浜松の少年、ジュビロ磐田の下部組織へ
平成17〜
静岡県浜松市中央区に生まれる
3歳上の兄・後藤佑介(岳南Fモスペリオ所属GK)の影響で4歳からサッカーを始めた。2010年の南アフリカワールドカップをテレビで見て、プロサッカー選手やワールドカップ出場への憧れを抱くようになったという。
小学校入学とともに地元・浜松のカワイ体育教室サッカークラブに加入
小学生ながら同年代の中でもすでに体格が大きく、恩師の守屋賢吾は大きな選手ほど足元の技術が硬くなりがちだと考え、コーンドリブルや1対1を通じて足元の技術を徹底的に鍛えた。
ジュビロ磐田U-15に加入
小学生時代を過ごしたカワイ体育教室サッカークラブでの指導を経て、中学進学とともにジュビロ磐田U-15に加入した。
中学3年でジュビロ磐田U-18へ飛び級昇格
「中学3年生の時にU-18に上がらせてもらっていたので、高校の部活でサッカーを続けるという選択肢はありませんでした」と、高校サッカー選手権を目指す道ではなく、できるだけ早くトップチームデビューを目指す道を選んだ理由を後に語っている。
本人中学3年生の時にU-18に上がらせてもらっていたので、高校の部活でサッカーを続けるという選択肢はありませんでした 出典
高校生ルーキー、Jリーグを席巻
令和4〜
天皇杯でトップチーム公式戦初出場
U-18在籍中に2種登録選手としてトップチームに登録され、天皇杯4回戦・東京ヴェルディ戦で途中出場。同じくU-18所属の伊藤猛志とともにトップチームデビューを果たした。
J2開幕戦で高原直泰の記録を25年ぶり更新する最年少ゴール
高校生ながらトップチームに昇格して迎えた開幕戦、J2第1節・ファジアーノ岡山戦に途中出場すると、後半44分とアディショナルタイム2分の2得点を挙げた。高原直泰の持つクラブ最年少得点記録(18歳290日)を25年ぶりに更新し、17歳260日でのクラブ史上最年少ゴールとなった。無名の高校生ルーキーの名が一気に全国区で知られるきっかけとなった一戦である。
静岡ダービーで初スタメン、前半2分に先制点
J2第5節・清水エスパルスとの静岡ダービーで初めてスタメンに抜擢されると、前半2分に先制ゴールを挙げた。
プロA契約を締結
6月11日のJ2第20節・ベガルタ仙台戦の出場で通算出場時間の条件を満たし、17日にプロA契約を締結した。同年代では異例の早さだったが、本人は「プロになれましたけど、正直、自分の中では遅かったと思います」と静かに受け止めていた。
本人プロになれましたけど、正直、自分の中では遅かったと思います 出典
プロ1年目でリーグ戦33試合7得点、チームのJ1昇格に貢献
プロ1年目のシーズンをリーグ戦33試合7得点で終え、ジュビロ磐田のJ1昇格に貢献した。
ベルギーへ、伸び悩んだアンデルレヒト時代
令和5〜
名門アンデルレヒトへ期限付き移籍
ジュビロ磐田は、後藤がベルギーの名門RSCアンデルレヒトへ期限付き移籍することを発表した。移籍期間は2024年1月1日から1年間。移籍後はセカンドチームのRSCAフューチャーズ(ベルギー2部相当)が主戦場となり、2023-24シーズンは14試合6得点を記録した。
アンデルレヒトへ完全移籍
期限付き移籍期間の終了とともに、アンデルレヒトへ完全移籍した。ただし完全移籍後もトップチームでの出場機会は限られ、引き続きセカンドチームでプレーする時期が続いた。
アンデルレヒトでトップチーム初ゴール
リーグ戦で初先発を果たすと、前半24分に豪快なダイビングヘッドでアンデルレヒトのトップチームでの初ゴールを記録した(72分に途中交代)。
シント=トロイデンでの飛躍、日本代表、そしてワールドカップへ
令和7〜
シント=トロイデンへ期限付き移籍
トップチームでの出場機会を求め、同じベルギーのシント=トロイデンへ期限付き移籍。ここでレギュラーの座を掴み、大きく飛躍していくことになる。
日本代表に初招集
2026年ワールドカップに向けた活動で、日本代表に初めて招集された。
日本代表デビュー
キリンチャレンジカップ2025のガーナ代表戦(豊田スタジアム、2-0)で途中出場し、日本代表デビューを飾った。この試合に向けて金髪から黒髪に変えており、理由を問われると「初心に戻るじゃないですけど、プロになった時の気持ちを思い出しながらという思いで黒にしました」と説明した。
本人初心に戻るじゃないですけど、プロになった時の気持ちを思い出しながらという思いで黒にしました 出典
シント=トロイデンで飛躍、公式戦40試合13得点8アシスト
移籍したシント=トロイデンでポジションを確立し、2025-26シーズンは公式戦40試合に出場して13得点8アシストを記録する飛躍の1年となった。出場機会を求めて環境を変えた決断が結果に結びつき、この活躍が日本代表定着とワールドカップ出場への足がかりとなった。
2026年ワールドカップ日本代表メンバーに選出
2026 FIFAワールドカップに臨む日本代表メンバーに選出された。5月27日には日本代表の背番号9に決定。プロ入り時から抱いていたワールドカップへの思いが、初招集からわずか半年で現実のものとなった。
ブンデスリーガ・SCフライブルクへ完全移籍
ドイツ・ブンデスリーガのSCフライブルクへ完全移籍。日本人選手としては同クラブ3人目の加入となった。早くから関心を寄せていたクラブの姿勢について「僕を見てくれていたというクラブの熱意や情熱、あとは理念みたいなものが自分の求めているものと合致したので決めた」と移籍の決め手を語った。また、シント=トロイデンでの1年を振り返り「移籍を正解にできたかなと思います」とも話した。
本人僕を見てくれていたというクラブの熱意や情熱、あとは理念みたいなものが自分の求めているものと合致したので決めた 出典
ワールドカップ初出場、日本歴代2位の若さでデビュー
グループステージ第2戦・チュニジア戦(4-0で快勝)の後半39分に上田綺世に代わって途中出場し、自身初のワールドカップのピッチに立った。21歳17日での出場は日本代表のW杯出場選手として歴代2番目の若さ。幼い頃から抱き続けてきたワールドカップへの思いが、ついに本大会のピッチで叶った瞬間だった。
決勝トーナメント1回戦でブラジルに逆転負け、大会終了
グループステージをグループF2位で通過し3大会連続の決勝トーナメント進出を果たした日本は、決勝トーナメント1回戦(ラウンド32)でブラジルと対戦。佐野海舟の先制点で食い下がったが、後半アディショナルタイムに逆転され1-2で敗れ、初めてのワールドカップはベスト16進出とならずに終わった。
フライブルクで新シーズンへ準備中
ブンデスリーガでの新たな挑戦とワールドカップでの経験を経て、フライブルクでの新シーズンに向けて準備を進めている。