★ STAR TIMELINE

鈴木 彩艶

すずき ざいおん

鈴木 彩艶

浦和レッズジュニアの一期生として初めてトップチームの試合に出て、日本人GKとして初めてセリエAでプレーし、北中米W杯の全4試合に先発。いまはアストン・ヴィラでプレミアリーグのゴールを守る。

平成14年 アメリカ・ニュージャージー州ニューアーク生まれ ・ 埼玉県さいたま市出身 ・ 2002– ・ 満24歳

所属アストン・ヴィラ(イングランド) / ポジションゴールキーパー / 身長190cm / 学歴さいたま市立木崎中学校→N高等学校 / 主要所属クラブ浦和レッズ→パルマ→アストン・ヴィラ

最新
2026(令和8)満24歳

アストン・ヴィラの正GKとしてプレミアリーグに立つ

エミリアーノ・マルティネスの後を継いで正GKに定着し、9月のクラブ月間MVPに選ばれた。10月24日には、開幕7連勝で首位のマンチェスター・シティに2-1で勝った試合にフル出場し、6セーブを記録している。同僚のマティ・キャッシュは、初めての練習で「MFを獲得したのか」と思ったほどボールを扱う技術が高いと語った。

2002(平成14) 米ニュージャージー州ニューアークに生まれる2013(平成25) 浦和レッズジュニアに一期生として加入2017(平成29) 15歳でU-17ワールドカップのメンバーに飛び級選出2019(令和元) 浦和とクラブ史上最年少でプロ契約2019(令和元) U-20ワールドカップにも飛び級で選出2019(令和元) 3度目の世界大会、U-17ワールドカップでピッチに立つ2020(令和2) 高校3年でトップチームに帯同2021(令和3) ルヴァンカップ湘南戦で公式戦初出場2021(令和3) J1初出場から3試合連続無失点J1デビュー2021(令和3) GKで史上2人目のニューヒーロー賞2022(令和4) E-1選手権でA代表デビューA代表デビュー2023(令和5) ベルギーのシント=トロイデンへ期限付き移籍2023(令和5) 川口能活のW杯予選GK最年少出場記録を更新2024(令和6) アジアカップで全試合に出場、準々決勝で敗退2024(令和6) パルマへ完全移籍、日本人GK初のセリエAセリエA移籍2025(令和7) ミラン戦で左手を骨折2026(令和8) 左手骨折から復帰し、W杯メンバーに選出2026(令和8) 北中米W杯で全4試合に先発W杯出場2026(令和8) アストン・ヴィラへ完全移籍2026(令和8) アストン・ヴィラの正GKとしてプレミアリーグに立つ平成令和
誕生 2002現在
アメリカで生まれ、さいたま市で育った。浦和レッズが2013年に開いたジュニアチームの一期生で、そこから初めてトップチームの試合に出た選手でもある。15歳でU-17ワールドカップ、16歳でU-20ワールドカップのメンバーに飛び級で選ばれたが、どちらもベンチで終わり、本人は「悔しかった」と振り返る。浦和では西川周作と定位置を争ったのち、20歳でベルギーへ渡り、2024年にはセリエAのパルマに移った。左手の骨折から復帰して臨んだ2026年の北中米ワールドカップでは全4試合に先発し、その夏にプレミアリーグのアストン・ヴィラへ移籍した。

同世代2021年、同い年の髙石 あかりは、『ベイビーわるきゅーれ』で映画初主演 →

歩み

浦和で育ち、飛び級で世界へ

平成14〜

平成
2002平成148月21日
満0歳

米ニュージャージー州ニューアークに生まれる

ガーナ人の父と日本人の母のもとに生まれ、兄がいる。その後は埼玉県さいたま市で育つ。名前の彩艶(ザイオン)は、聖書に出てくるエルサレムの聖なる丘「Zion」から取られている。

2013平成25
満11歳

浦和レッズジュニアに一期生として加入

幼稚園の頃に兄の影響でサッカーを始め、浦和大東スポーツサッカー少年団に入る。GKは小学生の頃から「自然とやっていた」ポジションだという。浦和レッズがこの年に初めて開いたジュニア(U-12)チームに一期生として加わり、以後ジュニアユース、ユースと浦和の下部組織で育つ。

2017平成299月
満15歳

15歳でU-17ワールドカップのメンバーに飛び級選出

浦和レッズジュニアユースに在籍する中学生で、本来のU-15代表から2つ上のU-17日本代表に引き上げられた。チームで唯一の中学生。大会の正GKは谷晃生が務め、鈴木は試合に出なかった。

令和 2019
2019令和元2月1日
満16歳プロ契約

浦和とクラブ史上最年少でプロ契約

浦和ユースに在籍したまま、16歳5か月11日で浦和レッズとプロ契約を結ぶ。クラブ史上最年少で、浦和レッズジュニア出身者として初めてのプロ契約でもあった。8月9日には2種登録選手としてトップチームに登録された。

2019令和元5月
満16歳

U-20ワールドカップにも飛び級で選出

16歳で、さらに上の世代のU-20日本代表に飛び級で選ばれる。この大会も2017年のU-17ワールドカップと同じく、出場の機会は無かった。

2019令和元10月
満17歳

3度目の世界大会、U-17ワールドカップでピッチに立つ

U-17ワールドカップで、世界大会の試合に初めて出る。過去2回は飛び級で招集されながら出られず、本人は「悔しかった」と振り返っていた。大勝したオランダ戦の後には、観戦した母から「初心を忘れるな」と声をかけられたという。

2020令和2
満17歳

高校3年でトップチームに帯同

N高等学校に通いながら、シーズンを通して浦和のトップチームに帯同した。リーグ戦16試合でベンチに入ったが、試合には出ていない。高校生の時点でベンチプレス125kgを挙げる筋力があった。

3戦連続無失点、そしてA代表へ

令和3〜

2021令和33月2日
満18歳デビュー

ルヴァンカップ湘南戦で公式戦初出場

正式にトップチームへ昇格したこの年、YBCルヴァンカップ第1節の湘南ベルマーレ戦に先発し、プロの公式戦に初めて出る。GKとしてのクラブ最年少出場で、浦和レッズジュニア出身者がトップチームの試合に出たのは初めてだった。前半19分の強烈なシュートや27分のFKを止め、無失点で引き分けた。

本人小学5年生の頃からトップチームで試合に出ることに憧れを持ってやってきた。そのときから日本で一番のクラブでなければいけないという浦和レッズの重みを感じてやってきた 出典

2021令和35月9日
満18歳

J1初出場から3試合連続無失点

J1第13節のベガルタ仙台戦で、それまで正GKだった西川周作に代わって先発し、リーグ戦に初めて出て無失点で勝つ。5月22日のヴィッセル神戸戦まで無失点を続け、J1デビューから3試合連続無失点は川口能活以来2人目だった。前で守る槙野智章は「まだ18歳で、あの体格と落ち着きがある」と語っている。浦和で出場を重ねるなか、ひとつ上の世代のU-24日本代表にも初めて招集され、7月1日には東京オリンピックのメンバーに最年少の18歳で選ばれた。

2021令和310月25日
満19歳受賞

GKで史上2人目のニューヒーロー賞

この年のルヴァンカップで12試合中9試合にフル出場し(チームはベスト4で敗退)、大会のニューヒーロー賞に選ばれる。GKの受賞は2001年の曽ヶ端準以来2人目で、浦和からは長谷部誠らに続く5人目の受賞者になった。リーグ戦は最終的に西川に定位置を譲ったが、6試合に出た。

2022令和47月
満19歳A代表

E-1選手権でA代表デビュー

6月のU23アジアカップではU-21日本代表のゴールを守り、3位で大会を終える。7月13日、E-1サッカー選手権に臨む日本代表に初めて選ばれた。この年はまだJ1に出ていなかったが、森保一監督はU23アジアカップでの働きを招集の理由に挙げた。19日の香港戦でA代表の初試合に出る。浦和ではこの年、新設された若手キャプテンを任される。

本人呼ばれたからには、経験で終わらせるつもりはないです。勝負するつもり、試合に出る気持ちでやっていきたい。 出典

ベルギーからセリエAへ

令和5〜

2023令和58月6日
満20歳海外移籍

ベルギーのシント=トロイデンへ期限付き移籍

この年はJ1に出られないまま、マンチェスター・ユナイテッドからの獲得オファーを断り、ベルギー1部のシント=トロイデンへ期限付きで移る。前年まで正GKを務めたシュミット・ダニエルの退団が近づくなか加入直後から正GKになり、このシーズンは公式戦32試合に出た。

本人浦和レッズの選手になり、守護神としてゴールを守りタイトルを獲得する、という目標を持って闘ってきましたが今日までに実現させることができず、悔しい気持ちと共に自分自身の力不足を痛感しています。 出典

2023令和511月21日
満21歳

川口能活のW杯予選GK最年少出場記録を更新

ワールドカップ・アジア2次予選のシリア戦に出る。21歳92日での出場で、川口能活が持っていたW杯予選のGK最年少出場記録(21歳220日)を塗り替えた。

2024令和61月
満21歳

アジアカップで全試合に出場、準々決勝で敗退

カタールでのアジアカップで、日本代表のゴールを全5試合で守る。大会は、2月3日の準々決勝でイランに1-2で敗れて終わった。試合後には「この場所に戻って来られるように、やり続けるしかない」と話している。この大会からは日本代表の正GKを務めている。

本人本当に何もできなかった大会だった 出典

2024令和67月15日
満21歳セリエA

パルマへ完全移籍、日本人GK初のセリエA

2月1日にシント=トロイデンへの完全移籍が発表され(移行は7月から)、7月15日にはイタリア1部のパルマが獲得を発表した。2029年6月までの5年契約。パルマでは中田英寿以来2人目の日本人選手で、日本人GKがセリエAでプレーするのは初めてだった。以後2シーズンで公式戦59試合に出て、チームのセリエA残留に貢献している。

本人このクラブは、他のどのチームよりも僕を必要としてくれた。だからここに来ることを選びました。 出典

2025令和711月
満23歳負傷

ミラン戦で左手を骨折

8日のセリエA第11節ミラン戦の82分に手を痛め、治療を受けながら最後までプレーした。翌日、左手の中指と舟状骨の骨折が分かり、13日に東京で手術を受ける。招集されていた11月の日本代表の活動も欠場した。

W杯の4試合、プレミアリーグへ

令和8〜

2026令和85月15日
満23歳

左手骨折から復帰し、W杯メンバーに選出

左手が使えない間も右手と両足は動かせたため、手術の3日後には体を動かし始めていたという。4か月のリハビリを経て、3月13日のセリエA第29節トリノ戦で試合に戻る。5月15日、北中米ワールドカップに臨む日本代表26人に選ばれた。

本人4カ月という初めて経験するリハビリ期間でしたけど、常にワールドカップという目標を持ちながら、その先を見ながらできた 出典

2026令和86月14日
満23歳W杯

北中米W杯で全4試合に先発

ダラスでのグループステージ初戦、オランダ戦でワールドカップに初めて出る。2失点しながら好セーブを重ね、日本は88分に追いついて引き分けた。グループステージを突破し、6月30日(日本時間)のラウンド32でブラジルに1-2で敗れるまで、全4試合に先発。セーブ数17は、ラウンド32の終了時点で大会4番目だった。この活躍の後、欧州の複数のクラブが獲得に興味を示した。

本人ゲームを楽しもうと思いましたし、チームを助けたいという思いが一番だった 出典

2026令和88月19日
満23歳移籍

アストン・ヴィラへ完全移籍

パリ・サンジェルマンとは5年契約の条件で合意していたが、代理人の手数料をめぐって土壇場で破談。直後にアストン・ヴィラがパルマと話をまとめ、8月19日に加入が発表された。移籍金は報道で最大3500万ユーロとされ、日本人選手では中島翔哉と並ぶ最高額。背番号は1で、クラブ初の日本人選手になる。8月31日のアーセナル戦に先発し、プレミアリーグに出た初めての日本人GKになった。

2026令和8
満24歳最新

アストン・ヴィラの正GKとしてプレミアリーグに立つ

エミリアーノ・マルティネスの後を継いで正GKに定着し、9月のクラブ月間MVPに選ばれた。10月24日には、開幕7連勝で首位のマンチェスター・シティに2-1で勝った試合にフル出場し、6セーブを記録している。同僚のマティ・キャッシュは、初めての練習で「MFを獲得したのか」と思ったほどボールを扱う技術が高いと語った。

本人前にプレーしていた選手が素晴らしい選手だったので、チームに馴染むのは簡単ではなかったですが、周りの支えと自分自身も自信を持って今は楽しく過ごせています。もっともっとレベルアップできるようになりたいです 出典