東大阪の少年から、焼鳥の道へ
昭和35〜
大阪府東大阪市に生まれる
大倉家は祖父・忠太郎が玩具製造会社を興した家で、代々「忠」の字を継いできた。高校(大阪府立盾津高校、現・大阪府立かわち野高校)2年の夏に始めたビアガーデンのアルバイトで焼鳥とおでんの担当を任され、飲食業の面白さを知る。卒業後は辻調理師専門学校に進んで和食・中華・洋食をひととおり学び、ロイヤルホテル(現・リーガロイヤルホテル)に就職した。
ホテルの仕事帰りに「やきとり大吉」へ通い詰める
ホテルではイタリア料理店に配属され、調理師として入りながらホールのウェイターを担当した。接客の面白さに目覚め、3年目にキッチンへの異動を打診された際も辞退している。仕事を終えた夜に通ったのが、1977年創業のチェーン「やきとり大吉」の店だった。この店との出会いが、後に焼鳥屋を志す出発点となる。
本人やきとり大吉は私のルーツです。大吉がなければ焼鳥屋に進んでいません 出典
実家近くの「やきとり道場」へ転職し、修業に入る
ホテルを辞め、実家近くの焼鳥店「やきとり道場」に移って焼き場と店の運営を学んだ。通い詰めていた「やきとり大吉」の店主が独立して開いた店で、手伝ううちに誘われた。半年間は断っていたが、店主が語るチェーン展開の夢に心が動いて転職を決めた。ここでの修業が、3年後の独立につながる。
9坪の1号店と、均一価格の導入
昭和60〜
— 25歳で「じゃんぼ焼鳥 鳥貴族」1号店を開く
5月1日、近鉄俊徳道駅前に9坪27席の店を構えて独立した。ただし滑り出しは厳しく、創業から1年ほどは赤字が続いた。開店から半月後に長男が生まれ、その顔を見て「この子を路頭に迷わすわけにはいかない」と考えたと後年語っている。この1号店が、後に国内外へ広がる焼鳥チェーンの出発点となった。
本人このときは貯金を食い潰しながら、なんとか耐え忍んでいました。今だから言えることですが、食事が喉を通らなかったこともあります。 出典
全品均一価格制を導入し、株式会社イターナルサービスを設立
全品を同じ値段で出す均一価格制を導入し、当初は全品250円均一とした。値段を考えずに注文できるこの仕組みは、以後の鳥貴族を貫く看板となる。9月19日には法人化して株式会社イターナルサービス(現・株式会社エターナルホスピタリティグループ)を設立し、代表取締役社長に就任した。
居酒屋「えんにち」を出店
焼鳥屋に加えて居酒屋業態にも手を広げ、複数業態での展開を試みた時期にあたる。
均一価格を280円に引き上げる
創業期の250円均一から280円均一へ移行した。この280円均一はその後2017年の改定まで据え置かれ、鳥貴族の代名詞として広く知られることになる(2017年の値上げは「約28年ぶり」と報じられた)。
居酒屋業態から撤退し、焼鳥屋一本に絞る
居酒屋業態から撤退し、「焼鳥屋 鳥貴族」の単一業態に経営資源を集中させる決断をした。2号店・3号店は当初、鳥貴族ではない居酒屋として開いていたが、これらも鳥貴族へ業態を変更している。転機はバブル崩壊で、物件の保証金が5分の1、家賃が2分の1ほどに下がり、それまで高くて出せなかった立地に店を出せるようになったことが背景にあった。創業からの10年で開けた店は5店舗にとどまり、後年、大倉は30代半ばくらいまでは思うように出店も成長もできず、ずっとモヤモヤしていたと振り返っている。
本社を大阪市東成区に開設し、FC加盟店の募集を本格化
直営店だけでなくフランチャイズ加盟店の募集を本格的に始め、店舗を増やす仕組みづくりに着手した。
出店ペースを年2店舗に上げる
それまでの年1店舗規模から出店の速度を上げ、拡大へ向けた足場を固めていった。
道頓堀から東京へ、そして上場
平成15〜
初の空中階店舗「鳥貴族 道頓堀店」を出店
大阪市中央区の道頓堀に、1階以外のフロアに構える初めての店舗を開いた。繁華街の空中階でも成り立つと確かめられたことで、翌2004年から大阪府下の繁華街への出店を加速させた。
— 関東1号店を東京・中野に出店
関西を地盤としてきた鳥貴族が、東京都中野区に関東1号店を開いた。首都圏という最大の市場に足がかりを得たことで、以後の店舗数拡大と全国チェーン化が現実の路線になった。
「焼鳥屋 鳥貴族」100号店を達成
創業から22年で100店舗に到達した。以降の出店ペースは加速し、2010年に200号店、2012年に300号店へと続く。
東海1号店を名古屋に出店、社名を株式会社鳥貴族に変更
愛知県名古屋市に東海地方の1号店を開き、関西・関東に続く商圏を得た。同年、社名を株式会社鳥貴族に変更し、社内に株式上場プロジェクトを設置して上場準備を始めている。
300号店を達成し、著書『鳥貴族「280円均一」の経営哲学』を出版
「焼鳥屋 鳥貴族」は300号店に到達し、焼鳥専門店の市場シェア第1位を獲得した。11月19日には、均一価格を軸とした経営の考え方をまとめた著書を東洋経済新報社から出版している。
— 東証JASDAQに株式上場
創業から29年で株式上場を果たし、翌2015年に東証2部、2016年に東証1部へと市場を上げていった。同年、使用食材の国産比率を高める「国産国消の取り組み」も始めている。非上場の焼鳥チェーンから、四半期ごとに業績を開示する上場企業へと立場が変わる転機となった。
東証1部に指定、500号店を達成
4月に東京証券取引所市場第一部へ指定替えとなった(同市場は2022年4月の市場区分再編でプライム市場に移行し、現在はプライム市場に上場している)。同年、鳥貴族の全フードメニューが国産基準を満たし、500号店にも到達した。
本人(理念の冒頭)たかが焼鳥屋で世の中を変えたいのです 出典
均一価格の見直しと、世界への出店
平成29〜
— 均一価格を280円から298円へ、約28年ぶりに改定
8月28日に価格改定を発表し、10月1日から全品298円均一とした。長く据え置いてきた280円均一からの引き上げは約28年ぶりと報じられ、外食の低価格路線の転機として広く注目された。理由として同社は原材料費や人件費の上昇を挙げている。
本人政策として物価を上げていくというのですから、流れは変わると思いました。 出典
コロナ禍で直営全店が休業し、2020年7月期は最終赤字
新型コロナウイルスの感染拡大により、4月初旬から約1カ月半にわたって直営の全店が休業し、その後も自治体の営業時間短縮要請が続いた。9月11日に発表した2020年7月期の単独決算は、売上高が前の期比23%減の275億円、最終損益は7億6300万円の赤字となった。臨時休業に加え、収益性の低下した一部店舗で減損損失を計上したことも響き、それまで続いていた増収基調はここで途切れた。
持株会社体制へ移行し、鳥貴族ホールディングスに改称
2021年2月1日、コロナ禍のさなかに持株会社体制へ移行して社名を株式会社鳥貴族ホールディングスに変更し、長期ビジョン「グローバルチキンフードカンパニー」を掲げた。同年には株式会社TORIKI BURGERを設立し、チキンバーガー専門店「TORIKI BURGER」1号店を東京都品川区に出店している。度重なる緊急事態宣言で店舗の臨時休業や酒類の提供自粛が続き、移行後に締めた2021年7月期は売上高155億円(前期比43%減)、営業損益46億円の赤字、最終損益4億円の赤字で無配となった。
均一価格を350円に改定
3月28日に価格改定を発表し、4月28日から全品税込327円(税抜298円)均一を全品税込350円(税抜319円)均一に改めた。人件費の上昇や原材料・水道光熱費などのコスト上昇を理由に挙げており、以後、2023年5月1日(350円→360円)、2024年5月1日(360円→370円)、2025年5月1日(370円→390円)と、いずれも5月1日付で均一価格の改定が続いた。
「やきとり大吉」のダイキチシステムを子会社化
「やきとり大吉」をフランチャイズ展開するダイキチシステム株式会社の全株式を取得し子会社化した。20歳のころに通い詰めた憧れの店を、40年余りを経てグループに迎えた形になる。同年は九州に続いて中国・沖縄・北海道・四国・北陸甲信越・東北の各地方に1号店を出し、米国ロサンゼルスにTORIKIZOKU USA INC.を設立している。また同年5月1日には、均一価格を350円から360円へ引き上げている。
— 社名を「エターナルホスピタリティグループ」に変更し、海外出店を本格化
社名を株式会社エターナルホスピタリティグループに変更し、新ビジョン「Global YAKITORI Family」を掲げた。同年は米ロサンゼルスの焼鳥店「HASU」を事業譲受して運営を始め、台湾・韓国・中国・香港に相次いで現地法人や1号店を設けている。均一価格も5月1日から360円均一を370円均一に改めている。焼鳥チェーンとしての軸足を国内から海外へ広げる節目となった。
創業40周年、長男・大倉忠義と初めて公の場で共演
4月21日、東京都内で開かれた鳥貴族の創業40周年記念コラボ企画の発表会に、長男でSUPER EIGHTの大倉忠義とともに登壇した。息子が「鳥貴族の息子」であることを長く公言してこなかった経緯も、この場で語られている。同年5月には均一価格を370円から390円に改定した。
本人テレビを通して息子を一人のタレントとして見てきましたが、初めてのコラボということで何か新鮮な気持ち、複雑な気持ちです 出典
海外店舗を増やしながら、均一価格の在り方を試す
3月に発表した2026年7月期の業績見通しは売上高528億円・営業利益34億円で、いずれも2024年7月期の実績を上回り過去最高となる見通しとされる。値上げ後も国内既存店の売上高は伸びており、海外店舗は2月末時点で26店舗と、前期末から9店舗増えた。4月1日からは静岡県内の一部店舗で価格体系に関するテストマーケティングを実施しており、均一価格の値上げか品目別価格かが注目されている。大倉は代表取締役社長CEOを務めている。