★ STAR TIMELINE

やまだ ようじ

山田 洋次

「男はつらいよ」シリーズ全50作をはじめ、市井の人々の暮らしと家族の情愛を半世紀以上撮り続け、文化勲章を受章した日本映画界の巨匠。

昭和6年 大阪府豊中市生まれ ・ 1931–

職業映画監督・脚本家 ・ 所属松竹 ・ 出身大学東京大学法学部 ・ 主な受賞文化勲章(2012)

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2026(令和8)

現在 ―― 90代でなお現役の映画監督として

2025年11月、第38回東京国際映画祭のクロージングセレモニーで長年の映画界への貢献に対し特別功労賞を受賞した(受賞者選出の発表は同年10月22日)。同年11月には木村拓哉と19年ぶりに組んだ新作『TOKYOタクシー』を公開している。同作で主演した倍賞千恵子は、2026年3月の第49回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞を受賞した。

1931(昭和6) 大阪府豊中市に生まれる1933(昭和8) 満州へ渡る ―― 奉天・大連を転々と1945(昭和20) 大連で終戦を迎える1947(昭和22) 引き揚げ船で日本へ ―― 山口・宇部での貧しい暮らし1950(昭和25) 東京大学法学部に入学1954(昭和29) 松竹に入社、野村芳太郎らのもとで助監督に松竹入社1958(昭和33) 野村芳太郎『張込み』の助監督を務め、脚本家としても頭角を現す1961(昭和36) 『二階の他人』で監督デビュー監督デビュー1963(昭和38) 『下町の太陽』 ―― 倍賞千恵子との名コンビが始まる1968(昭和43) テレビドラマ『男はつらいよ』の脚本を執筆1969(昭和44) 映画『男はつらいよ』第1作を公開男はつらいよ1972(昭和47) 『故郷』 ―― 寅さんの合間に撮り続けた家族の物語1977(昭和52) 『幸福の黄色いハンカチ』で日本アカデミー賞6部門受賞1980(昭和55) 『遙かなる山の呼び声』を発表1985(昭和60) 『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』(第35作)を公開1991(平成3) 『息子』、『学校』シリーズを発表1996(平成8) 渥美清が死去、寅さんシリーズが幕を閉じる渥美清死去2000(平成12) 『十五才 学校IV』でシリーズを完結2002(平成14) 『たそがれ清兵衛』で初の本格時代劇、日本アカデミー賞12部門受賞たそがれ清兵衛2004(平成16) 『隠し剣 鬼の爪』で時代劇2作目、文化功労者に2006(平成18) 『武士の一分』で藤沢周平時代劇三部作が完結2008(平成20) 『母べえ』を発表2012(平成24) 文化勲章を受章文化勲章2013(平成25) 小津安二郎『東京物語』を『東京家族』としてリメイク2014(平成26) 『小さいおうち』でベルリン国際映画祭主演女優賞2016(平成28) 『家族はつらいよ』シリーズを開始2019(令和1) 『男はつらいよ お帰り 寅さん』でシリーズが22年ぶりに復活お帰り寅さん2021(令和3) 『キネマの神様』を発表2023(令和5) 『こんにちは、母さん』を発表2025(令和7) 『TOKYOタクシー』公開、木村拓哉と19年ぶりのタッグTOKYOタクシー2026(令和8) 現在 ―― 90代でなお現役の映画監督として昭和平成令和
誕生 1931現在
大阪に生まれ、2歳で満鉄技師の父とともに満州へ渡った。奉天・大連などを転々として育ち、13歳で終戦を大連で迎え、食糧難の中、1947年にようやく日本へ引き揚げた。山口県宇部市で貧しい暮らしを支えながら東京大学法学部に進み、卒業後の1954年に松竹へ入社。助監督を経て1961年に監督デビューすると、1969年に始めた『男はつらいよ』シリーズを渥美清の死去まで27年間・48作にわたって撮り続け、寅さんは国民的キャラクターとなった。シリーズと並行して『幸福の黄色いハンカチ』『たそがれ清兵衛』『武士の一分』『母べえ』など、市井の人間の哀歓を丁寧にすくい取る作品を重ね、2012年に文化勲章を受章。90代に入った今も『TOKYOタクシー』のような新作を発表し続けている。

歩み

満州を流転した少年時代

昭和6〜

昭和
1931昭和69月13日
満0歳

大阪府豊中市に生まれる

南満州鉄道(満鉄)の技師だった父のもと、大阪府豊中市に生まれた。

1933昭和8
満2歳

満州へ渡る ―― 奉天・大連を転々と

父の転勤に伴い一家で満州(現在の中国東北部)へ渡った。奉天(現・瀋陽)や大連など各地を転々として幼少期を過ごしたが、小学校時代には東京都大田区の小学校に通うなど一時日本へ戻った期間もあった。1943年5月、戦局悪化に伴い満州の旧制大連第一中学校へ移った。

1945昭和20
満13歳

大連で終戦を迎える

日本の敗戦により満州での暮らしは一変し、一家は食糧難に直面した。13歳だった山田は大連でこの終戦を迎えた。

1947昭和22
満15歳

引き揚げ船で日本へ ―― 山口・宇部での貧しい暮らし

1947年、引き揚げ船で大連から日本へ戻った。父は職を失い、一家は山口県宇部市の親戚宅に身を寄せ、山田自身もかまぼこの行商などをして家計を支えた。この時期の困窮した経験は、のちの市井の人々を見つめる作風の土台になったとされる。

1950昭和25
満18歳

東京大学法学部に入学

宇部で高校時代までを過ごした後、東京大学法学部に進学。1954年に卒業した。

松竹の助監督から、監督デビューへ

昭和29〜

1954昭和29
満22歳松竹入社

松竹に入社、野村芳太郎らのもとで助監督に

大学卒業後、映画会社の松竹に入社。野村芳太郎や川島雄三、渋谷実といった監督たちのもとで助監督を務め、脚本や現場の実務を学んだ。この7年間の下積みが、1961年の監督デビュー以降半世紀以上に及ぶ映画作りの土台となった。

1958昭和33
満26歳

野村芳太郎『張込み』の助監督を務め、脚本家としても頭角を現す

野村芳太郎監督の『張込み』(1958年)で助監督を務め、その才覚を認められた。翌1959年には野村と共同で『月給一三、〇〇〇円』の脚本を執筆し、演出だけでなく脚本家としても実績を積み始めた。

1961昭和3612月
満30歳監督デビュー

— 『二階の他人』で監督デビュー

7年間の助監督生活を経て、『二階の他人』で映画監督としてデビューした。以後、庶民の生活を軽妙に描く喜劇や人情劇を次々と手がけていき、このデビューが半世紀以上にわたる監督としてのキャリアの起点となった。

1963昭和384月
満31歳

『下町の太陽』 ―― 倍賞千恵子との名コンビが始まる

倍賞千恵子の同名ヒット曲を映画化した『下町の太陽』を発表。東京・墨田区の下町を舞台にしたこの作品で倍賞千恵子が主演し、以後『男はつらいよ』の“さくら”をはじめ生涯の常連俳優となる名コンビが始まった。

1968昭和43
満37歳

テレビドラマ『男はつらいよ』の脚本を執筆

渥美清主演でテレビドラマ版『男はつらいよ』の脚本を手がけた。渥美が語った、少年時代に見たテキヤ(的屋)の記憶をふくらませて生まれた企画で、最終回で主人公・寅次郎を死なせる結末に視聴者から大量の苦情が寄せられた。当時ヒット作に恵まれていなかった松竹がドラマの映画化に乗り出し、低視聴率だったことでテレビ局側の同意も得やすかったこともあり、翌1969年の映画化につながった。

寅さんの時代

昭和44〜

1969昭和448月
満37歳男はつらいよ

— 映画『男はつらいよ』第1作を公開

テレビ版の反響を受けて自ら映画化を企画し、1969年8月27日に第1作を公開。柴又の団子屋を舞台に、旅から旅への渡世人・車寅次郎(渥美清)の人情喜劇として国民的な人気シリーズとなり、以後27年間・全48作が製作された。試写を見た本人は当初「笑うところがない」と気落ちしたと後に語っているが、シリーズは以後、寅次郎を「出来の悪い、可愛い弟」のように見つめる作風で愛され続けた。

本人寅は確かに愚かなバカモノだけれど、僕は『どうしてもっと地道に生きるって考え方を覚えないんだ! なんでそんなに家族に迷惑ばかりかけているんだ! しっかりしろ!』と出来の悪い、可愛い弟を叱るように作っていたんですね。 出典

1972昭和4710月
満41歳

『故郷』 ―― 寅さんの合間に撮り続けた家族の物語

瀬戸内海の島で石を運ぶ一家が、時代の波の中で島を出る決断をするまでを描いた『故郷』を発表。1970年の『家族』、1980年の『遙かなる山の呼び声』とあわせて“民子三部作”と呼ばれ、年2本ペースだった『男はつらいよ』の合間を縫って庶民のリアリズムを描き続けた。

1977昭和5210月
満46歳幸福の黄色いハンカチ

『幸福の黄色いハンカチ』で日本アカデミー賞6部門受賞

高倉健・倍賞千恵子主演のロードムービー『幸福の黄色いハンカチ』を発表。刑務所帰りの男が、妻が待っているかを黄色いハンカチで確かめる物語は大ヒットとなり、翌年の日本アカデミー賞で最優秀監督賞・最優秀脚本賞など主要部門を受賞し、寅さん以外の代表作としても広く知られるようになった。

1980昭和55
満48歳

『遙かなる山の呼び声』を発表

高倉健・倍賞千恵子が再び組んだ北海道を舞台の人情劇。『幸福の黄色いハンカチ』と並び、寅さんシリーズと並行して撮り続けたヒューマンドラマの代表作の一つとなった。

1985昭和608月
満53歳

『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』(第35作)を公開

50代に入ってもシリーズは年2本ペースを保ち、この年公開の第35作で寅さんシリーズは折り返し点を超えた。渥美清・倍賞千恵子を中心とする顔ぶれで、柴又の日常を描く安定した人気を保ち続けた。

平成 1989
1991平成3
満60歳

『息子』、『学校』シリーズを発表

岩手の農村を舞台に、都会に出た息子と老いた父の交流を描いた『息子』を発表。2年後の1993年には夜間中学を舞台にした『学校』を発表し、様々な事情を抱えた生徒と教師の交流を描くシリーズの第1作とした。

1996平成88月
満64歳渥美清死去

— 渥美清が死去、寅さんシリーズが幕を閉じる

1995年公開の第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』を最後に、主演の渥美清は1996年8月に68歳で死去。渥美は5年前からがんを告知されながらも病名を伏せたまま撮影を続けており、27年間・全48作で寅次郎を演じ通したシリーズは、渥美の死をもって事実上幕を閉じた。同年(1996年)、紫綬褒章を受章。

時代劇三部作から文化勲章へ

平成9〜

2000平成12
満69歳

『十五才 学校IV』でシリーズを完結

不登校の少年が旅の中で成長していく姿を描いた『十五才 学校IV』を発表し、1993年の第1作から続く『学校』シリーズを完結させた。渥美清亡き後も庶民の暮らしを見つめる作風を貫いた。

2002平成1411月
満71歳たそがれ清兵衛

— 『たそがれ清兵衛』で初の本格時代劇、日本アカデミー賞12部門受賞

藤沢周平原作、真田広之主演で初めて本格時代劇に挑んだ『たそがれ清兵衛』を公開。禄の低い下級武士の実直な暮らしを描いた本作は、翌2003年の第26回日本アカデミー賞で助演女優賞を除く全12部門を制する快挙となり、70代に入ってなお新境地を切り開いたことを示した。

2004平成1610月
満73歳

『隠し剣 鬼の爪』で時代劇2作目、文化功労者に

藤沢周平原作の時代劇2作目『隠し剣 鬼の爪』を発表。同年、文化功労者に選出された。

2006平成1812月
満75歳武士の一分

『武士の一分』で藤沢周平時代劇三部作が完結

木村拓哉を主演に迎えた『武士の一分』で、『たそがれ清兵衛』『隠し剣 鬼の爪』に続く藤沢周平原作の時代劇三部作を完結させた。

2008平成20
満76歳

『母べえ』を発表

戦時下、思想犯として夫を拘束された母子の暮らしを描いた作品。自身の満州体験にも通じる戦争と家族のテーマに、2010年代以降も繰り返し向き合い続けた。

2012平成2411月
満81歳文化勲章

— 文化勲章を受章

半世紀にわたる映画作りの功績が認められ、文化勲章を受章した。文化の発展に貢献した人物に贈られる国の栄典であり、81歳を迎えてなお現役で撮り続けていることも高く評価された。

本人そして、渥美さんが生きていたら、きっと喜んでくれたでしょう 出典

2013平成25
満81歳

小津安二郎『東京物語』を『東京家族』としてリメイク

小津安二郎の名作『東京物語』の設定を現代に置き換えた『東京家族』を発表。橋爪功・吉行和子ら夫婦を演じたキャストは、2016年からの『家族はつらいよ』シリーズにそのまま引き継がれた。

2014平成26
満82歳

『小さいおうち』でベルリン国際映画祭主演女優賞

戦前の東京を舞台にした本作で、若き日の女中を演じた黒木華が第64回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞した。

90代を迎えてなお、現役で撮り続ける

平成28〜

2016平成283月
満84歳家族はつらいよ

『家族はつらいよ』シリーズを開始

『東京家族』のキャストを引き継ぎ、老夫婦の離婚騒動を軸にしたコメディ『家族はつらいよ』を公開。2017年に第2作、2018年に第3作『妻よ薔薇のように 家族はつらいよ III』を発表し、90代を目前にしても新たなシリーズを立ち上げる旺盛な創作意欲を示した。

令和 2019
2019令和112月
満88歳お帰り寅さん

— 『男はつらいよ お帰り 寅さん』でシリーズが22年ぶりに復活

1995年の第48作、渥美清没後に総集編的な新場面を加えた1997年の第49作『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』に続き、22年ぶりとなる新作・通算第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』を公開。渥美清亡き寅次郎を過去作の映像で登場させつつ、満男(吉岡秀隆)を中心にした新たな物語として完成させ、88歳にしてシリーズ生誕50周年を自ら締めくくった。

2021令和3
満89歳

『キネマの神様』を発表

映画館主とその家族、そして一本のシナリオを軸にした映画愛の物語。志村けんが主演予定だったが新型コロナウイルス感染症により急逝したため、沢田研二が代役を務めて完成させた。

2023令和5
満91歳

『こんにちは、母さん』を発表

永井愛の戯曲を原案に、下町で暮らす母と息子夫婦の姿を描いた作品。90代に入ってからも年1本のペースに近い旺盛な創作を続けた。

2025令和711月21日
満94歳TOKYOタクシー

— 『TOKYOタクシー』公開、木村拓哉と19年ぶりのタッグ

フランス映画『パリタクシー』を翻案し、東京のタクシー運転手と老婦人の心の交流を描いた『TOKYOタクシー』を2025年11月21日に公開。『武士の一分』(2006年)以来19年ぶりに木村拓哉を主演に迎え、倍賞千恵子と共演させた。2025年10月22日に第38回東京国際映画祭の特別功労賞受賞者選出が発表され、実際の授与は同映画祭のクロージングセレモニー(11月5日)で行われた。倍賞千恵子は本作で2026年3月の第49回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞し、90代半ばに至ってもなお第一線の俳優と組んで高い評価を得られることを示した。

本人他の作品であまり見ることができないような、彼のやさしい面や温かい面を盗み取りたい 出典

2026令和8
満94歳近況

現在 ―― 90代でなお現役の映画監督として

2025年11月、第38回東京国際映画祭のクロージングセレモニーで長年の映画界への貢献に対し特別功労賞を受賞した(受賞者選出の発表は同年10月22日)。同年11月には木村拓哉と19年ぶりに組んだ新作『TOKYOタクシー』を公開している。同作で主演した倍賞千恵子は、2026年3月の第49回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞を受賞した。

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