生い立ちと修行時代
平成14〜
愛知県瀬戸市に生まれる
陶磁器の街・瀬戸で育つ。負けず嫌いで、勝負に敗れると人目もはばからず泣きじゃくる子どもだったと伝えられる。
5歳、祖母に将棋を教わる
近所に住む祖母から入門用の「スタディ将棋」をもらったのが将棋との出会い。駒の動かし方を覚えるとすぐに祖母や祖父を負かすようになり、夢中になっていく。
本人盤の前から離れず、就寝時間になっても指し続けたという。
瀬戸市の将棋教室に入会
地元の「ふみもと子供将棋教室」に通い始める。週3回の授業に飽き足らず、本人の希望で週4回通った時期もあったという。
東海研修会に入会、師・杉本昌隆と出会う
小学1年で研修会に入り、幹事を務めていた棋士・杉本昌隆と出会う。のちにこの縁が師弟関係へと結ばれていく。
10歳でプロ養成機関「奨励会」に入会
小学4年生、6級でプロ棋士養成機関の奨励会に入る。杉本昌隆を師匠として、本格的に棋士への道を歩み始める。
詰将棋解答選手権で史上最年少優勝
プロも出場する解答選手権を小学6年で制す。以後5連覇を果たし、終盤の正確さで早くから注目を集めた。
史上最年少(13歳2か月)で奨励会三段に昇段
プロ入りの一歩手前、三段リーグへの参加権を史上最年少で得る。中学1年生での到達だった。
14歳の棋士 ―― デビューと連勝記録
平成28〜
— 14歳2か月、史上最年少でプロ(四段)に
三段リーグを抜け、加藤一二三が1954年に作った最年少棋士記録を62年ぶりに更新。中学生棋士の誕生に将棋界が沸いた。
世間「62年ぶりの記録更新」と大きく報じられた。
デビュー戦で加藤一二三に勝利
公式戦初対局の相手は、最年少記録を譲り渡したばかりの大ベテラン・加藤一二三。62歳差という記録的な対局を制し、史上最年少での公式戦勝利を飾った。
— デビューから無敗のまま29連勝、歴代最多記録を更新
公式戦デビュー以来負けなしで勝ち続け、30年ぶりに連勝記録を塗り替える29連勝を達成。連日トップニュースとなり、社会現象と呼ばれるブームを巻き起こした。
世間対局のたびに速報が流れ、将棋を知らない層まで注目した。
本人「実力以上の結果」と冷静に振り返ったとされる。
朝日杯将棋オープン戦で全棋士参加棋戦初優勝
羽生善治らを破り、15歳で一般棋戦を制覇。最年少優勝記録を打ち立て、五段・六段へと続けて昇段した。
タイトル奪取、そして八冠へ
令和2〜
— 棋聖を獲得、史上最年少(17歳11か月)のタイトル保持者に
渡辺明棋聖を破り初タイトル。屋敷伸之が持っていた最年少記録を約30年ぶりに更新した。
王位を獲得し二冠、八段に昇段
木村一基王位を退け、棋聖と合わせて二冠に。10代での複数タイトル保持という新たな地平に立った。
叡王を獲得、史上最年少で三冠
豊島将之叡王との五番勝負を制し三冠を達成。最年少三冠の記録を更新した。
竜王を奪取して四冠、最年少で九段に
豊島将之竜王を4連勝で破り、最高位のタイトル・竜王を獲得。19歳3か月で史上最年少の九段昇段も決めた。
王将を獲得して五冠
渡辺明王将を4連勝で下し、五冠に到達。タイトル戦での圧倒的な強さが定着していく。
棋王を獲得して六冠
渡辺明棋王を破り六冠。八つあるタイトルのうち六つを手中に収めた。
名人を奪取、史上最年少(20歳10か月)の名人に
渡辺明名人を破り七冠。最高の格式とされる名人位を、谷川浩司を上回る史上最年少で獲得した。
— 王座を獲得し、史上初の「八冠」を達成
永瀬拓矢王座との激戦を制し、21歳2か月で全八タイトルを独占。羽生善治の七冠を超える、将棋史上初の偉業となった。
世間「全タイトル独占」の報に列島が沸いた。
八冠のその先へ
令和6〜
叡王戦で敗れ、初の失冠で七冠に
同学年の伊藤匠に叡王戦で敗れ、タイトル戦23連勝で続いた独占に終止符。八冠の座は約8か月で七冠へと移った。
名人・王位・棋聖などを相次いで防衛
永瀬拓矢の挑戦を退けて名人3連覇・王位6連覇を果たすなど、主要タイトルの防衛を重ねた。
王座戦で敗れ六冠に
再び伊藤匠との五番勝負に敗れ、王座を失冠。保持タイトルは六つとなった。
竜王を防衛し、史上最年少で「永世竜王」資格を獲得
佐々木勇気の挑戦を4連勝で退けて竜王5連覇。23歳3か月という史上最年少で永世竜王の資格を得た。永世棋聖・永世王位と合わせ、永世称号は三つを数える。
六冠を保持し、失冠したタイトルの奪還へ
竜王・名人・王位・棋聖・王将・棋王の六冠を保持。2026年度も序盤から白星を重ね、失ったタイトルの奪還と連続防衛記録の更新が注目されている。