芦屋での生い立ちと下積み時代
昭和20〜
兵庫県芦屋市に生まれる
戦後まもない兵庫県芦屋市で生を受けた。
兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業、外資系メーカーに就職
兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業。卒業後は外資系のプラント制御機器メーカー、ロックウェル・リパブリックに入社し、6年間にわたり電子制御の技術を学んだ。
24歳で独立、しかし2度の起業がいずれも倒産
ロックウェル・リパブリックを退社し、仲間と共同で電子機器メーカーを設立するが倒産。続けてメーカーの組み立て下請け企業でも起業を試みたが、こちらも短期間で行き詰まった。
創業とセンサー専業への転換
昭和47〜
三度目の起業、兵庫県伊丹市で個人創業
2度の失敗を経て、自動線材切断機の開発・製造を手がける事業を伊丹市で個人創業した。これがのちのリード電機、そしてキーエンスの原点となる。
— トヨタ自動車向け検出器の開発でセンサー事業へ舵を切る
トヨタ自動車のプレス加工現場で発生していた金型破損という課題に着目し、交流磁界を応用した独自の金属二枚送り検出器を開発。工場自動化(FA)用センサの分野に本格的に踏み出す転機となった。既製品を持たない自社製品は代理店を通せば価値が顧客に伝わらないと考え、創業時から製造現場へ自社営業が直接通う直販を営業方針に据えた。
個人創業から2年2か月で法人化、リード電機を設立
兵庫県尼崎市で株式会社リード電機を設立し、代表取締役社長に就任した。
東京営業所を設置し全国展開
東京営業所を設けて全国への販売網拡大に乗り出した。翌1980年には光電センサ分野にも新たに参入し、扱う製品分野を広げていった。
祖業の線材切断機事業から撤退、センサー専業へ集中投資
創業事業だった自動線材切断機の製造から撤退し、経営資源をセンサー事業に集中させた。翌1983年には光ファイバー式センサを開発し、光電センサ分野で本格的な地位を築いていく。
米国に現地法人を設立
KEYENCE CORPORATION OF AMERICAを設立し、海外展開の足がかりを築いた。
商号を「キーエンス」に変更
「Key of Science」に由来する社名「株式会社キーエンス」へと商号を変更した。センサー専業への転換を経て築いた事業の骨格を、以後の社名に刻むこととなった。
上場と高収益経営の確立
昭和62〜
大阪証券取引所市場第2部に株式上場
創業から15年、株式公開にこぎつけた。
東京証券取引所市場第2部にも株式上場
大阪証券取引所に続き、東京証券取引所市場第2部にも株式を上場した。
東京・大阪両証券取引所の市場第1部に指定替え
1990年、ドイツ現地法人の設立とあわせ、東京・大阪両証券取引所の市場第1部に指定替えとなった。
『日経ビジネス』のインタビューで経営哲学を語る
高校時代の学園紛争の経験を振り返りながら、自らの経営哲学の原点を語った。
本人高校時代は学園紛争花盛りで、私も運動を指導する立場だった。しかし結局イデオロギーは好き嫌いの世界だということを痛感し、数字で勝負できる事業家を目指すようになった 出典
韓国・イギリスに現地法人を設立
アジア・欧州への展開をさらに進め、韓国現地法人とイギリス現地法人を相次いで設立した。
大阪市東淀川区に本社・研究所の新社屋が竣工
本社・研究所の新社屋を大阪市東淀川区に構え、拡大する事業規模に見合う体制を整えた。
フランス・タイに現地法人を設立
1996年のシンガポール、1997年のマレーシアに続き、1998年にはフランスとタイにも現地法人を設立し、アジア・欧州での拠点網をさらに広げた。
社長を退き、代表取締役会長に
取締役だった佐々木道夫氏に社長の座を譲り、自身は代表取締役会長に就いた。以後は経営の第一線から一歩退き、高収益企業として確立した経営基盤の継承を見据えていく。
財団設立、資産家として、継承期へ
平成13〜
中国現地法人を設立、東京研究所も開設
海外展開のさらなる足がかりとして中国現地法人KEYENCE (CHINA) CO., LTD.を設立し、国内でも東京研究所を開設した。
『日経ビジネス』のインタビューで「カリスマではない」経営哲学を語る
会長として、自らが特別なカリスマとして君臨するのではなく、権限を委譲し考え方を現場と共有する経営スタイルを貫いていることを語った。創業当初から、自分がいなくても会社が回る仕組みづくりを考え続けてきたという。
本人カリスマというと、全て自分で決裁するイメージがありますよね。そうではなくて、権限を委譲して、考え方を伝えて現場と一緒に考えていかないと、いいアイデアは生まれない 出典
カナダに現地法人を設立
北米での拠点網をさらに広げ、KEYENCE CANADAを設立した。
大阪府高槻市にロジスティクスセンターを設立
国内外への製品供給体制を強化するため、高槻市にロジスティクスセンターを新設した。
リーマンショックで大幅減益、翌月にはジャストシステム株を取得
世界的な金融危機の影響で業績が大きく落ち込んだが、4月にはソフトウェア大手ジャストシステムの株式を取得するなど、事業の幅を広げる動きも見せた。
インド・ブラジルに現地法人を設立
新興国では自動車や家電の工場建設が相次ぎ、機械化・省人化に伴って生産ライン制御用のFAセンサー需要が拡大すると判断し、それぞれ数十人規模の営業部隊を常駐させる計画でKEYENCE INDIA PVT.LTD.とKEYENCE BRASILを相次いで設立した。
取締役名誉会長に就任
代表取締役会長から取締役名誉会長に退き、経営の助言役としての立場を強めていった。
キーエンス財団を設立、代表理事に就任
学業優秀かつ品行方正な大学生への奨学金給付を目的にキーエンス財団を設立し、自ら代表理事に就いた。以後、保有する自社株式を財団に寄付する形で、教育支援へと私財を還元していく。
財団へ自社株365万株を寄付
発行済み株式の1.5%にあたる365万株をキーエンス財団に寄付した。
財団へ745万株、3900億円相当を追加寄付
発行済み株式の3%にあたる745万株、時価3900億円相当をキーエンス財団に追加で寄付した。2020年の365万株と合わせ、教育支援に振り向けた株式は発行済み株式の4.5%に達した。同時期、『フォーブス』の世界長者番付では61位(資産239億ドル)にランクされていた。元『フォーブス日本版』編集長・小野塚秀男氏はNEWSポストセブンの取材に、取材時にも私生活については一切語らなかったと証言しており、また元キーエンス営業社員・立石茂生氏も同誌の取材に、国産セダンで通勤するなど資産家らしい派手さのない生活ぶりを証言している。
本人安心して学業に専念できる環境づくりに役立ちたい 出典
取締役を退任、名誉会長として後進を支援
4月24日、6月12日開催の定時株主総会をもって取締役を退任すると発表。長年務めた役員の座を離れ、以後は名誉会長として次世代リーダーの育成や経営への助言に専念する立場となった。同時期に発表されたフォーブス「日本長者番付」2026年版では、資産236億ドル(約3兆7600億円)で3位にランクインしている。