★ STAR TIMELINE

孫 正義

そん まさよし

孫 正義

70代の目標に、人工超知性の実現を掲げる。本名の「孫」で福岡に起業し、ボーダフォンとARMを買収してきた。

昭和32年生まれ ・ 佐賀県鳥栖市出身 ・ 1957– ・ 満69歳

肩書きソフトバンクグループ代表取締役 会長兼社長執行役員 / 学歴カリフォルニア大学バークレー校経済学部 卒業 / その他福岡ソフトバンクホークス オーナー

著書・関連書籍を見る ↓
近況
2026(令和8)満69歳

2040年に向けたAIの未来像を掲げる

7月14日の「SoftBank World 2026」の講演では、15年のうちに世界のGDPの約20%がAIに置き換わり、2040年にはAIエージェントが100兆個、ヒューマノイドが10億台になるとの見通しを示した。直近の2026年4〜6月期の連結純利益は、ARMを中核とするAIコンピューティング事業の費用増で前年同期比17.7%減の3473億円だった。

1957(昭和32) 佐賀県鳥栖市に生まれる1973(昭和48) 久留米大学附設高校に入学し、短期留学で米国へ1974(昭和49) 高校を中退して渡米1977(昭和52) バークレー校に編入、マイクロチップの写真に衝撃を受けるマイクロチップの写真1979(昭和54) 翻訳機をシャープに売り込み、米国で「Unison World」を設立1980(昭和55) バークレー校を卒業、帰国して本名「孫」で起業1981(昭和56) 日本ソフトバンクを設立日本ソフトバンク設立1983(昭和58) 慢性肝炎で入院、会長に退く1986(昭和61) 社長に復帰、直後に部下約20人が離反1990(平成2) 社名を「ソフトバンク」に変更1994(平成6) 株式を店頭公開1996(平成8) 米ヤフーとの合弁でヤフーを設立2000(平成12) ネットバブルの頂点から株価が急落2001(平成13) 「Yahoo!BB」でADSL事業に参入2004(平成16) Yahoo!BBで450万人分の個人情報が漏洩2005(平成17) 福岡ダイエーホークスを買収2006(平成18) ボーダフォン日本法人を買収し、携帯電話事業へボーダフォン買収2008(平成20) 日本初のiPhoneを発売2011(平成23) 東日本大震災で個人100億円の寄付を表明2013(平成25) 米スプリントの買収を完了2014(平成26) 出資先のアリババがニューヨーク証券取引所に上場2016(平成28) 後継者候補アローラ副社長が退任、続投へ2016(平成28) 英ARMの買収を発表ARM買収2017(平成29) ソフトバンク・ビジョン・ファンドを設立2019(令和元) WeWorkの影響で「創業以来の大赤字」2020(令和2) スプリントがTモバイルUSと合併2022(令和4) 通期1.7兆円の純損失、「守り」を宣言2023(令和5) ARMがナスダックに上場2025(令和7) 米国のAIインフラ計画「スターゲート」を始動スターゲート2026(令和8) フォーブス日本長者番付で2021年以来の首位2026(令和8) 株主総会で引退計画を撤回2026(令和8) 2040年に向けたAIの未来像を掲げる昭和平成令和
誕生 1957現在
佐賀県鳥栖市の在日韓国人の家庭に生まれ、16歳で高校を中退して渡米した。カリフォルニア大学バークレー校に在学中、指先に載るマイクロチップの写真を雑誌で見て、コンピュータがいずれ人間の脳を超えると予感したと語っている。帰国して福岡で起業する際には、通名ではなく本名の「孫」を名乗ることを選び、1981年に日本ソフトバンクを設立した。創業2年目に慢性肝炎で入院し、病床で「人々の笑顔のために人生を捧げたい」と思うようになったという。その後、ヤフーとの合弁、ADSL事業、ボーダフォンの買収による携帯電話事業、英ARMの買収、10兆円規模のビジョン・ファンドへと手を広げた。2026年には60代で引退するとしていた計画を撤回し、人工超知性の実現を70代の目標に掲げている。

同世代1977年、同世代の桑田 佳祐は、「EastWest '77」でベストボーカル賞、デビューのきっかけをつ… →

つながり孫 正義のつながりを図で見る →

歩み

鳥栖からバークレーへ

昭和32〜

昭和
1957昭和328月11日
満0歳誕生

佐賀県鳥栖市に生まれる

在日韓国人の実業家の二男として、鳥栖市の朝鮮人集落に生まれる。4人兄弟で、通名は「安本正義」。父・三憲は消費者金融やパチンコ業で成功し、パチンコ店数十店舗を持つほど裕福な時期もあった。

1973昭和48
満15歳

久留米大学附設高校に入学し、短期留学で米国へ

北九州市、福岡市への転居を経て進学する。家庭教師に薦められた司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を愛読し、夏休みには語学研修のため米カリフォルニア州に4週間滞在した。高校時代には藤田田の『ユダヤの商法―世界経済を動かす』を読んで面会を求め、何度も訪ねた末に社長室に通されて、コンピューター関連を学ぶよう助言を受けている。

1974昭和49
満16歳渡米

高校を中退して渡米

久留米大学附設高校を中退して渡米し、オークランドのホーリー・ネームズ・カレッジの英語学校に半年ほど通った後、サンフランシスコのセラモンテ高校2年に編入する。飛び級を重ね、カリフォルニア州の高校卒業検定試験に合格したため3週間で退学。1975年9月にホーリー・ネームズ・カレッジへ入学した。

1977昭和52
満19歳転機

— バークレー校に編入、マイクロチップの写真に衝撃を受ける

カリフォルニア大学バークレー校経済学部の3年に編入する。在学中、電子機器関連の雑誌で、指先に載ったマイクロチップの写真を目にした。本人はこれを人生の岐路として語り、両手の指が痺れ、涙が止まらなかったと振り返る。写真は切り抜いて持ち歩き、半年間毎日抱いて寝たという。すぐにマイクロコンピュータで何ができるかを考え、翻訳機能を持つ機械(本人は最初の電子辞書と呼ぶ)を発明して特許を出願した。

本人ついに、マイクロコンピュータが人間の脳を超える。しかも、それがあらゆる人々の手に入る。 出典

1979昭和54
満21歳

翻訳機をシャープに売り込み、米国で「Unison World」を設立

考案した音声機能付きの翻訳機を、当時シャープ専務の佐々木正に約1億円で売り込んだ。この資金を元手に米国でソフトウェア開発会社「Unison World」を設立し、日本でブームが沈静化したインベーダーゲームを安く大量に買い取って米国で売り出す。

1980昭和553月
満22歳

バークレー校を卒業、帰国して本名「孫」で起業

3月に経済学部を卒業し、米国の会社は共同経営者に譲って帰国。日本でも同じ名の会社を新たに興す。福岡市博多区雑餉隈で始めた、コンピュータ卸売事業の「ユニソン・ワールド」だ。通名の「安本」ではなく「孫」の名で会社を興すと一族に伝えると、就職や融資で差別されると猛反対された。それでも本名を選んだ。

本人でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。それを自分が事業で成功して、証明しなきゃならないと思ったんです。 出典

本名での創業と、病床の3年半

昭和56〜

1981昭和569月
満24歳創業

— 日本ソフトバンクを設立

ユニソン・ワールドと経営総合研究所の共同出資で「日本ソフトバンク」を設立し、社長に就く。パソコン用パッケージソフトの流通から始めた。「ソフトのバンク」という社名には、自分のアイデアに頼るより、多くの開発者の力を集めて人々に届けるプラットフォームを作るという考えを込めたと本人は語る。本人によれば、学生時代に稼いだ約3億2000万円が創業の資本金になった。初年度には約36億円を売り上げたという。

1983昭和584月
満25歳健康

慢性肝炎で入院、会長に退く

前年にパソコン誌を創刊した出版事業とソフト卸が好調で、売上高は45億円、社員は創業時の3人から125人に増えていた。その矢先、会社の健康診断で肝硬変寸前の慢性肝炎と分かり、即入院。余命5年と告げられ、社長を退いて会長となった。3年半にわたって入退院を繰り返しながら、病院を抜け出して経営会議に出ていた。社員には病気のことを伏せ、長期出張が続くと説明していた。病床では、何のための人生か、何のための会社かを考えたという。

本人情報革命はお金のためではないです。地位や名誉のためでもないです。人々の笑顔のために人生を捧げたいと、心の底から思うようになったんです。 出典

出典president.jpgendai.media
ja.wikipedia.org×2
1986昭和612月
満28歳復帰

社長に復帰、直後に部下約20人が離反

入退院を繰り返した末に画期的な治療法を見つけ、1983年から社長を務めた大森康彦に代わって社長職に戻る。その直後、信頼を寄せていた役員を含む約20人の部下が、アスキーなどから出資を受けてソフト流通会社「ソフトウィング」を立ち上げた。本人は引き留めきれなかったと振り返り、事件から2〜3年は苦しい戦いを強いられたと語る。パソナの南部靖之、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄とともに「ベンチャー三銃士」と呼ばれた。南部とは恩師の野田一夫から2人そろって「志」と「夢」の違いを問われたことがあり、座右の銘を聞かれると「志高く」と答えている。

平成 1989
1990平成27月
満32歳

社名を「ソフトバンク」に変更

1月に日本データネットを吸収合併し、7月に社名から「日本」を外して「ソフトバンク」とした。

1994平成67月
満36歳

株式を店頭公開

3月に米国に地域統括会社のSoftBank Holdingsを設け、7月22日には株式を日本証券業協会に店頭公開した。12月にはSoftBank Holdingsを通じて米ジフ・デービスの展示会部門を買収した。

インターネットに賭けて

平成8〜

1996平成81月
満38歳

米ヤフーとの合弁でヤフーを設立

1月31日、米Yahoo!との合弁でヤフー(Yahoo! JAPAN)を設立し、社長に就く。本人は、米ヤフーがまだ社員6〜7人だった頃に100億円を投じて筆頭株主になったと語っている。同じ年の6月には、ルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーションと衛星放送事業「JスカイB」で組み、テレビ朝日の株式21%を持つ筆頭株主となったが、翌1997年3月に朝日新聞社へ全株を譲って撤退した。

出典gendai.media
ja.wikipedia.org×2
2000平成122月
満42歳苦境

ネットバブルの頂点から株価が急落

ソフトバンク株は1株19万8000円の高値を付け、株式時価総額はトヨタに次ぐ2位となる。本人によれば、個人資産が3日間だけビル・ゲイツを上回ったこともあった。だが数か月で株価は真っ逆さまに落ち、時価総額は20兆円から2000億円まで下がったという。

本人神様がワシに試練を与えてくれたと思って、これはこれでおもしろい人生じゃないかと。 出典

2001平成13
満43歳

「Yahoo!BB」でADSL事業に参入

ヤフーと共同でADSL接続サービスを始め、ここから本業の軸足をパソコンソフト卸・出版から通信へ移していく。本人によれば、NTTの4分の1の価格で通信速度は100倍をうたい、宣伝なしでも3日間で100万件の申し込みが来た一方で、4年連続で1000億円ずつ赤字を出し、黒字になったのは4年後だった。

2004平成162月
満46歳苦境

Yahoo!BBで450万人分の個人情報が漏洩

ソフトバンクBBが運営するサービスで、登録者など450万人の個人情報が漏洩した。社員なら誰でも閲覧できる状態だったことが原因とされ、個人情報の管理が徹底されることになった。7月には米投資ファンドから固定通信大手の日本テレコムの全株式を約3400億円で取得し、同社の会長に就いた。

出典
ja.wikipedia.org×2
2005平成171月
満47歳

福岡ダイエーホークスを買収

ダイエーからプロ野球球団・福岡ダイエーホークスを200億円で買い取り、チーム名を「福岡ソフトバンクホークス」と改めた。自らは球団の取締役オーナーに就き、現在もその座にある。

出典
ja.wikipedia.org×2

ボーダフォンからARMまで

平成18〜

2006平成184月
満48歳買収

— ボーダフォン日本法人を買収し、携帯電話事業へ

英ボーダフォングループから日本法人の株式97.64%を約1兆6600億円で取得し、28日付で取締役会議長、代表執行役社長兼CEOに就いた。本人は、インターネットがパソコン中心からモバイル中心に変わると考え、時価総額6000億円ほどだった自社で踏み切ったと語る。本人によれば、買収の前にはiPhone発表前のスティーブ・ジョブズに会い、完成したら日本での独占権を渡すよう求めていた。10月には社名をソフトバンクモバイルに改め、ブランドを「SoftBank」に統一した。

本人どうせ取り戻した命なんだから、生きているという証が欲しい。生きているという快感を得たい。 出典

2008平成207月11日
満50歳

日本初のiPhoneを発売

日本で初めて販売されたiPhoneとなるiPhone 3Gを、ソフトバンクモバイルが独占で売り出した。ソフトバンク表参道では午前7時から先行販売が行われ、1400人以上が並んだ。販売開始のセレモニーで孫は、ケータイがインターネットマシンになる歴史的な日だと宣言している。

2011平成234月3日
満53歳

東日本大震災で個人100億円の寄付を表明

グループとして10億円を寄付するのに合わせ、個人で100億円と、2011年度から引退するまでの役員報酬全額を寄付すると発表。6月11日までに60億円を各所に寄付し、7月14日に残りの40億円を東日本大震災復興支援財団に渡して100億円の寄付を終えた。また、福島第一原発事故を受けて自然エネルギー財団を設立した。

2013平成257月
満55歳

米スプリントの買収を完了

この年の1月、国内ではイー・アクセスを株式交換で完全子会社にした。7月には米携帯電話大手スプリント・ネクステルの株式約78%を約216億ドルで取得し、自ら会長に就いた。ソフトバンクは世界3位の携帯電話グループとなる。

2014平成269月
満57歳

出資先のアリババがニューヨーク証券取引所に上場

中国の電子商取引最大手のアリババには、2000年に北京で創業者ジャック・マー(馬雲)と会って出資を決めていた。9月19日の上場初日に時価総額は約2310億ドルに達した。ソフトバンクは約3割を持つ筆頭株主で、孫も上場の場に立ち会った。出資した20億円は上場で4000倍、8兆円の含み益になったと報じられた。

2016平成286月
満58歳続投

後継者候補アローラ副社長が退任、続投へ

後継者に指名していたニケシュ・アローラ副社長が、株主総会の前日に退任を発表する。招集通知に載った取締役候補の急な退任は極めて異例とされた。孫は、60歳の誕生日に経営を引き継いでもらうつもりだったが、まだやり残した仕事があり、少なくともあと5〜10年は社長として率いたいと説明した。

2016平成287月
満58歳買収

— 英ARMの買収を発表

7月18日、英国の半導体設計会社ARMを約240億ポンド(約3.3兆円)で買収することで合意したと発表した。うち2.3兆円は手元資金、1兆円はローンでまかなう。狙いは「IoT(モノのインターネット)がもたらす重要なチャンスをつかむ」ことだと説明し、9月に買収を終えて会長に就いた。会社は前年7月に、社名をソフトバンクからソフトバンクグループに改めていた。ソフトバンクグループは孫の取締役選任理由で、ARMの買収を、アリババへの出資やビジョン・ファンドの設立と並んでグループを成長させた事業に挙げている。

ビジョン・ファンドから人工超知性へ

平成29〜

2017平成295月
満59歳

ソフトバンク・ビジョン・ファンドを設立

サウジアラビアの政府系ファンドPIFや、アップル、クアルコム、シャープなどから総額10.4兆円の出資を得たと発表した。投資先はIoT、ロボット、AI、ライドシェア、医療など7つの領域で、11月には、半年間で20社に平均1000億円規模を投じたことを明らかにしている。

令和 2019
2019令和元11月
満62歳苦境

WeWorkの影響で「創業以来の大赤字」

シェアオフィス「WeWork」を運営するWe社が上場申請を撤回し、ビジョン・ファンド事業は前年の利益と同規模の5726億円の損失を出す。11月6日に発表した4〜9月期の連結決算では、営業損益が156億円の赤字だった。

本人私自身の投資判断が、いろいろな意味でマズかったと大いに反省している 出典

2020令和24月
満62歳

スプリントがTモバイルUSと合併

2013年に買収したスプリントが、米TモバイルUSと合併した。

2022令和45月
満64歳苦境

通期1.7兆円の純損失、「守り」を宣言

2020年9月に発表していた、ARMを米NVIDIAへ売却する契約を、2月に解消した。5月12日の決算会見では、2021年度の純損失が1.7兆円となったことを受け、世界情勢と株式市場の低迷が続く間は「守り」を重視すると述べた。

2023令和59月
満66歳

ARMがナスダックに上場

NVIDIAへの売却が破談となった後、孫はIPOがもともと「プランA」だったと語っていた。9月14日、ARMが米ナスダックに上場する。公開価格は米国預託株式1株あたり51ドル、初日の終値は63.59ドルで、時価総額は650億ドルとなり、2023年最大のIPOだった。

2025令和71月
満67歳

米国のAIインフラ計画「スターゲート」を始動

OpenAIなどとともに、米国に今後4年間で5000億ドル(約77兆円)を投じ、OpenAIのためのAIインフラを築く新会社「Stargate Project」を始める。うち1000億ドルの投資は直ちに始め、孫は1月21日付でその会長に就いた。3月にはOpenAIへの300億ドルの出資も約束し、12月に払い込みを終えた。

出典watch.impress.co.jp
ja.wikipedia.org×2
2026令和86月9日
満68歳

フォーブス日本長者番付で2021年以来の首位

純資産は前年から518億ドル増えて800億ドル(約12兆7000億円)となり、ユニクロ創業者の柳井正を2位に下げた。ソフトバンクグループは、OpenAIへの出資に伴い、2026年3月期に純利益5兆22億円を計上していた。CFOの後藤芳光は「日本企業として史上最高益」と説明している。

2026令和86月24日
満68歳続投

株主総会で引退計画を撤回

定時株主総会で今後「10〜15年頑張る」と述べ、当面は経営トップを続ける方針を示した。60代で次の世代に事業を継ぐという従来の考えを改め、70代の目標に、人類の知能を超える「人工超知性」の実現を掲げる。通信子会社ソフトバンクによる東京電力ホールディングスへの出資にも意欲を示した。

本人やる以上、世界一になりたい 出典

2026令和8
満69歳近況

2040年に向けたAIの未来像を掲げる

7月14日の「SoftBank World 2026」の講演では、15年のうちに世界のGDPの約20%がAIに置き換わり、2040年にはAIエージェントが100兆個、ヒューマノイドが10億台になるとの見通しを示した。直近の2026年4〜6月期の連結純利益は、ARMを中核とするAIコンピューティング事業の費用増で前年同期比17.7%減の3473億円だった。

本人AIに仕事を奪われるのではない。AIを使う企業に、AIを使わない企業が仕事を奪われるのだ 出典

同じ分野の人物

著書・関連書籍

PR

※ 一部のリンクにアフィリエイトを含みます

Supported by Rakuten Developers