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京都に生まれ、京セラの営業へ
昭和31〜
同志社大学を卒業し、京都セラミツクに入社
同志社大学工学部を卒業し、京都セラミツク(現・京セラ)に入社する。すぐに半導体部品の営業に配属され、東京に10年、神奈川に5年勤めた。誰もが敬遠する難攻不落の取引先を任された時は、きついことを言われても通い続け、4~5年かけてシェアを大幅に高めたという。
本人営業とはすぐに結果が出ないものだ。取引条件に辿りつくまでに人間関係を築くことが重要だから、投げ出さずにコツコツやるしかない。 出典
会社の売上高が2500億円規模に、営業に追われる
入社した1978年に600億円ほどだった京セラの売上高は、1983年には2500億円ほどになった。半導体部品はいくら作っても足りず、徹夜で打ち合わせをしたり不良品を選別したりして、朝まで働くことがしょっちゅうだったと振り返る。
半導体部品の営業から役員に
平成14〜
執行役員上席、半導体部品事業本部の副本部長に
2004年7月から務める半導体部品統括営業部長を兼ねたまま、執行役員上席となり、半導体部品事業本部の副本部長に就いた。
半導体部品事業本部長となり、取締役に
4月に執行役員常務となり、半導体部品事業本部長を務める。6月には取締役に加わった。
京都出身初の9代目社長
平成25〜
— 京都出身初、営業出身では24年ぶりの社長に
2月に次期社長に決まり、4月、久芳徹夫の後を継いで9代目の社長に就いた。副社長や専務を経ない、取締役兼執行役員常務からの昇格だった。営業出身の社長は24年ぶりで、京都出身は初めて。樹脂製が主流の半導体パッケージでセラミック製の特徴を打ち出し、米アップル向けなどの市場を開拓した営業だった。就任を報告した創業者の稲盛和夫からは「自分を殺し、公正無私の立場で判断するようにしなさい」と助言された。就任年度の2014年3月期、連結売上高は前期から13%増えた。
売上高が初めて1兆5000億円を超える
2015年3月期の連結売上高は1兆5265億円で、過去最高を更新した。一方で本業の利益を示す営業利益は22%減り、通信機器とソーラー事業が利益を押し下げた。4月28日の決算説明会でソーラー事業の存続を問われ、語気を強めて答えた。
本人ソーラーは40年間ずっと開発を続けてきた事業。昨日今日始めたわけじゃない。やめるわけにはいかない 出典
日本インターを買収し、半導体事業に参入
ダイオードなどのディスクリート半導体を手がける日本インターへのTOBが成立し、発行済み株式の69.33%を取得して子会社にした。
還暦の年、営業の流儀を語る
2016年は中国の成長鈍化で厳しい経営環境から始まりそうだとしつつ、焦ることなく京セラを着実に成長させたいと抱負を述べた。人と話すのはあまり好きではなく、商談では相手の話を聞くことを心がけてきたとも語っている。
本人聞くのが75%、話すのは25%といったところではないでしょうか。 出典
会長に退き、業界団体を率いる
平成29〜
社長を谷本秀夫に譲り、会長に
谷本秀夫取締役が4月1日付で社長に就き、自身は会長になる人事を発表した。携帯端末事業や太陽光パネル事業の不振で、2017年3月期は2期連続の減収減益になる見通しだった。京都市内での記者会見で、交代の理由をこう語った。
本人構造改革をやってきてメドが立った。不確定な先が見えない時期にこそ世代交代し、新たな発想を入れてほしい 出典
KDDIの社外取締役、京都商工会議所の副会頭に
6月にKDDIの社外取締役となり、7月には京都商工会議所の副会頭に就いた。グループの京セラドキュメントソリューションズでも会長を兼ねた。
会長になり白いシャツをやめたと語る
社長時代はワイシャツを白に決めていたが、幹部社員を中心に真似る者が出てきた。会長になってからは「もっと自由になろうよ」という思いを込め、カラーシャツやストライプシャツを着ていると話した。執行役員になってからは、スーツをフルオーダーであつらえている。
創業者・稲盛和夫が死去
京セラ創業者で名誉会長の稲盛和夫が死去した。会長として名誉会長への経営報告を務め、ごく最近まで稲盛の自宅で話をしていた。新入社員の頃、東京の営業所で幹部を大声で叱り飛ばす稲盛を見て、自分が叱られているわけではないのに本当に怖かったという。
本人本当の意味で稲盛の影響力がなくなったのはほんの5年ほど前のことだ 出典
株主の厳しい視線、そして関経連へ
令和6〜
株主総会で取締役に再任、賛成率は63.8%
定時株主総会で、谷本秀夫社長とともに取締役に再任された。株主の香港投資ファンド、オアシス・マネジメントは「業績低迷の責任は経営トップにある」として反対を表明し、議決権行使助言会社のISSも資本効率の低さを理由に反対を推奨していた。賛成率は63.8%で、2023年の約65%に続き低い水準だった。
nikkei.com×2
9年ぶりの社長交代、会長は続投
京セラは作島史朗が4月1日付で社長に昇格する9年ぶりの社長交代を発表し、自身は会長を続けることになった。創業者亡き後の京セラの在り方について、経営陣で議論を続けてきたことを明かした。
本人フィロソフィは守っていかなければいけないが、その周りに独特な慣習や文化がこびりついている。本当のフィロソフィをむき出しにし、それを中心に経営しなければいけない 出典
旭日重光章を受章
2026年春の叙勲で旭日重光章を受章した。日本ファインセラミックス協会の会長、太陽光発電協会の代表理事として関連業界の発展に、京都商工会議所の副会頭として京都を中心とする関西の経済に尽くしたことが評価されたと受け止めている、とコメントした。
関西経済連合会の副会長に
3月に内定し、第64回定時総会を経て関西経済連合会の副会長に就任した。科学技術・産業振興委員会を担当する。大阪市での記者会見では、大阪・関西万博で披露された新技術の実用化に意欲を示した。
本人万博で披露された新技術の社会実装に貢献したい 出典
解任提案を受けた株主総会で再任
オアシス・マネジメントは5月、山口の解任などを求める株主提案を出し、在任中に京セラの自己資本利益率(ROE)が低迷したと主張した。6月25日の定時株主総会で取締役に再任され、賛成率は70.46%と前年を上回った。
現在:京セラ会長、関経連副会長
京セラの代表取締役会長として、4月に就任した作島史朗社長の新体制のもとで経営に関わる。5月からは関西経済連合会の副会長として、科学技術・産業振興委員会を担当している。