目次
因島の文化祭バンドから大阪のインディーズ時代へ
平成2〜
因島高校で新藤晴一がコピーバンド「NO SCORE」を結成
高校1年の新藤が従兄弟らを誘って組んだBARBEE BOYSのコピーバンドが原型。2年次に同級生の岡野昭仁が文化祭のコーラスとして加わり、1991年秋の文化祭が初ライブになった。当初ボーカルだった新藤より岡野のほうが歌がうまく、文化祭後に新藤はギターに専念し、岡野がボーカルに昇格した。3年の文化祭を前に新藤の幼馴染の白玉雅己(Tama)がベースで参加。1993年春の卒業とともに事実上解散した。
新藤晴一ポルノグラフィティの原型は因島高校の文化祭の部活で、そこから地続きだ 出典
大阪で「ポルノグラフィティ」として始動
春に岡野が大阪学院大学、Tamaがアン・ミュージック・スクール京都校に入学し、新藤も大阪へ移住。NO SCOREの5人がいったん再集結したが2人が抜け、夏頃から岡野・新藤・Tamaにドラムの中尾天成を加えた4人で「ポルノグラフィティ」として活動を始めた。10月に梅田バナナホールで初ライブ。翌1995年夏の南港の野外イベントでSMEの新人発掘担当者から名刺を受け取り、秋から大阪城公園でのストリートライブ、12月には吹田で初の単独ライブを開いて80人を集めた。この単独ライブからドラムは織畠英司に交代した。
新藤晴一(SME担当者との出会いについて)そのあとの実質1年半から2年弱のアマチュア生活で、すごく大きなモチベーションになった 出典
SMEの「SDオーディション」に合格、レコード契約へ
1996年夏の複数のコンテストは最高2位に終わり、11月のNHK『ニューBSヤングバトル』全国大会でも入賞を逃して方向性を見失い、1997年に入った頃は解散の雰囲気すら漂っていた。そこへ2年前に名刺をくれたSMEの担当者から東京でのオーディションに誘われ、ラストチャンスとして臨んだ『SDオーディション』に合格してSMEと契約。4月27日には心斎橋クラブクアトロで550人を集める大阪でのラストライブを成功させた。
アミューズ所属が決まり3人体制で上京、長い育成期間へ
5月に所属事務所がアミューズに決まった頃、ドラムの織畠が脱退して岡野・新藤・Tamaの3人体制になった。9月末に活動拠点を東京へ移したがすぐにはデビューできず、最初の1年は2週間に1回程度の曲出しがある程度だった。1998年夏に田村充義と本間昭光がプロデューサーに就いて方向性が見え始め、12月頃からデビューに向けた楽曲制作とレコーディングを本格化させた。
メジャーデビューと連続ヒット
平成11〜
— 1stシングル「アポロ」でメジャーデビュー
上京から2年、数回のデビュー延期を経ての発売だった。オリコン週間シングルランキングの初登場は84位だったが、音楽番組への出演とTBS系『ここがヘンだよ日本人』へのタイアップが話題を呼び、最高5位・累計40万枚まで伸びた。同年には第37回ゴールデンアロー賞の新人賞(音楽)を受けている。一方で"ポルノグラフィティ=アポロ"のイメージが定着し、バンド名を「アポロ」と間違えられ、一発屋扱いを受けるようにもなった。
— 「サウダージ」「サボテン」が連続首位、紅白初出場で一発屋の見方を覆す
1月の「ヒトリノ夜」、3月の初アルバム『ロマンチスト・エゴイスト』は「アポロ」の売上に及ばなかったが、初のライブツアーとホール公演でファンを増やした。7月に"勝負の3作目"としてポカリスエットCM曲「ミュージック・アワー」を出して「アポロ」を上回り、続く4th「サウダージ」と5th「サボテン」はともにオリコン週間シングルランキングで首位を獲得。年末には初のNHK紅白歌合戦に出場し、"ポルノグラフィティ=アポロ"というイメージを払拭してトップアーティストの仲間入りを果たした。
6thシングル「アゲハ蝶」が約92万枚のヒットに
2月の2ndアルバム『foo?』がミリオンセールスを記録し、3月にはニッポン放送『ポルノグラフィティのallnightnippon SUPER!』が始まって初のホールツアーも回った。ツアー後の6月に出した「アゲハ蝶」は自己最高の初動売上で3作連続のオリコン週間首位を獲得し、最終的に約92万枚を売り上げて同年度のオリコン年間シングルチャート10位に入った。
「Mugen」が日韓ワールドカップのNHKテーマソングに、初の日本武道館4日間
9thシングル「Mugen」が同年開催の日韓ワールドカップのNHK放送テーマソングに起用された。10月には『5thライヴサーキット "BITTER SWEET MUSIC BIZ"』の追加公演として初の日本武道館ライブを4日間にわたって開催した。
Tama脱退、2人体制で東京ドームへ
平成16〜
ベースのTamaが脱退を表明、岡野・新藤の2人体制に
2003年下半期は「音のない森」「メリッサ」「愛が呼ぶほうへ」「ラック」とシングルを立て続けに出し、12月から"20代の集大成"のツアー『74ers』を回った。その終了後の1月、Tamaが「自分の思うことを追求してみたい」と脱退の意向を伝え、約半年にわたって活動を止めて話し合いが重ねられた。6月22日にTamaがファンクラブ会員宛の手紙で脱退を表明し、翌23日に公式サイトで、7月発売のベストアルバムの制作を最後に離れると正式発表された。
岡野昭仁バンドという運命共同体から一歩離れて、ひとりの人間として付き合ってきたTamaっていうのを考えたら、やっぱりTamaが決めたようにするのがいいんだと思って 出典
初のベストアルバム2作を同時発売、オリコン1位・2位を独占
『PORNO GRAFFITTI BEST RED'S』『PORNO GRAFFITTI BEST BLUE'S』はオリコン週間アルバムランキングで1位・2位を独占し、3週連続で2作同時にTOP3入り。同一アーティストの3週連続2作同時TOP3はイエロー・マジック・オーケストラ以来24年2か月ぶりで、2作合計200万枚以上を売り上げた。デビュー5周年の9月8日に「シスター」で2人体制の再スタートを切り、翌2005年は全56公演のツアー『SWITCH』を12月の日本武道館5DAYSで締めくくった。
初のスタジアムライブ『横浜ロマンスポルノ'06』を横浜スタジアムで開催
2日間で6万人を動員。8月には桑田佳祐が提唱した野外フェス『THE 夢人島 Fes.2006』に出演し、サザンオールスターズや福山雅治、Mr.Childrenらと同じ舞台に立った。11月に6thアルバム『m-CABI』を出し、翌2007年3月から初のアリーナツアーを回っている。
ライブハウス中心の原点回帰ツアーで47都道府県制覇
8月の7thアルバム『ポルノグラフィティ』に続き、「ロックバンドとしての原点回帰」をテーマに『9thライヴサーキット "ポルノグラフィティがやってきた"』を開催。全国6か所のZeppでの4DAYS公演を含め、ライブ公演の47都道府県制覇を達成した。
メジャーデビュー10周年、初の東京ドーム公演に5万人
2008年9月に10周年イヤーに入り、10月のベスト『BEST ACE』『BEST JOKER』は2004年に続いてオリコン週間1位・2位を独占。2009年2月からのツアー『ロイヤル ストレート フラッシュ』は全29公演で22万人を動員する自己最大規模となり、ライブ通算400公演・動員100万人に達した。9月8日に10周年を迎え、11月28日に初の東京ドーム公演『東京ロマンスポルノ'09 〜愛と青春の日々〜』を開催。終盤のMCの直後、"一生懸命"と描かれた特大の垂れ幕が2人の背後に落とされ、11年目の決意を5万人に誓った。
初の月9主題歌「EXIT」、震災後の東北公演と3本のロマンスポルノ
2010年3月の8thアルバム『∠TRIGGER』はオリコン週間1位となり、過去最多の44会場56公演のツアーは全公演即日完売で約12万人を動員した。2011年3月2日には初の"月9"主題歌となる32ndシングル「EXIT」を発売。9月のつま恋、10月には東日本大震災後初となる東北での公演、12月の幕張と『ロマンスポルノ'11』を3本続け、募った義援金とチャリティグッズの収益で翌年10月に宮城県山元町へ漁船を寄贈した。
初の海外ライブ、15周年イヤーに初のオールタイムベスト
7月にロサンゼルスの『Anime EXPO 2013』、8月に韓国・台湾の音楽イベントに出演し、初の海外進出を果たした。9月に15周年イヤーに入り、11月20日に全シングルを収めた『PORNOGRAFFITTI 15th Anniversary "ALL TIME SINGLES"』を発売してオリコン週間1位を獲得。12月からのアリーナツアーは約15万5000人を動員した。
15周年記念シングル「俺たちのセレブレーション」、紅白は13回目で最後の出場に
9月に40thシングル「俺たちのセレブレーション」を出し、『神戸・横浜ロマンスポルノ'14 〜惑ワ不ノ森〜』をほっともっとフィールド神戸と横浜スタジアムで開催して3日間で約9万人を集めた。大晦日のNHK紅白歌合戦には11年連続13回目の出場を果たしたが、以後は出場しておらず、現時点ではこれが最後の紅白となっている。
「THE DAY」が『僕のヒーローアカデミア』主題歌に、海外でも支持を集める
2015年4月の「オー!リバル」は映画『名探偵コナン 業火の向日葵』の主題歌としてロングヒットし、8月の10thアルバム『RHINOCEROS』はオリコン週間1位を記録した。2016年の43rdシングル「THE DAY」はアニメ『僕のヒーローアカデミア』のオープニングテーマに起用され、アメリカを中心に海外からも支持を集める人気曲になった。
11thアルバム『BUTTERFLY EFFECT』、台湾初の単独公演と夏フェス初出演
3月に台湾で初の単独ライブを開催。夏には『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』『SWEET LOVE SHOWER』に初出演した。10月に『BUTTERFLY EFFECT』を出し、11月からホールツアーを回った。
デビュー20周年、10年ぶりの東京ドーム2日間に10万人
2018年9月8日の凱旋野外ライブ『しまなみロマンスポルノ'18』で20周年イヤーに入り、アリーナツアーとシングル3作を重ねた。集大成の『NIPPONロマンスポルノ'19 〜神vs神〜』は9月7日・8日に東京ドームで開催され、2日間で計10万人を動員。2日目が20周年当日にあたり、デビュー当初から組んできたプロデューサーの本間昭光をゲストに迎えて「アポロ」を披露した。
岡野昭仁(東京ドーム2日目のMC)あんたらの今日の気合いがすごいってわかっとるよ! リミッター外してバカ騒ぎして帰りましょう! わしらがポルノグラフィティじゃ! 出典
充電期間を経て"新始動"、25周年
令和2〜
ソロ活動中心の充電期間、コロナ禍で初めて新曲のない年に
東京ドーム後はバンドとしての表立った活動を控え、メンバー個々のソロ活動を中心とした充電期間に入った。新型コロナウイルスの流行も重なり、2020年は初めて新曲のリリースがなく、バンド活動は12月4日の配信ライブ『CYBERロマンスポルノ'20 〜REUNION〜』だけだった。
"新始動"を発表、「THE FIRST TAKE」の「サウダージ」が2か月で1000万回再生
8月2日に『ポルノグラフィティ 2021年 "新始動"』を発表。9月3日に『THE FIRST TAKE』へ初登場し、「サウダージ」をアコースティックアレンジで一発録りした映像は公開から2か月で総再生1000万回を超えた。9月22日に約2年2か月ぶりのシングル「テーマソング」を発売し、25日からホールツアー『続・ポルノグラフィティ』を回った。
岡野昭仁(THE FIRST TAKE出演について)すごく出てみたかったんです。一発録りというのは、まさにライヴの一期一会と同じ感覚だと思うので。そういった意味で、ミュージシャンの魂が込められる番組だと思うので、そういうものが伝わったらいいなと思います 出典
5年ぶりの12thアルバム『暁』、全曲の作詞を新藤が担う
『BUTTERFLY EFFECT』以来約5年ぶりのアルバム。既発曲6曲を含む本作は新藤が全曲の歌詞を書き、岡野は自宅にレコーディングに近い環境を作って制作に臨んだ。発売直後の8月6日・7日には映像作品『Visual Album "暁"』を全国の映画館で上映し、9月からのホールツアーは年をまたいで日本武道館まで回った。
新藤晴一実際、すべての歌詞を書いてみて感じたのは、過去の自分と被らないようにするのが一番大変だということで。 出典
G7広島サミット応援ソング「アビが鳴く」を配信、故郷・広島県とのコラボ始動
配信限定シングル「アビが鳴く」はG7広島サミットの応援ソングとして書き下ろされ、これを機に広島県の魅力を発信するコラボプロジェクトが始まった。25周年イヤーに入った9月8日には嚴島神社でのアコースティックライブをTikTok LIVEで無料配信している。
岡野昭仁大切な故郷広島が、世界にとっても大切な場所になることを願い歌った曲です 出典
メジャーデビュー25周年、故郷・因島と横浜スタジアムで野外ライブ
3月27日に25周年第1弾シングル「解放区」、9月4日にベストアルバム『ポルノグラフィティ全書 〜ALL TIME SINGLES〜』を発売し、夏には因島全土で展覧会『島ごとぽるの展』を開いた。野外ライブ『因島・横浜ロマンスポルノ'24 〜解放区〜』は8月31日の因島初日が台風10号の影響で中止となったが、9月1日は演出を変えて開催。デビュー25周年当日の9月8日と前日の横浜スタジアム2日間は約65,000人を集めた。
岡野昭仁(横浜スタジアムのMC)1999年の9月8日にデビューして、今日で25年になります!この素晴らしい横浜スタジアムでライヴができて幸せです!ポルノグラフィティは幸せ者でーす! 出典
「種水果実」— ライブで育ててから実らせる
令和7〜
「THE REVO」が『僕のヒーローアカデミア FINAL SEASON』主題歌に、7年ぶりのカウントダウンライブ
NHK広島「被爆80年プロジェクト」テーマソング「言伝 ―ことづて―」を配信し、11月19日には『僕のヒーローアカデミア FINAL SEASON』オープニングテーマの56thシングル「THE REVO」を発売。年末はぴあアリーナMMで『みなとみらいロマンスポルノ'25 〜THE OVEЯ〜』を開き、2018年以来約7年ぶりのカウントダウン公演では、アニメ『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』主題歌の新曲「はみだし御免」を披露した。
EP『種』を配信、アルバム『果実』へつなぐプロジェクト「種水果実」が始まる
2025年12月に、翌年2月にEP『種』を配信し、全国ツアー「水」を経て、秋頃に13thアルバム『果実』を出すと同時に発表。『種』は『果実』の新録曲から選び抜いた楽曲で構成され、ツアーの前に聴いてほしいという思いで先に配信された。1月11日に配信した「はみだし御免」も収録している。
全国ツアー「20thライヴサーキット“水”」を28か所35公演で完遂
2月27日の千葉・市原での初日は、岡野に早朝から発熱の症状が出て開催を見送り、同日夜に新型コロナウイルス陽性と発表された。医師の判断で療養に入り、3月3日の兵庫、5日の鳥取、6日の島根を含む計4公演が見送られたが、振替公演を経て7月8日の東京ガーデンシアターでファイナルを迎えた。『種』の収録曲に加えて未発表の新曲を観客の前で育てるという、バンドにとって初めての試みだった。
岡野昭仁結局、自分が一番楽しいのはライブでしっかり歌を歌えること、それをお客さんにちゃんと伝えられることだから、それが今回は35公演すべてでアベレージ高く実現できた。 出典
13thアルバム『果実』を発売、ライブで育てた曲を録音する新しい作り方が実る
『種』の収録曲とツアー「水」で披露した楽曲を中心にした13枚目のオリジナルアルバム。ツアー後に最後に録音した「残響」はライブを経て歌詞が変わり、「SETOUCHI BOYS」には会場で録った観客のコール&レスポンスを入れた。同日にツアー映像作品も発売し、9月8日から13日には東京・Shibuya Sakura Stageで発売記念イベント『種と水と果実の収穫祭』を開いた。
岡野昭仁レコーディング前にライブの本番でやっているというのは、やっぱり強いですよね。今まではレコーディングとライブを別物として捉えていたところがあったんです。 出典