生い立ちとアマチュア時代
平成12〜
福岡県北九州市戸畑区に生まれる
両親とも卓球経験はなかったが、祖母は経験者で、父は社会人サッカーチームの元選手だった。4歳のとき、地元の名門・石田卓球クラブで練習していた姉の影響を受けて卓球を始める。もともとは右利きだったが、クラブ加入後に足の利き足の関係で左手でラケットを握るようになった。
小学2年生で全日本卓球バンビの部に出場し全国大会デビュー
予選リーグを突破するも決勝トーナメント1回戦で敗退。この時の優勝者が、のちに共に「黄金世代」と呼ばれる伊藤美誠だった。
中間市立中間東中学校で全国中学校卓球大会を2年連続優勝、国際大会でも頭角を現す
2013年、2014年と全国中学校卓球大会を連覇。2014年4月にはITTFワールドツアーチリオープンで準優勝、9月には第20回アジアジュニア卓球選手権大会(インド・ムンバイ)のカデット女子団体で優勝を果たすなど、国内外の舞台で存在感を示すようになった。全国大会でも徐々に地力をつけていった時期にあたる。
黄金世代の一員として ―― Tリーグ開幕と全日本初優勝
平成28〜
— 希望が丘高等学校に進学、インターハイ女子シングルスで高校1年から優勝
前田美優以来4年ぶりとなる高校1年生でのインターハイ制覇。同年はITTFワールドツアーでもツアー初優勝を重ね、12月の世界ジュニア選手権(南アフリカ・ケープタウン)では団体戦優勝(女子ダブルス・混合ダブルスは準優勝)、直後にドーハで行われたITTFワールドツアーグランドファイナルではU-21シングルスとダブルス(浜本由惟組)で2冠を達成し、「黄金世代」の一人として国際舞台での知名度を高めた。
全日本選手権で伊藤美誠と組んだ女子ダブルスが同大会初優勝
5月の世界卓球選手権団体戦では予選のエジプト戦のみの出場だったが、ベンチで積極的に声援を送るなど団体準優勝に貢献した。
開幕したTリーグで日本生命レッドエルフに所属、シーズンMVPを獲得
レギュラーシーズンから女子プレーオフまで13戦無敗でチームを優勝に導いた。この年からTリーグは早田にとって年間を通じた主戦場のひとつとなっていく。
全日本選手権シングルスで初の準決勝進出
ダブルスでは伊藤美誠と組み2連覇。シングルスでは6回戦で石川佳純に勝利し、自身初となる準決勝まで進んだ。
— 全日本選手権シングルスで初優勝、二冠を達成
準決勝で3連覇のかかる伊藤美誠を、決勝で石川佳純を破ってシングルス初優勝。長く「黄金世代」の中で一歩後れを取る立場だった早田にとって、日本のトップに立ったことを示す大きな転機となった。
世間決勝で石川佳純を破り、初めて頂点に立った。
東京五輪からアジア女王へ
令和3〜
東京五輪の代表リザーブに選出されるも、出番はなくサポートに徹する
自国開催の大舞台に出場機会は無かったが、この悔しさが同年後半の飛躍につながっていく。
— アジア選手権でシングルス・団体・混合ダブルスの三冠を達成
シングルス決勝でシン・ユビン(韓国)を破り、自身初のビッグタイトルを獲得。団体・混合ダブルスを加えての三冠達成は、日本人選手として枝野とみえ以来47年ぶりの快挙だった。東京五輪でリザーブに終わった直後の結果で、控えの立場からトップ選手への転換点となった。
世界ランキングで当時の自己最高となる5位に浮上
全日本選手権は女子シングルス準優勝に終わったが、女子ダブルス(伊藤美誠ペア)は4連覇、Tリーグ個人戦の女子シングルスでも優勝。7月のWTTチャンピオンズ・ヨーロッパサマーシリーズ準々決勝では東京五輪女王・陳夢に敗れたが、この対戦を機にコース取りや緩急を磨く戦術面の強化に力を入れるようになった。
世界の頂点に迫る ―― パリ五輪
令和5〜
全日本選手権でシングルス2度目の優勝、女子選手史上4人目の大会3冠
決勝は木原美悠に2セットダウンから逆転勝ちし、3大会ぶり2度目のシングルス優勝。伊藤美誠と組んだ女子ダブルスは5連覇、張本智和と組んだ混合ダブルスも優勝し、女子選手では史上4人目となる大会3冠を達成した。
— 世界卓球選手権(南アフリカ・ダーバン)シングルスで銅メダル
準々決勝で王芸迪(中国)と大激戦の末、最終ゲーム21-19で勝利。準決勝は孫穎莎に敗れたが、中国選手を破ってのメダル獲得は1965年の深津尚子以来58年ぶりだった。混合ダブルス(張本智和ペア)でも銀メダルを獲得し、世界の舞台でも中国勢に食い込める存在であることを示した。
アジア競技大会で決勝進出、準優勝
準決勝で再び王芸迪を破り決勝進出。決勝では世界女王・孫穎莎に1-4で敗れたが、日本勢では29年ぶり、中国出身者以外では57年ぶりの決勝進出だった。
世界ランキングでシングルス自己最高の4位に到達
ITTF世界ランキングでシングルス4位となり、2022年5月に記録した5位を上回る自己最高位を更新した。
全日本選手権シングルス連覇
決勝で張本美和にストレート勝ちし連覇達成。落としたゲームは6回戦の1ゲームのみという圧倒的な内容だった。
世界卓球団体戦(韓国・釜山)で日本のエースを務める
中国との決勝第二試合で東京五輪女王・陳夢と対戦し、これまで全敗だった相手に初勝利。チームは2-3で敗れ準優勝に終わった。
— パリ五輪で女子団体銀メダル、女子シングルス銅メダル
シングルス準々決勝の試合中に左前腕を負傷(尺側手根伸筋腱の亜脱臼)し、以降は痛み止めとテーピングでのプレーを強いられながら銅メダルを獲得。団体戦決勝では張本美和とのダブルスで東京五輪・パリ五輪連続の金メダルがかかる相手にリードを許し、チームは銀メダルに終わった。控えから積み上げてきた歩みが、自国外の大舞台で実を結んだ大会だった。
怪我を越えて ―― 「シーズン2」
令和7〜
— パリ五輪の怪我から復帰し、全日本選手権シングルス3連覇
パリ五輪で負った左腕の怪我は長く尾を引き、2024年10月のアジア選手権では回復途中で団体戦を回避、さらに練習中に左前腕を再負傷してシングルスを棄権し、世界卓球ドーハ大会の出場権も逃していた。それでも決勝で張本美和をストレートで破り、石川佳純以来となるシングルス3連覇を達成。女子では史上6人目の偉業であり、パリ五輪の怪我を乗り越えての優勝は、本人が「シーズン2」と位置づける新たな段階への転機となった。
本人パリ五輪までの自分には戻れないですし、でも、シーズン1までがパリ五輪までの早田ひなとして、ここからシーズン2の始まりなので。 出典
世界卓球選手権(カタール・ドーハ)シングルスでベスト8
4回戦で世界23位の石洵瑶(中国)を4-2で破りベスト8入りしたが、準々決勝で敗れメダルには届かなかった。
世界卓球選手権(英・ロンドン、100周年大会)団体戦で6大会連続の銀メダル
決勝で中国と対戦し、張本美和・橋本帆乃香がそれぞれ1勝を挙げたが、早田は第2試合で世界ランク1位・孫穎莎に、続く最終第5試合では王曼昱に連続してストレートで敗れ、チームは2-3で惜敗した。
本人結果としては銀メダルで、今日の決勝戦に関しては、張本選手と橋本選手が1点ずつ取ってくれたんですが、私が2点落としてしまって、(マッチカウント)2-3で中国に負けてしまって。やはりすごく悔しい想いが一番大きいです。 出典
世界ランキング7位で「WTTチャンピオンズ横浜2026」ベスト8進出
地元開催の大会で香港・杜凱琹、台湾の若手・葉伊恬を破り2大会連続のベスト8進出。準々決勝では世界ランク4位・蒯曼(中国)に第4ゲームを終盤の逆転で奪い返したが、1-4で敗れた。中国勢を苦しめる力は健在で、シングルスでのメダル奪還を目指し戦いを続けている。