柳井の少年、福岡第一の司令塔へ
平成13〜
山口県柳井市に生まれる
姉が2人いる末っ子として誕生。6歳の頃からバスケットボールを始め、小学2年生で地元のミニバスケットボールチームに加入した。
小学6年生でミニバス全国優勝
4年生から先発を務め、6年生の時にはチームを1点差の接戦で全国優勝に導いた。柳井市立新庄小学校、柳井市立柳井中学校(全中ベスト16)を経て、バスケの強豪校進学を目指す。
福岡第一高等学校へ進学
県外の強豪・福岡第一高等学校に進学し、1年生から司令塔として頭角を現す。
— ウインターカップ2連覇、インターハイ優勝
在学中にウインターカップ2連覇(2018・2019年)、インターハイ優勝(2019年)を達成し、Wikipediaによれば福岡第一高校として全国大会でのタイトル獲得は通算4回に上る。ベストファイブにも複数回選出された。高校卒業を待たずして高校生No.1ポイントガードと評されるようになり、この評価がプロ入りへの道を開く転機となった。
B1史上最年少デビューから、大学中退でプロへ
令和2〜
— 三遠ネオフェニックスでB1史上最年少デビュー
高校在学中の1月20日、三遠ネオフェニックスと特別指定選手契約を締結。1月25日の千葉ジェッツ戦で18歳8カ月23日でのB1リーグ最年少出場・最年少得点を記録し、この記録更新でプロの舞台に本格的に名を知られる存在となった。
高校卒業、東海大学へ進学
福岡第一高校卒業後は東海大学に進学し、大学バスケの傍らプロを見据えた活動を続けた。
横浜ビー・コルセアーズへ特別指定選手として初入団
横浜ビー・コルセアーズへの特別指定選手としての入団が発表された。2021年2月28日の川崎戦で当該シーズンの特別指定選手としての活動を終了し、16試合出場(1先発)、平均21.2分出場、6.0得点、2.3リバウンド、3.4アシストを記録して2020-21シーズン新人賞ベストファイブに選出された。
横浜ビー・コルセアーズへ特別指定選手として再入団
12月20日、前年に続き横浜ビー・コルセアーズへの特別指定選手としての入団が発表された。
— 東海大学中退を決断し、横浜とプロ契約
3月3日、横浜ビー・コルセアーズと2022-23シーズンの契約を締結し、在学中の東海大学は3月31日付で中退すると発表された。大学2年での中退という決断は、2年後に控えるパリ五輪出場を見据えたものだった。この契約締結によりプロ選手としての活動を本格的にスタートさせた。
横浜でMVP、日本代表の中心へ
令和4〜
バスケットボール男子日本代表デビュー
A代表に初選出されデビューを果たし、以降FIBAアジアカップ2022などに出場した。
— 2022-23シーズンでBリーグ史上初のMVP・新人賞ダブル受賞
6月2日の「B.LEAGUE AWARD SHOW 2022-23」で、平均19.5得点の活躍によりMVP・ベストファイブ・新人賞・アシスト王など6冠を獲得。MVPと新人賞のダブル受賞はB.LEAGUE史上初の快挙で、自身への使命だと受け止める言葉を語った。プロ2年目にして国内最高峰の評価を得たことで、日本代表の中心選手としての立場を確立した。
本人「いまでもこのMVPにふさわしいか不思議な気持ちでいるんですが、きっと今回の受賞は『実力が一番だった』ということではなく、これからのバスケットボール界を盛り上げていってほしいというメッセージだったり、使命を僕に与えてくださったのではないかと自分なりに解釈しています」 出典
自国開催のFIBAワールドカップ2023に出場
日本を含む共催で行われたFIBAバスケットボールワールドカップ2023に日本代表として出場した。
2年連続でベストファイブ・アシスト王
2023-24シーズンも平均20.9得点、アシスト王(2年連続)とベストファイブに選出され、横浜の中心選手として国内トップの地位を維持した。
— パリオリンピックに日本代表として出場
大学中退時から目標に掲げていたパリオリンピックに日本代表として出場を果たした。この五輪出場に先立つ7月7日には横浜ビー・コルセアーズがメンフィス・グリズリーズとのエグジビット10契約合意を発表しており、五輪後の9月6日に正式契約を締結してNBA挑戦が本格的に始動した。
NBA挑戦、Bリーグ出身の開拓者として
令和6〜
— グリズリーズでNBAデビュー、Bリーグ出身選手として史上初
9月6日にメンフィス・グリズリーズとエグジビット10契約、10月19日に2WAY契約を締結。10月26日のNBAデビューで日本人選手としては史上4人目、B.LEAGUE出身選手としては史上初のNBA選手となった。2024-25シーズンは22試合に出場し平均1.6得点を記録した。Bリーグ出身選手が初めてNBAの舞台に立ったことは、Bリーグでの活躍の先にNBAが確かに存在することを示す先例となった。
グリズリーズを離れ、ブルズと2WAY契約
6月29日(現地時間)/6月30日(日本時間)、グリズリーズからクオリファイングオファーを提示されず完全フリーエージェントに。7月19日にシカゴ・ブルズと2WAY契約を締結し、NBA2年目に臨んだ。
右下肢の負傷で契約解除、後に血栓と判明
2025-26シーズンのプレシーズン3試合目以降、右下肢の痛みで欠場。ブルズは「健康上の理由」として10月に契約を解除した。血栓が原因だったことは、2026年1月の再契約時にブルズHCビリー・ドノバンの説明で明らかになった。
3カ月のリハビリを経てブルズに復帰
投薬を含む約3カ月のリハビリを経て、1月7日(日本時間、現地1月6日)にブルズと再び2WAY契約を締結。1月31日のマイアミ・ヒート戦で公式戦初出場を果たし、6得点2アシスト3リバウンドを記録した。4月12日のダラス・マーベリックス戦ではキャリアハイの14得点を記録してシーズンを終えた。
— クリッパーズとエグジビット10契約、八村塁と同じ球団へ
ブルズがクオリファイングオファーを見送りFAとなった後、7月のサマーリーグではインディアナ・ペイサーズの一員としてラスベガスでプレー。8月10日(現地時間9日)、ロサンゼルス・クリッパーズとエグジビット10契約を締結し、同夏に加入した八村塁と同じ球団に名を連ねた。エグジビット10は開幕前キャンプに限定された無保証契約で、開幕までにツーウェイ契約へ昇格しなければ八村塁とロースターを共にすることはできない。
— パリ五輪以来2年ぶりに日本代表復帰
クリッパーズ入りと同じ時期に日本代表復帰も表明し、8月12日に代表チームへ合流。FIBAバスケットボールワールドカップ2027アジア地区最終予選を見据える。
本人「僕自身代表に復帰するのはパリオリンピック以来の2年ぶりとなるので、このチームで日本代表としてプレーできることにすごくワクワクしています。自分自身もチームの一員として、いいエナジーだったりとか経験をチームに還元できればいいな」 出典