誕生から東宝ニューフェイスまで
1920〜
中国山東省青島に生まれる
父・徳造は秋田県出身で、満州に渡り貿易商・写真師として青島や営口で写真館を営んでいた。母は新潟県の旧家の生まれ。
家族で大連へ移住
日本の租借地だった大連で市内の転居を重ね、伏見小学校・聖徳小学校・朝日小学校と転校した。
大連中学校に入学
父が病気がちになると、経営する写真館の仕事を手伝うようになる。父の目が届かなくなったことで自由奔放な少年時代を過ごした。
満州陸軍第七航空部隊に召集される
写真の経験を買われ写真部に配属され、偵察機が撮影した航空写真から敵地図を作る任務に従事した。
九州の特攻隊基地で少年航空兵の教育係を務める
出陣する少年兵にスキヤキを食べさせ、「最後は『おかあちゃん』と叫べ」と語りかけたという。二度と戻らない若者を送り出す辛い経験は、戦後も三船を苦しめ続けた。
終戦、除隊し横浜へ
約6年間の軍隊生活を終えて復員。横浜・磯子で肉体労働をしながら将来を模索した。
— 東宝ニューフェイス試験に補欠合格
本来は撮影助手志望だったが、審査員長・山本嘉次郎の「ああいう風変わりなのが一人くらいいてもいいだろう」の一言で補欠合格。意志に反して俳優への道を歩みだす。
黒澤明との出会いとスター誕生
昭和22〜
『銀嶺の果て』でデビュー
谷口千吉監督作品に出演。脚本を務めた黒澤明に新鮮かつ強烈な個性を見出される。
— 『酔いどれ天使』で黒澤明監督の主演デビュー
やくざ・松永役でスターの座に押し上げられ、以後16作にも及ぶ黒澤明とのコンビが始まった。
東宝ニューフェイス同期の女優・吉峰幸子と結婚
同年、長男・史郎(のちの俳優・三船プロダクション社長)が誕生。
— 『羅生門』がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞
前年公開の『羅生門』(多襄丸役)が金獅子賞を受賞し、黒澤とともにミフネの名が世界に知れ渡った。
『七人の侍』に出演
侍に憧れる農民出身者・菊千代を演じ、英国アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
世界のミフネへ
昭和32〜
『蜘蛛巣城』に出演
武将・鷲津武時役で、本物の矢を至近距離から射られる撮影に臨むなど命がけの演技で知られた。
『隠し砦の三悪人』に出演
後年、熱狂的なファンだったジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』の着想源の一つに挙げた作品。
— 『用心棒』でヴェネツィア国際映画祭男優賞
同年、メキシコ映画『価値ある男』で初の海外作品に主演。以後、多くの海外映画に出演していく。
三船プロダクションを設立
斜陽を迎え始めた日本映画産業の再興を掲げ、自らのプロダクションを興した。翌年には『五十万人の遺産』で自ら主演・監督を務める。
— 『赤ひげ』でヴェネツィア国際映画祭男優賞を2度目受賞
この作品を最後に、黒澤明と仕事を共にすることはなくなった。不仲説も流れたが、黒澤の長男は「同志的関係だった」と否定している。
三船プロダクション時代と海外進出
昭和41〜
成城・調布に自社撮影所を建設
時代劇も撮影できるオープンセットを備え、五大映画会社並みの規模のプロダクションとなった。
『黒部の太陽』に主演
石原プロモーションとの合同制作作品。三船プロダクションの代表的な仕事の一つとなった。
テレビドラマ『大忠臣蔵』に出演
時代劇スターとしてテレビの大型時代劇にも主演した。
女優・喜多川美佳と交際、来日した米大統領の晩餐会に同伴
1970年代に入り夫婦関係が冷え込み別居。フォード大統領の歓迎晩餐会には喜多川美佳が同伴して出席した。
ハリウッド映画『ミッドウェイ』に出演
山本五十六役で出演し、海外の大作映画への出演を重ねていった。
— 米テレビドラマ『将軍 SHOGUN』に出演
米国で最も広く知られた出演作となり、「ミフネ=サムライ」のイメージを世界に決定づけた。
喜多川美佳との間に娘・三船美佳が誕生
娘には喜多川の芸名「美佳」をそのまま付けた。
紫綬褒章を受章
同年、UCLAより国際的映画俳優として社会に貢献したとして名誉学位にあたるUCLAメダルを授与された。
フランス政府より芸術文化勲章を授与
同年公開の『千利休 本覺坊遺文』で千利休を演じた。
晩年、そして死去
平成2〜
心筋梗塞で倒れる
これを機に喜多川美佳との関係は解消され、看病を望んだ妻・幸子のもとへ戻った。以後、幸子が体調のすぐれない三船を支えた。
勲三等瑞宝章を受章
生涯にわたり国内外で多くの栄誉を受けた。
『深い河』が最後の出演作に。妻・幸子が死去
晩年は軽度の認知症を発症していたとされる。同年9月、45年連れ添った幸子が膵臓がんで67歳で死去した。
東京都三鷹市の病院で死去
多臓器不全のため77歳で死去。その9カ月後には黒澤明も後を追うように世を去った。
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに殿堂入り
没後19年を経て星を獲得。日本関係では早川雪洲、マコ岩松、ゴジラに続く4番目の殿堂入りとなった。
Netflixアニメ『鬼武者』で宮本武蔵のキャラクターモデルに
カプコンの人気ゲームを初アニメ化した本作で、主人公・宮本武蔵のキャラクターモデルに起用された。三船プロダクションが制作に協力した。
ゲーム『鬼武者 Way of the Sword』が2026年9月4日発売
カプコンのシリーズ完全新作でも、若き剣豪・宮本武蔵のフェイスモデルとして起用された。遺族の三船プロダクションとの交渉を経て実現した。