目次
レイソルを離れ、養和で磨いたドリブル
平成12〜
千葉県我孫子市に生まれる
兄の影響でボールを蹴り始め、ブラジルのロナウジーニョに魅了されて技術を磨く。小学1年で地元の高野山サッカースポーツ少年団に入り、3年で柏イーグルスTOR'82、4年から柏レイソルのジュニアへ移った。
柏レイソルU-12を自ら離れ、地元の少年団へ
柏レイソルU-12では5年生で日本一を経験したが、ボールをつないで組織的にプレーするチームのサッカーが合わず、自ら退団して6年生で高野山少年団に戻った。この年の夏前には、兄の友人の紹介で三菱養和SCの中学1年の練習に体験参加している。
三菱養和SCのジュニアユースへ
個性を伸ばしてくれると聞いて本人と両親が関心を持ったクラブで、中学1年から高校2年まで過ごし、ドリブルなどを磨いた。U-15、U-16と各年代の日本代表でもプレーしている。
U-17W杯でハットトリック、チーム最多の4得点
FIFA U-17ワールドカップに出場。10月8日の初戦ホンジュラス戦で、22分に久保建英のCKを頭で合わせて先制し、43分までにハットトリックを達成した。日本選手の1試合3得点は大会史上初。第3戦のニューカレドニア戦でも1得点を挙げてチーム最多の4得点とし、日本は決勝トーナメントでイングランドに敗れた。
高校2年でガンバ大阪と仮契約
11月にはドイツのシュトゥットガルトの練習に参加。通信制の向陽台高校に通い、三菱養和SCユースで2年生ながら背番号10を付けていたなか、12月26日に2018シーズンからの加入に向けた仮契約が発表された。Jクラブの下部組織以外の選手が高校卒業前にプロとなるのは珍しい例だった。
本人ガンバ大阪のユニフォームを着てプレー出来る事に、とてもワクワクしています。勝ちにこだわり、得点やアシストでチームに貢献できるように頑張っていきます。 出典
飛び級でプロへ、オーストリアで再出発
平成30〜
J1開幕戦で途中出場デビュー
開幕戦の名古屋グランパス戦で途中出場し、開幕から2試合続けて試合の大事な場面で起用された。独走したアデミウソンの一撃をルヴァンカップの名ゴールに挙げて「ああいうプレーヤーになりたい」と話した9日後の3月14日、浦和レッズ戦で自陣から約60メートルを独走してプロ初得点。11月24日のV・ファーレン長崎戦でJ1初得点を挙げた。
オランダ1部トゥウェンテへ期限付き移籍
エールディヴィジ開幕戦で強豪PSVを迎え、左ウイングで先発。開始8分、カットインからペナルティエリアの外で右足を振り、移籍後初ゴールを決めた。続くフローニンゲン戦でも得点した。10月には、ガンバ大阪で挙げたルヴァンカップ5試合3得点が評価され、同大会のニューヒーロー賞に選ばれた。前半戦は6得点で折り返した。
ベルギー1部シント=トロイデンへ期限付き移籍
トゥウェンテでは前年9月のシッタート戦で一発退場した後、徐々に出場機会を失い、年明けには2軍落ちも経験した。新型コロナウイルスの影響もあり、契約期間を1年残して退団。ベルギー1部のシント=トロイデンVVへ移ったが、ここでも試合にはなかなか出られなかった。
— オーストリア2部FCジュニアーズOÖへ期限付き移籍
LASKリンツのセカンドチームにあたる2部のクラブ。オランダとベルギーで出場機会をつかめなかったが、本人は「日本には帰るつもりはなかった」と言い、試合に出やすい環境としてこの話を受けた。公式戦12試合で4得点を記録した。
本人そこでの3カ月はめちゃくちゃでかかったですね。サッカーの楽しさを思い出させてもらって、サッカーってやっぱりこうだなっていう感じがありました。 出典
オーストリア1部LASKリンツへ完全移籍
ガンバ大阪から完全移籍し、2024年までの契約を結んだ。2月からジュニアーズにいたことでクラブの環境を知り、「LASKがプレーするサッカーも僕に合っていると思います」とコメント。11月7日のWSGスワロフスキー・ティロル戦でリーグ戦初ゴールを挙げた。
LASKと契約を延長
開幕戦のSKアウストリア・クラーゲンフルト戦で1得点1アシストを挙げたシーズン序盤、8月18日に契約延長が発表された。9月11日のSCアウストリア・ルステナウ戦では3試合連続ゴールを決めた。
日本代表とスタッド・ランス
令和5〜
— 日本代表に初選出、ウルグアイ戦でデビュー
LASKで公式戦24試合14得点を挙げていた3月15日、キリンチャレンジカップに臨む日本代表に初めて選ばれた。森保一監督は「左サイドから得点に繋がるようなプレーに期待しています」と話し、3月24日のウルグアイ戦で後半45分から途中出場してA代表デビュー。続く6月15日のエルサルバドル戦で、久保建英のパスから代表初ゴールを挙げた。
フランス1部スタッド・ランスへ完全移籍
LASKでの2年目はリーグ戦31試合で14得点7アシスト。伊東純也も所属するスタッド・ランスと2028年6月までの5年契約を結び、背番号は17。8月12日の開幕戦マルセイユ戦で途中出場してリーグ・アンにデビューし、9月26日のリール戦で初得点を挙げた。
アジアカップのベトナム戦で得点、代表6試合6得点
AFCアジアカップ2023のグループステージ初戦で、2-2の前半アディショナルタイムにミドルシュートを決め、4-2の勝利につなげた。データメディアOptaによると代表デビューから6試合6得点は1970年の上田忠彦以来54年ぶり。日本は2月3日の準々決勝でイランに1-2で逆転負けし、その試合に中村は出ていない。
欧州5大リーグで日本人初の5試合連続ゴール
リーグ・アン第8節のオセール戦で、後半アディショナルタイムに伊東純也のクロスを頭で合わせ、欧州5大リーグで日本人初の5試合連続ゴールとした。試合は1-2で敗れた。加入2季目のこのシーズンは、12月6日時点で15試合のうち14試合に先発している。
本人個人としては縦に突破する意識が変わりました。アジアカップではそういうプレーにうまくトライできなかった反省があって、大会後にその部分を磨こうと意識的に取り組みました。 出典
リーグ・アンで日本人初の二桁得点
第29節のRCランス戦で2得点し、2-0の勝利に貢献。1点目で南野拓実が持っていたリーグ・アンでの日本人最多得点を更新する今季10得点目に達し、日本人選手として初めてリーグ・アンで二桁得点を挙げた。
スタッド・ランスが2部へ降格
リーグ・アン16位で入れ替え戦に回り、2試合とも出場したが、メスとの第2戦で延長戦の末に敗れて2部降格が決まった。試合後、中村はピッチに倒れ込んだまましばらく起き上がれなかった。シーズン成績はリーグ戦32試合11得点2アシスト。
移籍はかなわず、チームに戻って2部で復帰
降格を受けて移籍を希望し、夏の日本ツアーへの帯同を体調不良を理由に見送った。開幕後もチームを離れていたが残留が決まり、9月20日の第6節サンテティエンヌ戦に途中出場してシーズン初出場、23日のクレルモン戦で初得点を挙げた。
本人移籍したかったのは事実ですけど、色々あってチームに残ることになりました。そこはもう腹をくくってやるしかないです 出典
ブラジル戦で同点ゴール、日本は初勝利
東京スタジアムでのキリンチャレンジカップ2025。0-2から南野拓実のゴールで1点を返した後の後半17分、スタッド・ランスで2年間ともにプレーした伊東純也のクロスをワンバウンドでボレー。相手に当たってゴールに入った。上田綺世の得点で日本は3-2と逆転し、ブラジルに初めて勝った。
W杯でのゴール、そしてリヨンへ
令和8〜
ウェンブリーのイングランド戦で先制点をアシスト
ロンドンのウェンブリー・スタジアムでの国際親善試合に左ウイングバックで先発。23分、カウンターから左サイドでボールを受けてドリブルで運び、ペナルティーエリア内へのグラウンダーのクロスで三笘薫の先制点を演出した。日本はこの1点で1-0と勝った。試合後は、フランス2部のリーグ・ドゥで1対1の場面が多く、持ち味のドリブルを生かせたと話している。
北中米W杯のメンバーに初選出
5月9日のリーグ・ドゥ最終節ポー戦でプロ初の1試合4得点を挙げ、シーズン14得点とした。チームは6位で終わり、1部昇格のプレーオフに届かなかった。その6日後に日本サッカー協会が発表したW杯メンバー26人に初めて入った。代表では24試合で10得点3アシストを記録していた。
本人僕は幼稚園の年長組の時、2006年のドイツワールドカップを見てから、将来は海外でサッカーをやる! そして日本代表になってワールドカップに出ると心に決め、サッカーに夢中になっていきました。 出典
— 北中米W杯の初戦オランダ戦でゴール
初めてのW杯の初戦に左ウイングバックで先発。0-1の後半、久保建英と左サイドを崩し、パスを受ける前から描いていたとおり、ファーを打つふりをしてニアに決めた。試合は2-2。スタッド・ランス所属の選手がW杯で得点したのは1958年大会以来68年ぶりだった。「ワールドカップでゴールを決めることは小さい頃からの夢」と語った。続くチュニジア戦では開始4分に鎌田大地の先制点をアシストし、日本は4-0で大会初勝利を挙げた。
ラウンド32でブラジルに敗れる
この大会から新設されたラウンド32でブラジルと対戦。前半29分の佐野海舟のゴールで先制したが、56分と終了間際に失点して1-2で逆転負けした。中村は66分に退き、大会を通じて4試合すべてに先発。4年後のW杯にも「出たい」と話した。
本人ブラジルにW杯で勝つということは、世界的に見てもビッグニュースになる。それをやりたかった 出典
— オリンピック・リヨンへ完全移籍
左ウイングのマリック・フォファナが移籍したリヨンが後継として獲得に動き、スタッド・ランスから2030年6月までの4年契約で加わった。背番号は11で、クラブ初の男子の日本人選手になる。12日のパリFC戦で途中出場して移籍後初出場。16日のヨーロッパリーグ初戦アンデルレヒト戦で初めて先発し、22分にカットインからの右足で初ゴールを決め、2-1の勝利にフル出場で貢献した。試合後は「昨季はもがいた。心機一転、サッカーができるのが喜び」と話した。
本人僕がクラブ初の(男子での)日本人選手だと知りましたが、それはすごく重要なことであり、最高の形で日本を代表する存在になりたいと思っています 出典
リヨンと日本代表でプレー
リーグ・アンのリヨンでプレーし、日本代表では9月から10月の国内4試合すべてに出場した。10月5日のキリンカップサッカー2026決勝ニュージーランド戦では64分から入り、71分に堂安律の決勝点をアシスト。日本は2-1で勝ち、15年ぶりに優勝した。