横須賀の少年、遠回りの道
平成5〜
神奈川県横須賀市に生まれる
5人家族の長男として育ち、1999年、周りの友達がやっていたことをきっかけに地元の鴨居SCに入団してサッカーを始めた。
F・マリノスのセレクションに落選、横須賀シーガルズへ
中学進学を前に横浜F・マリノスジュニアユースの入団テストを受けたが最終選考で不合格。地元の横須賀シーガルズジュニアユースでプレーを続けることになった。
神奈川県立逗葉高等学校へ進学
家庭の方針で公立高校への進学を選択。サッカー部では目立った成績を残せなかったが、複数の大学から推薦のオファーを受けた。
神奈川大学へ進学
関東大学サッカー2部リーグのチームでプレーを続ける。Jユース出身でも高校選手権常連校出身でもない、遠回りの道を歩む。
大学3年で得点王とベストイレブンを獲得
関東大学サッカー2部リーグで20試合17得点を記録し得点王とベストイレブンを受賞。翌年も10得点12アシストでアシスト王と2年連続ベストイレブンに選出され、スカウトの目に留まった。
ヴァンフォーレ甲府の特別指定選手に
9月16日に来季からの完全加入が内定し、9月18日には予算規模の小さい甲府が見出した「隠れた逸材」として特別指定選手に承認された。大学に在籍したまま、同年末からプロの練習に加わった。
国内でのブレイクと日本代表
平成27〜
J1初出場、5月に初得点
3月14日、甲府でJ1初出場。5月2日の鹿島戦では初先発でプロ初ゴールを記録した。この年はフォワードとしてリーグ戦30試合に出場し4得点。
柏レイソルへ完全移籍
J1・柏レイソルへ完全移籍。開幕当初はサイドバックだったが、監督交代を機に攻撃的なポジションへ転向し、この年リーグ戦7得点を記録した。
— 70m独走ゴールでJリーグ優秀選手賞、日本代表デビュー
8月13日の清水戦で自陣から約70メートルを独走してゴールを決めるなど、この年リーグ戦6得点を記録してJリーグ優秀選手賞を受賞。11月には日本代表に初招集され、12月9日の北朝鮮戦で国際Aマッチ初出場を果たした。無名の公立高・大学出身の遠回り組が、この年を境に一気に日本代表クラスへ駆け上がった。
日本代表初ゴール、10月に2戦連続ゴール
9月11日のコスタリカ戦で日本代表初ゴール。10月12日のパナマ戦でも得点し、2試合連続ゴールで代表の得点源としての存在感を示した。
柏レイソルがJ2降格
個人としては全34試合に出場し代表にも定着したが、チームはリーグ戦17位でJ2降格。翌年、海外移籍を決断する一因となった。
海外挑戦とアジアの実力者へ
令和1〜
アジアカップ2019で準優勝
AFCアジアカップ2019のメンバーとして戦い、日本の準優勝に貢献した。
— ベルギー・KRCゲンクへ期限付き移籍
J2降格した柏を離れ、ジュピラー・プロ・リーグのKRCゲンクへ期限付き移籍。移籍後わずか数か月で臨んだそのシーズンのリーグ優勝に貢献し、海外挑戦1年目からタイトルを掴んだ。この成功が、以降ゲンクの主力として定着していく足がかりとなった。
ゲンクへ完全移籍
期限付き移籍から3年契約での完全移籍に移行。2019-2020シーズンは公式戦37試合で6ゴール9アシストを記録した。
ベルギーカップ制覇、リーグベストイレブンにも選出
4月25日のベルギーカップ決勝で先制ゴールを決め、クラブの8シーズンぶり優勝に貢献。2020-21シーズンは公式戦42試合で12ゴール16アシストを記録し、ジュピラー・プロ・リーグのベストイレブンにも選ばれた。
フランス・スタッド・ランスへ完全移籍
フランス1部リーグ・アンのスタッド・ランスへ完全移籍。8月28日のリヨン戦で移籍後初ゴールを決め、新天地でも主力として定着した。
— カタールW杯でチームの全試合に出場
カタールW杯でチームの全試合に出場し、ベスト16進出に貢献。ここで積んだ経験が、後の2大会連続W杯出場と日本代表の中心選手としての地位につながっていく。
苦難とその先の復権
令和5〜
代表でキャリアの脂が乗るシーズンに
日本代表としてこの年8試合4得点を記録し、代表定着から数年を経て得点感覚も安定してきた。
私生活を巡る報道でアジアカップから途中離脱
1月31日に私生活を巡る報道が大きく取り上げられると、JFAは2月1日に日本代表からの離脱を発表。その後一転して残留の方向で調整するとしたが、協議の末2月2日に改めて離脱が正式決定し、準々決勝を前に日本代表を離れることになった。この影響で同年3月・6月の代表活動も見送られた。
— 日本代表に復帰、復帰戦でゴール
8月、捜査機関が嫌疑不十分で不起訴と判断したことを受け、9月の代表活動から7か月ぶりに復帰。9月5日の中国戦では後半にゴールを決め、白星と得点で復帰戦を飾った。長期離脱に公式に区切りがつき、以降ふたたびチームに欠かせない存在として力を発揮していく転機となった。
ヘンク帰還とW杯2026、そして現在
令和7〜
古巣ゲンクへ復帰、背番号10を託される
スタッド・ランスの2部降格に伴い、古巣ジュピラー・プロ・リーグのKRCゲンクへ完全移籍。3年契約で背番号は「10」となり、8月28日のUEFAヨーロッパリーグ予選プレーオフでは復帰後初ゴールを決めた。
国際Aマッチ得点試合14戦全勝で日本代表単独最多記録
3月28日の国際親善試合スコットランド戦でゴールを決め、自身が得点した国際Aマッチの勝敗が14戦全勝に。この「全勝神話」は岡崎慎司の13試合を抜き、日本代表単独最多となった。
2026年W杯、2大会連続の代表入り
5月15日、北中米で開催される2026年W杯に臨む日本代表メンバーに選出された。
— W杯自身初得点、日本代表史上最年長ゴール記録
6月21日のチュニジア戦、後半に自身のW杯初得点を挙げ、日本代表のW杯における最多得点差勝利に貢献。33歳でのこのゴールは、2018年ロシア大会で本田圭佑が記録した32歳を抜き、日本代表のW杯最年長得点記録を更新した。長年積み重ねてきた経験が、記録という形で結実した瞬間となった。
決勝トーナメント1回戦でブラジルに惜敗
6月30日、決勝トーナメント1回戦でブラジルと対戦。佐野海舟のゴールで先制するも後半に追いつかれ、アディショナルタイムに勝ち越しゴールを許して1-2の逆転負け。出場国が48か国に拡大された今大会は初戦で姿を消し、2018年・2022年に届いていたベスト16にも今回は届かなかった。
ゲンクの背番号10として、代表でも中心選手であり続ける
W杯を終えた現在も、ベルギー・KRCゲンクの主力として、また日本代表でも中心選手としてピッチに立ち続けている。