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やまぐち ごろう

山口 悟郎

入社から一貫して半導体部品を売り、営業出身では24年ぶりの京セラ社長に就いた。株主の投資ファンドに解任を求められた2026年も取締役に再任され、いまも代表取締役会長を務めながら関西経済連合会の副会長を兼ねる。

昭和31年生まれ ・ 京都府京都市出身 ・ 1956– ・ 満70歳

学歴同志社高等学校 → 同志社大学工学部卒 / 役職京セラ代表取締役会長(2013〜2017年 代表取締役社長) / 兼職関西経済連合会副会長(2026年〜)

最新
2026(令和8)満70歳

現在:京セラ会長、関経連副会長

京セラの代表取締役会長として、4月に就任した作島史朗社長の新体制のもとで経営に関わる。5月からは関西経済連合会の副会長として、科学技術・産業振興委員会を担当している。

1956(昭和31) 京都府京都市に生まれる1978(昭和53) 同志社大学を卒業し、京都セラミツクに入社京セラに入社1983(昭和58) 会社の売上高が2500億円規模に、営業に追われる2002(平成14) 半導体部品国内営業部長に2003(平成15) 47歳で執行役員に2005(平成17) 執行役員上席、半導体部品事業本部の副本部長に2009(平成21) 半導体部品事業本部長となり、取締役に2013(平成25) 京都出身初、営業出身では24年ぶりの社長に社長に就任2015(平成27) 売上高が初めて1兆5000億円を超える2015(平成27) 日本インターを買収し、半導体事業に参入2016(平成28) 還暦の年、営業の流儀を語る2017(平成29) 社長を谷本秀夫に譲り、会長に会長に2017(平成29) KDDIの社外取締役、京都商工会議所の副会頭に2019(令和元) 会長になり白いシャツをやめたと語る2020(令和2) 母校の同志社中高の同窓会会長に2021(令和3) 日本ファインセラミックス協会の会長に2022(令和4) 創業者・稲盛和夫が死去稲盛和夫が死去2024(令和6) 豊田通商の社外取締役に2025(令和7) 株主総会で取締役に再任、賛成率は63.8%2026(令和8) 9年ぶりの社長交代、会長は続投2026(令和8) 旭日重光章を受章2026(令和8) 関西経済連合会の副会長に関経連副会長に2026(令和8) 解任提案を受けた株主総会で再任2026(令和8) 現在:京セラ会長、関経連副会長昭和平成令和
誕生 1956現在
1978年に京都セラミツク(現・京セラ)へ入社し、すぐに半導体部品の営業に配属された。東京で10年、神奈川で5年。誰もが敬遠する取引先にも通い続け、4~5年かけてシェアを大幅に高めたこともある。営業の秘訣は「相手が買わない理由をなくすこと」だと語る。2013年、営業出身では24年ぶり、京都出身では初めての社長に就き、携帯電話や太陽光パネルの事業が振るわない中で構造改革にあたった。2017年に会長に退いてからは、名誉会長の稲盛和夫への経営報告を役目とした。2025年と2026年の株主総会では、株主の投資ファンドに業績低迷の責任を問われながらも取締役に再任され、2026年には関西経済連合会の副会長に就いた。

同世代2013年、同い年の桑田 佳祐は、サザンが活動再開、茅ヶ崎市民栄誉賞を受賞 →

つながり山口 悟郎のつながりを図で見る →

歩み

京都に生まれ、京セラの営業へ

昭和31〜

昭和
1956昭和311月21日
満0歳

京都府京都市に生まれる

京都市に生まれる。のちに同志社高等学校へ進んだ。

1978昭和533月
満22歳入社

同志社大学を卒業し、京都セラミツクに入社

同志社大学工学部を卒業し、京都セラミツク(現・京セラ)に入社する。すぐに半導体部品の営業に配属され、東京に10年、神奈川に5年勤めた。誰もが敬遠する難攻不落の取引先を任された時は、きついことを言われても通い続け、4~5年かけてシェアを大幅に高めたという。

本人営業とはすぐに結果が出ないものだ。取引条件に辿りつくまでに人間関係を築くことが重要だから、投げ出さずにコツコツやるしかない。 出典

1983昭和58
満27歳

会社の売上高が2500億円規模に、営業に追われる

入社した1978年に600億円ほどだった京セラの売上高は、1983年には2500億円ほどになった。半導体部品はいくら作っても足りず、徹夜で打ち合わせをしたり不良品を選別したりして、朝まで働くことがしょっちゅうだったと振り返る。

半導体部品の営業から役員に

平成14〜

平成 1989
2002平成144月
満46歳

半導体部品国内営業部長に

4月に半導体部品国内営業部長となり、8月には半導体部品統括営業部の副統括部長に移った。

2003平成156月
満47歳

47歳で執行役員に

執行役員に就く。入社から25年後の昇進だった。

2005平成176月
満49歳

執行役員上席、半導体部品事業本部の副本部長に

2004年7月から務める半導体部品統括営業部長を兼ねたまま、執行役員上席となり、半導体部品事業本部の副本部長に就いた。

2009平成214月
満53歳

半導体部品事業本部長となり、取締役に

4月に執行役員常務となり、半導体部品事業本部長を務める。6月には取締役に加わった。

京都出身初の9代目社長

平成25〜

2013平成254月
満57歳社長就任

— 京都出身初、営業出身では24年ぶりの社長に

2月に次期社長に決まり、4月、久芳徹夫の後を継いで9代目の社長に就いた。副社長や専務を経ない、取締役兼執行役員常務からの昇格だった。営業出身の社長は24年ぶりで、京都出身は初めて。樹脂製が主流の半導体パッケージでセラミック製の特徴を打ち出し、米アップル向けなどの市場を開拓した営業だった。就任を報告した創業者の稲盛和夫からは「自分を殺し、公正無私の立場で判断するようにしなさい」と助言された。就任年度の2014年3月期、連結売上高は前期から13%増えた。

2015平成274月28日
満59歳

売上高が初めて1兆5000億円を超える

2015年3月期の連結売上高は1兆5265億円で、過去最高を更新した。一方で本業の利益を示す営業利益は22%減り、通信機器とソーラー事業が利益を押し下げた。4月28日の決算説明会でソーラー事業の存続を問われ、語気を強めて答えた。

本人ソーラーは40年間ずっと開発を続けてきた事業。昨日今日始めたわけじゃない。やめるわけにはいかない 出典

2015平成278月
満59歳

日本インターを買収し、半導体事業に参入

ダイオードなどのディスクリート半導体を手がける日本インターへのTOBが成立し、発行済み株式の69.33%を取得して子会社にした。

2016平成28
満60歳

還暦の年、営業の流儀を語る

2016年は中国の成長鈍化で厳しい経営環境から始まりそうだとしつつ、焦ることなく京セラを着実に成長させたいと抱負を述べた。人と話すのはあまり好きではなく、商談では相手の話を聞くことを心がけてきたとも語っている。

本人聞くのが75%、話すのは25%といったところではないでしょうか。 出典

会長に退き、業界団体を率いる

平成29〜

2017平成292月
満61歳会長就任

社長を谷本秀夫に譲り、会長に

谷本秀夫取締役が4月1日付で社長に就き、自身は会長になる人事を発表した。携帯端末事業や太陽光パネル事業の不振で、2017年3月期は2期連続の減収減益になる見通しだった。京都市内での記者会見で、交代の理由をこう語った。

本人構造改革をやってきてメドが立った。不確定な先が見えない時期にこそ世代交代し、新たな発想を入れてほしい 出典

2017平成296月
満61歳

KDDIの社外取締役、京都商工会議所の副会頭に

6月にKDDIの社外取締役となり、7月には京都商工会議所の副会頭に就いた。グループの京セラドキュメントソリューションズでも会長を兼ねた。

令和 2019
2019令和元
満63歳

会長になり白いシャツをやめたと語る

社長時代はワイシャツを白に決めていたが、幹部社員を中心に真似る者が出てきた。会長になってからは「もっと自由になろうよ」という思いを込め、カラーシャツやストライプシャツを着ていると話した。執行役員になってからは、スーツをフルオーダーであつらえている。

2020令和2
満64歳

母校の同志社中高の同窓会会長に

高校時代を過ごした同志社中学校・高等学校の同窓会で、会長に就いた。

2021令和35月
満65歳

日本ファインセラミックス協会の会長に

5月に日本ファインセラミックス協会の会長に、6月には太陽光発電協会の代表理事に就いた。

2022令和48月24日
満66歳

創業者・稲盛和夫が死去

京セラ創業者で名誉会長の稲盛和夫が死去した。会長として名誉会長への経営報告を務め、ごく最近まで稲盛の自宅で話をしていた。新入社員の頃、東京の営業所で幹部を大声で叱り飛ばす稲盛を見て、自分が叱られているわけではないのに本当に怖かったという。

本人本当の意味で稲盛の影響力がなくなったのはほんの5年ほど前のことだ 出典

株主の厳しい視線、そして関経連へ

令和6〜

2024令和66月
満68歳

豊田通商の社外取締役に

2017年から務めるKDDIの社外取締役に加え、豊田通商の社外取締役に就いた。

2025令和76月26日
満69歳

株主総会で取締役に再任、賛成率は63.8%

定時株主総会で、谷本秀夫社長とともに取締役に再任された。株主の香港投資ファンド、オアシス・マネジメントは「業績低迷の責任は経営トップにある」として反対を表明し、議決権行使助言会社のISSも資本効率の低さを理由に反対を推奨していた。賛成率は63.8%で、2023年の約65%に続き低い水準だった。

2026令和82月2日
満70歳

9年ぶりの社長交代、会長は続投

京セラは作島史朗が4月1日付で社長に昇格する9年ぶりの社長交代を発表し、自身は会長を続けることになった。創業者亡き後の京セラの在り方について、経営陣で議論を続けてきたことを明かした。

本人フィロソフィは守っていかなければいけないが、その周りに独特な慣習や文化がこびりついている。本当のフィロソフィをむき出しにし、それを中心に経営しなければいけない 出典

2026令和84月
満70歳受章

旭日重光章を受章

2026年春の叙勲で旭日重光章を受章した。日本ファインセラミックス協会の会長、太陽光発電協会の代表理事として関連業界の発展に、京都商工会議所の副会頭として京都を中心とする関西の経済に尽くしたことが評価されたと受け止めている、とコメントした。

2026令和85月25日
満70歳就任

関西経済連合会の副会長に

3月に内定し、第64回定時総会を経て関西経済連合会の副会長に就任した。科学技術・産業振興委員会を担当する。大阪市での記者会見では、大阪・関西万博で披露された新技術の実用化に意欲を示した。

本人万博で披露された新技術の社会実装に貢献したい 出典

2026令和86月25日
満70歳

解任提案を受けた株主総会で再任

オアシス・マネジメントは5月、山口の解任などを求める株主提案を出し、在任中に京セラの自己資本利益率(ROE)が低迷したと主張した。6月25日の定時株主総会で取締役に再任され、賛成率は70.46%と前年を上回った。

2026令和8
満70歳最新

現在:京セラ会長、関経連副会長

京セラの代表取締役会長として、4月に就任した作島史朗社長の新体制のもとで経営に関わる。5月からは関西経済連合会の副会長として、科学技術・産業振興委員会を担当している。

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