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ほうしょうりゅう ともかつ

豊昇龍 智勝

モンゴル出身、名横綱・朝青龍の甥。レスリング留学生から第74代横綱へ駆け上がった相撲取り。

平成11年生まれ ・ モンゴル・ウランバートル出身 ・ 1999– ・ 満27歳

四股名豊昇龍 智勝(本名・スガラグチャー ビャンバスレン) / 所属立浪部屋 / 番付第74代横綱 / 体格188cm・148kg

近況
2026(令和8)満27歳

秋場所出場の可否は直前判断、稽古総見で相撲は取らず

9月4日の横綱審議委員会稽古総見に右膝サポーター姿で出席したが相撲は取らず、基礎運動と関脇熱海富士への胸出しにとどめた。本人は「医者の言うことを聞かないと。僕はこれから先が長いんで。ここでけがが悪化したら、もう終わりなので」と述べ、秋場所(9月13日初日)出場の可否は直前まで見極めるとした。

1999(平成11) モンゴル・ウランバートルに生まれる2015(平成27) レスリング留学生として来日2017(平成29) 新弟子検査に合格、立浪部屋へ入門2018(平成30) 初土俵を踏む2019(令和元) 新十両に昇進2020(令和2) 新入幕を果たす2022(令和4) 新小結に昇進2022(令和4) 新関脇に昇進2023(令和5) 名古屋場所で幕内初優勝、大関昇進へ前進幕内初優勝2023(令和5) 第254代大関に昇進2024(令和6) 初場所で途中休場2024(令和6) 11月場所で琴櫻との千秋楽相星対決に敗れ、13勝2敗の優勝次点2025(令和7) 初場所で2度目の優勝、横綱昇進が決定横綱昇進2025(令和7) 新横綱で初日から苦戦、10日目から途中休場2025(令和7) 夏場所を12勝3敗で終える2025(令和7) 名古屋場所を左足親指のけがで途中休場2025(令和7) 西横綱として秋場所に臨む2025(令和7) 九州場所を12勝3敗で終える2026(令和8) 初場所を10勝5敗で終える2026(令和8) 春場所を11勝4敗で終える2026(令和8) 夏場所を2日目から途中休場、東西両横綱不在に2026(令和8) パリ巡業公演のトーナメントで優勝も、総合優勝決定戦で敗れる2026(令和8) 名古屋場所での再起を期す2026(令和8) 名古屋場所で右膝を痛め途中休場、7勝7敗1休2026(令和8) 師匠が秋場所出場に厳しい見方を示す2026(令和8) 秋場所出場の可否は直前判断、稽古総見で相撲は取らず平成令和
誕生 1999現在
名横綱・朝青龍の甥として生まれ、レスリング留学生として来日しながら相撲へ転じた青年は、叔父との比較に悩みつつも独自の道を歩んだ。初土俵から42場所という異例の速さで第74代横綱まで昇り詰め、大の里とともに令和の相撲界を牽引する存在となったが、たび重なるけがとの戦いも続いている。

同世代2023年、同い年の本間 日陽は、NGT48劇場の公演で卒業を発表 →

つながり豊昇龍 智勝のつながりを図で見る →

歩み

モンゴルから来た留学生

平成11〜

平成
1999平成115月22日
満0歳

モンゴル・ウランバートルに生まれる

本名スガラグチャー・ビャンバスレン。第68代横綱・朝青龍の長兄の次男として生まれる。5歳から柔道、11歳頃からレスリングを始めた。

2015平成27
満15歳

レスリング留学生として来日

中等教育を終えた後、日本体育大学柏高校からレスリング選手としてスカウトを受け来日。相撲に自信が持てずレスリングを選んだ甥に、朝青龍は当初渋々ながら留学を認めた。来日時の体重は66kgだった。高校1年の5月、授業の一環として両国国技館で相撲を見学した際に興味を抱き、朝青龍と相談してレスリングを辞め相撲へ転じることを決意。当初は困惑して怒った朝青龍だったが、熱意を感じてか学校の上役を説得し、相撲部への転部が叶った。

2017平成2911月
満18歳

新弟子検査に合格、立浪部屋へ入門

11月1日に新弟子検査を受検し、12日に合格発表。入門時の体重は100kg程度だった。四股名「豊昇龍」は師匠・立浪(元小結・旭豊)の「豊」と、叔父・朝青龍の「龍」を一字ずつ取ったもの。

初土俵から入幕、そして三役へ

平成30〜

2018平成301月
満18歳初土俵

初土俵を踏む

前相撲から相撲人生をスタート。3月場所で序ノ口に上がり、5月場所の序二段では7戦全勝で優勝を果たすなど、着実に番付を駆け上がった。

令和 2019
2019令和元11月
満20歳

新十両に昇進

新十両の場所は7勝8敗で終えたが、叔父・朝青龍からの叱咤や、当時43度目の幕内優勝を決めた白鵬から声をかけられるなど、印象深い経験を重ねた。

2020令和29月
満21歳新入幕

新入幕を果たす

幕内デビューを果たし、以後着実に力をつけていく。

2022令和43月
満22歳

新小結に昇進

初めて三役の地位に上がり、上位陣との対戦が本格化した。

2022令和49月
満23歳

新関脇に昇進

関脇として安定した成績を残し、大関昇進をうかがう位置につけた。

初優勝、そして大関へ

令和5〜

2023令和57月
満24歳幕内初優勝

— 名古屋場所で幕内初優勝、大関昇進へ前進

関脇として12勝3敗で幕内初優勝。本割で伯桜鵬を破り、優勝決定戦でも平幕・北勝富士を下した。直近3場所の三役通算勝ち星が大関昇進の目安を満たし、場所後に大関昇進が確実となった。

世間元横綱朝青龍のおいとしても注目を集めながらの快挙だった。

2023令和59月
満24歳

第254代大関に昇進

新大関の初め場所は13日目終了時点で6勝7敗と苦しんだが、14日目・千秋楽と連勝し8勝7敗で勝ち越し、翌11月場所の角番を免れた。

2024令和61月
満24歳

初場所で途中休場

10勝を挙げていたが13日目の霧島戦で右膝内側側副靱帯を損傷し、14日目から途中休場した。

2024令和611月
満25歳

11月場所で琴櫻との千秋楽相星対決に敗れ、13勝2敗の優勝次点

大関同士21年ぶりとなる千秋楽相星対決で琴櫻に敗れ、13勝2敗の優勝次点に終わった。

第74代横綱へ、そして試練

令和7〜

2025令和71月
満25歳横綱昇進

— 初場所で2度目の優勝、横綱昇進が決定

綱取りの初場所は序盤3敗を喫し昇進絶望と見られたが、そこから粘り強く連勝を続けて12勝3敗。優勝決定巴戦で金峰山・王鵬に連勝し、大関昇進後初となる2度目の優勝を果たした。1月27日に横綱審議委員会が全会一致で推薦を決定し、29日の番付編成会議・臨時理事会で第74代横綱への昇進が正式に決まった。

世間初土俵から42場所での横綱昇進は、年6場所制以降に初土俵を踏んだ力士の中では歴代5位の速さだった。

2025令和73月
満25歳

新横綱で初日から苦戦、10日目から途中休場

新横綱として迎えた春場所は初日に黒星を喫するなど苦しい立ち上がりとなり、5勝4敗(9日目終了時点)で迎えた10日目から右肘関節内遊離体・頸椎捻挫のため途中休場(5勝5敗5休)。新横綱の途中休場は1986年秋場所の双羽黒以来39年ぶりだった。

2025令和75月
満26歳

夏場所を12勝3敗で終える

初日から連勝したが3日目に王鵬、4日目に阿炎に敗れて連日金星を配給。9日目に一山本から(対戦成績で3連敗中だった)本場所初勝利を挙げ、11日目には全勝の大の里を2敗差で追ったが12日目に霧島に敗れて3敗に後退した。13日目に大の里の優勝が決まり2場所連続で優勝を逃したが、千秋楽は全勝優勝のかかる大の里を上手捻りで破り、横綱として初の皆勤で場所を終えた。

2025令和77月
満26歳

名古屋場所を左足親指のけがで途中休場

5日目から左足親指の捻挫と骨挫傷のため休場。場所後の夏巡業も当初休場していたが、8月7日から合流した。

2025令和79月
満26歳

西横綱として秋場所に臨む

大関が琴櫻1人のみだったため、番付には「横綱大関」として記載された。11日目まで白星を重ねたが、12日目に小結安青錦、13日目に大関琴櫻に連敗。14日目は関脇若隆景を下し、千秋楽は1敗の大の里に本割で勝ったものの、優勝決定戦で敗れて優勝を逃し、13勝2敗で場所を終えた。

2025令和711月
満26歳

九州場所を12勝3敗で終える

西の横綱大関として出場し、初日に伯桜鵬、6日目に若元春に金星を配給しながらも13日目まで2敗で優勝を争った。14日目に安青錦に敗れて3敗としたが、千秋楽は大の里が休場したため不戦勝を得て優勝決定戦に進んだ。決定戦で安青錦に敗れ、優勝を逃した(9月場所に続き2場所連続の優勝次点)。

2026令和81月
満26歳

初場所を10勝5敗で終える

冬巡業終盤に左膝を負傷し出場が危ぶまれたが初日から皆勤。3日目・中日・9日目に金星を計3つ配給し、12日目に霧島、13日目に安青錦にも敗れて優勝争いから脱落したが、千秋楽は結びの一番で大の里に勝って場所を終えた。

2026令和83月
満26歳

春場所を11勝4敗で終える

東横綱として臨んだ春場所を11勝4敗の成績で終えた。

2026令和85月
満26歳

夏場所を2日目から途中休場、東西両横綱不在に

初日の高安戦で右太もも裏(右ハムストリングス)を負傷し、2週間の安静を要する診断書を提出して2日目から休場。同時期に大の里も休場しており、5年ぶりに東西の横綱が不在となる事態となった。この休場は通算8度目、横綱昇進後は3度目となった。

2026令和86月13日-14日
満27歳

パリ巡業公演のトーナメントで優勝も、総合優勝決定戦で敗れる

大相撲のパリ巡業公演に出場。2日目(14日)のトーナメントで優勝したが、総合優勝決定戦では初日(13日)のトーナメント優勝者・琴櫻に敗れた。

2026令和86月
満27歳

名古屋場所での再起を期す

けがの回復に努めながら、7月の名古屋場所に向けて調整を進めた。

2026令和87月
満27歳

名古屋場所で右膝を痛め途中休場、7勝7敗1休

名古屋場所は6日目の伯乃富士戦で右膝を負傷して状態が悪化し、14日目から途中休場して7勝7敗1休で終えた。診断は右膝内側側副靱帯損傷で、7月29日に手術を受けた。

2026令和88月27日
満27歳

師匠が秋場所出場に厳しい見方を示す

夏巡業の先発担当を務めた水戸市で、師匠の立浪親方が「内側側副靱帯(じんたい)の部分断裂。まだ四股も踏めていない。中途半端な状態では出せない」と述べ、秋場所(9月13日初日)出場が厳しい見通しであることを示唆した。

2026令和89月
満27歳近況

秋場所出場の可否は直前判断、稽古総見で相撲は取らず

9月4日の横綱審議委員会稽古総見に右膝サポーター姿で出席したが相撲は取らず、基礎運動と関脇熱海富士への胸出しにとどめた。本人は「医者の言うことを聞かないと。僕はこれから先が長いんで。ここでけがが悪化したら、もう終わりなので」と述べ、秋場所(9月13日初日)出場の可否は直前まで見極めるとした。