生い立ちと下積み
昭和27〜
北海道芦別市に生まれる
四人兄弟の末っ子として生まれた。父親の転職に伴い北海道内を転々とし、のちに東京都立川市で育った。
演劇に興味を持ち劇団ひまわりに入団
12歳のとき演劇に興味を持ち、児童劇団「劇団ひまわり」へ入団した。
『マグマ大使』で俳優デビュー
同じ劇団ひまわりの江木俊夫が主演する特撮ドラマ『マグマ大使』にマモルの同級生役で出演し、俳優として初めて画面に映った。
『バンパイヤ』のオーディションで主役に抜擢
フジテレビの手塚治虫原作ドラマ『バンパイヤ』のオーディションを受け主役に抜擢。第1話では原作者・手塚治虫本人との共演も果たした。
映画デビューを経て、いったん俳優を廃業
岩下志麻共演の『その人は女教師』で映画デビューを果たすが、高校入学後、自分にはもっと合った世界があると思うようになり、大学受験を志して劇団ひまわりを退団。しかし受験に失敗し、浪人生活の中で発作的に2ヶ月ほど家出をするなど、進路に迷う時期を過ごした。
『傷だらけの天使』と『熱中時代』
昭和47〜
『泣くな青春』『太陽にほえろ!』で芸能活動を再開
2年間のブランクを経てフジテレビ『泣くな青春』で芸能活動を再開。7月スタートの日本テレビ『太陽にほえろ!』第1話にも犯人役で出演した。
— 『傷だらけの天使』で萩原健一の相棒役に抜擢
小中学校の同級生の紹介で日本テレビのプロデューサーとつながり、萩原健一主演の『傷だらけの天使』への出演が決まった。当初、萩原の相手役には火野正平の名が挙がったがスケジュールが合わず、『太陽にほえろ!』で共演していた水谷を萩原自身が推薦して抜擢が決まった。当時、俳優としては不遇な時期が続き辞めようと思っていたという水谷にとって、この作品が人生を変える転機となった。
本人僕は傷だらけが終わったら、仕事を辞めようと思っていたのに、逆に忙しくなっていたんです 出典
映画『青春の殺人者』に出演
長谷川和彦監督の映画『青春の殺人者』に出演。
キネマ旬報主演男優賞を受賞、歌手デビューも
前年公開の『青春の殺人者』での演技が評価され、第50回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞を受賞。同年、「はーばーらいと」(作詞:松本隆、作曲:井上陽水)で歌手デビューも果たした。
『熱中時代(教師編)』の主演で大ブレイク
最高視聴率46.7%を記録したドラマ『熱中時代(教師編)』の主演で大ブレイク。「理想の教師像」として社会現象となり、特徴的な訛りの口調も流行語になるなど、テレビ界を代表する俳優となった。
スター俳優として、そして再婚
昭和57〜
映画『幸福』で主演、日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞
市川崑監督の映画『幸福』(1981年公開)で主演を務め、この演技により第5回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した。
ミッキー・マッケンジーと結婚
『熱中時代・刑事編』(1979年)で共演したミッキー・マッケンジーと結婚。結婚半年後から東京・ロサンゼルスでの別居状態となり、不仲説が報じられた。
ミッキー・マッケンジーと離婚
別居状態が続いていたミッキー・マッケンジーとの離婚が成立した。
「Unlimited Night Concert」を最後に音楽活動を休止
決められたリズムの中で歌う音楽の表現に違和感を覚えるようになったとして、音楽活動を休止した(2008年3月、22年ぶりに音楽活動を再開している)。
女優・伊藤蘭とハワイで再婚
伊藤蘭との交際を経て1988年11月にプロポーズし、ハワイで挙式。1989年1月24日、現地のホテルで記者会見を開き結婚を発表した。
長女・趣里が誕生
妻・伊藤蘭との間に長女が誕生。のちに女優となる趣里である。
刑事貴族シリーズ、地方記者・立花陽介で主演を重ねる
1991年から、舘ひろし(1990年に降板)の後任だった郷ひろみに代わって『刑事貴族2』『刑事貴族3』で主演。1993年には2時間ドラマ『地方記者・立花陽介』シリーズが始まり、以後2003年まで長く続いた。
『流れ板七人』で主演
連続ドラマ『流れ板七人』などで主演を重ね、2時間ドラマ・連続ドラマの主演作を安定して続けた。
『相棒』杉下右京、水谷豊が作り上げた代表作
平成12〜
— 『相棒』で杉下右京役に
『土曜ワイド劇場』枠の単発ドラマとして『相棒』の杉下右京役を演じ始める。水谷豊がいたからこそ成立した役といえるほど作品と一体化し、放送20年を超える長寿シリーズへと育っていく。
『相棒』が連続ドラマ化
『相棒』season1がスタートし、連続ドラマとしてのシリーズが本格的に始まった。
『相棒』season4放送、年1クールの看板シリーズに
season2、season3に続きseason4が放送され、『相棒』は年1クールのペースで定着。テレビ朝日の看板シリーズとしての地位を固めていった。
『相棒』での演技で橋田賞を受賞
共に主演を務める寺脇康文と共に第16回橋田賞俳優部門を受賞。翌2009年2月の第32回日本アカデミー賞優秀主演男優賞は辞退している。
娘・趣里が女優デビュー
長女の趣里が『3年B組金八先生ファイナル』でオーディションを経て女優デビューした。
『相棒 -劇場版III- 巨大密室!』が公開
『相棒』劇場版シリーズ第3作が公開され、シリーズ人気の高さを改めて示した。この時期は『探偵 左文字進』シリーズ(1999〜2013年)や『居酒屋もへじ』シリーズ(2011年〜)など、『相棒』と並行してテレビドラマの主演作も重ねていた。
監督業への挑戦、そして現在
平成29〜
— 初監督作『TAP THE LAST SHOW』を発表
監督・主演・ストーリー原案を兼ねた『TAP THE LAST SHOW』で初めてメガホンを取った。60代半ばにして俳優から監督へと表現の幅を広げる新境地となった。
2作目の監督作『轢き逃げ 最高の最悪な日』
監督・脚本・出演を兼ねた2作目『轢き逃げ 最高の最悪な日』を発表し、監督としてのキャリアを重ねた。
『太陽とボレロ』を監督・脚本・出演
『太陽とボレロ』で3作目の監督作を手掛け、脚本・出演も兼ねた。
自伝を出版、娘・趣里と新会社を設立
作家・松田美智子のロングインタビューをまとめた『水谷豊自伝』(新潮社)を刊行。同年10月には趣里と父娘で新会社を設立し、映画制作から喫茶店経営まで手掛ける体制を整えた。
『相棒』season24が開幕、シリーズ25周年に
『相棒』はpreseasonから数えてシリーズ誕生25周年を迎え、寺脇康文とのコンビは通算11シーズン目に。長寿シリーズを支え続けている。
本人『相棒』が始まって丸25年、“preseason”もあったので、シリーズとしては24年目ですね。毎回、初回はとにかく『どんな話から始まるんだろう』という楽しみがあります 出典
『相棒』を続けながら、監督最新作『Piccola felicità』も公開
『相棒 season24』が2026年3月に最終回を迎え(season25は10月期の放送が内定と報じられている)、その傍らで監督・脚本・主演を兼ねる最新作『Piccola felicità〜小さな幸せ〜』が2026年4月24日に公開され、俳優・監督の両輪で活動を続けている。