同世代1994年、同い年の柳葉 敏郎は、『29歳のクリスマス』で新谷賢を演じる →
目次
テレビっ子が日芸で劇団を旗揚げ
昭和36〜
東京都世田谷区に生まれる
東京都世田谷区に生まれる。名は、父が好きだった力士・大鵬幸喜にちなむ。一人っ子のテレビっ子で、海外ドラマや大河ドラマ、チャップリンの映画を見ては、何百体もの兵隊人形で好きな場面を再現して遊んだ。父は三谷が10歳の時に亡くなった。
日本大学芸術学部に進み、舞台『おかしな二人』に出会う
高校では写真部で8ミリ映画の製作に熱中し、ストーリーとせりふが好きだと自覚して、1980年春に日本大学芸術学部演劇学科の戯曲コースへ進む。授業で教わるのは難解な戯曲ばかりで、演劇に向いていないのかと悩んでいた頃、西武劇場でニール・サイモン作の『おかしな二人』を観て、舞台に魅了された。
本人はじめて舞台が面白く感じ、自分でもやってみたいと思いました。あの日、あの作品を観ていなかったら、いま僕はここにいなかったと思います 出典
劇団・東京サンシャインボーイズを旗揚げ
大学在学中に劇団・東京サンシャインボーイズを結成し、3月19日から池袋とまとハウスで旗揚げ公演『6ペンスの唄』を上演する。劇団名はニール・サイモンの喜劇『サンシャイン・ボーイズ』から取り、仲間は高校や大学の同級生だった。初期は「一橋壮太朗」の芸名で、自らも役者として舞台に立った。
本人面白いと思える芝居がなかったので、自分が観て楽しいものをやりたい、というので始めた 出典
コント山口君と竹田君の座付き作家になる
劇団と並行して放送作家として働き、クイズ番組『アイ・アイゲーム』の出題づくりを手始めに『欽ドン!』『お笑いマンガ道場』の構成に関わる。1986年からはコント山口君と竹田君の座付き作家となった。ギャラは劇団の活動資金につぎ込んでいたという。
劇団の人気、そして『古畑任三郎』
平成元〜
『やっぱり猫が好き』の脚本で注目される
フジテレビのコメディドラマ『やっぱり猫が好き』で、1989年から多くの回の脚本を担当し、テレビドラマの世界で注目を集めるようになる。好きだったシットコムに似た形式のドラマだった。劇団でも7月の公演『天国から北へ3キロ』で、観客動員が初めて1000人を超えた。
劇団で『12人の優しい日本人』を初演
劇団のために書き下ろした『12人の優しい日本人』を、シアターサンモールで初演する。少年時代に観た映画『十二人の怒れる男』へのオマージュで、日本にも陪審制があったらという設定の法廷劇。劇団初の一幕ものとして評判を取り、三谷が初めて手応えを感じた作品になった。
本人この芝居をやりたくて今までやってきた、と言ってもいいくらい 出典
『ショウ・マスト・ゴー・オン』を初演、『12人の優しい日本人』が映画に
3月に『12人の優しい日本人』を再演した新宿の小劇場シアタートップスが、劇団の本拠地になる。6月には、舞台監督らが無理難題を乗り越えて芝居を続けようとする舞台裏の喜劇『ショウ・マスト・ゴー・オン』を本多劇場で初演した。この年、『12人の優しい日本人』が中原俊監督で映画化され、劇団の相島一之と梶原善が舞台と同じ役で出演している。
『振り返れば奴がいる』で連続ドラマを初めて単独で手がける
フジテレビの『振り返れば奴がいる』で、初めて単独で連続ドラマの脚本を担当する。プロデューサーの石原隆は三谷が喜劇専門だと知らず、依頼はシリアスな医療ものだった。ドラマはヒットしたが、喜劇調の部分は制作スタッフに書き換えられ、悔しい思いをした。同じ年、パルコのプロデュース公演に参加し、二人芝居『ダア!ダア!ダア!』の作・演出を手がけた。
『警部補・古畑任三郎』が始まる
『振り返れば奴がいる』の成功を受け、田村正和主演の倒叙ミステリー『警部補・古畑任三郎』が始まる。子供の頃から好きだった『刑事コロンボ』を日本のドラマに置き換えたらと考えるうちに田村が浮かび、当て書きした企画で、刑事物だからと一度は断った田村も、脚本を読んで引き受けた。作品は好評を得て、今泉慎太郎を演じた劇団員の西村雅彦(現・西村まさ彦)も一躍有名になる。
本人自分が子供の頃に観たものを自分で再生産するというモチベーションだけで書いている。例えば、『刑事コロンボ』を観たかったから『古畑任三郎』を書いた 出典
1994年、同世代の人は
柳葉 敏郎(俳優・同じ1961年生まれ)『29歳のクリスマス』で新谷賢を演じる劇団が30年の充電期間に入る
劇団として活動を続けることに行き詰まりを感じ、9月から新宿のシアタートップスで3か月間上演した『東京サンシャインボーイズの「罠」』を最後に、「30年の充電期間に入る」と告知して活動を休止した。この公演のパンフレットには、復活公演『リア玉(仮題)』の告知が掲載されていた。シアタートップスでは、1991年から1994年までに計7作品を上演していた。
『ラヂオの時間』で監督に、『新選組!』で大河に
平成9〜
映画『ラヂオの時間』で監督デビュー
1993年に劇団で上演した『ラヂオの時間』を、自ら脚本と監督を務めて映画化する。『振り返れば奴がいる』の脚本が現場で書き換えられた経験を元にした作品だった。撮影現場には、大学生の頃に行きつけの飲食店で初めて会い、映画の大ファンだと伝えていた伊丹十三が訪れ、三谷の横でずっと見ていた。伊丹からは「君はずっとモニターだけを見てなさい」と教えられた。翌1998年の第21回日本アカデミー賞で最優秀脚本賞を受ける。同じ年には、フジテレビの連続ドラマ『総理と呼ばないで』も手がけている。
初のオリジナル・ミュージカル『オケピ!』で岸田國士戯曲賞
初めてのオリジナル・ミュージカル『オケピ!』を上演し、この作品で第45回岸田國士戯曲賞を受けた。同じ年には、フジテレビの木曜劇場『合い言葉は勇気』の脚本も手がけている。
初の大河ドラマ『新選組!』
長年の夢だったNHK大河ドラマの脚本を、『新選組!』で初めて担当する。中学から大学の頃には大河ドラマに熱中し、『風と雲と虹と』の最終回の晩、登場人物を夢遊病のような状態で演じていたのを母親に見られたこともあった。平均視聴率は17.4%で、史実と異なる脚色には批判もあり、評価は賛否に分かれた。
『THE 有頂天ホテル』が興行収入60.8億円
2006年1月3日には、大河ドラマ史上初の続編となる『新選組!! 土方歳三 最期の一日』が正月スペシャルとして放送された。大晦日のホテルを舞台にした監督第3作『THE 有頂天ホテル』が公開される。公開から8日間で100万人を動員し、観客動員470万人、興行収入60.8億円で、2006年の邦画第3位になった。三谷の監督作で最大のヒットで、これを受けて制作費も上がり、次の『ザ・マジックアワー』では豪華なセットが組まれた。同じ年、大河ドラマ『功名が辻』に足利義昭役で出演し、3月には『決闘!高田馬場』で初めて歌舞伎の作・演出を手がけた。
劇団が15年ぶりに一時復活、『returns』を上演
充電期間の途中、本拠地だったシアタートップスの閉館を受けて、東京サンシャインボーイズが15年ぶりに急きょ復活し、新作『returns』を上演する。三谷も「一橋壮太朗」として出演し、終演後には「これより15年間の休憩に入ります」とアナウンスが流れた。11月にはニューヨークのオフ・ブロードウェイでミュージカル『TALK LIKE SINGING』を初演し、日本のオリジナル作品として初めての例になった。
「三谷幸喜大感謝祭」の年に『ステキな金縛り』を公開
50歳を迎えるこの年を「三谷幸喜大感謝祭」と題し、新作の舞台4作と、映画とテレビドラマを1作ずつ発表する。映画は、深津絵里が演じる三流弁護士と西田敏行が演じる落ち武者の幽霊による法廷コメディ『ステキな金縛り』で、初日2日間で動員39万人の首位発進だった。12月20日には第46回紀伊國屋演劇賞の個人賞を受けた。
19歳年下の一般女性と再婚
19歳年下の一般女性との婚姻届を提出する。2月に長年連れ添った愛犬を亡くして元気がなかった時、そばで励ましてくれたのが相手だったと明かした。小林聡美とは、2011年5月に離婚を連名のファックスで報告していた。
『真田丸』で「大河復権」、『鎌倉殿の13人』まで
平成26〜
大河ドラマ『真田丸』が始まる
前年の監督第7作『ギャラクシー街道』は批評的に失敗した。『新選組!』以来となる大河ドラマ『真田丸』が始まる。主役の真田幸村を演じたのは堺雅人。放送序盤の時点で、視聴率は業界関係者の間で近年まれに見る高い数字と言われた。全50回の平均視聴率は16.6%で、総合テレビの大河として過去5年間で最高になり、スポニチはこれを「大河復権」と報じた。
監督第8作『記憶にございません!』を公開
フジテレビ開局60周年記念作品として、中井貴一主演の監督第8作『記憶にございません!』が公開される。この年には、みなもと太郎の『風雲児たち』を原作にした新作歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』も手がけ、三谷作品として初めて歌舞伎座で初演された。
ja.wikipedia.org×2
前立腺がんの手術を受けていたことを明かす
10月28日付の朝日新聞夕刊の連載『三谷幸喜のありふれた生活』で、前立腺がんの手術を受けていたことを明かす。同じ月、主治医の頴川晋と対談した本『ボクもたまにはがんになる』を刊行した。早期に見つければ前立腺がんは怖くないと広く伝えるためでもあった。
3作目の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が始まる
2020年1月に脚本担当が決まった大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が始まる。主演は小栗旬で、北条義時とその一族を描いた。放送中の10月には第70回菊池寛賞に選ばれ、受賞理由には、大学在学中の劇団旗揚げ以来、コメディから『鎌倉殿の13人』のような歴史劇まで、舞台・テレビドラマ・映画のすべてで優れた作品を生み出し続けていることが挙げられた。12月の贈呈式には菊池寛そっくりの扮装で登壇し、菊池の言葉「つまらない現実よりも面白いウソ」が大河での一番のモットーだったと語った。
『ショウ・マスト・ゴー・オン』で出演者の代役に立つ
1994年の最後の上演から28年を経て、自らリニューアル版として11月から上演した『ショウ・マスト・ゴー・オン』で、福岡と京都の公演では左足を痛めた小林隆の、東京公演の初日からは体調不良のシルビア・グラブの代役を務める。シルビアの役は男役に変えて演じた。浅野和之、主演の鈴木京香の休演も続き、作・演出だけでなく、公演中に4役を演じることになった。
本人まったく稽古しないで立ってますから、なかなかドキドキしました 出典
『鎌倉殿の13人』で向田邦子賞
『鎌倉殿の13人』で第41回向田邦子賞を受ける。大河ドラマの脚本が対象になったのは初めてだった。以前にこの賞の話を辞退しており、今回はありがたく受けると語った。執筆前に向田邦子の台本を何度も読み返していたことを選考委員に指摘されたのも嬉しいと述べている。9月1日には第15回伊丹十三賞の贈呈式に出席し、『ラヂオの時間』の現場で伊丹から受けた教えに触れて、撮影中の映画の現場でもモニターから目を離さないようにしていると語った。
本人向田さんが大好きで一番尊敬している先輩でもあるのですが、その方の賞を若輩者の自分がもらっていいのかと真剣に考え、人間がダメになるのではないかと思いまして 出典
充電を終えた劇団、25年ぶりの民放連ドラ
令和6〜
5年ぶりの監督作『スオミの話をしよう』
長澤まさみを主演に迎えた監督第9作『スオミの話をしよう』が公開される。大富豪の妻スオミが失踪し、彼女を愛した5人の男たちが豪邸に集まると、5人が語るスオミ像は見た目も性格もまったく違っていた、というコメディ。長澤が三谷の映画に出るのは初めてだった。
東京サンシャインボーイズが復活公演『蒙古が襲来』
前年7月11日の製作発表で、1994年に予告していた『リア玉』ではなく完全新作を上演すると明かした。PARCO劇場で上演した同作は、元寇を題材に九州の漁村を舞台にした時代劇の喜劇。相島一之、梶原善、西村まさ彦ら劇団員が再集結し、2009年の『returns』に客演した吉田羊も劇団研究生として加わった。
25年ぶりに民放ゴールデン帯の連続ドラマを書く
フジテレビの水10枠で『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』が始まる。民放のゴールデン・プライム帯の連続ドラマの脚本は、2000年の『合い言葉は勇気』以来25年ぶりだった。1984年の渋谷を舞台にした半自伝的な青春群像劇で、菅田将暉が成功を夢見る演劇青年を、神木隆之介が若き日の三谷をモチーフにした新人の放送作家を演じた。
本人1984年。当時僕は駆け出しの放送作家。バラエティ番組の構成をしながら、芸人さんのコントの台本を書いていました。 出典
現在 ―― 夏に3作品を続けて上演
4月に新作ミュージカル『新宿発8時15分』を上演した。夏はパルコとの「3谷幸喜3作品3連発公演」として、3作品を続けて上演した。1作目として8月15日に開幕した新作『アメリカン・ドリーム』はハリウッドの赤狩りを描く。本人は「今回は喜劇ではありません」と語った。続いて8月には前年に13年ぶりの三谷文楽の新作として上演した『人形ぎらい』を京都劇場で、9月には新作『ショーガール~きみは最高~』をPARCO劇場で上演した。2022年4月からは『情報7daysニュースキャスター』に毎週出演している。