目次
岡崎の少女、全国の頂点へ
平成12〜
愛知県岡崎市に生まれる
愛知県岡崎市生まれ。5歳上の兄は、のちに男子日本代表の主将を務める石川祐希。姉もバレーボールをしていた。
兄と姉を追って小学3年生でバレーボールを始める
岡崎市立矢作南小学校3年生のとき、姉と兄がやっていたバレーボールに興味を持ち、安城北ラビッツに入団。小学5年生まではセッターで、6年生からスパイカーになった。ジュニアの全国大会ではベスト8や16で終わることが多く、そこでもっとうまくなりたいという気持ちが強くなったと語っている。
本人バレーボールを始めたのは小学3年生の時です。姉と兄がバレーをしていたので、幼稚園くらいの頃から練習について行ったりしていて、楽しそうだなと思って、自分も始めました。 出典
長野の裾花中学へ越境進学、全中で2度の優勝
1歳上の先輩に声をかけられ、長野市立裾花中学校へ越境進学して親元を離れる。練習は厳しく、最初はホームシックになったという。全日本中学校選手権には3年連続で出場し、1年次の2013年と3年次の2015年の2回、日本一になった。
本人1歳上の先輩が裾花中学に行っていて、その方に声をかけていただき、入学しました。それがなかったら今こうしてバレーボールをやっていなかったでしょうし、そういう意味ではご縁があったなと思います。 出典
下北沢成徳高校1年でインターハイ優勝
中学で日本一になり、さらにレベルの高い環境を求めて東京の下北沢成徳高校へ進学。1年からレギュラーとなり、平成28年度インターハイは決勝で金蘭会高校を3-0で下して優勝した。
春高バレーで全国制覇
第69回全日本高校選手権(春高バレー)は決勝で就実高校を3-0で下して優勝。1年生で夏のインターハイと冬の春高を制した。この頃から174cmという攻撃の選手としては決して高くない身長で、パワフルなスパイクとプレーセンスにより世代を代表する選手として注目されていた。
主将としてインターハイと国体の二冠
3年次は主将に就任。平成30年度インターハイは1年次と同じ金蘭会高校との決勝を3-0で制し、学校としては2年ぶり3度目のインターハイ制覇。続く秋の第73回国民体育大会も東京都代表として大阪府代表の金蘭会高校を3-1で下し、二冠を達成した。
東レのエースと日本代表
令和元〜
東レアローズでVリーグデビュー
三冠をかけた1月の春高は、準決勝で東九州龍谷高校に2-3で敗れた。1月16日、下北沢成徳の同期・野呂加南子、大﨑琴未とともに東レアローズの入団内定選手として発表される。高校卒業を待たずに加入し、3月9日、2018-19シーズン ファイナル8の久光製薬スプリングス戦に先発してVリーグデビュー。5月の黒鷲旗全日本男女選抜大会では、チームの優勝と最優秀新人賞を手にした。
— U20世界選手権で主将として全勝優勝、MVP
メキシコで開かれた第20回女子U20世界選手権に主将として臨み、全8試合に先発。決勝はイタリアに2セットを先取されてから3-2(23-25、21-25、25-20、25-19、15-12)で逆転し、最後は石川が相手エースをブロックで仕留めて8戦全勝の大会初優勝を決めた。石川自身はMVPとベストアウトサイドヒッターを受賞。翌8月にはB代表として臨んだアジア選手権でも自らのサービスエースで優勝を決め、大会MVPに輝いた。この活躍が日本代表監督・中田久美に評価された。
本人優勝するまでにはいろいろとハプニングがあったりしたんですけど、でもそういう経験を乗り越えて、負けそうになった試合も全員で勝ち切って、それが最後、決勝にまでつながって、優勝できたことはすごくうれしかったです。 出典
ワールドカップでA代表デビュー
9月6日発表のワールドカップ2019出場メンバー15名に、B代表から初めてA代表に選出される。本戦ではアメリカ戦と韓国戦に先発し、いずれもチーム最多得点。9月29日の最終戦オランダ戦では、マッチポイントで宮下遥の高いトスを打ち抜き、19歳の代表デビュー大会を締めくくった。
V.LEAGUE最優秀新人賞
2019-20シーズンのV.LEAGUE DIVISION1 WOMENで最優秀新人賞を受賞。続く2020-21シーズンもファイナルステージを含む全23試合に出場し、東レのレギュラーラウンド全勝優勝に貢献した。
東京五輪に出場、1勝4敗で予選敗退
東京オリンピックの最終メンバーに選出され、兄・祐希とともに出場。全5試合にフル出場したが、日本は1勝4敗で予選ラウンド敗退となった。韓国戦では勝利を目前にトスを託されながら最後の1点を決めきれず、この経験が「海外へ行きたい」と考えるきっかけになった。
本人海外の選手と対戦する中で、大事な試合、勝たなきゃいけないところで上がって来たボールを最後に決めきれなかった。このままじゃ世界では戦えない、と突き付けられて、自分が成長したい、うまくなりたい、と考えた時に自然と『海外へ行きたい』と思うようになったんです 出典
世界選手権でベスト8、代表の主力に
2021-22シーズンは全試合に出場して502得点(日本人選手では井上愛里沙に次ぐ2位)。秋の世界選手権では主将でエースの古賀紗理那が負傷する中で存在感を発揮し、日本のベスト8進出(最終5位)の原動力となった。12月の皇后杯は決勝でNECレッドロケッツに敗れ、「最後、ああいった競った場面で託してもらえなかったのがすごく悔しい」と会見で口にした。
Vリーグ日本人最多得点記録を更新
3月5日のPFUブルーキャッツ戦で23得点を挙げ、2022-23シーズンの総得点が606点に。前シーズンに井上愛里沙が樹立した日本人最多得点記録584点を更新した。シーズン最終的な得点は735点に達し、Vリーグ日本記録賞のほか敢闘賞とベスト6を受賞。東レはレギュラーラウンド優勝、シーズン準優勝だった。
V1ファイナルで逆転負け、東レ退団を発表
11季ぶりの優勝をかけたV1ファイナルのNECレッドロケッツ戦。0-2から追いつき、最終セット14-12と王手をかけながら「あと1点」が取れず、14-15から石川のスパイクがブロックに封じられて逆転負け。68打数は両チーム最多で、試合後はチームメートの胸で泣き崩れた。4月25日、東レは石川の30日付での退団を発表した。
イタリアへ、そしてパリ
令和5〜
— イタリア・フィレンツェへの移籍を発表
5月22日、オンライン会見でイタリア・セリエAのイル・ビゾンテ・フィレンツェへの加入を発表。海外移籍への思いは10位に終わった東京五輪後に強まり、周囲に相談せず自らの意志で決めた。トップのチームより「コートに立ってプレーしたい」とフィレンツェを選び、ミラノでプレーする兄と同じイタリアが舞台になった。東レでの4シーズンを終えての移籍だった。
本人トップのチームにいきたい気持ちもありましたが、私自身がコートに立ってプレーしたい。まずはしっかり活躍できるようにやっていきたい 出典
強豪ノヴァーラと2年契約
5月11日、セリエA屈指の強豪イゴール・ゴルゴンゾーラ・ノヴァーラと2026年6月までの2年契約を結んだことが発表された。フィレンツェでの初シーズンはチーム2位の351得点を挙げたが、チームは14チーム中10位で、2024年3月に退団。「もっと高いレベルでプレーしたい」という決断だった。
ネーションズリーグで銀メダル、パリ五輪出場権も
6月14日、女子日本代表がパリ2024オリンピックの出場条件を満たしたとFIVBから通知される。前年の五輪予選で出場権を逃していた日本は、このネーションズリーグにポイントを懸けていた。23日、バンコクでの決勝はイタリアに1-3で敗れて準優勝。2014年ワールドグランプリ以来10年ぶりの表彰台で、石川にとってフル代表での初の国際大会メダルになった。
パリ五輪は予選ラウンド敗退の9位
予選ラウンドB組で、7月28日のポーランド戦に1-3、8月1日のブラジル戦に0-3で連敗し、8月3日のケニア戦に3-0で勝利。1勝2敗の3位で、ドミニカ共和国とのセット率0.048の差で決勝ラウンドに進めず、東京に続く予選ラウンド敗退で9位に終わった。全3試合に出場し、ケニア戦では12得点を挙げた。
本人『終わった』という解放感とか安堵とかはまったくないですね。むしろ、力を出し切れず、何もできずに終わったという気持ちのほうが強いです 出典
CEVカップ優勝を手にイタリアから帰国
ノヴァーラ1年目はレギュラーシーズンでチーム1位の344得点を挙げ、チームはセリエA4位と欧州カップ戦のCEVカップ優勝。石川にとって海外での初タイトルになった。一方で本人はこのシーズン、「気持ちよく打てていない」と、これまでに感じたことのない壁に直面していたと明かしている。4月14日に帰国し、代表活動に入った。
主将、そしてトルコへ
令和7〜
25歳の誕生日に女子日本代表の主将に就任
5月14日、日本バレーボール協会が2025年度女子日本代表のスタッフとキャプテンを発表。フェルハト・アクバシュ新監督のもと、2024年に現役を引退した古賀紗理那の後を継ぐ新主将に、この日25歳の誕生日を迎えた石川が指名された。5歳上の兄・祐希は男子日本代表のキャプテンで、それまで「石川の妹」と紹介されることも少なくなかったが、兄妹で男女の代表主将を務めることになった。
世界選手権4位、ベストアウトサイドヒッター受賞
ネーションズリーグ4位を経て、バンコクでの世界選手権へ。3位決定戦はブラジルとフルセットのデュースにもつれ、最後は石川のスパイクがブロックされて敗れた。日本は2010年以来のメダルを逃したが、出場32チームに拡大した大会で前回の5位を上回る4位。石川自身は相手のサーブで狙われながらレシーブを崩さず、大会のベストレシーバーランキングで1位、ベストスコアラーランキングでも全体3位に入った。大会後にはベストアウトサイドヒッターに選出された。
本人最後持ってきてくれる、自分が託してもらえる選手にはなっていますけど、そこを取り切るのが私が目指しているところ。迷いなく、思い切り打ち込んだんですけど、シャットされて負けてしまった。その事実は変わらない。 出典
ノヴァーラでの最後の試合、プレーオフ準決勝敗退
3月24日、プレーオフ準決勝第3戦でコネリアーノに1-3で敗れ、ノヴァーラでの2シーズンが終わった。高さで上から打たれること、相手ブロックが高い場面で他の選手にトスが回ることを悔しさとして挙げ、身長で判断されないように質を上げると語った。
トルコの強豪エジザージュバシュへの移籍を発表
5月29日、トルコ1部リーグのエジザージュバシュが2026-27シーズンの新加入選手として石川の加入を発表。国内リーグ優勝や欧州チャンピオンズリーグ制覇の実績を持つ強豪で、日本代表のアクバシュ監督が2021-22から2024-25シーズンまで率いていたクラブでもある。イタリアで3年を過ごした石川は、環境を変えて経験を増やす道を選んだ。
本人イタリアリーグはレベルが高いし、まだまだ成長もできる。でもイタリアで3年プレーして、もっと成長するためには環境を変えて経験を増やしていくことが大事ではないかと。また別の強いリーグでプレーできるのは簡単ではないので、覚悟を持って決断しました 出典
ネーションズリーグ準々決勝でブラジルに敗れる
「優勝」を目標に掲げて臨んだネーションズリーグ2026。7月12日の予選ラウンド最終戦でポーランドに0-2から逆転勝ちし、8勝4敗の全体6位で決勝ラウンドへ進んだ。22日の準々決勝は第1セットを26-24で先取しながらブラジルに1-3で敗れ、2大会ぶりのメダルには届かなかった。石川はチーム2位の15得点だった。
初のフォトブック『わたし。』を刊行
7月5日、MBS・TBS系『情熱大陸』で主将としての日々が放送された。31日、徳間書店から初のフォトブック『石川真佑1st.フォトブック わたし。』を発売。「バレーボールの姿だけではなく、ファンの皆さんに私の違う一面を伝えられたら」と企画した一冊。
アジア選手権は銅メダル、五輪切符は持ち越し
中国・天津で開かれたアジア選手権は、優勝すれば2028年ロサンゼルス五輪の出場権が得られる大会だった。日本は準決勝でタイに1-3で敗れ、8月30日の3位決定戦でイランにストレート勝ちして銅メダル。五輪切符はタイが獲得し、日本は2027年のワールドカップ出場権を得た。帰国会見で石川は「期待に応えることができず申し訳ない」と語った。
トルコへ出国、エジザージュバシュで新シーズンへ
9月14日、エジザージュバシュに合流するため日本を発つ。愛知・名古屋で開かれるアジア競技大会には参加せず、ひと足先に代表を離れた。かつて狩野舞子、佐野優子、木村沙織が在籍したトルコリーグでプレーする。