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たきざき たけみつ

滝崎 武光

20代で2度の起業に失敗しながら、直販とファブレス経営を貫いてセンサーメーカー・キーエンスを製造業として異例の高収益企業に育てた実業家。

昭和20年 兵庫県芦屋市生まれ ・ 1945–

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2026(令和8)

取締役を退任、名誉会長として後進を支援

4月24日、6月12日開催の定時株主総会をもって取締役を退任すると発表。長年務めた役員の座を離れ、以後は名誉会長として次世代リーダーの育成や経営への助言に専念する立場となった。同時期に発表されたフォーブス「日本長者番付」2026年版では、資産236億ドル(約3兆7600億円)で3位にランクインしている。

1945(昭和20) 兵庫県芦屋市に生まれる1964(昭和39) 兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業、外資系メーカーに就職1970(昭和45) 24歳で独立、しかし2度の起業がいずれも倒産1972(昭和47) 三度目の起業、兵庫県伊丹市で個人創業1973(昭和48) トヨタ自動車向け検出器の開発でセンサー事業へ舵を切る1974(昭和49) 個人創業から2年2か月で法人化、リード電機を設立1979(昭和54) 東京営業所を設置し全国展開1982(昭和57) 祖業の線材切断機事業から撤退、センサー専業へ集中投資1985(昭和60) 米国に現地法人を設立1986(昭和61) 商号を「キーエンス」に変更キーエンスに改称1987(昭和62) 大阪証券取引所市場第2部に株式上場証券取引所に上場1989(平成1) 東京証券取引所市場第2部にも株式上場1990(平成2) 東京・大阪両証券取引所の市場第1部に指定替え1991(平成3) 『日経ビジネス』のインタビューで経営哲学を語る1993(平成5) 韓国・イギリスに現地法人を設立1994(平成6) 大阪市東淀川区に本社・研究所の新社屋が竣工1998(平成10) フランス・タイに現地法人を設立2000(平成12) 社長を退き、代表取締役会長に2001(平成13) 中国現地法人を設立、東京研究所も開設2003(平成15) 『日経ビジネス』のインタビューで「カリスマではない」経営哲学を語る2004(平成16) カナダに現地法人を設立2007(平成19) 大阪府高槻市にロジスティクスセンターを設立2009(平成21) リーマンショックで大幅減益、翌月にはジャストシステム株を取得2011(平成23) インド・ブラジルに現地法人を設立2015(平成27) 取締役名誉会長に就任2018(平成30) キーエンス財団を設立、代表理事に就任キーエンス財団設立2020(令和2) 財団へ自社株365万株を寄付2022(令和4) 財団へ745万株、3900億円相当を追加寄付745万株を財団へ寄付2026(令和8) 取締役を退任、名誉会長として後進を支援昭和平成令和
誕生 1945現在
兵庫県芦屋市生まれ。地元の工業高校を出て外資系プラント制御機器メーカーで6年間技術を学んだのち、20代で2度起業してはいずれも倒産を経験した。26歳での三度目の挑戦を経て、28歳でリード電機を法人化しようやく軌道に乗せると、商社を介さない直販、工場を持たないファブレス経営、そして利益率へのこだわりという路線を創業期から一貫して貫いた。この路線が後にセンサーメーカー・キーエンスを、製造業としては異例の高い営業利益率を誇る企業へと押し上げる。2000年に社長を退いてからも表舞台にはほとんど姿を見せず、保有株式の大半をキーエンス財団に寄付して大学生への奨学金支援に充て、2026年には取締役の座も後進に譲った。

歩み

芦屋での生い立ちと下積み時代

昭和20〜

昭和
1945昭和206月10日
満0歳

兵庫県芦屋市に生まれる

戦後まもない兵庫県芦屋市で生を受けた。

1964昭和393月
満18歳

兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業、外資系メーカーに就職

兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業。卒業後は外資系のプラント制御機器メーカー、ロックウェル・リパブリックに入社し、6年間にわたり電子制御の技術を学んだ。

1970昭和45
満24歳

24歳で独立、しかし2度の起業がいずれも倒産

ロックウェル・リパブリックを退社し、仲間と共同で電子機器メーカーを設立するが倒産。続けてメーカーの組み立て下請け企業でも起業を試みたが、こちらも短期間で行き詰まった。

創業とセンサー専業への転換

昭和47〜

1972昭和473月
満26歳創業

三度目の起業、兵庫県伊丹市で個人創業

2度の失敗を経て、自動線材切断機の開発・製造を手がける事業を伊丹市で個人創業した。これがのちのリード電機、そしてキーエンスの原点となる。

1973昭和484月
満27歳転機

— トヨタ自動車向け検出器の開発でセンサー事業へ舵を切る

トヨタ自動車のプレス加工現場で発生していた金型破損という課題に着目し、交流磁界を応用した独自の金属二枚送り検出器を開発。工場自動化(FA)用センサの分野に本格的に踏み出す転機となった。既製品を持たない自社製品は代理店を通せば価値が顧客に伝わらないと考え、創業時から製造現場へ自社営業が直接通う直販を営業方針に据えた。

1974昭和495月
満28歳

個人創業から2年2か月で法人化、リード電機を設立

兵庫県尼崎市で株式会社リード電機を設立し、代表取締役社長に就任した。

1979昭和549月
満34歳

東京営業所を設置し全国展開

東京営業所を設けて全国への販売網拡大に乗り出した。翌1980年には光電センサ分野にも新たに参入し、扱う製品分野を広げていった。

1982昭和57
満37歳

祖業の線材切断機事業から撤退、センサー専業へ集中投資

創業事業だった自動線材切断機の製造から撤退し、経営資源をセンサー事業に集中させた。翌1983年には光ファイバー式センサを開発し、光電センサ分野で本格的な地位を築いていく。

1985昭和603月
満39歳

米国に現地法人を設立

KEYENCE CORPORATION OF AMERICAを設立し、海外展開の足がかりを築いた。

1986昭和6110月
満41歳改称

商号を「キーエンス」に変更

「Key of Science」に由来する社名「株式会社キーエンス」へと商号を変更した。センサー専業への転換を経て築いた事業の骨格を、以後の社名に刻むこととなった。

上場と高収益経営の確立

昭和62〜

1987昭和6210月
満42歳

大阪証券取引所市場第2部に株式上場

創業から15年、株式公開にこぎつけた。

平成 1989
1989平成1
満44歳

東京証券取引所市場第2部にも株式上場

大阪証券取引所に続き、東京証券取引所市場第2部にも株式を上場した。

1990平成2
満45歳記録

東京・大阪両証券取引所の市場第1部に指定替え

1990年、ドイツ現地法人の設立とあわせ、東京・大阪両証券取引所の市場第1部に指定替えとなった。

1991平成3
満46歳

『日経ビジネス』のインタビューで経営哲学を語る

高校時代の学園紛争の経験を振り返りながら、自らの経営哲学の原点を語った。

本人高校時代は学園紛争花盛りで、私も運動を指導する立場だった。しかし結局イデオロギーは好き嫌いの世界だということを痛感し、数字で勝負できる事業家を目指すようになった 出典

1993平成5
満48歳

韓国・イギリスに現地法人を設立

アジア・欧州への展開をさらに進め、韓国現地法人とイギリス現地法人を相次いで設立した。

1994平成6
満49歳

大阪市東淀川区に本社・研究所の新社屋が竣工

本社・研究所の新社屋を大阪市東淀川区に構え、拡大する事業規模に見合う体制を整えた。

1998平成10
満53歳

フランス・タイに現地法人を設立

1996年のシンガポール、1997年のマレーシアに続き、1998年にはフランスとタイにも現地法人を設立し、アジア・欧州での拠点網をさらに広げた。

2000平成1212月
満55歳経営体制

社長を退き、代表取締役会長に

取締役だった佐々木道夫氏に社長の座を譲り、自身は代表取締役会長に就いた。以後は経営の第一線から一歩退き、高収益企業として確立した経営基盤の継承を見据えていく。

財団設立、資産家として、継承期へ

平成13〜

2001平成13
満55歳

中国現地法人を設立、東京研究所も開設

海外展開のさらなる足がかりとして中国現地法人KEYENCE (CHINA) CO., LTD.を設立し、国内でも東京研究所を開設した。

2003平成15
満58歳

『日経ビジネス』のインタビューで「カリスマではない」経営哲学を語る

会長として、自らが特別なカリスマとして君臨するのではなく、権限を委譲し考え方を現場と共有する経営スタイルを貫いていることを語った。創業当初から、自分がいなくても会社が回る仕組みづくりを考え続けてきたという。

本人カリスマというと、全て自分で決裁するイメージがありますよね。そうではなくて、権限を委譲して、考え方を伝えて現場と一緒に考えていかないと、いいアイデアは生まれない 出典

2004平成16
満58歳

カナダに現地法人を設立

北米での拠点網をさらに広げ、KEYENCE CANADAを設立した。

2007平成19
満61歳

大阪府高槻市にロジスティクスセンターを設立

国内外への製品供給体制を強化するため、高槻市にロジスティクスセンターを新設した。

2009平成213月
満63歳

リーマンショックで大幅減益、翌月にはジャストシステム株を取得

世界的な金融危機の影響で業績が大きく落ち込んだが、4月にはソフトウェア大手ジャストシステムの株式を取得するなど、事業の幅を広げる動きも見せた。

2011平成23
満65歳

インド・ブラジルに現地法人を設立

新興国では自動車や家電の工場建設が相次ぎ、機械化・省人化に伴って生産ライン制御用のFAセンサー需要が拡大すると判断し、それぞれ数十人規模の営業部隊を常駐させる計画でKEYENCE INDIA PVT.LTD.とKEYENCE BRASILを相次いで設立した。

2015平成273月
満69歳

取締役名誉会長に就任

代表取締役会長から取締役名誉会長に退き、経営の助言役としての立場を強めていった。

2018平成306月
満73歳財団設立

キーエンス財団を設立、代表理事に就任

学業優秀かつ品行方正な大学生への奨学金給付を目的にキーエンス財団を設立し、自ら代表理事に就いた。以後、保有する自社株式を財団に寄付する形で、教育支援へと私財を還元していく。

令和 2019
2020令和2
満74歳

財団へ自社株365万株を寄付

発行済み株式の1.5%にあたる365万株をキーエンス財団に寄付した。

2022令和43月
満76歳寄付

財団へ745万株、3900億円相当を追加寄付

発行済み株式の3%にあたる745万株、時価3900億円相当をキーエンス財団に追加で寄付した。2020年の365万株と合わせ、教育支援に振り向けた株式は発行済み株式の4.5%に達した。同時期、『フォーブス』の世界長者番付では61位(資産239億ドル)にランクされていた。元『フォーブス日本版』編集長・小野塚秀男氏はNEWSポストセブンの取材に、取材時にも私生活については一切語らなかったと証言しており、また元キーエンス営業社員・立石茂生氏も同誌の取材に、国産セダンで通勤するなど資産家らしい派手さのない生活ぶりを証言している。

本人安心して学業に専念できる環境づくりに役立ちたい 出典

2026令和86月12日
満81歳近況

取締役を退任、名誉会長として後進を支援

4月24日、6月12日開催の定時株主総会をもって取締役を退任すると発表。長年務めた役員の座を離れ、以後は名誉会長として次世代リーダーの育成や経営への助言に専念する立場となった。同時期に発表されたフォーブス「日本長者番付」2026年版では、資産236億ドル(約3兆7600億円)で3位にランクインしている。

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