★ STAR TIMELINE

大坂 なおみ

おおさか なおみ

大坂 なおみ

大阪で生まれ幼くして渡米し、日本人史上初のグランドスラム制覇と世界ランキング1位に輝いたプロテニス選手。人種差別への抗議やメンタルヘルスを巡る発言でもコートの外に大きな影響を与え続けている。

平成9年 大阪府大阪市生まれ ・ 1997–

身長180cm ・ 利き手右(バックハンドは両手打ち) ・ 自己最高ランキング1位(2019年1月28日) ・ 所属フリー

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最新
2026(令和8)

コート内外で第一線への復帰を目指し転戦を続ける

8月1日のムバダラDCオープン準決勝ではアレクサンドラ・イアラ(フィリピン)にストレートで敗れた一方、ウィンブルドンでの躍進を経て世界ランキングも上昇傾向にある。東京・有明で10月24日に開催される東レ パン パシフィック オープン2026への出場を表明しており、4年ぶりとなる古巣での凱旋出場が予定されている。

1997(平成9) 大阪府大阪市中央区に生まれる2001(平成13) 家族でアメリカ合衆国へ移住2006(平成18) フロリダ州ペンブロークパインズへ移住2011(平成23) ITFサーキットでプロデビュー2013(平成25) プロに転向2014(平成26) バンク・オブ・ウェスト・クラシックでストーサーを撃破初の大金星2016(平成28) 全豪オープンでグランドスラム初出場2017(平成29) サーシャ・バインをコーチに迎える2018(平成30) BNPパリバ・オープンでツアー初優勝2018(平成30) 全米オープンで日本人史上初のグランドスラム制覇全米初制覇2019(令和1) 全豪オープン初優勝、アジア人史上初の世界ランキング1位に世界一位2019(令和1) 地元・東レパンパシフィックオープンで優勝2020(令和2) 黒人銃撃事件に抗議、マスクに犠牲者名を記して全米2度目の優勝BLM抗議2021(令和3) 全豪オープン2度目の優勝2021(令和3) 心の健康への配慮を欠くと訴え、全仏オープンを途中棄権2021(令和3) 東京オリンピック開会式で聖火の最終点火者に聖火点灯2021(令和3) 全米オープン3回戦で敗退、無期限の休養を表明2021(令和3) スキンケアブランド「KINLÒ」を立ち上げ2022(令和4) 不調と故障が相次ぎ、5年ぶりに無冠のシーズンに2023(令和5) 第1子妊娠を発表2023(令和5) 長女シャイが誕生2024(令和6) 産後復帰、ブリスベン国際で復帰戦2025(令和7) 産後初優勝、自身初のクレーコートでの優勝も達成2026(令和8) ウィンブルドンで世界1位サバレンカを撃破、自身初のベスト8へ初のベスト82026(令和8) 準々決勝でムチョバに敗れる2026(令和8) コート内外で第一線への復帰を目指し転戦を続ける平成令和
誕生 1997現在
大阪府で生まれ、3歳からテニスを始めた。幼くして家族で渡米し、フロリダの公共コートで父の指導を受けながら腕を磨く日々を送った。ハイチ系米国人の父と日本人の母を持つルーツを背負いながら、2018年全米オープンでは憧れの存在だったセリーナ・ウィリアムズを破り、日本人史上初のグランドスラムシングルス制覇を果たす。翌2019年には世界ランキング1位に上り詰めた。栄光の一方で人種差別への抗議やメンタルヘルスを巡る発言でもコートの外に大きな声を届け、出産を経た今も第一線への復帰を目指しコートに立ち続けている。

歩み

生い立ちと渡米

平成9〜

平成
1997平成910月16日
満0歳

大阪府大阪市中央区に生まれる

ハイチ共和国出身の父と日本人の母の次女として誕生。3歳の頃、ウィリアムズ姉妹に憧れた父と姉・大坂まりの影響でテニスを始め、テニス経験のない父の独自の指導のもと、近所の靱テニスセンターなどで練習に打ち込んだ。

2001平成13
満3歳

家族でアメリカ合衆国へ移住

父方の祖父母がいるニューヨーク州ロングアイランドのエルモントに移り住む。育った環境から日本語はほとんど話せず、英語を主に使って育った。

2006平成18
満8歳

フロリダ州ペンブロークパインズへ移住

家族でフロリダ州ペンブロークパインズへ移り、姉とともに公共のテニスコートで父の指導を受けながら腕を磨いた。

2011平成2310月
満14歳

ITFサーキットでプロデビュー

プロツアー出場資格が得られる14歳になり、ジャマイカのモンテゴ・ベイ大会でデビュー。ジュニア大会には目を向けず、より厳しい環境を求めてツアー下部大会での経験を積む道を選んだ。同時期、全米テニス協会がほとんど関心を示さなかったことから、父の判断でテニス選手としての国籍に日本を選択した。

2013平成259月
満15歳

プロに転向

同年6月のITFエルパソ大会で準優勝するなど力をつけ、9月に正式にプロ転向した。

下積みから全米初制覇へ

平成26〜

2014平成267月
満16歳

バンク・オブ・ウェスト・クラシックでストーサーを撃破

6月に飛び級で高校を卒業し、テニスに専念する環境を整えたばかりだった。予選を初めて突破して本戦出場を果たすと、1回戦で2011年全米オープン女王のサマンサ・ストーサーを破り、無名の16歳が一躍脚光を浴びた。

2016平成281月
満18歳

全豪オープンでグランドスラム初出場

予選を突破して本戦初出場を果たし、2回戦で第18シードを破る勝利も収めた。この年、世界ランキングでトップ50入りを果たす。

2017平成2912月
満20歳

サーシャ・バインをコーチに迎える

セリーナ・ウィリアムズらトップ選手を長年支えてきたヒッティングコーチと契約。この師弟関係が翌年からの飛躍を後押しすることになる。

2018平成303月18日
満20歳

BNPパリバ・オープンでツアー初優勝

インディアンウェルズで行われたプレミア・マンダトリー大会でキャリア初のツアータイトルを獲得し、世界的な強豪への仲間入りを印象づけた。

2018平成309月8日
満20歳日本人初制覇

— 全米オープンで日本人史上初のグランドスラム制覇

決勝で憧れの存在だったセリーナ・ウィリアムズを6-2、6-4のストレートで破り優勝。第20シードの20歳が日本人史上初のグランドスラムシングルス制覇という歴史的快挙を成し遂げた。この優勝で世界ランキングは一気にトップ10入りを果たした。試合中の審判とセリーナの間のトラブルを発端に会場はブーイングに包まれ、表彰式ではセリーナが観客に静粛を呼びかける一幕もあったが、大坂は涙をこらえながら「こんな終わり方になってごめんなさい」と謝罪し、セリーナへの感謝と敬意を語った。

本人コートに立ったら、私は別人。セリーナのファンでなくなって、テニス選手になる。 出典

世界女王、そしてコート外の発信

令和1〜

令和 2019
2019令和11月26日
満21歳世界一位

— 全豪オープン初優勝、アジア人史上初の世界ランキング1位に

決勝でペトラ・クビトバを破り、グランドスラム初優勝からの連続優勝という18年ぶりの快挙を達成。1月28日付のランキングで男女を通じてアジア人史上初の世界ランキング1位に到達し、名実ともに世界の頂点に立った。

2019令和19月22日
満21歳

地元・東レパンパシフィックオープンで優勝

生まれ故郷の大阪を含む日本国内での開催大会で、3度目の出場にして初優勝を飾った。

2020令和28月〜9月
満22歳BLM抗議

黒人銃撃事件に抗議、マスクに犠牲者名を記して全米2度目の優勝

ウィスコンシン州での黒人銃撃事件に抗議する意を込め、ウエスタン・アンド・サザン・オープン準決勝の棄権を一時表明(大会側が日程を延期したため撤回)。続く全米オープンでは、勝ち進む7試合ごとに異なる犠牲者の名前を記したマスクを着用し続けて社会的議論を喚起しながら、2年ぶり2度目の優勝を果たした。アスリートの社会的発言のあり方に一石を投じた出来事として大きな注目を集めた。

2021令和32月20日
満23歳

全豪オープン2度目の優勝

決勝でジェニファー・ブレイディをストレートで下し、四大大会通算4勝目を挙げた。

2021令和35月31日
満23歳メンタルヘルス

心の健康への配慮を欠くと訴え、全仏オープンを途中棄権

5月27日、全仏オープン開幕直前に試合後の記者会見へ一切出席しないことをSNSで表明。5月30日には1回戦を勝利しながらも会見を拒否し罰金15,000ドルを科されたのち、5月31日に大会からの棄権を正式に表明した。アスリートのメンタルヘルスを巡る世界的な議論のきっかけとなった転機であり、他競技のトップ選手からも支持や理解の声が寄せられた。

2021令和37月23日
満23歳

東京オリンピック開会式で聖火の最終点火者に

聖火リレーの最終走者として聖火台に点火し、大会を象徴する存在となった。テニス競技本番では女子シングルス3回戦で敗退した。

2021令和39月3日
満23歳メンタルヘルス

全米オープン3回戦で敗退、無期限の休養を表明

レイラ・フェルナンデスに3回戦で敗れた直後、次に大会に出場する時期は分からないとして無期限の休養に入ることを表明した。

2021令和39月7日
満23歳

スキンケアブランド「KINLÒ」を立ち上げ

自身がCEOを務め、メラニン色素の濃い肌に向けた製品を展開するブランドとしてオンライン発売を開始した。

離脱、出産、そして復帰へ

令和4〜

2022令和4
満24歳

不調と故障が相次ぎ、5年ぶりに無冠のシーズンに

前年に続く全豪オープン連覇はならず、3回戦で敗退。その後も各地の負傷が続発し、世界ランキングは42位まで後退。2017年以来5年ぶりに、年間を通じて優勝のないシーズンとなった。

2023令和51月11日
満25歳私生活

第1子妊娠を発表

自身のSNSで妊娠を公表し、2024年1月の復帰を目標に掲げた。

2023令和57月
満25歳私生活

長女シャイが誕生

パートナーのラッパー、コーデーとの間に第1子となる長女が誕生。約1年間ツアーを離脱したため、世界ランキングは一度消滅した。

2024令和61月
満26歳

産後復帰、ブリスベン国際で復帰戦

宣言通り2024年年始に復帰。8月には世界ランキングでトップ100に復帰するなど、着実に調子を取り戻していった。

2025令和75月
満27歳

産後初優勝、自身初のクレーコートでの優勝も達成

WTA125シリーズの大会で決勝までストレートで勝ち進み優勝。出産後初めての優勝であるとともに、キャリア初となるクレーコートでのタイトルでもあった。

2026令和87月5日
満28歳ベスト8

— ウィンブルドンで世界1位サバレンカを撃破、自身初のベスト8へ

女子シングルス4回戦で第1シード・世界ランキング1位のアリーナ・サバレンカに6-2、7-6のストレートで勝利。世界ランク1位選手から6年9か月ぶりに金星を挙げ、自身初のウィンブルドン準々決勝進出を果たした。出産・休養を経ての本格復調を強く印象づけた一戦となった。

本人母がたくさん料理を作ってくれる。母の料理が私にパワーを与えてくれていると感じている。日本の料理をたくさん作ってくれる。 出典

2026令和87月7日
満28歳

準々決勝でムチョバに敗れる

第10シードのカロリナ・ムチョバに6-7、4-6で敗れ、1996年の伊達公子以来となる日本女子の4強進出はならなかった。

2026令和88月
満28歳近況

コート内外で第一線への復帰を目指し転戦を続ける

8月1日のムバダラDCオープン準決勝ではアレクサンドラ・イアラ(フィリピン)にストレートで敗れた一方、ウィンブルドンでの躍進を経て世界ランキングも上昇傾向にある。東京・有明で10月24日に開催される東レ パン パシフィック オープン2026への出場を表明しており、4年ぶりとなる古巣での凱旋出場が予定されている。

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