静岡での原点、常葉橘での甲子園
平成7〜
静岡県静岡市葵区に生まれる
5人兄弟(4男1女)の次男として生まれる。兄の影響でソフトボールを始め、小学3年時に「西奈少年野球スポーツ少年団」に入団して野球を始めた。
常葉橘中学校時代、全国大会でチームを優勝に導く
右翼手兼投手として、中学3年夏の第32回全国中学校軟式野球大会でチームを優勝に導いた。
常葉学園橘高校2年で甲子園のマウンドに立つ
1年夏からベンチ入りし、2年夏の全国高等学校野球選手権大会に出場。背番号10で福井工業大学福井戦に2番手で登板し、4回と3分の1を無失点に抑えた。
高校3年でプロ志望届を提出するも、ドラフトでどの球団からも指名されず
日本学生野球協会へプロ志望届を提出したが、ドラフト会議で指名を受けられなかった。その後、亜細亜大学へ進学することを決める。
亜細亜大学からのプロ入り、期待の新人左腕
平成27〜
亜細亜大学でリーグ優勝、全日本選手権でベスト8
1年秋からリーグ戦に登板し、3年春には亜細亜大学のリーグ優勝に貢献して全日本大学野球選手権大会でベスト8に進出。大学通算では31試合に登板し5勝7敗、防御率3.57だった。
— ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け入団
2017年のドラフト会議で阪神から2位指名を受け、大学経由でのプロ入りを果たした。高校3年時に一度は逃したプロへの道を、亜細亜大学での実績を経てつかみ取った形だった。
— 甲子園での対広島戦でプロ初登板・初先発・初勝利
7回84球、打者22人に対し2安打無四球5奪三振無失点に抑え、プロ初登板初先発でいきなり初勝利を挙げた。「セ界新人一番星」と評される鮮烈なデビューとなった。
規定投球回に届かないながらも125奪三振を記録する活躍
先発として登板を重ね、規定投球回には届かなかったものの125奪三振を記録し、将来のエース候補として評価を高めた。
度重なる手術、長い闘病生活
令和2〜
左肘のクリーニング手術を受ける
2021年は脇腹・手指の違和感が深刻化し、大阪市内の病院で左肘のクリーニング手術を受けて退院した。
左肘内側側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受け、今季絶望に
クリーニング手術後も左肘の状態が改善せず、トミー・ジョン手術を受けることになり、今季中の実戦復帰は絶望的となった。復帰までには通常1年以上を要するとされる。
— 投手として前例のない左尺骨短縮術と左肩関節鏡視下クリーニング術を受ける
トミー・ジョン手術からの回復途上で今度は左肩に異常を来し、手首の軟骨組織(TFCC)損傷による痛みを解消するため前腕の尺骨を数ミリ切除して金属プレートで固定する「左尺骨短縮術」と、左肩関節鏡視下クリーニング術をあわせて受けた。投手としては前例のない手術だった。
育成選手契約を結ぶ
2年連続で一軍登板がないまま支配下登録(一軍・二軍あわせて70人まで登録される正式契約)を外れ、育成選手契約を結んだ。背番号は29から129に変わった。
結婚を発表
静岡県出身で同い年の一般女性と結婚したことを球団を通じて発表。実際には前年の2022年に婚姻届を提出しており、2023年2月には長女が誕生していた。「支えてくれる家族やファンのみなさまに喜んでもらえるシーズンにしたい」とコメントした。
支配下復帰、そして球団史に残る大復活
令和6〜
支配下選手登録される
育成契約からリハビリを重ね、支配下選手として再登録された。背番号も129から元の29に戻った。
— 1009日ぶりの一軍公式戦登板で1025日ぶりの勝利
対広島戦に一軍公式戦で1009日ぶりに先発登板し、5回無失点の内容で1025日ぶりの勝利を挙げた。長い闘病生活を乗り越えての復帰となった。
尺骨短縮術後の骨内異物除去術を受け、2025年開幕に間に合わず
先の左尺骨短縮術で入れたプレート等の異物を除去する手術を受けたことで、2025年シーズンの開幕には間に合わなかった。
一軍復帰登板を果たす
対中日戦で一軍復帰登板を果たし、6回81球を投げて被安打4、奪三振2、与四球2、2失点(自責点1)の内容だった。ファームでの調整登板を経ての復帰だった。
プロ入り9年目で初めて開幕ローテーション入り
オープン戦から好調を維持し、プロ入り9年目にして初めて開幕投手陣の一角に入った。3月28日の巨人戦では開幕2戦目の先発で完封勝利を挙げた。
— 3試合連続完封で球団に1966年のバッキー以来60年ぶりの快挙
バンテリンドーム ナゴヤでの中日戦で完封勝利を挙げ、3試合連続完封は球団では1966年のバッキー以来60年ぶり。5月までの4完封は1969年の若生智男以来57年ぶりとなった。自己最長となる32イニング連続無失点も記録し、防御率0.21という驚異の数字を残した。
オールスターファン投票で2位につけるなど、リーグ屈指の投手として活躍を継続
7月時点でオールスターゲームのファン投票2位につけるなど、開幕ローテ入りから一貫してリーグトップクラスの投球を継続。度重なる手術を乗り越えた不死鳥の左腕として、球界を代表する投手の一人に数えられるようになった。