★ STAR TIMELINE

みなみの たくみ

南野 拓実

19歳で欧州へ渡り、リヴァプールで国内カップ二冠に貢献。モナコで年間ベストイレブンに選ばれ、2026年10月、左膝の大けがから公式戦に戻った。

平成7年生まれ ・ 大阪府泉佐野市出身 ・ 1995– ・ 満31歳

所属ASモナコ(フランス) / ポジションMF / FW / 利き足右 / 学歴興國高校(セレッソ大阪U-18) / 主要所属クラブセレッソ大阪→ザルツブルク→リヴァプール→モナコ

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2026(令和8)満31歳

現在:モナコで復帰後のシーズンを戦う

フィリペ・ルイス監督のもと、10月18日のリーグ・アン第7節ロリアン戦に右サイドで先発し、リーグ戦にも戻った。前半33分に右からのクロスで味方のシュートを演出し、後半7分までプレーした(0-1で敗戦)。22日のカンファレンスリーグ第2戦フライブルク戦は出番がなく、チームは3-0で勝った。

1995(平成7) 1995年1月16日生まれ、大阪府泉佐野市出身2009(平成21) セレッソ大阪U-15で全国ベスト8、得点王2011(平成23) U-17W杯で18年ぶりのベスト82012(平成24) 2種登録選手としてJ1に初出場2013(平成25) 高卒ルーキーで開幕先発、ベストヤングプレーヤー賞開幕先発2014(平成26) W杯は予備登録止まり、クラブはJ2降格2015(平成27) 19歳でザルツブルクへ完全移籍欧州へ2015(平成27) イランとの親善試合で日本代表デビュー2016(平成28) リオデジャネイロ五輪に出場2017(平成29) サイドからFWへ、2年連続の2桁得点2018(平成30) 森保ジャパンの初陣から3試合連続ゴール2019(令和元) アジアカップで準優勝2019(令和元) CLで前回王者リヴァプールから1ゴール1アシスト2019(令和元) リヴァプールへの加入が決まるリヴァプール2021(令和3) サウサンプトンへ期限付き移籍2021(令和3) W杯予選で開幕から7試合連続ゴール2022(令和4) カラバオ・カップとFAカップの二冠に貢献2022(令和4) モナコへ完全移籍モナコ2022(令和4) 背番号10でカタールW杯へ、PK戦で1番手を志願2023(令和5) モナコ1年目は公式戦1得点、10か月ぶりに代表へ2024(令和6) レキップのリーグ・アン年間ベストイレブンに年間ベストイレブン2025(令和7) CLで日本人選手の最多得点記録2025(令和7) 主将として、ブラジルからの初勝利に貢献2025(令和7) 左膝の前十字靱帯を断裂2026(令和8) W杯メンバー外、サポート役としてチームに帯同2026(令和8) 298日ぶりに公式戦へ戻る復帰2026(令和8) 現在:モナコで復帰後のシーズンを戦う平成令和
誕生 1995現在
ザルツブルク時代、自宅の壁に「ビッグクラブでスタメンでプレーする。チャンピオンズリーグに出る」という目標を貼っていた。大阪府泉佐野市の出身で、セレッソ大阪の育成組織からトップチームに上がり、2015年1月、19歳でオーストリアのザルツブルクへ移籍した。2019年秋のCLで前回王者リヴァプールから1ゴール1アシストを記録し、翌年1月にそのリヴァプールへ加入。控えの立場で主にカップ戦に起用され、国内カップ二冠に貢献した。2022年に移ったモナコでは2年目にフランス紙レキップのリーグ・アン年間ベストイレブンに選ばれ、CLでは日本人選手の最多得点記録を持つ。2025年12月に左膝の前十字靱帯を断裂して北中米W杯のメンバーから外れたが、サポート役としてチームに帯同し、2026年10月に公式戦へ戻った。

同世代2015年、同い年の奈緒は、母の反対を押し切り、20歳で単身上京 →

歩み

泉佐野からセレッソのトップチームへ

平成7〜

平成
1995平成71月16日
満0歳

1995年1月16日生まれ、大阪府泉佐野市出身

小学生時代は泉佐野市立長坂小学校に通い、地元のゼッセル熊取FCでプレーした。同じチームには、同級生の室屋成がいた。

2009平成21
満14歳

セレッソ大阪U-15で全国ベスト8、得点王

2007年、複数のJリーグクラブの下部組織から誘いを受けた末、泉佐野市立第三中学校への入学と同時にセレッソ大阪U-15へ入った。2009年の日本クラブユース選手権(U-15)ではベスト8まで勝ち進み、得点王になる。

2011平成23
満16歳

U-17W杯で18年ぶりのベスト8

2010年のAFC U-16選手権で5得点を挙げて得点王となり、2011年はU-17日本代表のエースとしてメキシコでのU-17W杯に出場。大会前から不調で自身は1得点に終わったが、チームは自国開催の1993年大会以来18年ぶりのベスト8に進んだ。同じ年、Jリーグユース選手権では8試合13得点で得点王になっている。

2012平成248月
満17歳デビュー

2種登録選手としてJ1に初出場

8月にトップチームの2種登録選手となり、J1第32節の大宮アルディージャ戦で公式戦に初出場。J1残留がかかった最終節の川崎フロンターレ戦で初めて先発し、天皇杯4回戦の清水エスパルス戦で公式戦初得点を挙げた。

2013平成25
満18歳受賞

高卒ルーキーで開幕先発、ベストヤングプレーヤー賞

トップチームに昇格し、柿谷曜一朗から背番号13を引き継ぐ。第1節のアルビレックス新潟戦に先発し、高卒ルーキーとしてクラブ史上初の開幕スタメンとなった。第14節のジュビロ磐田戦の初得点で、大久保嘉人が持っていたクラブのJ1最年少得点記録を更新。リーグ戦29試合5得点で、Jリーグベストヤングプレーヤー賞を受けた。

2014平成26
満19歳

W杯は予備登録止まり、クラブはJ2降格

4月に日本代表候補のトレーニングキャンプへ初めて参加し、ブラジルW杯の予備登録メンバーに入ったが、本大会のメンバーには選ばれなかった。10月のAFC U-19選手権では、勝てばU-20W杯出場が決まる北朝鮮戦で自らのPKが外れ、敗退。クラブは監督交代が続いて17位でJ2に降格し、自身もリーグ戦2得点にとどまった。

19歳で決めたザルツブルク行き

平成27〜

2015平成271月6日
満19歳海外移籍

19歳でザルツブルクへ完全移籍

1月6日、オーストリア1部のレッドブル・ザルツブルクへの完全移籍が発表された。中学から育ったC大阪がJ2に降格した直後の決断で、クラブ史上5人目のアジア人選手となる。シーズン途中の加入ながら、5月にはリーグ優勝を経験した。

本人そのチームが降格してしまったタイミングで移籍してもよいのか、本当に毎日悩みました 出典

2015平成2710月13日
満20歳日本代表

イランとの親善試合で日本代表デビュー

W杯アジア2次予選のシリア戦とイランとの親善試合に臨む日本代表に初めて選ばれ、10月13日のイラン戦で国際Aマッチに初出場した。

2016平成288月
満21歳

リオデジャネイロ五輪に出場

五輪予選を兼ねたAFC U-23選手権では、決勝を前に所属クラブの要請でチームを離れ、日本はそのまま優勝した。本大会ではグループリーグの3試合全てに出場し、8月4日の初戦ナイジェリア戦では同点ゴールを決めたが4-5で敗れた。日本はグループリーグで敗退した。

2017平成29
満22歳

サイドからFWへ、2年連続の2桁得点

2016-17シーズン、サイドでの出場時間が短くなると、監督に何を求めているのかを直接聞きに行き、FWでのプレーを申し出た。2月19日のSVリート戦でプロ初のハットトリックを決め、2年連続の2桁得点に届く。チームは3季続けてリーグを制した。

本人じゃあ、自分はFWでプレーしたい。そっちの方がチームの力になれる 出典

2018平成3010月16日
満23歳記録

森保ジャパンの初陣から3試合連続ゴール

それまで代表招集を見送られていたが、森保一監督の新体制で呼ばれ、9月11日のコスタリカ戦で代表初得点。10月12日のパナマ戦、10月16日のウルグアイ戦(2得点)と続けた。代表監督が替わった初陣から3試合連続のゴールは、Jリーグ発足後では呂比須ワグナー、岡崎慎司に次ぐ3人目だった。

令和 2019
2019令和元2月1日
満24歳

アジアカップで準優勝

AFCアジアカップ2019の準決勝イラン戦では、倒れた後もプレーを止めずにボールを追い、大迫勇也のゴールにつなげた。2月1日のカタールとの決勝に先発し、69分に得点を挙げたが、日本は1-3で敗れた。ザルツブルクではこのシーズン、チームのリーグ6連覇に加わっている。

2019令和元10月
満24歳

CLで前回王者リヴァプールから1ゴール1アシスト

ザルツブルクでの在籍は5年目に入り、自宅の壁に貼った「ビッグクラブでスタメンでプレーする。チャンピオンズリーグに出る」という目標は遠のいていた。それでも9月にCLデビューを果たし、10月のグループステージ第2節では前回王者リヴァプールを相手に、ペナルティエリアの外からダイレクトボレーで得点し、アーリング・ハーランドのゴールもアシストした。試合は3-4で敗れた。

リヴァプールの控えから、カップ二冠に貢献

令和元〜

2019令和元12月19日
満24歳移籍

リヴァプールへの加入が決まる

12月19日、プレミアリーグのリヴァプールと、翌年1月1日からの加入で合意した。リヴァプール史上初のアジア人選手で、背番号はザルツブルク時代と同じ18。のちに、CLでの対戦後に代理人がリヴァプール側へ獲得を打診したことがきっかけだったと明かされている。加入したシーズンは控えの立場だったが、クラブは30年ぶりのリーグ優勝を果たした。自身は日本人で4人目のプレミアリーグ優勝経験者になった。

2021令和32月
満26歳

サウサンプトンへ期限付き移籍

リヴァプールでは2020年8月のコミュニティ・シールドで移籍後初得点、12月にプレミアリーグ初得点を挙げたが、出場機会は減っていた。2月、移籍市場の最終日にサウサンプトンへのシーズン終了までの期限付き移籍が決まった。

2021令和36月
満26歳記録

W杯予選で開幕から7試合連続ゴール

カタールW杯アジア2次予選のタジキスタン戦で得点し、日本代表で初めてW杯予選の開幕から7試合連続でゴールを決めた。その後クラブ事情でチームを離れ、次に出場したアジア最終予選のサウジアラビア戦では得点できず、記録は7で止まった。

2022令和45月
満27歳優勝

カラバオ・カップとFAカップの二冠に貢献

リヴァプールに戻った2021-22シーズンはリーグ戦で終盤まで先発の機会がなく、主にカップ戦で起用された。カラバオ・カップでは準々決勝レスター戦の後半アディショナルタイムに同点弾を決めるなど5試合4得点、FAカップでも4試合3得点を挙げ、両大会でチーム最多得点を記録した。リヴァプールはカラバオ・カップで10シーズンぶり、FAカップで16シーズンぶりに優勝した。リーグ戦の初先発は、残り2試合となった5月17日のサウサンプトン戦だった。

モナコで年間ベストイレブン、膝の大けがを経て復帰

令和4〜

2022令和46月28日
満27歳移籍

モナコへ完全移籍

6月28日、フランス・リーグ・アンのモナコへの完全移籍が発表された。リーズやリヨンなども獲得に興味を示していた。契約は2026年6月までの4年間。リヴァプールのクロップ監督は「彼がいなければ我々がカップ戦で優勝することはなかった。それは100%真実だ」と語り、「彼がもっと頻繁に、もっと定期的にプレーしたいということはわかっていたんだ」と送り出した。

2022令和411月
満27歳W杯

背番号10でカタールW杯へ、PK戦で1番手を志願

11月1日、カタールW杯の日本代表に背番号10で選ばれた。ドイツ戦では途中出場で堂安律と2シャドーを組み、自身のシュートをGKがはじいた流れから堂安が得点した。決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦ではPK戦の1番手に立候補したが止められ、日本は敗退。翌日、クロアチア戦の日を「自分の今まで生きてきた中で最悪な日」と語った。

本人で、5秒ぐらいたぶん誰も手を挙げなかったんですよ。で、じゃあ俺がいくって。でも結局それでチームに迷惑掛けたし。 出典

2023令和5
満28歳

モナコ1年目は公式戦1得点、10か月ぶりに代表へ

加入1年目の2022-23シーズンは定位置をつかめず、公式戦25試合で1得点4アシストに終わり、フランスのメディアからはワースト補強と評された。10月4日、カナダ、チュニジアとの親善試合に臨む日本代表に選ばれ、カタールW杯以来約10か月ぶりに代表へ戻った。

2024令和65月
満29歳受賞

レキップのリーグ・アン年間ベストイレブンに

2023-24シーズン、ザルツブルク時代の恩師アドルフ・ヒュッターが監督に就き、セカンドトップやトップ下、サイドで起用された。2023年8月には日本人選手で2人目となるリーグ・アンの月間最優秀選手賞を受け、リーグ戦30試合で9得点6アシスト。5月、フランス紙レキップの年間ベストイレブンに選ばれ、サポーター投票ではクラブのシーズンMVPにもなった。チームは2位に入り、6季ぶりにCL本戦の出場権を得た。

2025令和72月
満30歳

CLで日本人選手の最多得点記録

2024-25シーズンのCLでは、リーグフェーズ第3戦のレッドスター戦で2得点し、香川真司が持っていた日本人選手のCL通算最多4得点に並んだ。2月のプレーオフ第2戦ベンフィカ戦で通算5点目を決めて単独の最多としたが、チームは2戦合計で敗れた。その後、モナコとの契約を2027年6月まで延ばしている。

2025令和710月14日
満30歳日本代表

主将として、ブラジルからの初勝利に貢献

キャプテンの遠藤航らがけがで離れるなか、ブラジル戦に主将として先発した。0-2で迎えた後半、52分に相手の守備のミスから1点を返し、中村敬斗、上田綺世が続いて3-2で逆転。日本はブラジルとの14試合目で初めて勝った。11月14日のガーナ戦でも主将を務め、得点している。

本人まだ死んでない、このゲーム。1点取ったら絶対変わるから、勝とう。行くぞ! 出典

2025令和712月21日
満30歳健康

左膝の前十字靱帯を断裂

フランス杯のオセール戦に先発し、ボールを奪いにいった際に左膝を痛め、前半36分に担架でピッチを離れた。翌22日、モナコが前十字靱帯断裂と発表。全治は明らかにされず、翌年6月に開幕する北中米W杯への出場は厳しくなった。2025-26シーズンのCLでは、自身が持つ日本人選手の最多得点記録を更新しており、この時点で国際Aマッチ73試合26得点、欧州CLでは通算6得点を挙げていた。

2026令和85月
満31歳

W杯メンバー外、サポート役としてチームに帯同

5月に発表された北中米W杯の日本代表26人に入らなかった。森保一監督は同じ日、リハビリを続けながらチームに助言する後方支援の役割で帯同させる方向だと明かした。6月8日にベースキャンプ地のナッシュビルで合流し、練習をピッチ脇から見て声をかけ、同じくサポートメンバーとして帯同した吉田麻也とともに試合後の掃除や後輩のスパイク磨きもした。日本は決勝トーナメント1回戦でブラジルに1-2で敗れた。

本人僕自身出来ることは少ないかもしれませんが、チームのために精一杯貢献できるように頑張りたいと思います 出典

2026令和810月
満31歳復帰

298日ぶりに公式戦へ戻る

8月に全体練習へ戻り、9月にはPSG戦の招集メンバーに入った。10月、カンファレンスリーグのCSKAソフィア戦に右サイドハーフで先発し、2得点の起点となって後半途中までプレーした。オセール戦以来298日ぶりの公式戦で、試合後はインスタグラムに「ピッチに戻ってこれて、チームが勝利するのを手助けできてすごく嬉しい。まだ始まったばかり」と書いた。

2026令和810月
満31歳最新

現在:モナコで復帰後のシーズンを戦う

フィリペ・ルイス監督のもと、10月18日のリーグ・アン第7節ロリアン戦に右サイドで先発し、リーグ戦にも戻った。前半33分に右からのクロスで味方のシュートを演出し、後半7分までプレーした(0-1で敗戦)。22日のカンファレンスリーグ第2戦フライブルク戦は出番がなく、チームは3-0で勝った。

本人サッカー選手である以上、代表は目指す場所。(来年1月の)アジア杯のメンバーに入りたい気持ちはある 出典

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