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千葉 百音

ちば もね

千葉 百音

ミラノ・コルティナ五輪はメダルまで1.28点届かず4位、その翌月の世界選手権で自己ベストを10点以上更新して銀メダルを取った。2026–27年シーズンは、ショートプログラムで映画『007』のテーマ曲を滑る。

平成17年生まれ ・ 宮城県仙台市出身 ・ 2005– ・ 満21歳

所属木下グループ / コーチ濱田美栄 / 練習拠点木下アカデミー京都アイスアリーナ / 学歴東北高等学校卒業・早稲田大学人間科学部通信教育課程在学中

近況
2026(令和8)満21歳

新シーズンへ、ショートに『007』

6月17日、京都府宇治市の拠点リンクで練習が公開され、オフに取り組んだ筋力アップに手応えを見せた。2026–27年シーズンのショートは映画『007』のテーマ曲で、「怪しげなボンドガールを演じたいですね」と話す。坂本花織の引退後も「気持ちはいつまでも追う立場」と話す。GPシリーズは中国杯(2026年11月6〜8日・深セン)とNHK杯(同27〜29日・東京)にエントリーした。

2005(平成17) 宮城県仙台市に生まれる2010(平成22) テレビの試合にあこがれ、4歳でスケートを始めるスケート開始2017(平成29) 小学6年生で初めての国際大会に出場2018(平成30) ジュニアに上がり、全日本ジュニアに出場2019(令和元) 東日本選手権で優勝、国際大会で初優勝2021(令和3) 全日本ジュニアで初の表彰台、羽生結弦から伝言2022(令和4) ジュニアのまま全日本選手権で5位2023(令和5) 四大陸選手権で3位、初めて主要国際大会の表彰台に2023(令和5) 京都の木下アカデミーへ移り、濱田美栄コーチに師事2023(令和5) GPシリーズ初参戦で苦戦、運動誘発性ぜんそくと診断2023(令和5) 全日本選手権で2位、世界選手権の代表に2024(令和6) 四大陸選手権で初優勝四大陸初優勝2024(令和6) 東北高校を卒業し、早稲田大学へ2024(令和6) 世界選手権に初出場、7位2024(令和6) NHK杯と中国杯で2位、初出場のGPファイナルも2位2024(令和6) 全日本選手権で4位2025(令和7) ワールドユニバーシティゲームズで銀メダル2025(令和7) 世界選手権で初めての表彰台、銅メダル世界選手権 銅2025(令和7) チャレンジャーシリーズ・木下グループ杯で優勝2025(令和7) スケートカナダでGPシリーズ初優勝、フィンランディア杯も制す2025(令和7) GPファイナルでSP首位から5位2025(令和7) 全日本選手権で3位、五輪代表に2026(令和8) 四大陸選手権で3位、日本勢が表彰台を独占2026(令和8) ミラノ・コルティナ五輪で4位2026(令和8) 世界選手権で銀メダル、自己ベストを10点以上更新世界選手権 銀2026(令和8) 新シーズンへ、ショートに『007』平成令和
誕生 2005現在
4歳の時、テレビで見たフィギュアスケートの華やかさにあこがれ、仙台で滑り始めた。練習拠点のアイスリンク仙台では羽生結弦も練習しており、鬼ごっこの相手をしてもらったという。17歳で四大陸選手権3位に入った2023年、京都の木下アカデミーへ移り、濱田美栄コーチに師事した。移籍直後のシーズンは序盤に結果が出なかったが、運動誘発性ぜんそくの治療を始めてから全日本選手権2位、四大陸選手権優勝と続いた。2026年のミラノ・コルティナ五輪は4位。翌月の世界選手権で銀メダルを取り、「悔しさが、自分にとって一番の原動力になりました」と振り返った。

同世代2024年、同い年の倉沢 杏菜は、NHK夜ドラ『VRおじさんの初恋』でナオキ役に起用 →

つながり千葉 百音のつながりを図で見る →

歩み

仙台で滑り始め、世界の舞台を意識する

平成17〜

平成
2005平成175月1日
満0歳

宮城県仙台市に生まれる

2005年5月1日、宮城県仙台市に生まれる。

2010平成22
満4歳スケート開始

テレビの試合にあこがれ、4歳でスケートを始める

当時の練習拠点だったアイスリンク仙台では、羽生結弦も練習していた。スピードを出すことにしか興味がなかったころの千葉と、リンクで鬼ごっこをしてくれたという。千葉は羽生を「一緒に遊んでくれるお兄ちゃんのような存在だった」と語っている。

本人4歳の時、テレビでフィギュアスケートの試合を見てその華やかさに憧れ、「自分もくるくる回ってみたい!」と母にお願いして始めました。 出典

2017平成29
満12歳

小学6年生で初めての国際大会に出場

香港のアジアンオープン(アドバンスドノービスクラス)に出場した。この年は野辺山合宿にも初めて参加し、全日本ノービス選手権はAクラスで6位に入っている。

本人当初はただ楽しく滑るだけでしたが、初めて国際大会に出場した小学6年生の頃には、「世界の舞台で戦っていきたい」「しっかり上を目指そう」という意識も芽生えました。 出典

2018平成30
満13歳

ジュニアに上がり、全日本ジュニアに出場

2018–19年シーズンからジュニアクラスで滑る。東日本ジュニア選手権で3位に入り、全日本ジュニア選手権は18位だった。

令和 2019
2019令和元
満14歳

東日本選手権で優勝、国際大会で初優勝

2019–20年シーズンは東日本選手権で優勝し、全日本ジュニア選手権は6位。この年からシニアの全日本選手権にも出場し、18位に入った。2020年2月にはチャレンジカップのジュニア女子で、国際大会で初めて優勝した。

2021令和3
満16歳

全日本ジュニアで初の表彰台、羽生結弦から伝言

2021–22年シーズンの全日本ジュニア選手権で3位に入り、初めて表彰台に立った。シニアの全日本選手権は11位。その全日本選手権で、羽生結弦が当時のコーチに「百音にもっと練習するよう伝えて」と声を掛けている。千葉はこの言葉を「しっかり受け止めて、練習を頑張っている」と語っている。

2022令和412月
満17歳

ジュニアのまま全日本選手権で5位

全日本ジュニア選手権2位で臨んだ全日本選手権で、ショートは71.06点を出してシニアの選手に交ざって3位につけた。「拍手が優しい雨のようだった」と喜ぶ。総合5位に入り、シニアの四大陸選手権の代表に選ばれた。

京都への移籍、そして四大陸の頂点

令和5〜

2023令和52月
満17歳

四大陸選手権で3位、初めて主要国際大会の表彰台に

コロラドスプリングスで開かれた四大陸選手権に、ジュニアながら出場。ショート7位からフリー2位で順位を上げ、総合204.98点の3位に入った。3月にはシーズン最終戦のプランタン杯で優勝している。

2023令和55月
満18歳移籍

京都の木下アカデミーへ移り、濱田美栄コーチに師事

練習拠点を地元の仙台から京都府宇治市に移し、木下アカデミーで濱田美栄コーチに師事した。2026年のミラノ・コルティナ五輪を見据えた移籍だった。

本人自分で決めた以上、この選択が間違いではなかったという結末にしたいと思って頑張れました 出典

2023令和511月
満18歳健康

GPシリーズ初参戦で苦戦、運動誘発性ぜんそくと診断

初めてのGPシリーズはスケートアメリカで6位、フランス杯で9位。結果が出ない時期には「移籍が間違いだったのか」と不安になることもあったという。京都に来てから練習中に息苦しさを感じていたが、体力が無いせいだと考えていた。フランス杯のあとに病院へ行き、運動誘発性ぜんそくと診断される。治療を始めると苦しさが軽くなったという。

2023令和512月
満18歳

全日本選手権で2位、世界選手権の代表に

ぜんそくの治療を始めてから調子が上がった。全日本選手権はショートをノーミスで滑って68.02点の3位。フリーも終盤の小さなミスに抑え、合計209.27点で坂本花織に次ぐ2位に入った。初めて世界選手権の代表に選ばれる。

2024令和62月
満18歳初優勝

四大陸選手権で初優勝

上海で開かれた四大陸選手権で、ショート71.10点、フリー143.88点といずれも自己最高を出し、合計214.98点で優勝した。2位のキム・チェヨン(韓国)とは10.30点差。日本女子として10人目の同大会優勝者になった。主要国際大会での初めてのタイトルで、翌日の取材では2026年のミラノ・コルティナ五輪が「目標になりつつある」と語った。

本人今はスタートダッシュの一歩目にすぎないので、次の五輪へ向けてどんどん努力して、自分のよさをもっと活かせるようにしてレベルアップしていきたいです 出典

2024令和63月
満18歳

東北高校を卒業し、早稲田大学へ

東北高等学校を卒業し、4月から早稲田大学人間科学部の通信教育課程(eスクール)に進んだ。練習と学業を両立できる通信制度があることから志望したという。

2024令和63月
満18歳

世界選手権に初出場、7位

モントリオールで開かれた世界選手権に初めて出場した。ショートは13位と出遅れたが、フリーは5位まで追い上げ、総合7位で初めての世界選手権を終えた。

GPファイナル2位、世界選手権で初の表彰台

令和6〜

2024令和612月
満19歳

NHK杯と中国杯で2位、初出場のGPファイナルも2位

8月に右足の甲を痛め、9月のネーベルホルン杯は4位にとどまった。NHK杯で坂本花織に次ぐ2位、続く中国杯でも2位となり、初めてGPファイナルへ進む。グルノーブルでのファイナルは合計208.85点で2位。当時世界選手権3連覇中だった坂本花織を上回る順位で、優勝はアンバー・グレン(アメリカ)だった。

2024令和612月
満19歳

全日本選手権で4位

ショートはISU公認の自己ベストを3点以上上回る74.72点で3位。フリーはジャンプのミスが重なって7位に沈み、総合4位だった。世界選手権の代表には2年続けて選ばれた。

本人来季は絶対に4回転を入れてやるぞという気持ちも芽生えてきました。悔しさから得る強さも本当に大事だなと思いました 出典

2025令和71月
満19歳

ワールドユニバーシティゲームズで銀メダル

イタリア・トリノでのFISU冬季ワールドユニバーシティゲームズ。ショートは72.00点で1位通過、フリーは2位で、合計は首位とわずか0.44点差の銀メダルだった。

出典waseda.jp
2025令和73月
満19歳初メダル

世界選手権で初めての表彰台、銅メダル

ボストンでの2度目の世界選手権。2月の四大陸選手権はフリー当日に胃腸炎になって6位に落ち、この世界選手権で「悔いを晴らしたい」と話していた。前年はショートの最後のルッツで失敗し、それが心に引っかかっていたが、今回は全部忘れるほどの高揚感で滑れたという。ショートは73.44点で日本勢トップの2位。フリー141.80点、合計215.24点の3位で、初めて世界選手権の表彰台に立った。

五輪4位の悔し涙を、世界選手権の銀へ

令和7〜

2025令和79月
満20歳

チャレンジャーシリーズ・木下グループ杯で優勝

泉佐野で開かれたISUチャレンジャーシリーズの木下グループ杯で、ショート73.11点、フリー143.48点とも1位。合計216.59点で優勝した。

2025令和711月
満20歳GP初優勝

スケートカナダでGPシリーズ初優勝、フィンランディア杯も制す

スケートカナダでショート、フリーとも1位となり、GPシリーズで初めて優勝した。フリーは『ロミオとジュリエット』で、「ジュリエットらしいしんの強さを見せたいと思っていた」と振り返る。2戦目のフィンランディア杯も合計217.22点で逆転優勝し、GPファイナル進出を決めた。

2025令和712月
満20歳

GPファイナルでSP首位から5位

名古屋のIGアリーナで開かれたGPファイナルは、ショートで自己ベストの77.27点を出して首位に立った。フリーは3回転ループが2回転になって転倒し、3回転サルコーでも転倒して6位に終わり、総合5位。「今季一番の屈辱を感じている」と振り返った。

2025令和712月
満20歳五輪代表

全日本選手権で3位、五輪代表に

GPファイナルから2週間で臨んだ全日本選手権。朝の公式練習でルッツを失敗したが、濱田コーチに「ミスを練習のうちに出しておけてよかったじゃない」と言われ、前向きな気持ちで滑れたという。ショート4位から合計216.24点で総合3位に入り、ミラノ・コルティナ五輪の代表に選ばれた。

本人強いとは言いきれないですけど、今日は、『私はもう弱くない』と言い聞かせていました 出典

2026令和81月
満20歳

四大陸選手権で3位、日本勢が表彰台を独占

北京での四大陸選手権で合計202.23点の3位に入り、銅メダル。四大陸選手権での表彰台は、優勝した2024年大会以来で3度目。日本勢は2018年大会以来となる表彰台独占を果たした。

2026令和82月
満20歳五輪初出場

ミラノ・コルティナ五輪で4位

初めての五輪。ショート4位で迎えたフリーは『ロミオとジュリエット』で、羽生結弦がソチ五輪で金メダルを取った時と同じ題材だった。フリー143.88点、合計で自己ベストの217.88点を出したが、銅メダルまで1.28点届かず4位。

本人全力を出し切って届かないのは初めてというか、言い表しずらい悔しさ。 出典

2026令和83月
満20歳銀メダル

世界選手権で銀メダル、自己ベストを10点以上更新

チェコ・プラハでの世界選手権で、ショートは78.45点の2位。フリーは『ロミオとジュリエット』で150.02点を出し、合計228.47点で自己ベストを10点以上更新した。前年の3位から一つ上げての銀メダル。優勝した坂本花織はこの大会で現役を終え、千葉は競技後に抱き合ってねぎらった。

本人オリンピックの時に流した悔し涙を、世界選手権では嬉し涙に変えるということがしっかり達成できました。オリンピックであと一歩メダルに届かなかった悔しさが、 自分にとって一番の原動力になりました。 出典

2026令和86月
満21歳近況

新シーズンへ、ショートに『007』

6月17日、京都府宇治市の拠点リンクで練習が公開され、オフに取り組んだ筋力アップに手応えを見せた。2026–27年シーズンのショートは映画『007』のテーマ曲で、「怪しげなボンドガールを演じたいですね」と話す。坂本花織の引退後も「気持ちはいつまでも追う立場」と話す。GPシリーズは中国杯(2026年11月6〜8日・深セン)とNHK杯(同27〜29日・東京)にエントリーした。

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