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大坂 なおみ

おおさか なおみ

大坂 なおみ

日本人で初めて四大大会のシングルスを制し、アジアの選手で初めて世界1位に立った。出産を経て、2026年はウィンブルドンで初の8強に進んだ。

平成9年生まれ ・ 大阪府大阪市出身 ・ 1997– ・ 満29歳

身長180cm / 利き手右(バックハンドは両手打ち) / 自己最高ランキング1位(2019年1月28日) / 所属フリー / コーチトマス・ヴィクトロフスキ

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2026(令和8)満29歳

全米オープンは4回戦で敗れ、4年ぶりの東レPPOは2回戦敗退

全米オープンは4回戦でエレナ・ルバキナに敗れた。10月には2022年以来4年ぶりに東レ パン・パシフィック・オープンへ出場し、母の出身地の北海道に着想した鶴の模様の衣装で臨んだ1回戦で、ジャスミン・パオリーニを6-3、7-6で破る。2回戦では18歳のミア・ポハンコバに3-6、5-7で敗れ、8強入りはならなかった。

1997(平成9) 大阪市に生まれる2001(平成13) 家族でアメリカへ移住2006(平成18) フロリダへ移り公共コートで練習2011(平成23) 14歳でITFサーキットにデビュー2013(平成25) プロに転向2014(平成26) ツアー本戦の初戦で全米女王ストーサーを破るツアー本戦初勝利2016(平成28) 四大大会に初出場、東レで初のツアー決勝2017(平成29) 全米オープンで前回女王ケルバーを破り、12月にサーシャ・バインをコーチに迎える2018(平成30) BNPパリバ・オープンでツアー初優勝2018(平成30) 全米オープンで日本人初の四大大会制覇全米制覇2019(令和元) 全豪オープンを制し、アジア初の世界1位に世界1位2019(令和元) 父がコーチに戻り、東レとチャイナ・オープンで続けて優勝2019(令和元) 日本国籍を選択2020(令和2) 人種差別に抗議し、マスクを着けて全米オープンを制す2021(令和3) 全豪オープン2度目の優勝2021(令和3) 心の健康を訴え、全仏オープンを棄権全仏棄権2021(令和3) 東京五輪の開会式で聖火台に点火2021(令和3) 全米オープン3回戦で敗れ、休養を表明2022(令和4) マイアミ・オープンで準優勝2023(令和5) 第1子の妊娠を発表2023(令和5) 長女が誕生出産2024(令和6) ブリスベン国際でツアーに復帰2025(令和7) 下部大会で出産後初の優勝2025(令和7) カナダのナショナルバンク・オープンで準優勝2025(令和7) 全米オープンで出産後初の4強2026(令和8) 全仏で初の4回戦、芝で初の決勝2026(令和8) ウィンブルドンで世界1位サバレンカを破り初の8強ウィンブルドン8強2026(令和8) 全米オープンは4回戦で敗れ、4年ぶりの東レPPOは2回戦敗退平成令和
誕生 1997現在
大阪市に生まれ、ウィリアムズ姉妹を見た父と姉の影響で3歳からテニスを始めた。2001年に家族でアメリカへ移り、テニス経験のない父の指導を受けて育つ。2018年の全米オープン決勝で、子どもの頃から憧れていたセリーナ・ウィリアムズを破り、日本人として初めて四大大会のシングルスを制した。翌年1月には全豪オープンも制し、男女を通じてアジアの選手で初めて世界ランキング1位に就く。2021年の全仏オープンでは、記者会見の場で選手の心の健康が無視されていると訴えて大会を棄権し、うつ状態に長く悩んできたことを明かした。2023年に長女を出産して翌年ツアーに戻り、2026年はウィンブルドンで世界1位のサバレンカを破って初めて準々決勝に進んだ。

同世代2018年、同い年の西畑 大吾は、7人組「なにわ男子」のメンバーに →

歩み

大阪からフロリダの公共コートへ

平成9〜

平成
1997平成910月16日
満0歳

大阪市に生まれる

ハイチ出身の父と、北海道根室市出身の母のもとに生まれる。名字の「大坂」は母方の姓。ウィリアムズ姉妹を見た父と、姉・大坂まりの影響で3歳からテニスを始め、テニス経験のない父の教えを受けながら、近所の靱テニスセンターなどで練習した。

2001平成13
満3歳

家族でアメリカへ移住

父方の祖父母がいるニューヨーク州ロングアイランドのエルモントに住む。母が日系企業に勤めて家計を支え、姉妹は全米オープンの会場でもあるナショナル・テニス・センターなどで、毎日6時間近く練習した。

2006平成18
満8歳

フロリダへ移り公共コートで練習

家族でフロリダ州に移り、ペンブロークパインズの公共コートで昼間に練習し、夜は自宅で学んだ。2008年にはヨネックスとスポンサー契約を結んでいる。

2011平成2310月
満14歳デビュー

14歳でITFサーキットにデビュー

プロツアーに出られる14歳になり、ITFサーキットのモンテゴ・ベイ大会でデビューした。以降は厳しい環境を求めてジュニアの大会には出ず、ツアーの下部大会を回る。同じ時期、全米テニス協会が関心をほとんど示さなかったため、父がテニス選手としての国籍に日本を選んだ。

2013平成259月
満15歳

プロに転向

6月にITFサーキットのエルパソ大会で準優勝し、9月にプロへ転向した。同じ月に東レ パン・パシフィック・オープンの予選に出て初戦で敗れたが、日本の代表コーチは「すごい才能」と日本テニス協会に報告している。

16歳の金星、そして全米の頂点

平成26〜

2014平成267月
満16歳金星

ツアー本戦の初戦で全米女王ストーサーを破る

6月に飛び級で高校を卒業。7月、世界ランキング406位でスタンフォードのバンク・オブ・ウェスト・クラシックの予選を勝ち抜き、初めてツアー大会の本戦に入った。その初戦で、2011年の全米オープン女王で当時世界19位のサマンサ・ストーサーを4-6、7-6、7-5で破る。ストーサーは第2セットでマッチポイントを握っていた。

本人観客が、人気も知名度もあるサム(ストーサー)を応援することは分かっていた。だから私は、ファンがビックリして私を応援したくなるような何かをしようと思っていたの 出典

2016平成28
満18歳

四大大会に初出場、東レで初のツアー決勝

1月の全豪オープンで予選を突破して四大大会に初めて出場し、2回戦で第18シードのエリナ・スビトリナを破って3回戦へ進んだ。9月の東レ パン・パシフィック・オープンではツアー大会で初めて決勝に進み、キャロライン・ウォズニアッキに敗れて準優勝。この年、日本勢で初めてWTAアワードの最優秀新人賞を受け、11月には日清食品ホールディングスと所属契約を結んだ。

2017平成2912月
満20歳

全米オープンで前回女王ケルバーを破り、12月にサーシャ・バインをコーチに迎える

全米オープンの初戦で前回女王のアンゲリク・ケルバーを破り、トップ10の選手から初めて白星を挙げた。12月、セリーナ・ウィリアムズらのヒッティング・コーチを務めてきたサーシャ・バインがコーチに就く。

2018平成303月
満20歳初優勝

BNPパリバ・オープンでツアー初優勝

インディアンウェルズで開かれる四大大会に次ぐ格付けの同大会で、初戦で元世界1位のマリア・シャラポワを、準決勝で当時世界1位のシモナ・ハレプを破り、決勝でダリア・カサトキナを6-3、6-2で下した。ツアー大会での初優勝で、この格付けの大会のシングルスを日本女子が制したのは初めて。世界ランキングは44位から22位に上がった。

2018平成309月8日
満20歳日本人初

全米オープンで日本人初の四大大会制覇

第20シードで出場し、準決勝でマディソン・キーズを破って、日本の女子で初めて四大大会の決勝に進む。決勝では子どもの頃から憧れていたセリーナ・ウィリアムズを6-2、6-4で下した。試合中にセリーナが主審に抗議してゲーム・ペナルティーを受け、表彰式は観客のブーイングに包まれ、大坂は「こんな終わり方になってごめんなさい」と話した。優勝の直後に世界ランキング7位となって初めてトップ10に入り、10月には4位まで上がった。

本人でも、コートに立ったら、私は別人。セリーナのファンでなくなって、テニス選手になる。 出典

世界1位と、コートの外での発言

令和元〜

令和 2019
2019令和元1月
満21歳世界1位

全豪オープンを制し、アジア初の世界1位に

決勝までに3つのフルセットを勝ち抜き、決勝でも2時間を超える試合でペトラ・クビトバを7-6、5-7、6-4で破った。全米に続いて四大大会を2大会続けて制し、初優勝の次の四大大会でも勝ったのはジェニファー・カプリアティ以来18年ぶりだった。この優勝で1月28日付の世界ランキング1位となり、男女を通じてアジアの選手で初めて世界の頂点に立った。

2019令和元9月〜10月
満21歳

父がコーチに戻り、東レとチャイナ・オープンで続けて優勝

2月にバインとのコーチ関係を解消した。9月に父のレオナルド・フランソワが代理のコーチに就くと、生まれ故郷の大阪で開かれた東レ パン・パシフィック・オープンで初優勝し、続くチャイナ・オープンでも決勝で世界1位のアシュリー・バーティを破って優勝した。日本人選手の2大会連続優勝は史上初だった。

本人父は私が幼い頃から見てくれていたし、私のテニスを1番よく知っている。原点に戻るという意味。 出典

2019令和元10月10日
満21歳

日本国籍を選択

日米の二重国籍だったが、22歳の誕生日を前に日本国籍を選んで手続きをしたことを、10月10日に明らかにした。テニス選手としての国籍は、2011年から日本だった。

2020令和28月〜9月
満22歳抗議

人種差別に抗議し、マスクを着けて全米オープンを制す

8月、前哨戦のウエスタン・アンド・サザン・オープンで、ウィスコンシン州で黒人男性が銃撃された事件に抗議して準決勝の出場辞退をいったん表明し、大会が1日延期されたため撤回した。続く全米オープンでは、人種差別や警察の暴力の犠牲になった人の名前を入れたマスクを7枚用意し、毎試合着けて入場する。7試合目の決勝でビクトリア・アザレンカに逆転勝ちし、四大大会3度目の優勝を果たした。マスクの行動には広く称賛が集まった。

2021令和32月20日
満23歳

全豪オープン2度目の優勝

第3シードで出場し、4回戦でガルビネ・ムグルサに2度のマッチポイントを握られながら勝ち、準決勝では憧れのセリーナ・ウィリアムズをストレートで破った。決勝はジェニファー・ブレイディを6-4、6-3で下して2年ぶり2度目の優勝。四大大会の決勝は4度とも勝ち、初進出から4連勝は女子では1991年のモニカ・セレシュ以来だった。

2021令和35月31日
満23歳メンタルヘルス

心の健康を訴え、全仏オープンを棄権

開幕前の27日、記者会見の場で選手の心の健康が無視されていると訴え、大会中の会見に応じないとツイッターで表明した。1回戦に勝った後も会見に出ず、主催者は1万5000ドルの罰金を科し、四大大会の主催者が合同で出場停止もありうると警告した。31日に棄権を表明し、2018年の全米オープン以降、長い間うつ状態に悩まされてきたことを明かす。NBAのステフィン・カリーら、テニス以外の選手からも応援が寄せられた。続くウィンブルドンも欠場した。

2021令和37月23日
満23歳聖火

東京五輪の開会式で聖火台に点火

事前に公表されていなかった聖火リレーの最終走者を務め、東日本大震災で被災した宮城・岩手・福島の子どもたちから聖火を託されて、国立競技場の聖火台に火をともした。ツイッターには「最高の成果で栄誉」と投稿している。テニス競技では女子シングルス3回戦でマルケタ・ボンドロウソバに敗れた。

2021令和39月3日
満23歳休養

全米オープン3回戦で敗れ、休養を表明

前回女王として臨み、3回戦で18歳のレイラ・フェルナンデスにフルセットで敗れた。試合後の会見では涙を拭いながら、次の試合がいつになるか分からないと話し、しばらくプレーから離れる考えを明かした。

本人最近は勝ってもうれしくない。安心したような気分になる 出典

出典afpbb.com

出産を経て、全米4強とウィンブルドン8強

令和4〜

2022令和43月〜4月
満24歳

マイアミ・オープンで準優勝

3月のBNPパリバ・オープンでは観客から暴言のやじを受け、試合中に涙を流した。セラピストの助けを借りて臨んだ続くマイアミ・オープンでは、準決勝で東京五輪女王のベリンダ・ベンチッチを破り、決勝でイガ・シフィオンテクに敗れて準優勝。5月に右足首を痛めてからは故障が続き、5年ぶりに優勝の無いシーズンになった。

本人人は私に『戻ってきたね』と言うけれど、実のところ離れていたとは思っていない。ずっとこんな選手だった 出典

2023令和51月11日
満25歳私生活

第1子の妊娠を発表

16日開幕の全豪オープンの欠場を発表した後、インスタグラムとツイッターで妊娠を公表した。前年9月の東レ パン・パシフィック・オープンを最後に試合から離れており、2024年1月の全豪オープンには出場する考えを示した。

本人将来たくさん楽しみなことがあって、その1つは自分の子供が私の試合を見て『あれが私のママだよ』と誰かに言うこと 出典

2023令和57月
満25歳出産

長女が誕生

第1子となる長女を出産し、WTAが発表した。父親は恋人のラップ歌手、コーデー。丸1年試合から離れたため、世界ランキングは消滅した。

2024令和6
満26歳復帰

ブリスベン国際でツアーに復帰

年明けのブリスベン国際で約1年3か月ぶりにツアーへ戻った。カタール・オープンで8強に入り、全仏オープンでは2回戦で世界1位のシフィオンテクにマッチポイントを握りながら敗れる。8月に世界ランキングのトップ100へ戻ったが、背中の故障でシーズンを早めに終えた。

2025令和7
満27歳

下部大会で出産後初の優勝

全豪オープンは腹部の痛みで3回戦を棄権した。その後、下部のWTA125の大会、サンマロ・オープンに出場して優勝。出産後初めてのタイトルで、クレーコートの大会で勝ったのも初めてだった。

2025令和78月
満27歳

カナダのナショナルバンク・オープンで準優勝

シフィオンテクを指導していたトマス・ヴィクトロフスキにコーチを替えて臨み、WTA1000の大会では2022年のマイアミ・オープン以来となる決勝に進んだ。決勝は第1セットを取りながら、18歳のビクトリア・ムボコに6-2、4-6、1-6で逆転負けした。

2025令和79月4日
満27歳4強

全米オープンで出産後初の4強

復帰後の四大大会は3回戦が最高だったが、第23シードで臨んだこの大会では、4回戦で第3シードのココ・ガウフ、準々決勝で第11シードのカロリナ・ムホバを破って4強に入った。準決勝は第1セットを取りながら、アマンダ・アニシモバに7-6、6-7、3-6で逆転負けし、5年ぶりの決勝進出はならなかった。秋は腹部のけがでシーズンを終えた。

本人確実に自信になったし、思っていた以上に勝ち上がれた。もっと練習してうまくなりたい 出典

2026令和86月
満28歳

全仏で初の4回戦、芝で初の決勝

全仏オープンで初めて4回戦に進み、世界1位のアリーナ・サバレンカにストレートで敗れた。続くバート・ホンブルクの大会では、芝コートで初めてツアーの決勝に進む。ムホバに1セットを先行された時点で棄権し、準優勝となった。

2026令和87月
満28歳初の8強

ウィンブルドンで世界1位サバレンカを破り初の8強

第14シードで臨み、4回戦で今季3戦3敗だった第1シードのサバレンカに6-2、7-6で勝って、初めて準々決勝に進んだ。日本の女子で大会8強は伊達公子、杉山愛に続き3人目。準々決勝では、バート・ホンブルクの決勝で途中棄権した相手のムホバにストレートで敗れ、4強には届かなかった。7月27日付の世界ランキングは日本勢トップの13位になった。

本人これほどプレーを楽しめたのは久しぶり。それをウィンブルドンで味わえたのは特別な意味がある 出典

2026令和810月29日
満29歳最新

全米オープンは4回戦で敗れ、4年ぶりの東レPPOは2回戦敗退

全米オープンは4回戦でエレナ・ルバキナに敗れた。10月には2022年以来4年ぶりに東レ パン・パシフィック・オープンへ出場し、母の出身地の北海道に着想した鶴の模様の衣装で臨んだ1回戦で、ジャスミン・パオリーニを6-3、7-6で破る。2回戦では18歳のミア・ポハンコバに3-6、5-7で敗れ、8強入りはならなかった。

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