目次
岩手の野球少年、花巻東へ
平成6〜
岩手県水沢市(現・奥州市)に生まれる
7歳上の兄と2歳上の姉がいる次男で、スポーツ一家に育つ。名前は、地元の平泉にゆかりのある源義経の八艘飛びのイメージから取った翔の字に、平泉の平の字を合わせ、父が付けた。
菊池雄星に憧れ、花巻東高校に進む
小学2年で兄の影響から水沢リトルリーグに入り、中学時代は一関リトルシニアで全国大会に出た。中学3年だった2009年春、地元岩手の花巻東が甲子園の決勝に進み、そのエース菊池雄星に憧れて同校に進学する。「日本人最速となる球速163km/hを記録する」「ドラフトで菊池雄星を越える8球団から1位指名を受ける選手になる」と目標を掲げ、達成のためのマンダラチャートを作った。監督の佐々木洋の「先入観は可能を不可能にする」という言葉を心に刻む。
選抜は初戦敗退、夏の岩手大会で高校生史上最速の160km/h
3月の選抜大会は初戦で大阪桐蔭と当たり、投げては5回まで2安打無失点に抑え、エース藤浪晋太郎から本塁打も放った。だが11四死球を与え、8回2/3で9失点(自責点5)、2-9で敗れた。最後の夏、岩手大会準決勝の一関学院戦で、投手として高校生史上最速となる160km/hを計測。だが決勝で3-5と敗れ、甲子園には届かなかった。高校通算56本塁打の打者でもあり、投手か打者か、日本かアメリカかが進路の焦点になる。
— メジャー挑戦の表明から一転、日本ハム入団を決める
10月21日、メジャーリーグ挑戦を表明し、国内球団への入団は「可能性はゼロ」と語った。それでも日本ハムは10月25日のドラフト会議で単独1位指名。交渉では、18歳で渡米してマイナーから昇格する道の厳しさを韓国の選手の例で説いた冊子「夢への道しるべ」を示し、ダルビッシュ有が付けた背番号11と、投手と打者を両方育てる二刀流のプランも提示した。12月9日に入団を表明する。
本人アメリカで長くプレイするためには最初から行った方がいいという考えがだんだん変わってきた。二刀流も僕自身は考えてはいなかったけど、栗山監督に『誰も歩いたことのない道を歩いて欲しい』と言われたことが決断の決め手となりました 出典
日本ハムで形にした二刀流
平成25〜
ヤクルト戦で投手デビュー、最速157km/h
投手登録のまま打者として開幕一軍に入り、3月29日の西武との開幕戦に「8番・右翼手」で先発した。5月23日のヤクルト戦で投手として初めてマウンドに立ち、5回2失点、最速157km/hを記録する。1年目は投手で3勝無敗・防御率4.23、打者で打率.238・3本塁打だった。
NPB史上初の2桁勝利・2桁本塁打
7月9日の楽天戦では毎回の16奪三振で完投。9月7日のオリックス戦で10号本塁打を放ち、同じシーズンに2桁勝利と2桁本塁打を記録したNPB初の選手になった。投手で11勝4敗・防御率2.61、打者で打率.274・10本塁打。
15勝で投手三冠、プレミア12のベストナイン
15勝・防御率2.24・勝率.750で、最多勝利・最優秀防御率・最高勝率の投手三冠を手にする。打者としては打率.202・5本塁打と振るわなかった。国際大会のプレミア12では投手に専念し、韓国戦の先発で6回無失点。大会最多の21奪三振でベストナインに選ばれた。
投打で日本一を支え、パ・リーグMVPに
7月3日のソフトバンク戦に「1番・投手」で出て、初球を先頭打者本塁打にし、8回10奪三振で勝った。9月28日の西武戦は1安打15奪三振の完封でリーグ優勝に貢献し、クライマックスシリーズでは当時のNPB最速165km/hを計測。日本シリーズ第3戦では延長10回にサヨナラ打を放つ。投手と指名打者の両部門でベストナインに選ばれ、パ・リーグMVPにもなった。
7球団との面談を経て、エンゼルスへ
2月に故障でWBCを辞退し、4月には左太ももの肉離れで離脱した。11月11日、ポスティングシステムでのメジャー挑戦を表明。書面で届いた各球団のプレゼンから7球団と面談し、12月8日の朝にエンゼルス入りを決めた。翌9日に契約合意が発表され、背番号は17になる。
本人『お願いします』という球団があるということは、断らないといけない球団も出てきてしまう。すべての人にとって『いい人』にはなれないなという、なんて言うんだろう、申し訳なさはありました。 出典
エンゼルスでの手術と満票MVP
平成30〜
10登板・20本塁打・10盗塁で、ア・リーグ新人王
4月1日のアスレチックス戦で初登板初勝利を挙げる。9月に右肘の靱帯の損傷が分かり、10月1日にトミー・ジョン手術を受けた。打者として104試合で打率.285・22本塁打・10盗塁、投手として10試合に登板し、MLB史上初の10登板・20本塁打・10盗塁を記録。11月12日、日本人ではイチロー以来17年ぶりとなるア・リーグ新人王に選ばれた。
日本人初のサイクル安打
開幕からリハビリを続け、5月7日に打者として復帰した。6月13日のレイズ戦で日本人初のサイクル安打を記録。9月には左膝蓋骨の手術を受け、残りのシーズンを欠場した。
投手復帰は2試合で止まり、打率.190に終わる
7月26日、693日ぶりに登板したが1死も取れずに降板。次の登板の後、右腕の屈曲回内筋群の損傷が分かり、投手はこの2試合で終わった。打者としても44試合で打率.190・7本塁打だった。
— 投打で球宴に出て、満票でア・リーグMVP
オールスターゲームには指名打者のファン投票と、先発投手の選手間投票の両方で選ばれ、史上初めて投打の二刀流で選出された。7月の本番では「1番・指名打者」と先発投手を兼ねる。シーズンは打者で46本塁打・100打点・26盗塁、投手で9勝2敗・156奪三振。11月18日、30人の記者全員の1位票を集めてア・リーグMVPに選ばれ、日本人では2001年のイチロー以来2人目の受賞になった。
ルース以来104年ぶりの2桁勝利・2桁本塁打
8月9日のアスレチックス戦で10勝目を挙げ、ベーブ・ルースが1918年に記録して以来104年ぶりの2桁勝利・2桁本塁打に達した。シーズン終盤には投球回と打席の両方で規定に到達し、MLB史上初めての投打の規定到達になる。投手で15勝・防御率2.33、打者で34本塁打。MVPの投票は2位だった。
WBCで優勝を決め、大会MVPに
1月31日、ニューバランスが大谷との複数年にわたるエンドースメント契約の締結を発表した。3月のWBCでは、準決勝のメキシコ戦で、1点を追う9回の先頭で二塁打を放ち、逆転サヨナラ勝ちにつなげた。アメリカとの決勝では、試合前の円陣で「憧れるのをやめましょう」と呼びかける。3-2の9回に救援で登板し、最後はエンゼルスの同僚マイク・トラウトを三振に取って、3大会ぶり3度目の優勝を決めた。投手で2勝1セーブ、打者で打率.435を残し、大会MVPに選ばれる。
本人憧れてしまっては超えられないので、僕らは今日超えるために、トップになるために来たので。今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう 出典
日本人初の本塁打王、史上初の2度目の満票MVP
この年はメジャーで初めての完封を挙げた。だが8月23日の登板を最後に、右肘の内側側副靱帯の損傷で投手としてのシーズンを終え、その後に右肘の手術を受ける。打者はア・リーグ最多の44本塁打で、日本人初の本塁打王になった。11月16日、2年ぶりのMVPを満票で受け、満票での受賞が2度目になったのは史上初めてだった。
— ドジャースと10年7億ドルで契約
エンゼルスからフリーエージェントになり、12月9日に自身のインスタグラムでドジャース移籍を発表した。11日に球団が正式に発表する。代理人によると契約は10年7億ドル(約1015億円)で、北米のスポーツ史上で最も高額の契約と報じられた。契約額の97%は10年後からの後払いで、在籍中の年俸は200万ドル。
ドジャースで重ねた世界一
令和6〜
結婚を発表
インスタグラムで「本日は皆さまに結婚いたしました事を報告します。お相手は日本人女性です」と報告した。英文でも「僕にとってとても特別な人」と書いたが、相手の詳細は明かさなかった。
専属通訳だった水原一平の事件
渡米した2017年オフから3月の開幕戦まで、専属通訳の水原一平が公私を支えていた。水原は大谷の口座から約1659万ドルを盗んだとして、銀行詐欺罪などで有罪となる。2025年2月6日、連邦地裁は禁錮4年9か月と、大谷への約1700万ドルの賠償を命じた。
— MLB史上初の50本塁打・50盗塁
右肘の手術明けで、この年は指名打者に専念した。9月19日のマーリンズ戦で2盗塁と3本塁打を記録し、51本塁打・51盗塁で、同じシーズンに50本塁打と50盗塁を達成した最初の選手になる。自己最多の10打点を挙げたこの試合でチームのポストシーズン進出が決まり、エンゼルスでの6シーズンは一度も届かなかったポストシーズンに初めて進んだ。シーズンは54本塁打・59盗塁・130打点で、本塁打と打点の2冠。打点は日本人初だった。11月21日には3度目の満票でMVPに選ばれ、指名打者専任での受賞は史上初だった。
ワールドシリーズを制し、初めての世界一
ヤンキースとのワールドシリーズ第2戦で、盗塁を試みて左肩を亜脱臼した。痛み止めとテーピングで第3戦から出場を続け、10月30日の第5戦に勝って4勝1敗で優勝する。ドジャースにとっては8度目、大谷にはメジャー7年目で初めての栄冠だった。
本人新しいチームに来て、最高の終わり方ができた。最高の1年だったなと思う 出典
第1子の長女が誕生
ワールドシリーズの後に左肩の手術を受け、オフに妻の妊娠を公表していた。4月18日、出産に立ち会うために父親リストに入ってチームを離れ、翌19日にインスタグラムで第1子となる長女の誕生を報告した。
663日ぶりに投手として復帰
パドレス戦に「1番・投手兼指名打者」で出て、2023年8月以来663日ぶりにマウンドに上がった。1回28球で1失点。短いイニングから公式戦で投げる方法を選んだ。8月27日のレッズ戦で初めて5回を投げ切り、749日ぶりの勝利を挙げる。
— 3本塁打・10奪三振で、リーグ優勝決定シリーズMVP
ブルワーズとのリーグ優勝決定シリーズ第4戦に「1番・投手」で先発した。初回を3者三振で抑えた直後、先頭打者本塁打を放つ。投げては6回0/3を2安打無失点・10奪三振、打っては3本塁打で、同じ試合での3本塁打と2桁奪三振はレギュラーシーズンを含めて史上初めてだった。本人はリーグ優勝決定シリーズMVPに選ばれ、チームは4連勝でワールドシリーズに進む。11月12日、MLBはこの試合を2025年のレジェンダリー・モーメントに選んだ。
ワールドシリーズ連覇、3年連続のMVP
ブルージェイズとのワールドシリーズは第3戦で4本の長打を含む9出塁。第7戦は先発したが、3回に3ランを浴びて降板した。チームは延長11回に勝ち越し、球団史上初の連覇を果たす。11月13日、満票で3年連続4度目のMVPに選ばれ、受賞回数はバリー・ボンズの7度に次ぐ歴代単独2位になった。MVPの最終候補には、この年まで5年続けて入っていた。
本人ワールドシリーズで勝ったのがまず一番、自分の中で達成というか、素晴らしい出来事だったと思います。その締めくくりとして、自分自身のシーズンMVPをとれたのは非常に大きなことなので、それに対して感謝したいなと思っています 出典
WBCは打者に専念、準々決勝で敗れる
二刀流を封印して「1番・指名打者」で出場した。初戦のチャイニーズ・タイペイ戦で先制の満塁本塁打を含む3安打5打点。準々決勝のベネズエラ戦では初回に同点本塁打を放ったが、9回の最後の打者になり、日本は5-8で敗れた。打率.462・3本塁打で、オールWBCチームの指名打者に選ばれる。
本人単純に今まで通りというか。最後正直打てる球でしたけど、力強い球でフライになってしまったので、そこもまた仕留めきれなかったなという印象かなと思います 出典
日本人初のメジャー通算300本塁打
ロッキーズ戦の初回、先頭打者本塁打でメジャー通算300号に達した。日本人では初めてで、デビューから1102試合目での到達は史上5番目の速さ。7月12日のダイヤモンドバックス戦では302号を放ち、NPBの48本と合わせて日米通算350本塁打に到達した。
故障を抱えたまま、打席に立ち続けたシーズン
3年ぶりに開幕から投打で出場し、3・4月はMLB全体1位の防御率0.60でナ・リーグの月間最優秀投手に選ばれた。6月19日に第2子の誕生を発表。左膝の違和感で7月3日を最後に登板はなく、投手は8勝2敗・防御率1.79で終わる。9月には右上腕二頭筋の炎症で負傷者リストに入り、打者は139試合で30本塁打だった。ポストシーズンはリーグ優勝決定シリーズでブルワーズに4連敗し、3連覇はならなかった。
本人後退するというのが一番良くないところなので、自信を持って、このくらいの強度なら問題なく前に進んでいけるというのを少しずつ積み上げていくのが大事なのかなと思っています 出典
daily.co.jp×3
デイリースポーツ の出典
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