★ STAR TIMELINE

たかはし はると

髙橋 遥人

静岡の高校球児から亜細亜大学を経て阪神に入団し、新人時代から期待された左腕は、トミー・ジョン手術や前例のない尺骨短縮術など度重なる大手術を乗り越え、プロ9年目に球団60年ぶりの3戦連続完封という不死鳥の復活劇を演じた。

平成7年 静岡生まれ ・ 1995–

所属阪神タイガース ・ 投打左投左打 ・ 背番号29 ・ 学歴常葉学園橘高校→亜細亜大学

最新
2026(令和8)

オールスターファン投票で2位につけるなど、リーグ屈指の投手として活躍を継続

7月時点でオールスターゲームのファン投票2位につけるなど、開幕ローテ入りから一貫してリーグトップクラスの投球を継続。度重なる手術を乗り越えた不死鳥の左腕として、球界を代表する投手の一人に数えられるようになった。

1995(平成7) 静岡県静岡市葵区に生まれる2010(平成22) 常葉橘中学校時代、全国大会でチームを優勝に導く2012(平成24) 常葉学園橘高校2年で甲子園のマウンドに立つ甲子園初出場2014(平成26) 高校3年でプロ志望届を提出するも、ドラフトでどの球団からも指名されず2017(平成29) 亜細亜大学でリーグ優勝、全日本選手権でベスト82017(平成29) ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け入団阪神入団2018(平成30) 甲子園での対広島戦でプロ初登板・初先発・初勝利プロ初勝利2019(令和1) 規定投球回に届かないながらも125奪三振を記録する活躍2021(令和3) 左肘のクリーニング手術を受ける2022(令和4) 左肘内側側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受け、今季絶望にTJ手術2023(令和5) 投手として前例のない左尺骨短縮術と左肩関節鏡視下クリーニング術を受ける尺骨短縮術2023(令和5) 育成選手契約を結ぶ2023(令和5) 結婚を発表2024(令和6) 支配下選手登録される2024(令和6) 1009日ぶりの一軍公式戦登板で1025日ぶりの勝利1軍復帰2024(令和6) 尺骨短縮術後の骨内異物除去術を受け、2025年開幕に間に合わず2025(令和7) 一軍復帰登板を果たす2026(令和8) プロ入り9年目で初めて開幕ローテーション入り2026(令和8) 3試合連続完封で球団に1966年のバッキー以来60年ぶりの快挙3戦連続完封2026(令和8) オールスターファン投票で2位につけるなど、リーグ屈指の投手として活躍を継続平成令和
誕生 1995現在
静岡市葵区で5人兄弟の次男として生まれ、兄の影響でソフトボールを始めた少年は、常葉学園橘高校2年の夏に甲子園のマウンドを踏んだ。ドラフトでは一度も指名されず亜細亜大学へ進学し、雌伏の時を経て2017年ドラフト2位で阪神に入団すると、新人時代から「セ界新人一番星」と評される快投を見せた。しかし2021年以降、左肘のクリーニング手術、トミー・ジョン手術、さらには投手として前例のない左尺骨短縮術と、5時間に及ぶ大手術を含む幾度もの手術を乗り越える長い闘病生活を強いられる。1000日以上を経て一軍のマウンドに戻ってきた左腕は、プロ入り9年目の2026年、開幕ローテーション入りを果たすと3試合連続完封という球団に60年ぶりの快挙を成し遂げ、不死鳥のような復活を遂げた。

歩み

静岡での原点、常葉橘での甲子園

平成7〜

平成
1995平成711月7日
満0歳

静岡県静岡市葵区に生まれる

5人兄弟(4男1女)の次男として生まれる。兄の影響でソフトボールを始め、小学3年時に「西奈少年野球スポーツ少年団」に入団して野球を始めた。

2010平成22
満14歳

常葉橘中学校時代、全国大会でチームを優勝に導く

右翼手兼投手として、中学3年夏の第32回全国中学校軟式野球大会でチームを優勝に導いた。

2012平成24
満16歳

常葉学園橘高校2年で甲子園のマウンドに立つ

1年夏からベンチ入りし、2年夏の全国高等学校野球選手権大会に出場。背番号10で福井工業大学福井戦に2番手で登板し、4回と3分の1を無失点に抑えた。

2014平成26
満18歳

高校3年でプロ志望届を提出するも、ドラフトでどの球団からも指名されず

日本学生野球協会へプロ志望届を提出したが、ドラフト会議で指名を受けられなかった。その後、亜細亜大学へ進学することを決める。

亜細亜大学からのプロ入り、期待の新人左腕

平成27〜

2017平成29
満21歳

亜細亜大学でリーグ優勝、全日本選手権でベスト8

1年秋からリーグ戦に登板し、3年春には亜細亜大学のリーグ優勝に貢献して全日本大学野球選手権大会でベスト8に進出。大学通算では31試合に登板し5勝7敗、防御率3.57だった。

2017平成2910月26日
満21歳プロ入り

— ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け入団

2017年のドラフト会議で阪神から2位指名を受け、大学経由でのプロ入りを果たした。高校3年時に一度は逃したプロへの道を、亜細亜大学での実績を経てつかみ取った形だった。

2018平成304月11日
満22歳プロ初勝利

— 甲子園での対広島戦でプロ初登板・初先発・初勝利

7回84球、打者22人に対し2安打無四球5奪三振無失点に抑え、プロ初登板初先発でいきなり初勝利を挙げた。「セ界新人一番星」と評される鮮烈なデビューとなった。

令和 2019
2019令和1

規定投球回に届かないながらも125奪三振を記録する活躍

先発として登板を重ね、規定投球回には届かなかったものの125奪三振を記録し、将来のエース候補として評価を高めた。

度重なる手術、長い闘病生活

令和2〜

2021令和311月19日
満26歳

左肘のクリーニング手術を受ける

2021年は脇腹・手指の違和感が深刻化し、大阪市内の病院で左肘のクリーニング手術を受けて退院した。

2022令和44月26日
満26歳TJ手術

左肘内側側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受け、今季絶望に

クリーニング手術後も左肘の状態が改善せず、トミー・ジョン手術を受けることになり、今季中の実戦復帰は絶望的となった。復帰までには通常1年以上を要するとされる。

2023令和56月
満27歳尺骨短縮術

— 投手として前例のない左尺骨短縮術と左肩関節鏡視下クリーニング術を受ける

トミー・ジョン手術からの回復途上で今度は左肩に異常を来し、手首の軟骨組織(TFCC)損傷による痛みを解消するため前腕の尺骨を数ミリ切除して金属プレートで固定する「左尺骨短縮術」と、左肩関節鏡視下クリーニング術をあわせて受けた。投手としては前例のない手術だった。

2023令和511月17日
満28歳

育成選手契約を結ぶ

2年連続で一軍登板がないまま支配下登録(一軍・二軍あわせて70人まで登録される正式契約)を外れ、育成選手契約を結んだ。背番号は29から129に変わった。

2023令和511月27日
満28歳

結婚を発表

静岡県出身で同い年の一般女性と結婚したことを球団を通じて発表。実際には前年の2022年に婚姻届を提出しており、2023年2月には長女が誕生していた。「支えてくれる家族やファンのみなさまに喜んでもらえるシーズンにしたい」とコメントした。

支配下復帰、そして球団史に残る大復活

令和6〜

2024令和67月20日
満28歳

支配下選手登録される

育成契約からリハビリを重ね、支配下選手として再登録された。背番号も129から元の29に戻った。

2024令和68月11日
満28歳1軍復帰

— 1009日ぶりの一軍公式戦登板で1025日ぶりの勝利

対広島戦に一軍公式戦で1009日ぶりに先発登板し、5回無失点の内容で1025日ぶりの勝利を挙げた。長い闘病生活を乗り越えての復帰となった。

2024令和6オフ
満29歳

尺骨短縮術後の骨内異物除去術を受け、2025年開幕に間に合わず

先の左尺骨短縮術で入れたプレート等の異物を除去する手術を受けたことで、2025年シーズンの開幕には間に合わなかった。

2025令和77月15日
満29歳

一軍復帰登板を果たす

対中日戦で一軍復帰登板を果たし、6回81球を投げて被安打4、奪三振2、与四球2、2失点(自責点1)の内容だった。ファームでの調整登板を経ての復帰だった。

2026令和83月
満30歳開幕ローテ入り

プロ入り9年目で初めて開幕ローテーション入り

オープン戦から好調を維持し、プロ入り9年目にして初めて開幕投手陣の一角に入った。3月28日の巨人戦では開幕2戦目の先発で完封勝利を挙げた。

2026令和85月6日
満30歳球団60年ぶり

— 3試合連続完封で球団に1966年のバッキー以来60年ぶりの快挙

バンテリンドーム ナゴヤでの中日戦で完封勝利を挙げ、3試合連続完封は球団では1966年のバッキー以来60年ぶり。5月までの4完封は1969年の若生智男以来57年ぶりとなった。自己最長となる32イニング連続無失点も記録し、防御率0.21という驚異の数字を残した。

2026令和87月
現在

オールスターファン投票で2位につけるなど、リーグ屈指の投手として活躍を継続

7月時点でオールスターゲームのファン投票2位につけるなど、開幕ローテ入りから一貫してリーグトップクラスの投球を継続。度重なる手術を乗り越えた不死鳥の左腕として、球界を代表する投手の一人に数えられるようになった。

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