目次
津山の少年サッカーから、米子北で問われた覚悟
平成12〜
岡山県津山市に生まれる
名前は、父が好きだという勝海舟に由来する。3歳ぐらいからボールを蹴り始めた。3歳下の弟・佐野航大も、のちにプロサッカー選手となった。
地元のFCヴィパルテで本格的にサッカーを始める
小学校に入ると、父がコーチを務めるFCヴィパルテに入った。団子になってボールを追う輪に加わらず、後ろで待ち構えてセカンドボールを拾う子どもで、そのスタイルは今と変わらないと伝えられている。
米子北高校へ進み、1年目からレギュラーに
第一志望だった関西の強豪校からは特待での入学が認められず、中学3年の11月に米子北高の練習に参加。ひた向きにサッカーと向き合う選手たちに心を打たれ、進学を決めた。1年次からレギュラーとなり、3年連続で全国高校総体と全国高校サッカー選手権に出場している。
大学進学を相談し、父に覚悟を問われる
2017年度の全国高校選手権では優秀選手に選ばれたが、3年の夏、プロから声がかからず大学に行きたいと父に相談したところ、今覚悟が決まっていない者が4年後に挑戦しても無理だと返され、その後FC町田ゼルビアの内定をつかんだ。
サイドバックからボランチへ、町田での4年
令和元〜
J2水戸戦でプロデビュー
1月に町田への加入が発表され、「小さい頃からの目標であったプロサッカー選手になることができて、大変嬉しく思います」とコメント。相馬直樹監督のもとでは主にサイドバックで起用され、5月5日のJ2第12節水戸ホーリーホック戦に途中出場してデビューした。1年目はリーグ戦21試合に出ている。
ボランチに戻り、J2で41試合に出場
1年目のシーズンを終えた時点でボランチへのこだわりを新たにし、2020年は開幕戦からボランチで出場する。リーグ戦は42試合中41試合のピッチに立ち、9月6日のJ2第17節FC琉球戦でプロ初ゴールを決めた。
本人ボランチで出場したいという思いはずっとあったので、昨シーズンが終わったタイミングで、もう一度ボランチで頑張ろうと決意しました。 出典
オーバートレーニング症候群で戦列を離れる
開幕戦から20試合連続でフル出場していたが、6月5日のJ2第20節大分トリニータ戦を最後に公式戦から遠ざかった。
鹿島アントラーズへ完全移籍
12月21日、鹿島が町田からの完全移籍での加入を発表した。この発表に際し、腰痛に加えてオーバートレーニング症候群を患っていたことを自ら公表し、戻れる環境を作り続けた監督やスタッフ、選手、サポーターへの感謝をつづった。町田ではJ2リーグ通算116試合に出場。町田のクラブ公式サイトを通じて「自分のこれからのキャリアを考え、この決断をし、挑戦することにしました」とコメントしている。
鹿島の1年半で届いた日本代表
令和5〜
— 鹿島1年目で日本代表に初招集、J1ベストイレブンに
鹿島では加入直後からレギュラーとなり、この年はリーグ戦27試合に出場した。11月13日、負傷で辞退した伊藤敦樹に代わって日本代表に追加招集され、年代別代表の経験が無いまま日の丸を背負う。16日のW杯アジア2次予選ミャンマー戦に後半開始から出場してデビューした。12月31日のJPFAアワードでは、選手間投票によるJ1ベストイレブンに選ばれている。
アジアカップの日本代表に入る
1月1日、カタールで開かれるAFCアジアカップ2023の日本代表に選ばれる。グループリーグのベトナム戦、イラク戦は出番が無く、イラク戦の翌日には「なかなか信頼をまだ得られていないので、もっと練習でしっかりアピールして、チームに良い影響を与えられるようにしたい」と語った。
ブンデスリーガのマインツへ完全移籍
7月1日、鹿島が海外クラブへの移籍を前提とした手続きのためチームを離れることを発表し、3日にマインツへの完全移籍が発表された。契約は4年。シーズン途中で鹿島を離れることを詫びたうえで、1年半を過ごしたクラブへの感謝を述べた。
本人アントラーズの存在がなければ、僕のサッカー人生は終わっていたと思っています。 出典
ドイツでの再出発とW杯の一点
令和6〜
一時帰国中に逮捕、8月に不起訴
移籍発表後の一時帰国中だった7月14日、警視庁に逮捕され、17日に報じられた。29日に所属事務所が釈放を発表。31日にはマインツが東京の検察庁の捜査が終わったと伝えて合流を認め、8月1日からキャンプに加わった。8月に不起訴処分となったが、同月29日発表のW杯最終予選のメンバーには入らなかった。
— ブンデス1年目の全34試合先発を経て、日本代表に復帰
加入1年目のブンデスリーガでは全34試合に先発し、前の季に残留を争ったチームが6位で終えるのを主力として支えた。走行距離はリーグ最長だった。クラブでのこの活躍が認められ、5月23日発表のW杯アジア最終予選のメンバーに、2024年1月のアジアカップ以来となる復帰。初招集の弟・航大と並んで選ばれ、2023年の初招集時に将来の夢として語っていた兄弟での代表入りが実現した。
騒動後初の会見で謝罪
騒動後、国内で初めて取材に応じ、黒いスーツ姿で「昨年の自分の行動によってご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」と謝罪した。逮捕後の留置所では引退も頭をよぎったと明かしている。日本サッカー協会は、相手方への謝罪と話し合い、本人の反省、不起訴処分を選出の理由に挙げていた。
本人自分に対する賛否はもちろんあると思っています。自分にできることを考えて、日本のサッカーのために戦うしかないと思っているので、プレーで、行動で、示していきたいと思っています 出典
モデルの木下桜との結婚が明らかになる
1月に結婚を発表していたモデルの木下桜が、8月17日にInstagramで相手が佐野であることを明かした。大自然の中で撮影した写真や動画を公開し、手をつなぐ2人の姿を載せた。
アウクスブルク戦でブンデス初ゴール
第4節アウクスブルク戦の14分、ハーフライン付近でパスをカットして自ら持ち運び、ブンデスリーガ初ゴール。加入から公式戦42試合、ゴールもアシストも無かった中での一点だった。53分にもアシストを記録し、4-1の勝利でリーグ公式のプレイヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれる。
本人ゴールを決めることが僕の主な仕事ではありません。トレーニング、特に試合でハードワークすることが僕の役割だ。 出典
JPFAベストイレブンに選ばれる
日本プロサッカー選手会が、海外組と国内各リーグのベストイレブンから選ぶ2025年のベストイレブンに名を連ねた。データメディアの集計では、2025年のインターセプト74回が欧州5大リーグで最多だった。
北中米W杯の日本代表に選ばれる
5月15日、北中米W杯に臨む日本代表に選出された。在籍2年目のマインツでは、この時点でブンデスリーガの全試合にフル出場。自身初のW杯を前に、所属事務所を通じて、支えてくれた人への感謝を忘れずチームの力になれるよう全力を尽くすとコメントした。
— W杯ラウンド32のブラジル戦で代表初ゴール
グループFではオランダ戦とチュニジア戦に先発フル出場し、日本は1勝2分の2位で勝ち上がった。現地6月29日のラウンド32ブラジル戦では29分、ダニーロの横パスを読んでカットし、ハーフライン付近から自ら持ち運んでミドルシュートで先制。代表16試合目での初ゴールだったが、日本は後半に2点を失い1-2で敗れた。この後、リバプールやニューカッスルなどプレミアリーグの複数クラブからの関心が報じられた。
本人結局、勝負を決められない選手の方になりましたし、得点を取ることはいいことですけど、それを勝利につなげられる選手にならないといけないと思っています 出典
移籍市場最終日、マインツ残留が決まる
7月24日のドイツ出国前には、将来はプレミアリーグでプレーしたい気持ちがあると話していた。移籍市場最終日にはクリスタル・パレスが約3000万ユーロを用意したと報じられたが、マインツの要求額5000万〜6000万ユーロには届かず、スポーツ部門トップのハイデルが残留を明言。契約は2028年まで残る。
W杯後初の日本代表に名を連ねる
9月17日、W杯後初の活動として9月24日からの12日間で4試合を戦う日本代表のメンバーに選ばれた。2026-27シーズンもマインツでプレーしている。