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豊昇龍 智勝

ほうしょうりゅう ともかつ

豊昇龍 智勝

高校1年でレスリングから相撲に転じ、初土俵から42場所で第74代横綱に。右膝の手術を経て、いまは九州場所での復帰を目指す。

平成11年生まれ ・ モンゴル・ウランバートル出身 ・ 1999– ・ 満27歳

所属立浪部屋 / 番付第74代横綱 / 本名スガラグチャー・ビャンバスレン / 学歴日本体育大学柏高校卒 / 体格188cm・148kg

最新
2026(令和8)満27歳

九州場所に向けて稽古を重ねる

秋巡業に途中から加わり、10月25日の最終日まで参加した。そこで八角理事長から番数を取るよう言われ、九州場所(11月8日初日、福岡国際センター)に向け、福岡県糸島市の部屋宿舎で稽古を重ねる。11月2日は境川部屋で平戸海と34番、3日は宿舎で28番を取った。出場は「出るつもりでやっている」としつつ、師匠と話して決めるという。

1999(平成11) モンゴル・ウランバートルに生まれる2015(平成27) レスリング選手として柏日体高校に留学2015(平成27) 国技館で相撲を見て、相撲部へ転部相撲部へ2017(平成29) インターハイ個人で準優勝2017(平成29) 新弟子検査に合格し、立浪部屋へ2018(平成30) 初土俵、納谷とともに前相撲を取る初土俵2018(平成30) 白鵬の稽古を受け、幕下で納谷に初勝利2019(令和元) 十両昇進が決まる2020(令和2) 新入幕を果たす新入幕2021(令和3) 5連敗の後、叔父の叱咤から9連勝2021(令和3) 幕内初の2桁勝利で技能賞2022(令和4) 新小結から関脇へ、2度目の技能賞2023(令和5) 白鵬の引退相撲で露払いを務める2023(令和5) 名古屋場所で初優勝初優勝2023(令和5) 大関に昇進、口上に「気魄一閃」2023(令和5) 新大関の場所を8勝7敗で終える2024(令和6) 右膝と股関節を痛め、2度の途中休場2024(令和6) 琴櫻と21年ぶりの大関相星決戦2025(令和7) 巴戦を制して2度目の優勝、第74代横綱に横綱昇進2025(令和7) 新横綱の場所を10日目から休場2025(令和7) 横綱で初めて皆勤、全勝の大の里を破る2025(令和7) 大の里と16年ぶりの横綱同士の優勝決定戦2025(令和7) ロンドン公演で5戦全勝2025(令和7) 安青錦との優勝決定戦に敗れる2026(令和8) 左膝を痛めたまま皆勤2026(令和8) 初日に右太もも裏を痛めて休場、5年ぶりの両横綱不在2026(令和8) 名古屋場所を途中休場、右膝を手術2026(令和8) 秋場所を初日から休場2026(令和8) 九州場所に向けて稽古を重ねる平成令和
誕生 1999現在
第68代横綱・朝青龍の甥としてウランバートルに生まれ、レスリングの留学生として来日した。相撲は「絶対やらない」と決めていたが、高校1年で国技館の相撲を見て転部し、初土俵から42場所で第74代横綱に上がった。自分が勝たなければ叔父の名前の価値が下がる、とも語っている。横綱になってからは優勝に届かず、けがによる休場が重なり、2026年の秋場所は初日から休んだ。いまは九州場所に向けて稽古を重ねる。

同世代2015年、同い年の本間 日陽は、NGT48第1期生オーディションに合格 →

つながり豊昇龍 智勝のつながりを図で見る →

歩み

柏への留学、レスリングから相撲へ

平成11〜

平成
1999平成115月22日
満0歳

モンゴル・ウランバートルに生まれる

本名はスガラグチャー・ビャンバスレン。第68代横綱・朝青龍の長兄の次男で、もう一人の叔父はモンゴル相撲の横綱だった。5歳で柔道、11歳でレスリングを始める。

本人昔から相撲は絶対やらないって決めていたんです。だって、会うとデカくて怖かったから(笑) 出典

2015平成273月
満15歳

レスリング選手として柏日体高校に留学

高校進学を考える頃には、レスリングでの五輪出場を目指していた。高校は日本へ進み、2015年3月、柏日体高校(2016年4月から日本体育大学柏高校)に留学。2020年東京五輪を目標にレスリング部に入る。相撲に自信が無くレスリングを選んだ甥の留学を、朝青龍は当初渋々認めた。来日当初の体重は66kgだった。

2015平成275月
満15歳転部

国技館で相撲を見て、相撲部へ転部

高校1年の5月、授業の一環で両国国技館へ相撲を見学に行き、日馬富士の相撲が記憶に残った。レスリングを辞めると朝青龍に相談したところ、180度の方向転換に困惑して怒られたが、最後は朝青龍自身が学校の上役を説得し、相撲部への転部が叶う。この転向の3年後に初土俵を踏み、それから7年で角界の頂点に立ったと、地元の柏市は紹介している。

本人日馬富士関の相撲が、すごい記憶に残っていますね。こんなに小さいのに、なんで大きい人に勝つんだろうって。彼の相撲を見て、自分もやりたいと思った 出典

2017平成298月
満18歳

インターハイ個人で準優勝

相撲の経験は無かったが、アマチュアの大会で結果を残していく。2016年6月の第64回関東高等学校相撲大会では重量級で優勝。2017年8月には全国高校総体(インターハイ)の個人戦で準優勝し、10月の愛媛国体でも少年の部個人で3位に入った。

2017平成2911月
満18歳入門

新弟子検査に合格し、立浪部屋へ

高校2年の時に出会った立浪親方(元小結・旭豊)の部屋へ進む。11月1日に新弟子検査を受け、12日に合格が発表された。入門時の体重は100kg程度。四股名は師匠の現役名の「豊」と叔父の「龍」を一字ずつ取り、「しょう」には横綱まで昇り詰めたいという本人の意思を込めて「昇」の字を当てた。

本人高校2年生のときに初めて親方と出会って、全国大会でメダルを取っていなかったころから、僕のことを一番気にしてくれた。 出典

納谷との競り合いから三役へ

平成30〜

2018平成301月
満18歳デビュー

初土俵、納谷とともに前相撲を取る

興行ビザの取得を待ち、1月場所で初土俵を踏む。第48代横綱・大鵬の孫の納谷(のちの王鵬)とともに前相撲を取り、3勝1敗の1敗は納谷に喫した。3月の序ノ口でも全勝同士で納谷に敗れて6勝1敗。5月場所は序二段で7戦全勝優勝し、「納谷は強いですよ」と認めたうえで「次は絶対に勝つ」と話した。

2018平成309月
満19歳

白鵬の稽古を受け、幕下で納谷に初勝利

6月29日、叔父の好敵手だった白鵬の宮城野部屋へ出稽古し、稽古をつけてもらう。白鵬は「歴史は繰り返すね」と話した。9月場所は幕下で3勝3敗同士の納谷と当たり、3度目の対戦で初めて勝って勝ち越した。

令和 2019
2019令和元9月
満20歳

十両昇進が決まる

7月場所で初めて負け越し、序ノ口からの連続勝ち越しは8場所で止まった。9月場所を4勝3敗で終え、11月場所での十両昇進が決まる。初土俵から所要11場所で、日本体育大学柏高校からは初の関取。「叔父さん(元横綱・朝青龍)のいったところまでいく」と話した。新十両の11月場所は7勝8敗で、「十両は甘くないことが分かった」と振り返る。

2020令和29月
満21歳

新入幕を果たす

十両2場所目の1月場所で、関取として初めて勝ち越す。7月場所は十両で初の2桁勝利を挙げ、6人による十両優勝決定戦に進んだが、同じ立浪部屋の明生に敗れた。9月場所で新入幕。会見で「2桁勝って三賞を取る」と目標を掲げ、8勝7敗で勝ち越した。

2021令和31月
満21歳

5連敗の後、叔父の叱咤から9連勝

1月場所は初日から5連敗。朝青龍はTwitterで「土俵に上がるな! 失礼!」などと叱った。そのツイートを見た豊昇龍は6日目から連勝し、8連勝した時点で朝青龍は「よっし!! かわいい子 心配させるな」と祝福した。14日目まで9連勝したが、千秋楽で阿武咲に敗れ、9勝6敗で終えた。

2021令和37月
満22歳受賞

幕内初の2桁勝利で技能賞

7月場所は11日目に大関・正代を破って勝ち越しを決め、10勝5敗で幕内では初めての2桁勝利。初の三賞となる技能賞を受けた。

2022令和43月
満22歳

新小結から関脇へ、2度目の技能賞

3月場所で新三役の西小結となり、入門後初めて部屋頭になる。大関・貴景勝に4度目の対戦で初めて勝ち、千秋楽に琴ノ若を破って勝ち越した。9月場所で新関脇。11月場所は千秋楽に霧馬山を破って11勝目を挙げ、2度目の技能賞を受けた。霧馬山(のちの霧島)は、モンゴルの柔道クラブ時代からのライバルだ。

初優勝で大関に

令和5〜

2023令和51月
満23歳

白鵬の引退相撲で露払いを務める

1月場所は左足首を痛めて10日目を休み、11日目から出直して千秋楽に勝ち越した。28日の白鵬の引退相撲では、横綱土俵入りの露払いを務める。白鵬とは本場所で一度も対戦が無かった。3月には、「朝青龍の甥」という枕詞がついて回ることについて本音を語った。

本人ねえ、なんでいつも叔父さんの話になっちゃうんですか。正直に言うと、イヤなんです 出典

2023令和57月
満24歳初優勝

名古屋場所で初優勝

6月にモンゴルへ帰った際、朝青龍に「お前が優勝したら俺、泣くからな」と迫られていた。関脇で臨んだ名古屋場所は、千秋楽の本割で伯桜鵬を下して12勝目を挙げ、大関昇進の目安とされる三役直近3場所33勝に届く。3敗で並んだ平幕・北勝富士を優勝決定戦で破って初優勝し、敢闘賞も受けた。審判部が臨時理事会の招集を要請し、場所後の大関昇進が確実になる。朝青龍は「よくやった」と言いながら泣いていたという。

2023令和57月26日
満24歳

大関に昇進、口上に「気魄一閃」

7月26日の臨時理事会で、大関昇進が満場一致で決まる。名古屋の部屋宿舎での伝達式で「大関の名を汚さぬよう気魄一閃(きはくいっせん)の精神で努力いたします」と口上を述べた。師匠と相談して選んだ言葉で、「どんなことがあっても、力強く立ち向かう」という意味を込めたという。モンゴル出身の大関は史上7人目。

本人あきらめることもあったけど『ここであきらめちゃいけない』という気持ちでやりました。やってきて良かった 出典

2023令和59月
満24歳

新大関の場所を8勝7敗で終える

新大関の9月場所は、13日目を終えて6勝7敗と後が無かった。優勝を争っていた貴景勝と北青鵬に14日目・千秋楽と連勝し、8勝7敗で翌場所の角番を免れた。

2024令和61月
満24歳

右膝と股関節を痛め、2度の途中休場

1月場所は10勝を挙げたが、13日目の霧島戦で右膝を痛め、右膝内側側副靱帯損傷で14日目から休場した。7月場所も12日目に右の股関節を痛め、13日目から休む。9月場所は千秋楽にようやく勝ち越し、翌場所が自身初の角番となるのを免れた。それでも、「情けない。勉強だと思って頑張ります」と口にした。

2024令和611月
満25歳

琴櫻と21年ぶりの大関相星決戦

横綱不在の九州場所で、同じ大関の琴櫻と千秋楽に相星で当たる。大関同士の千秋楽相星決戦は21年ぶりで、はたき込みで敗れて13勝2敗の優勝次点だった。場所後の横綱審議委員会で山内昌之委員長は、「立ち会いの駆け引き、強引な投げ技などについても影を潜めつつある」と評した。

第74代横綱、休場と再起の稽古

令和7〜

2025令和71月
満25歳横綱昇進

巴戦を制して2度目の優勝、第74代横綱に

1月場所は、琴櫻とともに綱取りの場所と位置づけられた。綱取りの1月場所は9日目に3敗目を喫し、場所後の横綱昇進は絶望的と見られた。そこから連勝して12勝3敗とし、金峰山・王鵬との優勝決定巴戦に連勝して大関で初めての優勝を果たす。1月29日、第74代横綱への昇進が満場一致で決まった。2021年の照ノ富士以来の新横綱で、モンゴル出身では6人目。口上には大関昇進時と同じ「気魄一閃」を使い、土俵入りは叔父と同じ雲竜型を選ぶ。1年ほど連絡していなかった朝青龍には前日に電話で報告し、「よくやったな」と言われた。

本人入門した時からてっぺんを目指すと言った。てっぺんに来て、このてっぺんよりもっと上のてっぺんを目指したい 出典

2025令和73月
満25歳

新横綱の場所を10日目から休場

新横綱の春場所は初日に阿炎に敗れ、9日目までに金星を3つ与えて5勝4敗。10日目から右肘関節内遊離体と頸椎捻挫で休場した。新横綱の途中休場は、1986年の双羽黒以来だった。

2025令和75月
満26歳

横綱で初めて皆勤、全勝の大の里を破る

夏場所は千秋楽に全勝優勝のかかる大の里を上手捻りで破り、12勝3敗。横綱として初めて15日間を務めた。大の里はこの場所の後、横綱に昇進した。7月場所は2日目から3日続けて平幕に金星を与え、左足親指の捻挫と骨挫傷で5日目から休んだ。

2025令和79月
満26歳

大の里と16年ぶりの横綱同士の優勝決定戦

9月場所は、11日目まで全勝で優勝争いを引っ張る。千秋楽の本割で1敗の大の里を破り、横綱との対戦で初めて勝った。16年ぶりの横綱同士の優勝決定戦では寄り倒されて13勝2敗。

2025令和710月
満26歳

ロンドン公演で5戦全勝

34年ぶりの大相撲ロンドン公演(10月15〜19日、ロイヤル・アルバート・ホール)に出場し、最後の取組で大の里との横綱対決を制して5戦全勝で優勝した。出発前には、留学当初は英語を介して日本語を勉強したと明かしていた。

2025令和711月
満26歳

安青錦との優勝決定戦に敗れる

11月場所は、13日目まで2敗で優勝を争った。14日目に安青錦に3敗目を喫したが、2敗の大の里も敗れ、3敗で大の里・安青錦と並ぶ。千秋楽は大の里の休場で不戦勝を得たものの、優勝決定戦で安青錦に再び敗れた。

2026令和81月
満26歳

左膝を痛めたまま皆勤

冬巡業で左膝を痛めたまま1月場所に出て、10勝5敗。千秋楽に大の里を破ったが、「優勝を逃して言い訳できない」と話した。3月場所は11日目まで2敗で優勝を争い、千秋楽に安青錦を初めて破って、11勝4敗の優勝次点で終えた。

2026令和85月
満26歳

初日に右太もも裏を痛めて休場、5年ぶりの両横綱不在

大の里が初日から休み、一人横綱で迎えた夏場所は、初日の髙安戦で右太もも裏を痛めた。右ハムストリングス損傷で2日目から休場し、東西の横綱がそろって休むのは2021年春場所以来5年ぶりだった。6月のパリ公演には出場し、2日目のトーナメントで優勝している。

2026令和87月
満27歳

名古屋場所を途中休場、右膝を手術

名古屋場所は13日目を終えて7勝6敗と振るわず、14日目から休場した。師匠の立浪親方は、先場所の右太もも裏が治らず、かばううちにほかの所も悪くなったと説明。本人は「一から体を作り直してやらしてください」と申し出たという。場所後、右膝内側側副靱帯損傷の修復手術を受けた。

2026令和89月
満27歳休場

秋場所を初日から休場

9月11日、秋場所の休場が決まった。3場所連続で、横綱在位10場所で5度目、初日からの休場は初めてだった。昇進後10場所続けて優勝が無いのは、年6場所制が定着した1958年以降で、歴代ワーストの11場所に次ぐ。師匠の立浪親方は次の出場に進退がかかるとし、「次ダメならそういう話も出てしまう」と語った。

本人医者の言うことを聞かないと。僕はこれから先が長いんで。ここでけがが悪化したら、もう終わりなので。だから、ちゃんと治していきたいと思う 出典

2026令和811月
満27歳最新

九州場所に向けて稽古を重ねる

秋巡業に途中から加わり、10月25日の最終日まで参加した。そこで八角理事長から番数を取るよう言われ、九州場所(11月8日初日、福岡国際センター)に向け、福岡県糸島市の部屋宿舎で稽古を重ねる。11月2日は境川部屋で平戸海と34番、3日は宿舎で28番を取った。出場は「出るつもりでやっている」としつつ、師匠と話して決めるという。

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