目次
仙台の卓球一家に生まれて
平成15〜
宮城県仙台市に生まれる
両親は中国・四川省出身の卓球選手。父は男子ジュニア日本代表コーチの張本宇、母は1995年に天津で行われた世界卓球選手権の代表選手だった張凌。2005年、2歳でラケットを握る。本人の記憶にあるのは5歳ごろ、いすに乗って台に向かう姿だという。
全日本選手権バンビの部で優勝、年代別で無敗の6連覇へ
小学1年で全日本選手権のバンビの部を制し、その後もバンビ・カブ・ホープスの各部を無敗のまま勝ち続け、小学生以下の部で男子初の6連覇を達成した。母からは「勉強に集中できれば、卓球でも集中できるよ」と言われ、塾にも通って勉強と卓球を並行させた。
本人7歳(小学1年)の時に全国大会(世代別全日本選手権)で初めて優勝して、それまでで一番楽しいと感じました。 出典
父・妹とともに日本国籍を取得、張本姓に
春に父と妹とともに日本国籍を取得し、姓が張から張本になった(母は中国籍のまま)。翌2015年には小学6年で世界ジュニア選手権の代表に男子で日本史上最年少で選ばれたが、パリ同時多発テロの影響で派遣が中止された。このころ親からは「卓球をやるなら強くなって最後までやり切りなさい。そうでなければやらなくても良い。」と言われていた。
最年少記録の連続
平成28〜
JOCエリートアカデミーに入校、荻村杯U-21で世界最年少優勝
中学進学とともに仙台の実家を離れ、JOCエリートアカデミーに入校して味の素ナショナルトレーニングセンターを拠点にした。12歳で臨んだ6月のジャパンオープン荻村杯のU-21では、世界ランキング28位の何鈞傑、62位のウーゴ・カルデラノらを破り、同種目で世界史上最年少の優勝。190位だった世界ランキングはひと月で63位に上がった。
世界ジュニア選手権で大会史上最年少優勝
南アフリカ・ケープタウンで開かれた18歳以下が対象の世界ジュニア選手権に、中学1年で初出場。シングルスを大会史上最年少の13歳163日で制し、韓国選手との決勝では2ゲームを先行されてから自分のペースに持ち込んでいる。団体でも金メダル、龍崎東寅と組んだダブルスでは銀メダルを獲得した。
本人注目を浴びて『すごい事をしたんだな』と実感して、優勝した後2日くらいはうれしい気持ちにひたりましたが、またすぐに試合があるので、そんなに安心してはいられません。 出典
13歳で世界選手権に出場、ベスト8
推薦枠で、男女を通じて日本史上最年少の13歳6ヶ月で世界選手権の代表に選ばれ、「夢にも思わなかった」と語った。5月開催のドイツ大会では、2回戦で当時世界ランキング6位の水谷隼を破り、準々決勝へ。13歳でのベスト8入りは世界史上初だった。8月にはチェコオープンを14歳61日で制し、ワールドツアーの最年少優勝記録を塗り替えた。
— 全日本選手権で水谷隼を破り、史上最年少優勝
中学2年で臨んだ全日本選手権で、ジュニアの部を1セットも失わずに制し、一般の部の決勝では通算10勝目がかかる水谷隼を4-2で破った。14歳208日での優勝は、水谷の17歳226日を約3歳更新する史上最年少で、中学生の優勝は史上初。ベンチコーチは父・宇が務め、勝った瞬間に張本は父のもとへ駆け寄って抱きついた。5月には14歳10カ月で世界ランキングのトップ10に入り、これも世界史上最年少の記録となった。
本人水谷さんがこの10年ぐらいずっと追われる立場で優勝してきたので、ここからは自分の時代にしたい 出典
ワールドツアー・グランドファイナルで大会史上最年少優勝
準決勝で世界ランク6位のウーゴ・カルデラノを4-0、決勝で同4位の林高遠を4-1で下す。15歳172日での優勝は大会史上最年少で、それまでの記録を約5歳更新した。翌1月には世界ランキングを3位まで上げ、水谷隼の4位を抜いて日本男子の過去最高位を塗り替えた。
全日本選手権の男子ダブルスで木造勇人と初優勝
4歳上の木造勇人と組み、決勝では最初の2ゲームを連取されてから3ゲームを奪い返し、マッチポイントが6回訪れる接戦を制した。3月にはJOCエリートアカデミーを修了。12月のワールドカップでは準優勝した。
東京五輪と世界ランク2位
令和3〜
東京五輪の男子シングルスは4回戦で敗退
新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京五輪に、18歳で初出場。第3シードで臨んだ男子シングルスは、7月27日の4回戦でスロベニアのダルコ・ヨルジッチにゲームカウント3-4で敗れ、ベスト16に終わった。
本人でも後悔というのはない。ちゃんと今やれることを出し切ったと思うので。自分が日本選手団で一番最初に負けてしまったので、この借りは団体で返したいなと思います 出典
東京五輪の男子団体で銅メダル
シングルスの敗戦のショックからなかなか立ち直れないまま団体戦に入ったが、水谷隼、丹羽孝希とのチームでエースのポジションを務め、個人としては全勝した。準決勝でドイツに敗れ、8月6日の3位決定戦で韓国を3-1で下した。日本男子はリオ五輪に続く2大会連続の団体メダルで、張本にとっては五輪で初めてのメダルだった。
本人このメダルを意味のあるものにしていくためにももっと努力していきたいと思います。 出典
世界卓球ヒューストン大会の混合ダブルスで銀メダル
早田ひなと組んだ混合ダブルスで、準決勝で中国とアメリカの国際ペアを破って決勝へ。決勝は中国ペアにストレートで敗れた。シングルスは2回戦で敗れた。
木下グループとの契約を満了、ドイツ・ブンデスリーガへ
早稲田大学人間科学部の通信教育課程に進学し、同時に木下グループとの契約を満了して、マネジメント契約をしていたIMGの所属に。4月2日にはドイツ・ブンデスリーガ1部のTTCノイ・ウルムへの加入が発表され、5月にはTリーグの琉球アスティーダと2022-2023シーズンからの3年契約を結んだ。
世界卓球成都大会で中国から2勝、男子団体銅メダル
10月8日の男子団体準決勝で中国と対戦し、第2試合で王楚欽を、第4試合では世界王者の樊振東をフルゲームで破った。日本はマッチカウント2-3で敗れたが、2大会ぶりの銅メダルを獲得した。この年は初開催のWTTチャンピオンズ(ブダペスト)でも優勝している。
アジアカップで優勝、世界ランキング自己最高の2位に
タイ・バンコクで開かれたアジアカップの男子シングルスで、日本勢として33年ぶりの金メダルを獲得した。大会結果が反映された22日発表の世界ランキングで順位を2つ上げて自己最高の2位となり、1991年以降に導入されたコンピュータランキング制度では日本男子の歴代最高順位となった。
全日本選手権で早田ひなとの混合ダブルスが2連覇
混合ダブルスの決勝で、早田ひなと組んで田中佑汰/田中千秋を3-0で破り2連覇。男子ダブルスも制した一方、男子シングルスは準優勝に終わった。4月には所属先を智和企画に変更した。
世界卓球ダーバン大会の混合ダブルスで2大会連続の銀メダル
早田ひなとの混合ダブルスで、準決勝で中国の林詩棟/蒯曼を3-1で破り、2大会連続で決勝へ。「リベンジの機会が巡ってきただけ」と臨んだ決勝で敗れ、銀メダルだった。
パリ五輪とアジアの頂点
令和6〜
全日本選手権で6年ぶり2度目の優勝
前年は国内・国際大会ともに思うような結果が出ず、戸上隼輔にも敗れていた。男子シングルス決勝でその戸上と対戦し、ゲームカウント1-3から逆転。マッチポイントを8回握られ、足もつっていた試合を制して、14歳での初優勝から6年ぶりに頂点に戻った。世界ランキングは国内で一番高くても、全日本を取れないままエースと呼ばれることにぎこちなさがあったと明かした。
本人戸上選手に打ち勝って優勝できて、これでようやく文句なしで胸を張ってエースと言える気がしています。 出典
パリ五輪、シングルスは樊振東に3-4で敗れベスト8
8月1日の男子シングルス準々決勝で、2023年世界王者の樊振東と対戦。第1ゲームを11-2で取り、ゲームカウント3-2と王手をかけたが、残り2ゲームを落として3-4で敗れた。樊振東は試合後、「ずっとプレッシャーをかけられていた」と語った。男子団体は4位で、混合ダブルスを含めメダルには届かなかった。
アジア選手権で優勝、日本勢50年ぶり
10月13日、カザフスタン・アスタナでのアジア選手権男子シングルス決勝で、世界ランク3位の林詩棟を3-1で破った。前月のWTTチャンピオンズ・マカオで初めて敗れた相手だった。日本勢の同種目優勝は1974年横浜大会の長谷川信彦以来50年ぶり。同じ日の女子決勝では妹・美和が敗れ、史上初の兄妹同時優勝はならなかった。
トヨタ自動車に入社、Tリーグは岡山リベッツへ
早稲田大学の通信教育課程に籍を置いたまま、嘱託社員として4月1日に入社。パリ五輪で敗れた翌日、現地でトヨタの人たちに励まされたことを入社の理由に挙げている。4月30日に琉球アスティーダが退団を発表し、5月7日には岡山リベッツへの入団が発表された。
WTTチャンピオンズ横浜で世界王者・王楚欽を破り優勝
8月11日の決勝で、5月の世界卓球で優勝した王楚欽を4-2で破る。それまでの対戦成績は2勝12敗。得意のチキータを封印し、ストップと長いツッツキを「試合の頭から徹底して使うのは初めて」という形で使った。12月にはWTTファイナルズ香港でトルルス・モーレゴードを4-2で下し、この大会で初めて優勝した。
中国の壁を越えて
令和8〜
アジアカップで準優勝
中国・海口でのアジアカップで、決勝トーナメントでは篠塚大登、戸上隼輔との日本人対決を制して決勝へ。世界ランク1位の王楚欽から2ゲームを奪ったが敗れ、2022年大会以来の優勝はならなかった。
世界卓球ロンドン大会の男子団体で10年ぶりの銀メダル
世界卓球100周年大会の団体戦で日本は決勝に進み、5月10日の決勝で中国に0-3で敗れた。第1試合の張本は梁靖崑から2ゲームを先取し、最終ゲームも8-3とリードしたが、8連続失点で逆転された。日本男子の銀メダルは2016年以来10年ぶり。大会後、世界ランキングで再び2位に浮上。
WTTチャンピオンズ横浜で連覇、妹・美和と兄妹アベック優勝
8月9日の決勝で韓国のオ・ジュンソンを4-1で下し、大会2連覇。女子シングルスでは妹・張本美和が優勝し、WTTチャンピオンズ史上初の兄妹アベック優勝となった。
— アジア競技大会の男子団体で60年ぶりの金メダル
愛知で開かれたアジア競技大会で、日本は全4試合を3-0で勝ち上がり、44年ぶりに決勝へ進んだ。9月24日の決勝で中国と対戦し、0-1の第2試合で温瑞博を3-1で、後がない第4試合では世界ランク1位の王楚欽をストレートで破った。最後は松島輝空が勝ち、日本は1966年のバンコク大会以来60年ぶりに同種目で優勝。1994年から続いていた中国の連覇を8で止めた。篠塚大登と組んだ男子ダブルスでも銀メダルを獲得した。優勝後には、2021年10月から2025年3月まで男子代表監督を務めた恩師・田㔟邦史への感謝を語った。
本人田㔟さんの4年間がこの金メダルに繋がっていると思う 出典
アジア大会のシングルスは準々決勝で敗退、世界ランク4位
団体優勝から2日後の9月26日、男子シングルス準々決勝で世界ランク344位のノシャド・アラミヤン(イラン)にフルゲームで敗れ、メダルを逃した。相手のサーブについて「間違っているものは間違っている」と疑問を口にする一方、「自分にも弱いところがある」とも語った。世界ランキング4位、トヨタ自動車所属の日本のエースとして戦っている。