目次
『てるてる家族』に憧れて氷の上へ
平成12〜
神戸市灘区に生まれる
姉が2人いる。神戸市営地下鉄海岸線の開業時に神戸市交通局が募った2000年生まれの赤ちゃんの手形・足形タイルが駅に飾られ、新長田駅には本人のものがある。
『てるてる家族』に憧れてスケートを始める
NHK連続テレビ小説『てるてる家族』で、パン職人になる四女ではなく、フィギュアスケートで五輪代表となる長女に憧れた。4歳で神戸・ポートアイランドのリンクに通い始める。中野園子コーチは当時を「花織は思い切り走ってきて、跳ぶか転ぶかのどっちかでした」と振り返る。1歳上で8歳で滑り始めた三原舞依にダブルアクセルを先に決められ、「初めて勝ちたい人ができた」という。
初めての国際大会で2位
2012–13シーズンに全日本ノービス選手権Aクラスで優勝し、招待された全日本ジュニア選手権では9位。2013年3月、初の国際大会トリグラフトロフィーで2位に入った。
世界ジュニア選手権に初出場して6位
2014年11月の全日本ジュニア選手権で同学年の樋口新葉に次ぐ2位、全日本選手権で6位に入り、代表に選ばれた。初めての世界ジュニアはショート4位、フリー6位で総合6位。
世界ジュニア選手権で銅メダル
前年の全日本ジュニア選手権で初優勝し、初出場のジュニアグランプリファイナルでも銅メダル。全日本選手権は7位で、2度目の世界ジュニア代表に選ばれた。3月の台北大会では、ショート・フリーともに自己ベストを更新して銅メダルを獲得した。
シニア1年目の平昌、そして燃え尽き
平成29〜
シスメックスと所属契約、グランプリシリーズに初参戦
10月2日、地元神戸に本社を置くシスメックスとの所属契約を発表した。ショートの3本のジャンプを基礎点が1.1倍になる後半に固める構成に挑み、初参戦のロステレコム杯は5位。続くスケートアメリカでは210.59点で2位に入り、ISU公認大会で初めて200点を超えた。
全日本選手権2位で平昌五輪代表に
全日本選手権のショートで自己ベストの73.59点を出して首位に立ち、最終滑走のフリーでも崩れず、大会4連覇の宮原知子に次ぐ2位。24日、宮原とともに女子2枠の平昌五輪代表に選ばれた。前年2月のユース五輪はケガでいい演技ができず、「ホントのオリンピックでリベンジをしたいと思います」と話した。
四大陸選手権で初優勝
台北での四大陸選手権には右足の魚の目が悪化した状態で臨んだが、前日の練習で中野コーチがパッドなどを工夫し、ショートはノーミスで71.34点。そのまま優勝し、2位の三原舞依、3位の宮原知子と日本勢で表彰台を独占した。
平昌五輪で6位に入賞
団体戦ではフリーを滑って5位。個人戦はショートで73.18点を出して5位につけ、フリーは終盤の3回転ループで着氷が乱れたが、合計209.71点で6位に入った。本番の緊張は「いつもの5倍ぐらいあった」という。
本人五輪は長かったようで早かった。メダルを取れるレベルではないので、片手(5位以内)もダメだったけど、一桁はいけたので、とりあえずよかったです 出典
全日本選手権で初優勝
ショート、フリーとも2位だったが合計228.01点で逆転し、4連覇中の宮原知子、グランプリファイナル覇者の紀平梨花らを抑えた。苦手としてきた演技構成点を伸ばすため、振付師ブノワ・リショーに難しい動きをたたき込まれ、審判に向けて「『跳ぶから見てろよ』と。ノックアウトするつもり」で顔を上げて滑った。
さいたまでの世界選手権で5位
ショートで76点を超え、アリーナ・ザギトワに次ぐ2位につけたが、フリーで後半の3回転フリップが1回転に抜け、総合5位に順位を落とした。この年、神戸野田高校から神戸学院大学経営学部に進んだ。
全日本選手権6位、シニア転向後で最も低い順位に
前の季に初の全日本優勝や世界選手権出場を果たして「燃え尽きた」といい、練習で追い込めずに調子を落としていた。9月ごろに痛めた左足首が治りきらないままグランプリシリーズに臨み、ファイナルに進めなかった。全日本選手権はフリーで5つのジャンプが回転不足となり、総合6位。
全日本選手権2位、2年ぶりの表彰台
コロナ禍でチャレンジャーシリーズへの派遣が中止になり、国内の大会を回った。11月のNHK杯は、苦手のルッツを組み込んだショートをノーミスで滑り、2位に30点近い差をつけて優勝。
北京の銅と世界選手権3連覇
令和3〜
— 3年ぶりの全日本優勝で北京五輪代表に
前季は全日本選手権の2位で世界選手権代表に入り、3月のストックホルム大会は6位だった。北京五輪の最終選考会を兼ねた全日本選手権で、2位に10点以上の差をつけて3年ぶりに優勝し、2大会連続の五輪代表に決まった。4回転や3回転半をあまり跳ばない分、中野コーチは演技構成点を伸ばすことに力を入れ、この大会のフリーの演技構成点は全選手で1位だった。調子を落とした時期を経て「『これぐらいでいい』と思えるほど自分は天才じゃない」と心を入れ替えたという。
本人苦しい日々があるからこそ試合で笑える 出典
— 北京五輪で銅メダル、団体でもメダル
団体戦はフリーで2位に入り、日本初の団体メダルに貢献した(当時は銅で、のちに銀となった)。個人戦はショート3位から、フリーも1つのマイナスもつかない演技で自己ベストを更新し、合計233.13点で銅メダル。フィギュアの日本女子で4人目の五輪メダリストになった。
— 世界選手権で初優勝
北京五輪の1か月後、南仏モンペリエでの世界選手権。ロシアの選手が出られず「急に金メダル候補といわれて」臨み、ショートは日本女子2人目の80点超えとなる80.32点で首位。フリーも自己ベストを更新し、2位に20点近い差をつける合計236.09点で優勝した。日本女子の世界女王は6人目。この年10月には、スケートアメリカの優勝で世界ランキング1位になった。
さいたまで世界選手権を連覇
この季の世界選手権はショートで首位に立ち、フリーは後半の3回転フリップが1回転になったが、合計224.61点で逃げ切った。世界選手権の連覇は日本人で初めて。2019年も同じさいたまで一つのミスから表彰台を逃しており、今回も「同じミスをしてしまった」が、それまでの経験に助けられたと振り返る。
グランプリファイナルで初優勝
北京でのファイナルで、ショート・フリーともにトップの合計225.70点。前年はショート首位からフリー最下位に沈んで5位だった。世界選手権、2018年の四大陸選手権と合わせ、五輪を除くシニアの主要国際大会を全て制し、「ライバルは過去の自分」と話した。
モントリオールで世界選手権3連覇
ショート4位から、フリーで全てのジャンプを降りて逆転し、合計222.96点で優勝した。女子の3連覇は1968年のペギー・フレミング以来56年ぶりで、全種目を通じて日本選手初。3度の優勝は浅田真央に並ぶ日本勢最多となり、この季は負けなしで終えた。
本人常に勝ち続ける難しさを感じた優勝。すごくうれしい 出典
恩師のもとへ戻り、4度目の世界一で競技を終える
令和6〜
中野コーチと距離を置き、ひとりで練習
調子が上がらないいら立ちと、妥協を許さない指導への限界から、中野コーチに「距離を置かせてほしい」とメールを送った。約3週間リンクでひとりで練習したが状態は上がらず、謝りに出向くと「あなたの一番のファンは私や」と言われた。12月、門真での全日本選手権で4連覇した。
本人離れた時に必要さに気付く。私一人では甘さが出てしまう 出典
2025–26シーズン限りでの引退を表明
神戸市に新設されたリンクの開業セレモニーに参加し、取材の中で、ミラノ・コルティナ五輪のある来季限りで競技を退くと明かした。前の季に「五輪シーズンへ向けて2季でひとくくり」と話した頃には決めていたという。引退後は指導者を目指すとした。
本人中途半端に2年とか3年やるよりも、いい区切りかなと。次の4年後を目指すとなったら29歳なので不可能かなとも考えて、26歳になる年でいったん区切りをつけようと思って今やっています 出典
全日本選手権5連覇、3大会連続の五輪代表に
五輪の最終選考会を兼ねた全日本選手権で、ショート・フリーともにトップの合計234.36点。史上5人目の5連覇を果たした。3大会連続の五輪代表に決まり、フィギュアの日本女子で初めて3度目の五輪に出ることになった。
ミラノ・コルティナ五輪で団体・個人ともに銀メダル
団体戦はショートで同季世界最高の78.88点、フリーも1位で、日本の銀メダルに貢献した。個人戦はショート2位から、憧れの鈴木明子が2014年ソチ五輪で演じた姿を見て引退の季に使うと決めていた『愛の賛歌』で臨む。3回転フリップが単発になり、金メダルとは1.89点差の銀メダル。北京の銅に続く2大会連続の個人メダルとなった。
本人前は本当に奇跡のような銅メダルから銀で悔しいと思えるぐらい成長したのかな。この4年間頑張ってきてよかった。 出典
— 現役最終戦の世界選手権で4度目の優勝
プラハでの世界選手権で、ショートは今季世界最高の79.31点で首位。フリーも自己ベストの158.97点でトップとなり、合計も自己最高の238.28点で2季ぶり4度目の優勝を果たした。3度で並んでいた浅田真央を上回る、日本勢単独最多の優勝回数。2位には千葉百音が入った。この大会を最後に現役を退き、競技人生を優勝で締めくくった。
引退会見を開き、結婚を公表
地元の神戸市で引退会見を開き、現役生活を「すごく青春なんだな」と振り返った。北京五輪の後は「この4年がラストだと覚悟していた」と明かした。大学時代に知り合った一般男性と5月5日に結婚したことも明らかにした。今後はアイスショーに出ながら神戸のクラブなどで後進を育て、将来は指導者に専念する意向で、「指導者になるには嫌われ者にならないといけない。心を鬼にして頑張りたい」と話した。
本人わかりやすくいうと中野先生みたいな先生になりたい。技術のことだけじゃなくて人間性の部分でもいろいろ伝えられたら。 出典
アイスショーで滑りながら指導者の道へ
引退会見後初の演技は5月30・31日の『Fantasy on Ice 2026』で、安田章大と家入レオが歌うSUPER EIGHTの『凛』とのコラボレーションが組まれた。所属先だったシスメックスのアンバサダーも務める。コーチ業について「腹をくくり始めた」と語った。10月3・4日の『刀剣乱舞 - ICE BLADE -』には、氷の精霊役での出演が発表された。