★ STAR TIMELINE

すずき ざいおん

鈴木 彩艶

ガーナ人の父と日本人の母を持ち、浦和レッズの下部組織からセリエA、そしてプレミアリーグへと羽ばたいた、日本代表の守護神。

平成14年 埼玉生まれ ・ 2002– ・ 満24歳

所属アストン・ヴィラ ・ ポジションゴールキーパー ・ 出身校N高等学校 ・ 主要所属クラブ浦和レッズ→シント=トロイデン→パルマ→アストン・ヴィラ

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近況
2026(令和8)満24歳移籍

パルマからPSGへの移籍合意が一転破談、アストン・ヴィラへ完全移籍

大会での活躍を受けて市場価値が急騰。7月はプレミアリーグ・リーズ・ユナイテッドへの移籍金約3000万ユーロ(約55億円)での提示・交渉が報じられたが、本人がオファーを拒否し不成立に終わった。8月に入るとパリ・サンジェルマン(PSG)がパルマへ正式オファーを提示し、8月11日には移籍金3500万ユーロ規模・PSGとの5年契約で合意に達したと報じられたが、代理人手数料を巡る条件面で土壇場で破談。直後にプレミアリーグのアストン・ヴィラが浮上し、PSGとほぼ同額水準(総額最大約3500万ユーロ、約64億円)でパルマと合意、8月19日に5年契約(2031年夏まで)での完全移籍がクラブ公式発表された。前守護神エミリアーノ・マルティネスの退団が後任確保の背景とされ、プレミアリーグでプレーする日本人GKとしては初、移籍金は日本人史上最高額タイとなった。アストン・ヴィラは2025-26シーズンのUEFAヨーロッパリーグ優勝クラブとして、2026-27シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を保持している。

2002(平成14) 米ニュージャージー州ニューアークで生まれる2013(平成25) 浦和レッズジュニアに加入2017(平成29) U-17日本代表として2017 FIFA U-17ワールドカップのメンバーに選出2019(令和1) 浦和レッズと史上最年少でプロ契約2019(令和1) 2019 FIFA U-20ワールドカップのメンバーに選出2019(令和1) 2019 FIFA U-17ワールドカップに出場2021(令和3) ルヴァンカップでGKクラブ最年少出場、トップチーム初出場2021(令和3) 浦和レッズトップチームでJ1初出場、3戦連続無失点J1デビュー2022(令和4) チームの若手キャプテンに任命、日本代表デビューA代表デビュー2023(令和5) ベルギー、シント=トロイデンへ移籍2024(令和6) AFCアジアカップ2023のメンバーに選出2024(令和6) シント=トロイデンへ完全移籍を発表2024(令和6) パルマへ完全移籍、日本人GK初のセリエA挑戦セリエA移籍2025(令和7) 負傷により手術、復帰後すぐにスタメンに復帰2026(令和8) FIFAワールドカップ日本代表メンバー26名に選出2026(令和8) ワールドカップ初出場、オランダ戦で好セーブを連発W杯出場2026(令和8) グループステージ突破、ラウンド32でブラジルに惜敗2026(令和8) パルマからPSGへの移籍合意が一転破談、アストン・ヴィラへ完全移籍平成令和
誕生 2002現在
米ニュージャージー州で生まれ、埼玉・浦和で育った少年は、2013年設立の「浦和レッズジュニア」出身者として初のトップチーム選手となった。「彩艶(ザイオン)」という名は聖書の聖なる丘にちなむ。徹底した肉体改造と、年代別代表を駆け上がる活躍でA代表に定着し、日本人GK初のセリエA挑戦へ。そして迎えた北中米ワールドカップでは、日本の正ゴールキーパーとしてピッチに立っている。

歩み

さいたまで育ち、浦和の下部組織へ

平成14〜

平成
2002平成148月21日
満0歳

米ニュージャージー州ニューアークで生まれる

ガーナ人の父と日本人の母の間に生まれ、兄がいる。名前の「彩艶(ザイオン)」は、聖書に登場する聖なる丘「シオン」にちなむ。その後、埼玉県さいたま市で育った。

2013平成25
満10歳

浦和レッズジュニアに加入

2013年に新設された浦和レッズジュニアの一期生として加入し、ジュニア・ジュニアユース・ユースと下部組織を歩む。

2017平成299月
満15歳

U-17日本代表として2017 FIFA U-17ワールドカップのメンバーに選出

年代別代表に早くから名を連ね、国際舞台での経験を積み始める。当時最年少での飛び級招集で、メンバー入りは果たしたが出場機会はなくベンチにとどまった。

令和 2019
2019令和12月
満16歳プロ契約

浦和レッズと史上最年少でプロ契約

2019年2月1日、当時16歳5ヶ月11日で浦和レッズとプロ契約を締結し、クラブ史上最年少記録となった。同年8月9日には2種登録選手としてトップチームに登録された。

2019令和15月
満16歳

2019 FIFA U-20ワールドカップのメンバーに選出

浦和ユースと並行して通信制のN高等学校に在籍し、高校生でありながらベンチプレス125kgを挙げるほどの肉体改造に励み、同僚やOBから称賛される。年代別代表でも中心選手となっていったが、この大会でも出場機会はなくベンチにとどまった。

2019令和110月
満17歳

2019 FIFA U-17ワールドカップに出場

2017年・2019年5月と2大会連続でベンチにとどまっていたが、この大会でついに世界大会デビューを果たした。

プロ入りと日本代表定着

令和3〜

2021令和33月
満18歳プロデビュー

ルヴァンカップでGKクラブ最年少出場、トップチーム初出場

Jリーグヤマザキナビスコカップ改めYBCルヴァンカップ第1節・湘南戦でGKとしてのクラブ最年少出場を記録し、2013年設立の「浦和レッズジュニア」出身者としては初のトップチーム出場となった。

2021令和35月
満18歳

— 浦和レッズトップチームでJ1初出場、3戦連続無失点

J1リーグに初出場。川口能活以来史上2人目となるデビューから3戦連続無失点を記録した。同年10月には、この年のYBCルヴァンカップでの活躍(グループステージからプライムステージ準決勝第2戦まで12試合中9試合にフル出場)が評価され、GKとしては曽ヶ端準(2001年)以来11シーズンぶり2人目となるニューヒーロー賞を受賞した。この活躍で正GKとしての地位を確立し、以後A代表定着への足がかりとなった。

2022令和4
満19歳A代表

— チームの若手キャプテンに任命、日本代表デビュー

クラブでは将来を見据えた若手キャプテンを任され、7月13日に森保一監督によりA代表に初招集。同19日のEAFF E-1サッカー選手権2022・香港戦でA代表デビューを果たした。このデビューを機にA代表に定着し、後のAFCアジアカップ2023メンバー入りや2026年ワールドカップでの正GK起用へとつながっていく。

海外挑戦、セリエAへ

令和5〜

2023令和5
満20歳

ベルギー、シント=トロイデンへ移籍

レンタル移籍で欧州初挑戦。即座にレギュラーを掴み、1シーズンでリーグ32試合に出場した。

2024令和61月
満21歳A代表

AFCアジアカップ2023のメンバーに選出

A代表デビュー後も出場を重ねて定着し、翌年に開催されたAFCアジアカップ2023(カタール)のメンバーにも選出された。

2024令和62月
満21歳移籍

シント=トロイデンへ完全移籍を発表

浦和レッズとの契約を解消し、レンタル移籍先のシント=トロイデンへ完全移籍すると発表。完全移籍への移行自体は同年7月から発効し、その所属のまま同月パルマへ移籍することとなる。

2024令和67月15日
満21歳セリエA挑戦

— パルマへ完全移籍、日本人GK初のセリエA挑戦

シント=トロイデンから中田英寿以来2人目の日本人選手としてパルマに加入。契約期間5年、移籍金は17億円。1年目から正GKとしてチームの残留に貢献し、同年10月にはアジア人GKの市場価値ランキングで1位(700万ユーロ)となった。

2025令和711月
満23歳

負傷により手術、復帰後すぐにスタメンに復帰

全治3〜4ヶ月と診断されたが、復帰後は即座に正GKの座を取り戻し、2年連続でチームの1部残留に貢献した。

北中米ワールドカップ、そして今

令和8〜

2026令和85月
満23歳

FIFAワールドカップ日本代表メンバー26名に選出

正GKとして北中米ワールドカップに臨むメンバーに選ばれた。

2026令和86月14日
満23歳W杯出場

— ワールドカップ初出場、オランダ戦で好セーブを連発

グループステージF組第1節(ダラス)、オランダとの試合は2-2のドロー。2失点を許しながらも幾度もの好セーブでチームを救い、「…チームを助けたいという思いが一番だった」と振り返った。この試合での活躍が海外メディアの注目を集めるきっかけとなった。

2026令和86月20日〜30日
満23歳W杯

— グループステージ突破、ラウンド32でブラジルに惜敗

第2節チュニジア戦(4-0勝利)、第3節スウェーデン戦を経てグループステージを突破。決勝トーナメント1回戦(ラウンド32)のブラジル戦ではヴィニシウス・ジュニオールのシュートを防ぐなど幾度もの決定機を止めたが、後半終了間際に許した1点で1-2で敗れ大会を終えた。決勝T1回戦終了時点でのセーブ数17本は大会4番目に多く記録し、ESPNのブラジル戦ベストプレーヤー3位選出など、海外メディアからも高い評価を受けた。

2026令和87月〜8月
満23歳移籍

パルマからPSGへの移籍合意が一転破談、アストン・ヴィラへ完全移籍

大会での活躍を受けて市場価値が急騰。7月はプレミアリーグ・リーズ・ユナイテッドへの移籍金約3000万ユーロ(約55億円)での提示・交渉が報じられたが、本人がオファーを拒否し不成立に終わった。8月に入るとパリ・サンジェルマン(PSG)がパルマへ正式オファーを提示し、8月11日には移籍金3500万ユーロ規模・PSGとの5年契約で合意に達したと報じられたが、代理人手数料を巡る条件面で土壇場で破談。直後にプレミアリーグのアストン・ヴィラが浮上し、PSGとほぼ同額水準(総額最大約3500万ユーロ、約64億円)でパルマと合意、8月19日に5年契約(2031年夏まで)での完全移籍がクラブ公式発表された。前守護神エミリアーノ・マルティネスの退団が後任確保の背景とされ、プレミアリーグでプレーする日本人GKとしては初、移籍金は日本人史上最高額タイとなった。アストン・ヴィラは2025-26シーズンのUEFAヨーロッパリーグ優勝クラブとして、2026-27シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を保持している。

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