★ STAR TIMELINE

伊東 純也

いとう じゅんや

伊東 純也

「イナズマ純也」の異名を持つ俊足アタッカー。公立高から大学経由で柏、ゲンク、ランスを経て日本代表のW杯最年長ゴールを記録した。

平成5年 神奈川県横須賀市生まれ ・ 1993– ・ 満33歳

所属KRCゲンク ・ ポジションMF/FW ・ 身長177cm ・ 利き足 ・ 学歴神奈川大学

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近況
2026(令和8)満33歳現在

ゲンクの右ウイングで今季2アシスト、W杯後初の代表にも選出

9月13日のベルギーリーグ第6節・ヘント戦でCKから同点ゴールをアシストし、今季2アシスト目。9月17日にはW杯後初となる日本代表メンバーに選ばれ、9月24日のウルグアイ戦、28日のベネズエラ戦、10月1日のエクアドル戦に臨む。

1993(平成5) 神奈川県横須賀市に生まれる2005(平成17) 横浜F・マリノスの入団テストに不合格、横須賀シーガルズへ2008(平成20) 神奈川県立逗葉高校へ進学2011(平成23) 神奈川大学へ進学、1年時から関東大学リーグに出場2013(平成25) 大学3年で関東2部リーグの得点王とベストイレブン2014(平成26) ヴァンフォーレ甲府への加入が内定プロへの道2015(平成27) J1デビュー、5月にプロ初ゴール2016(平成28) 柏レイソルへ完全移籍柏移籍2017(平成29) 約70メートルの独走ゴール、年末に日本代表デビュー2018(平成30) 日本代表初ゴール、翌月に2試合連続ゴール2019(令和1) ベルギー・KRCゲンクへ期限付き移籍、加入半年でリーグ優勝海外へ2020(令和2) ゲンクへ完全移籍、3年契約2021(令和3) ベルギーカップ決勝で先制ゴール、リーグのベストイレブンに2021(令和3) W杯最終予選で先発をつかみ、4試合連続ゴール2021(令和3) 一般女性との結婚を発表2022(令和4) フランス・スタッド・ランスへ完全移籍2022(令和4) カタールW杯で全試合に出場、ベスト162023(令和5) ランス2年目、代表でも継続して招集2024(令和6) アジアカップを途中離脱2024(令和6) 日本代表に7か月ぶり復帰、復帰戦の中国戦でゴール代表復帰2024(令和6) チャンス創出率で欧州5大リーグのトップに2025(令和7) ランスが入れ替え戦に敗れ2部降格2025(令和7) 古巣ゲンクへ復帰、背番号10を背負うゲンク復帰2025(令和7) 代表のブラジル戦で負傷、12月に復帰2026(令和8) 得点試合14戦全勝、日本代表の単独最多に2026(令和8) W杯自身初ゴール、日本代表史上最年長の得点記録最年長ゴール2026(令和8) 決勝トーナメント1回戦でブラジルに逆転負け2026(令和8) ゲンクの右ウイングで今季2アシスト、W杯後初の代表にも選出平成令和
誕生 1993現在
横浜F・マリノスの下部組織に落ち、県立高校のサッカー部では目立った成績を残せず、神奈川大学からプロになった。J1の甲府が獲得に動いた理由は、大学1年で流通経済大戦に途中出場したときの足の速さだった。柏レイソルで約70メートルの独走ゴールを決め、日本代表への初招集、ベルギー・ゲンクでのリーグ優勝、フランス・ランスへの移籍を経た。2024年には週刊誌報道を受けてアジアカップを途中離脱し、代表から7か月遠ざかったが、復帰戦でゴールを決めた。2025年に古巣ゲンクへ戻って背番号10を背負い、2026年のW杯では33歳で自身初のゴールを挙げ、日本代表のW杯最年長得点記録を塗り替えた。

歩み

横須賀の少年

平成5〜

平成
1993平成53月9日
満0歳

神奈川県横須賀市に生まれる

小学校1年生の時に地元の鴨居SCでサッカーを始めた。横須賀市立小原台小学校に通いながら、2004年まで同クラブでプレーした。

出典ja.wikipedia.org

2005平成17
満12歳

横浜F・マリノスの入団テストに不合格、横須賀シーガルズへ

中学校入学前に横浜F・マリノスジュニアユースの入団テストを受けたが不合格となり、中学時代は地元の横須賀シーガルズジュニアユースでプレーした。

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2008平成20
満15歳

神奈川県立逗葉高校へ進学

家庭の方針で公立高校に進学することを決めており、母親の母校でもある逗葉高校を選んだ。同級生には横浜F・マリノスユースに所属し在学中にプロデビューした小野裕二がいた。サッカー部では目立った成績を残せなかった。

本人強い高校の、寮とか、上下関係とかが嫌だなと思って。それで家から通えるところにしたんです。公立のほうがお金もかかんないし 出典

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2011平成23
満18歳

神奈川大学へ進学、1年時から関東大学リーグに出場

複数の大学から推薦入学のオファーがあり、実家から通える神奈川大学を選んだ。この時点でプロになりたいという気持ちは「それほど強くはなかった」という。1年時に関東大学リーグの流通経済大戦に途中出場し、その足の速さをヴァンフォーレ甲府のスカウト森淳が目に留めた。

本人1年から試合に出られて、『あ、これ、オレでもできるな』って 出典

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2013平成25
満20歳

大学3年で関東2部リーグの得点王とベストイレブン

関東大学サッカー2部リーグで20試合に出場して17得点を挙げ、得点王とベストイレブンを受賞。翌2014年は同リーグで10得点・12アシストを記録してアシスト王に輝き、2年連続でベストイレブンに選出された。この活躍でヴァンフォーレ甲府とモンテディオ山形の2クラブから獲得オファーを受けた。

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2014平成269月
満21歳プロ入り

ヴァンフォーレ甲府への加入が内定

9月16日、甲府が来季からの新加入内定を発表。予算規模の小さい甲府は、将来性を感じる隠れた逸材を探す中で、伊東を追い続けていた。同年末には特別指定選手として甲府のトレーニングに帯同した。

本人小さい頃からの夢であったプロサッカー選手になることが出来たことを嬉しく思います。 出典

出典ventforet.jpja.wikipedia.orgnumber.bunshun.jp

日本代表

平成27〜

2015平成273月14日
満22歳

J1デビュー、5月にプロ初ゴール

3月14日のJ1リーグ1stステージ第2節・名古屋グランパス戦でプロデビュー。5月2日の鹿島アントラーズ戦で初めて先発に起用され、後半2分にプロ初得点を記録した。この年は主にフォワードとしてリーグ戦30試合に出場し、4得点を挙げた。

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2016平成281月
満22歳

柏レイソルへ完全移籍

1月8日、J1・柏レイソルへの完全移籍が発表された。シーズン前のキャンプで監督のミルトン・メンデスにサイドバックへコンバートされたが、下平隆宏への監督交代以後は攻撃的なポジションで起用され、リーグ戦合計7得点を記録した。6月にはキリンチャレンジカップの南アフリカ戦に出場したが、リオデジャネイロ五輪のメンバーからは落選した。

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2017平成298月
満24歳代表初選出

— 約70メートルの独走ゴール、年末に日本代表デビュー

8月13日の清水エスパルス戦で、自陣からドリブルで約70メートルの距離を独走してゴールを決めた。この年はリーグ戦全試合に出場して6得点を挙げ、Jリーグ優秀選手賞を受賞。11月29日にはEAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017に挑む日本代表に初招集され、12月9日の北朝鮮戦で国際Aマッチに初出場した。公立高と大学を経た24歳が、この年に初めて日本代表の一員となった。

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2018平成309月
満25歳

日本代表初ゴール、翌月に2試合連続ゴール

9月11日、キリンチャレンジカップのコスタリカ戦で日本代表初ゴール。10月12日のパナマ戦でも得点し、代表2試合連続ゴールを記録した。柏ではこの年もリーグ戦全34試合に出場したが、チームはリーグ戦17位でJ2降格となった。

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ベルギー、フランスへ

令和1〜

令和 2019
2019令和12月
満25歳海外へ

— ベルギー・KRCゲンクへ期限付き移籍、加入半年でリーグ優勝

2月1日のAFCアジアカップ決勝・カタール戦に途中出場し、日本は1-3で敗れて準優勝。その2月、J2に降格した柏からジュピラー・プロ・リーグのKRCゲンクへ期限付き移籍した。2月21日のUEFAヨーロッパリーグ・スラヴィア・プラハ戦で移籍後初出場、3月17日のズルテ・ワレヘム戦で移籍後初得点を含む1ゴール1アシスト。14試合3ゴール2アシストで、クラブの8シーズンぶりのリーグ優勝に貢献した。

出典ja.wikipedia.orgjfa.jp

2020令和23月30日
満27歳

ゲンクへ完全移籍、3年契約

3月30日、ゲンクへの完全移籍が発表された。契約期間は3年。それに先立つ2019年9月18日にはUEFAチャンピオンズリーグのレッドブル・ザルツブルク戦で先発しCLデビュー、10月10日にはW杯アジア2次予選のモンゴル戦で3アシストを記録していた。2019-20シーズンは公式戦37試合で6ゴール9アシスト。

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2021令和34月
満28歳

ベルギーカップ決勝で先制ゴール、リーグのベストイレブンに

4月25日のベルギーカップ決勝で先制ゴールを決め、クラブの8シーズンぶりの優勝に貢献した。2020-21シーズンは公式戦42試合で12ゴール16アシストを記録し、ジュピラー・プロ・リーグのベストイレブンに選ばれた。代表では3月30日のモンゴル戦で2ゴール3アシストと、5得点に絡んだ。

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2021令和311月
満28歳

W杯最終予選で先発をつかみ、4試合連続ゴール

森保一監督の就任当初は堂安律の控えに回ることが多かったが、アジア最終予選で先発をつかんだ。11月11日のベトナム戦で決勝ゴールを決めると、2022年2月1日のサウジアラビア戦まで、歴代最多タイとなる最終予選4試合連続ゴールを記録。最終予選では4ゴール2アシストとPK獲得1回で計7ゴールに関与し、日本のW杯出場に貢献した。

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2021令和311月
満28歳私生活

一般女性との結婚を発表

11月23日、自身のインスタグラムで一般女性との結婚を発表した。

出典nikkansports.comja.wikipedia.org

2022令和47月
満29歳

フランス・スタッド・ランスへ完全移籍

ゲンクでの最後のシーズンとなった2021-22は公式戦49試合で8ゴール21アシスト。リーグ戦16アシストでアシスト王となり、年間最優秀ゴール賞との2冠を達成した。7月29日、フランス1部のスタッド・ランスへの完全移籍が発表され、8月28日のオリンピック・リヨン戦で移籍後初ゴールを決めた。

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2022令和411月
満29歳W杯初出場

— カタールW杯で全試合に出場、ベスト16

11月1日、カタールW杯に臨む日本代表に選出された。29歳で迎えた初のW杯で全試合に出場し、3戦目のスペイン戦ではプレスから堂安律の同点ゴールをアシスト。自身の得点は生まれなかったが、チームのベスト16に貢献した。

出典ja.wikipedia.orgnumber.bunshun.jp

離脱と復帰

令和5〜

2023令和5
満30歳

ランス2年目、代表でも継続して招集

この年もキリンチャレンジカップなど日本代表に招集され続けた。JPFAアワードでは、2022年から2024年まで3回ベストイレブンに選ばれている。

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2024令和61月
満30歳

アジアカップを途中離脱

1月31日に『週刊新潮』の報道があり、同日のアジアカップ決勝トーナメント1回戦・バーレーン戦には出場せず、翌2月1日の全体練習にも参加しなかった。JFAは2月1日に離脱を発表したが、2月2日未明にこれを訂正して離脱しないとし、協議を重ねた末に同日午後、離脱が再び発表された。所属のランスでは2月11日から試合に復帰したが、代表では同年3月と6月のメンバーに招集されなかった。

出典ja.wikipedia.orgfootballchannel.jp

2024令和69月
満31歳代表復帰

— 日本代表に7か月ぶり復帰、復帰戦の中国戦でゴール

8月29日、W杯アジア最終予選に臨む招集メンバーが発表され、代表復帰が決まった。9月5日の中国戦では後半32分、右サイドの久保建英から中央でパスを受けて左足でシュート、相手に当たってコースが変わりゴールに吸い込まれた。7か月ぶりの代表復帰戦での得点だった。

本人本当にうれしい。チームに貢献したい 出典

出典ja.wikipedia.orgtv-tokyo.co.jp

2024令和612月
満31歳

チャンス創出率で欧州5大リーグのトップに

12月3日、『The Athletic』が発表した2024-25シーズンのチーム内チャンス創出割合の個人ランキングで、ランスのチームチャンスの33.9%を創り出した伊東が5大リーグのトップだった。

出典ja.wikipedia.org

ゲンク帰還とW杯最年長ゴール

令和7〜

2025令和75月
満32歳

ランスが入れ替え戦に敗れ2部降格

2024-25シーズンは34試合中33試合に出場して4ゴール5アシスト、チャンスクリエイト数83回はリーグ1位だった。しかしチームはリーグ16位に終わり、5月30日の昇降格プレーオフ2ndレグでメスに1-3で敗れ、2戦合計2-4でリーグ・ドゥ(2部)への降格が決まった。

出典times.abema.tvja.wikipedia.org

2025令和78月
満32歳復帰

古巣ゲンクへ復帰、背番号10を背負う

8月9日、ゲンクがランスからの獲得を発表。契約は2028年夏までの3年間で、ベルギー紙は移籍金280万ユーロと報じた。背番号は「10」。8月28日のUEFAヨーロッパリーグ・プレーオフ2ndレグ、レフ・ポズナン戦で31分に復帰後初ゴールを決め、チームは2戦合計6-3でEL出場権を獲得した。

本人まるで故郷に帰ってきたような気分です 出典

出典soccer-king.jpja.wikipedia.orgsoccer-king.jp

2025令和710月
満32歳健康

代表のブラジル戦で負傷、12月に復帰

10月14日のキリンチャレンジカップ2025・ブラジル戦で負傷し、12月に復帰した。復帰後のリーグ戦は3ゴールにとどまり、本人はこのシーズンを「期待外れ」と振り返った。

出典football-tribe.com

2026令和83月28日
満33歳

得点試合14戦全勝、日本代表の単独最多に

3月28日の国際親善試合・スコットランド戦で、後半39分にキックフェイントでマークを外して右足でゴール。国際Aマッチで自身が得点した試合は14戦全勝となり、「全勝神話」は岡崎慎司の13試合を抜いて日本代表の単独最多となった。

出典ja.wikipedia.org

2026令和86月21日
満33歳W杯最年長弾

— W杯自身初ゴール、日本代表史上最年長の得点記録

5月15日に2026年W杯の日本代表に選出され、2大会連続の出場。6月21日、グループステージ第2節のチュニジア戦で後半24分、田中碧の縦パスを上田綺世がフリックしたところに抜け出し、冷静に流し込んだ。W杯出場6試合目での自身初ゴールで、日本は4-0とW杯での最多得点差勝利。33歳での得点は、2018年ロシア大会のセネガル戦で本田圭佑が記録した32歳を抜く日本代表の最年長記録となった。

本人碧から綺世に良いパスが入った時にフリックが来るかなと思ったら、本当に来たので、良い抜け出しから、冷静に決められて良かったと思います 出典

出典ja.wikipedia.orgmainichi.jpsoccer-king.jp

2026令和86月30日
満33歳

決勝トーナメント1回戦でブラジルに逆転負け

6月30日、決勝トーナメント1回戦でブラジルに1-2で逆転負け。前半に先制したが、後半の立ち上がりに失点して流れを渡した。今大会はラウンド32での敗退で、2022年大会から2大会連続で決勝トーナメント1回戦で姿を消した。

本人ここで勝つために4年間やってきましたし、ここを超えてもう1個行くのを最低限目指していたんですけども、それを達成できなくて本当に残念だなと思います 出典

出典footballchannel.jpweb.ultra-soccer.jpja.wikipedia.org

2026令和89月
満33歳現在

ゲンクの右ウイングで今季2アシスト、W杯後初の代表にも選出

9月13日のベルギーリーグ第6節・ヘント戦でCKから同点ゴールをアシストし、今季2アシスト目。9月17日にはW杯後初となる日本代表メンバーに選ばれ、9月24日のウルグアイ戦、28日のベネズエラ戦、10月1日のエクアドル戦に臨む。

出典times.abema.tvsoccer-king.jp

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