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遠藤 航

えんどう わたる

遠藤 航

湘南ベルマーレから浦和、ドイツ、そしてプレミアリーグの名門リヴァプールへ。日本代表のキャプテンも務めた、デュエルを武器とする守備的ミッドフィールダー。

平成5年 神奈川生まれ ・ 1993–

所属リヴァプール ・ ポジションミッドフィールダー ・ 主要所属クラブ湘南ベルマーレ→浦和レッズ→リヴァプール

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近況
2026(令和8)

W杯本大会直前に負傷離脱、日本代表引退を表明

2025年12月上旬(12月6日のリーズ・ユナイテッド戦)に足首を負傷して離脱。2026年1月24日のボーンマス戦でセンターバックとして途中出場し実戦復帰を果たしたが、続く2月11日のサンダーランド戦(今シーズン初先発)で新たに左足首(左足リスフラン靭帯断裂)を負傷し、長期離脱となった。5月24日(現地時間、日本時間25日)のプレミアリーグ最終節ブレントフォード戦ではベンチ入りしたが出場はなく、その5月31日のキリンチャレンジカップ2026・アイスランド戦で先発出場し、これが2月の負傷以来約3か月半ぶりの実戦復帰となったが、試合中に同箇所へ違和感を覚え前半のみで交代した。6月3日開始のメキシコ・モンテレイでの代表合宿では一度もピッチ練習を行えず、8日にナッシュビル入り後は練習に参加、9日は個別トレーニング、10日にようやく部分合流を果たしたが練習後に左足首に異変が生じ、離脱は11日朝に森保一監督からチームに伝えられた。日本サッカー協会が離脱を発表し、その約1時間半後に本人がSNSで日本代表引退を表明した。2015年8月の初選出から通算73試合に出場し2023年からは主将を務めた代表キャリアは、この負傷離脱をもって幕を閉じ、キャプテンは板倉滉が引き継いだ。「怪我をしてからここまで、自分にできることは全てやってきたので何も後悔はありません」とコメントし、リヴァプールでの活動は継続している。

1993(平成5) 神奈川県横浜市に生まれる2010(平成22) 湘南ベルマーレで2種登録、トップチーム公式戦デビュー2011(平成23) 湘南ベルマーレのトップチームに正式昇格2012(平成24) 19歳でキャプテンに、J1昇格に貢献2013(平成25) 19歳で結婚2014(平成26) 浦和レッズからの誘いを一度断り、湘南残留を選択2015(平成27) 日本代表に初選出、A代表デビュー2015(平成27) 浦和レッズへ完全移籍2017(平成29) ACLで初の国際タイトルを獲得ACL優勝2018(平成30) ベルギーのシント=トロイデンVVへ完全移籍2019(令和1) ドイツのシュトゥットガルトへ期限付き移籍2020(令和2) シュトゥットガルトへ完全移籍2022(令和4) ブンデスリーガで2季連続デュエル王デュエル王2022(令和4) ワールドカップカタール大会でベスト16進出に貢献2023(令和5) 日本代表キャプテンに就任2023(令和5) プレミアリーグの名門リヴァプールへ完全移籍リヴァプール移籍2025(令和7) リヴァプールでプレミアリーグ制覇、日本人史上5人目2026(令和8) W杯本大会直前に負傷離脱、日本代表引退を表明平成令和
誕生 1993現在
神奈川県横浜市出身。幼い頃からサッカーに親しみ、中学時代は目立った戦績を残せなかったが、湘南ベルマーレユースの練習に参加した際に当時の監督・曺貴裁に見出されて加入した。19歳でキャプテンを任されるなど早くから中心選手として活躍する一方、19歳で結婚し、後に4人の子に恵まれた。浦和レッズではACLで初の国際タイトルを獲得。2018年からはベルギー・ドイツへと武者修行を重ね、ブンデスリーガでは2年連続でデュエル王に輝いた。2022年のワールドカップ・カタール大会でベスト16進出に貢献し、2023年には日本代表キャプテンに就任、同年プレミアリーグの名門リヴァプールへ完全移籍を果たした。2025年にはリヴァプールの一員として日本人史上5人目となるプレミアリーグ制覇を経験している。2026年6月には北中米ワールドカップ本大会を目前に負傷離脱し、日本代表からの引退を表明した。

歩み

横浜から湘南ベルマーレへ

平成5〜

平成
1993平成52月
満0歳

神奈川県横浜市に生まれる

横浜市立南戸塚小学校・南戸塚中学校で育ち、幼い頃からサッカーに親しんだ。中学時代は県大会でベスト8止まり、トレセンも横浜市選抜が精一杯と目立った戦績を残せなかったが、中学2年次に参加した湘南ベルマーレユースの練習で当時の監督・曺貴裁に見出され、中学3年次にオファーを受けた。神奈川県立金井高校への進学と同時にユースへ加入した。

2010平成223月
満17歳

湘南ベルマーレで2種登録、トップチーム公式戦デビュー

3月にトップチームに2種登録された。6月5日のヤマザキナビスコカップ・モンテディオ山形戦でトップチーム公式戦デビューを果たし、監督からは「ボールを動かせるし、身長は低いけどヘディングも強い」と評価された。8月にトップチーム昇格が発表され、9月18日のJ1第23節でリーグ戦初出場を果たした。

2011平成23
満18歳

湘南ベルマーレのトップチームに正式昇格

プロ選手としてトップチームでシーズンを迎える。

2012平成24
満19歳

19歳でキャプテンに、J1昇格に貢献

ディフェンダーながらPKキッカーも任され7得点を記録。攻守にわたる活躍でチームのJ1昇格を後押しした。

2013平成251月
満19歳

19歳で結婚

大学で出会った女性と結婚。後に4人の子を授かり、家庭を築きながらキャリアを歩んだ。

2014平成26
満21歳

浦和レッズからの誘いを一度断り、湘南残留を選択

チームの中心選手として、まだ湘南でやり残したことがあるという思いから残留を決めた。

浦和、そして海外への第一歩

平成27〜

2015平成278月
満22歳

日本代表に初選出、A代表デビュー

EAFF東アジアカップ2015のメンバーに初選出され、8月2日の北朝鮮戦でA代表初出場を果たした。

2015平成2712月
満22歳

浦和レッズへ完全移籍

12月23日に浦和レッズへの完全移籍が決定。前年に一度は同クラブの誘いを断っていたが、Jリーグの強豪へ活躍の場を移した。

2017平成29
満24歳優勝

— ACLで初の国際タイトルを獲得

AFCチャンピオンズリーグを制し、キャリア初の国際タイトルを手にした。この経験を糧に翌2018年にはロシアワールドカップの日本代表メンバーに選出され、同年夏には海外移籍を果たして欧州挑戦への一歩を踏み出した。

2018平成307月
満25歳

ベルギーのシント=トロイデンVVへ完全移籍

初めての海外挑戦。8月の欧州デビュー戦では即初ゴールを記録した。

令和 2019
2019令和18月
満26歳

ドイツのシュトゥットガルトへ期限付き移籍

より高いレベルでの経験を求めて移籍した。

ブンデスリーガでの飛躍

令和2〜

2020令和24月
満27歳

シュトゥットガルトへ完全移籍

翌月にはブンデスリーガ2部での初得点を記録(当時のシュトゥットガルトは2部在籍)。以降レギュラーに定着し、同シーズンの2年ぶり1部リーグ昇格に貢献した。

2022令和45月
満29歳記録

— ブンデスリーガで2季連続デュエル王

球際の強さを示す「デュエル」の数でリーグ1位となる記録を2年連続で達成し、同年出場が濃厚となっていたワールドカップ・カタール大会での活躍への期待を高めた。

2022令和412月
満29歳

ワールドカップカタール大会でベスト16進出に貢献

11月に日本代表メンバーに選出され、中盤の要として全試合に出場。12月1日のスペイン戦勝利でグループステージを首位突破し、ベスト16進出に貢献した。

日本代表キャプテン、そしてリヴァプールへ

令和5〜

2023令和56月
満30歳キャプテン

— 日本代表キャプテンに就任

前任の吉田麻也からキャプテンを引き継いだ。以後、2026年6月に負傷により代表を離れるまで、日本代表の主将としてチームを牽引した。主将就任は海外クラブでの評価や国内外での知名度をさらに押し上げる転機となった。

2023令和58月
満30歳移籍

— プレミアリーグの名門リヴァプールへ完全移籍

4年契約で加入し、背番号は「3」。移籍金は29億円超と報じられ、夢が叶ったと喜びを語った。日本人選手として世界最高峰クラブの一つに完全移籍する形となり、日本代表主将としての地位を国際的に裏付けるものとなった。

2025令和74月
満32歳優勝

— リヴァプールでプレミアリーグ制覇、日本人史上5人目

4月27日、トッテナム戦勝利でリヴァプールが4試合を残して5シーズンぶりのリーグ優勝を決定。稲本潤一・香川真司・岡崎慎司・南野拓実に次ぐ日本人史上5人目のプレミアリーグ制覇となった。優勝を決めた試合では終盤に右サイドバックとして出場し、リードを守り切る「クローザー」役を果たした。優勝後には出場時間が限られながらもファウル数など球際の統計値が際立っていたことが英メディアで話題となり、リヴァプールでの評価をさらに高める結果となった。

2026令和86月
満33歳近況

— W杯本大会直前に負傷離脱、日本代表引退を表明

2025年12月上旬(12月6日のリーズ・ユナイテッド戦)に足首を負傷して離脱。2026年1月24日のボーンマス戦でセンターバックとして途中出場し実戦復帰を果たしたが、続く2月11日のサンダーランド戦(今シーズン初先発)で新たに左足首(左足リスフラン靭帯断裂)を負傷し、長期離脱となった。5月24日(現地時間、日本時間25日)のプレミアリーグ最終節ブレントフォード戦ではベンチ入りしたが出場はなく、その5月31日のキリンチャレンジカップ2026・アイスランド戦で先発出場し、これが2月の負傷以来約3か月半ぶりの実戦復帰となったが、試合中に同箇所へ違和感を覚え前半のみで交代した。6月3日開始のメキシコ・モンテレイでの代表合宿では一度もピッチ練習を行えず、8日にナッシュビル入り後は練習に参加、9日は個別トレーニング、10日にようやく部分合流を果たしたが練習後に左足首に異変が生じ、離脱は11日朝に森保一監督からチームに伝えられた。日本サッカー協会が離脱を発表し、その約1時間半後に本人がSNSで日本代表引退を表明した。2015年8月の初選出から通算73試合に出場し2023年からは主将を務めた代表キャリアは、この負傷離脱をもって幕を閉じ、キャプテンは板倉滉が引き継いだ。「怪我をしてからここまで、自分にできることは全てやってきたので何も後悔はありません」とコメントし、リヴァプールでの活動は継続している。

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