名古屋からクールスへ
昭和25〜
愛知県名古屋市に生まれる
本名は舘廣。土木技師だった祖父が英国文化を好み、家には牛乳紅茶を嗜む「ティータイム」の習慣があったという。
原宿・表参道のバイクチーム「クールス」を結成
岩城滉一とともに統括。矢沢永吉が率いたロックバンド「キャロル」の親衛隊として有名になった。
— ロックバンド「クールス」のボーカルとしてデビュー
矢沢永吉作曲の「紫のハイウェイ」でレコードデビュー。バイクチームの選抜メンバーで結成されたバンドだった。
俳優への転身、西部警察
昭和51〜
映画「男組 少年刑務所」で映画初主演
学ラン姿の不良役を演じ、銀幕デビューを果たした。
ソロデビュー
「太ったライオンが勝つか、しなやかな黒豹が勝つか」という挑発的なキャッチフレーズで売り出された。
「西部警察」に出演
石原裕次郎・渡哲也が看板を務める人気刑事ドラマに参加。1981年からは鳩村英次(愛称「ハト」)役でレギュラー出演した。
石原プロモーションに入社
撮影中に専務の小林正彦から誘われ、渡哲也にも相談して入社を決めた。「石原裕次郎、渡哲也という2人の映画スターを先生に持てた」と後年語っている。
「あぶない刑事」で国民的スターに
昭和61〜
— 「あぶない刑事」で鷹山敏樹役に
柴田恭兵とのバディが大きな話題を呼び、刑事役は生涯の代表的な役柄となった。
映画版「あぶない刑事」が大ヒット
ゴールデングロス賞マネーメイキングスター賞を受賞し、以後シリーズは続編が次々と製作された。
結婚
元日産「ミス・フェアレディ」の女性と、英国で結婚式を挙げた。
「あぶない刑事フォーエヴァー」
シリーズはテレビスペシャル・映画として何度も復活し、長く愛され続けた。
「太陽にほえろ!2001」などに出演
刑事ドラマの名門シリーズにも参加し、ベテランとしての存在感を見せた。
「祇園囃子」に出演
テレビドラマでの幅広い役柄を演じ続けた。
大河ドラマ、そして石原プロ退任
平成18〜
NHK大河ドラマ「功名が辻」に出演
時代劇の大舞台にも進出した。
「東京大空襲」などテレビドラマに出演
日本テレビ開局55周年の記念ドラマなど、節目の作品にも招かれた。
石原プロモーションの取締役を辞任
長年所属した石原プロでの経営的な役割を退いた。
「エイトレンジャー」に出演
若い世代との共演作にも顔を出し、幅広い活動を続けた。
「さらば あぶない刑事」公開
「あぶない刑事」シリーズ最新作として再び大きな話題に。翌年のジャパンアクションアワードで受賞した。
— 「終わった人」でモントリオール世界映画祭最優秀男優賞
定年後の第二の人生を描いた主演映画が高く評価された。同年、ラグビーワールドカップ2019日本大会のPRキャプテンにも任命された。
勲章、そして現役を続ける
令和1〜
ニュージーランドを訪問
ラグビー元ニュージーランド代表のジョン・カーワンとの交流が番組で紹介された。
— 旭日小綬章を受章
長年にわたる芸能活動が評価され、国から勲章を授与された。
「剣樹抄」「生きて、ふたたび」に出演
NHK BSの時代劇・社会派ドラマにも出演を続けた。
「あきない世傳 金と銀」に出演
NHK BSの時代劇で治兵衛役を演じ、続編にも続けて出演している。
「あきない世傳 金と銀3」「コンビニ兄弟」に出演
76歳を迎えた今もテレビドラマで現役を続け、時代劇から現代劇まで幅広い役柄を演じている。