目次
荒川静香に憧れて、ノービスの女王に
平成14〜
荒川静香の演技に憧れ、5歳でスケートを始める
トリノ五輪で荒川静香の演技を見たのがきっかけで、5歳でフィギュアスケートを始めた。小さい頃から、羽生結弦を育てた都築章一郎コーチに習った。
全日本ノービスAで2位、全日本ジュニアに初出場
全日本ノービス選手権(ノービスA)で2位。初めて出た全日本ジュニア選手権では、ショートプログラム5位からフリー18位に沈み、総合15位だった。
全日本ノービスで優勝、全日本ジュニアで5位
3月のプランタン杯が初の国際大会で、ノービスクラスで優勝した。中学1年生のこのシーズン、全日本ノービス選手権(ノービスA)で初優勝し、国際大会のノービスクラスでも優勝を重ねた。11月の全日本ジュニア選手権ではショートプログラム3位、総合5位。当時から3回転ルッツ+3回転ループを跳び、羽生結弦のジャンプに憧れてイメージトレーニングをしていた。
本人このままの勢いで成長し続けて、18年の平昌五輪では金メダルを狙いたい 出典
史上4人目の大技、そして腰と足首のけが
平成27〜
ジュニアGPリガ杯で3回転ルッツ+3回転ループを成功
8月のジュニアグランプリ・リガ杯のショートプログラムで3回転ルッツ+3回転ループを成功させる。ISU公認大会では、イリーナ・スルツカヤ、安藤美姫、アデリナ・ソトニコワに続く女子で史上4人目だった。このシーズン、日本スケート連盟の強化選手に初めて選ばれた。この年はアイスショー『ファンタジー・オン・アイス』にも出演している。
ジュニアグランプリのチェコスケートで4位
8月末からのジュニアグランプリ・チェコスケートで4位、続く10月のB.シュベルター杯(ドレスデン)で5位となった。
腰椎分離症に苦しみ、全日本ジュニアで17位
ジュニア時代は腰椎分離症を発症し、年単位で痛みに苦しんだ。思うように練習できず成績は伸びず、2017年11月の全日本ジュニア選手権は17位だった。下の世代が伸びてくるなか、「自分に向いていないのかなと感じることもありました」と振り返っている。
ババリアンオープンでシニアの国際大会にデビュー
ドイツ・オーベルストドルフのババリアンオープンがシニアのデビュー戦となった。ショートプログラムで68.43点を出し、宮原知子を抑えて首位に立つ。フリーは宮原に次ぐ2位で、合計182.90点の2位だった。
左足首を骨折し、シーズンを全休
腰の痛みが和らぎかけた2019年の夏、左足首を骨折した。9月のジュニアグランプリ・チェリャビンスク大会を棄権し、治療のため2019-20シーズンの試合を全て欠場することを自身のインスタグラムで発表した。手術とリハビリに取り組んだ。
東京選手権で実戦に復帰
1シーズンの全休を経て、2020-21シーズンの東京選手権で復帰した。スケートが楽しいという気持ちが支えだったという。
全日本最下位から、MFアカデミーへ
令和3〜
全日本で最下位、都築コーチのもとを離れる
大学2年生で臨んだ全日本選手権は、ショートプログラムの最終滑走で30位の最下位に終わり、初めてフリーに進めなかった。この後、小さな頃から指導を受けてきた都築章一郎コーチのもとを離れ、中庭健介コーチが率いるMFアカデミーへ移る。重い決断だったが、「成長することが恩返しになる」と決めたという。移籍後、2022-23シーズンの全日本で7位に入って強化選手に戻り、翌シーズンはNHK杯で初めてグランプリシリーズに出場した。
全日本選手権で7位、強化選手Aに
全日本選手権で7位に入り、日本スケート連盟の強化選手Aに認定された。MFアカデミーは2021年に設立されたばかりで、2面のリンクを持つ三井不動産アイスパーク船橋を拠点に、バレエのレッスンもある。トリプルアクセルを武器にする渡辺倫果らと練習するなかで、持っていた高い技術が戻った。
NHK杯に追加出場し、日本勢最高の5位
NHK杯への追加出場が決まった。ショートプログラムは、自ら振り付けた『Young and Beautiful』。踊ることが好きで、将来は振付師になる夢を持つ。初めてのNHK杯で、日本勢最高の5位に入った。
本人たくさんの方が見ている国際大会で、自分でつくったプログラムで出られたことはとても価値があることだと思いますし、挑戦してよかったです 出典
日本大学を卒業し、競技を続ける
3月に日本大学を卒業。この節目での引退を考えていたが、競技続行を表明した。卒業後はアルバイトをしながら競技に打ち込む。この年は、高橋大輔がプロデュースしたアイスショー『滑走屋』(高橋が演技を見て指名したという)や『ファンタジー・オン・アイス』にも出演した。
本人身体的にも経済的にも負担が大きいことは分かっていました。ただ、自分のスケート人生の中でも良いコンディションだという自覚もあったので、『もし駄目な結果に終わっても自分の進んだ道』と覚悟して、続けることを選びました 出典
NHK杯で3位、グランプリシリーズ初表彰台
10月のスケートアメリカは7位で、続けて正解だったのかと思ったこともあった。11月のNHK杯では、ショートプログラムで坂本花織・千葉百音とともに日本勢が1〜3位を占め、69.78点の3位。フリーは5位で、合計195.07点の3位に入った。ショートプログラムと合計は自己ベストで、ジュニア時代から通じて初めてのグランプリシリーズの表彰台だった。
本人(2021年の)全日本選手権では最下位(SP30位)になってしまい、隠れたい、誰も見ないでって気持ちになって、その時もスケートから離れようと思っていました 出典
全日本選手権で12位、引退を示唆する
全日本選手権のフリーはジャンプのミスが響き、12位で大会を終えた。全日本が終わってから去就を決めると考えていたといい、演技後に涙を流しながら、競技から退くことをうかがわせる言葉を残した。翌日のインスタグラムでは、コーチと話し合って最終的な決断をしたいとつづった。
本人でもたぶん最後の全日本なので最後に自分らしい演技というのをしっかりして終えられたので、そういう意味で悔いはないです 出典
続ける道を選び、四大陸の頂点に
令和7〜
2025-26シーズンの現役続行を表明
インスタグラムで「来季も現役を続行することにいたしました」と報告した。試合直後は辞めようと考えていたが、コーチや家族と何度も話し合ったという。中庭健介コーチから、前年の「どちらでもいいよ」と違い「もう少し見たい」と言われて驚き、「先生もまだ私ができると思ってくれているのかな」と受け止めて、少しずつ前向きになれた。
本人この選択が間違いじゃなかったと思えるよう努力していきたいと思います 出典
全日本選手権で自己最高の5位、五輪の補欠に
グランプリシリーズはスケートカナダ、NHK杯ともに6位だった。12月の全日本選手権ではショートプログラム7位からフリー3位で巻き返し、自己最高の5位に入る。ミラノ・コルティナ冬季五輪の補欠に選ばれ、四大陸選手権の代表にも選出された。
初出場の四大陸選手権で優勝
北京での四大陸選手権は、初めてのISU選手権だった。ショートプログラムでは出場女子で最も難度の高い3回転ルッツ+3回転ループを冒頭で決め、71.41点の2位。フリー『ラ・ラ・ランド』は自己ベストを19点以上更新する145.98点で、合計217.39点で優勝した。五輪代表の中井亜美・千葉百音を抑えての頂点で、日本女子として大会11人目の優勝者、日本女子の最年長優勝となった。この結果が後押しとなり、4月に現役続行を決めた。
本人ただ驚きよりも、今までの努力が報われたという気持ちです 出典
現役続行を表明し、特別強化選手・日本建物管財所属に
インスタグラムで現役続行を表明した。18日のリリーカップカナガワでは、四大陸で滑った『ラ・ラ・ランド』で非公認ながら自己ベストを上回る149.34点を出す。22日の強化選手発表では最高ランクの特別強化選手に上がり、7月から日本建物管財に所属することになった。来季のフリーはシェイリン・ボーンに振り付けを依頼した。
本人夢を追う姿を演じていく中で、自分の夢がこのプログラムでかなった 出典
GPフランス大会で4位(SP首位)
新シーズンはサマーカップ2位、10月3日の東京選手権2位と滑り出した。10月23日開幕のグランプリシリーズ・フランス大会では、ショートプログラムで自己ベストの76.31点を出して首位に立つ。フリー『シルク・ドゥ・ソレイユ』はジャンプのミスが響いて5位、合計200.62点の4位だった。シリーズ2戦目は11月27日開幕のNHK杯(東京)を予定している。
本人きれいに滑るのは得意なんですけど、坂本花織ちゃんみたいな滑っているだけで迫力が伝わるみたいなスケートがまだできていないので、練習でそこを探しながらやっていきたいなと思っています 出典