となった。「張本選手の4冠に貢献できてうれしいです」。
世界卓球ロンドンの代表に推薦選出、シンガポールスマッシュはダブルス準優勝
2月16〜17日の世界選手権団体戦の国内選考会では敗れたが、2月25日、日本卓球協会は強化本部推薦で長﨑を女子5枠目に選んだ。世界ランキングで上位の伊藤美誠や大藤沙月ではなく、リュブリャナでの躍進を評価しての抜擢だった。28日にはWTTシンガポールスマッシュの女子ダブルス決勝に申裕斌と進み、張本美和/早田ひなに0-3で敗れて準優勝。
本人選考会で負けてしまって、やっぱり一番自分の実力のなさっていうのを痛感しました 出典
Tリーグのプレーオフファイナルで先取点、木下アビエル神奈川が2連覇
3月28日、国立代々木競技場第二体育館で行われたノジマTリーグ2025-2026シーズンのプレーオフファイナル。1番のダブルスに張本美和と組んで出場し、先取点を挙げた。最後はビクトリーマッチで平野美宇が早田ひなを下し、木下アビエル神奈川が2連覇を果たした。
世界卓球ロンドン100周年大会で団体銀、初戦で勝利
4月28日〜5月10日の世界選手権団体戦(ロンドン)。5月2日の予選ステージ1A初戦、地元イングランド戦の第3試合に起用され、ウォン・ジャスミンを3-0で下して日本の白星発進に続いた。5月10日の決勝は中国に2-3で惜敗し、日本は6大会連続の銀メダル。長﨑にとって団体戦は3度目の出場で、大会前には「年々と、やっぱり金メダルっていうものが、夢から目標に変わっていると思います」と語っていた。
名古屋アジア大会の女子団体に出場中、次はロサンゼルスを見据えて
9月のWTTコンテンダー・パナギュリシテはベスト4に入った。9月20日開幕の愛知・名古屋アジア競技大会には女子団体メンバーとして出場し、初戦のモンゴル戦で3-0の勝利を挙げている。掲げる目標は世界ランキング10位以内と、ロサンゼルス五輪だ。