淡路島の少年時代と早稲田大学
昭和29〜
兵庫県洲本市(淡路島)に生まれる
実家は洲本市街地でガラス屋「堀井ガラス店」を営んでいた。幼少期は弁護士を志望していたが、中学時代に漫画家志望へと転じた。
兵庫県立洲本高等学校で漫画研究会や水泳部などを掛け持ち
漫研のほか水泳部、ブラスバンド部(サックス担当)、生物部、茶道部を掛け持ちし、本気で漫画家を目指していた。夜更かしが多く、高校2年の出席日数210日のうち197日遅刻するほどだったという。高校3年の夏休みには漫画家・永井豪の仕事場に原稿を持ち込みアシスタント入りを志願したが断られ、「とりあえず大学にでも」と受験勉強を始めた。歴史が不得手で数学が得意だったことから、受験科目に数学がある早稲田大学第一文学部を選んだ。
早稲田大学第一文学部に入学、漫画研究会に所属
在学中の1972年、川口大三郎事件をめぐる混乱で大学が1年間ロックアウトされ休校になり、以後の学生生活に影響を及ぼした。漫研仲間には後にゲーム仲間となるさくまあきら(当時立教大学)らがいた。
漫研仲間との共著本執筆でフリーライターの活動を始める
出版社から「早稲田の漫研について書いてほしい」と依頼を受け、漫研仲間のえびなみつる・柳澤健二らと2冊の書籍を執筆。これを機にフリーライターとして活動を始めた。「冒険グループ」名義で書いた『いたずら魔』がテレビ業界の目に留まり、一時は放送作家的な仕事もしていたという。
バイク事故で重傷を負い、半年休学して療養
バイク事故で内臓破裂の重傷を負い、3か月入院。その後帰郷して療養生活を送り、大学を半年休学した。
早稲田大学を卒業、フリーライター業を再開
生活が成り立つとの理由でフリーライター活動を再開。この頃、さくまあきらの紹介で『週刊少年ジャンプ』編集者・鳥嶋和彦(鳥山明の担当編集者)と知り合い、ゲーム仲間として親交を深めた。
フリーライターからゲームクリエイターへ
昭和54〜
『月刊OUT』の読者投稿コーナーを担当
みのり書房『月刊OUT』で読者投稿コーナーの一つを担当。投稿者管理のためにパソコンを導入したことがきっかけでパソコンゲームにのめり込み、自作を始めるようになった。
エニックスのゲームコンテストに応募して入選、中村光一らと出会う
担当コーナーを「ゆう坊のでたとこまかせ」に改題し人気を得る。同年、鳥嶋から依頼されたエニックス第1回ゲーム・ホビープログラムコンテストの取材を機に、自作のパソコンゲーム『ラブマッチテニス』を応募して入選プログラム賞を獲得。授賞式で森田和郎・中村光一と知り合った。これが後の『ドラゴンクエスト』開発チームの原点となる。
— 『ポートピア連続殺人事件』を手がけ、渡米先で本場のRPGに触れる
パソコン用アドベンチャーゲーム『ポートピア連続殺人事件』を手がけ、ゲーム界にその名を知られるようになった。同年、エニックスが堀井や中村光一らを米国のApple関連見本市「アップルフェスト」に派遣。ここで本場の欧米RPGに触れた体験が、後の『ドラゴンクエスト』開発の直接のきっかけとなった。
推理アドベンチャー『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』を発表
『ポートピア』に続く推理アドベンチャーゲームを発表し、シナリオライターとしての評価を固めた。
『軽井沢誘拐案内』発表、『週刊少年ジャンプ』でコラム連載開始
推理アドベンチャー『軽井沢誘拐案内』を発表。同年8月からは『週刊少年ジャンプ』でコンピューターゲームを紹介するコラム「ファミコン神拳」の連載を1988年まで担当した。
『ドラゴンクエスト』誕生と社会現象
昭和61〜
— 『ドラゴンクエスト』発売、ファミコン初の本格RPGに
堀井がシナリオとゲームデザインを、鳥山明がキャラクターデザインを、すぎやまこういちが音楽を、中村光一率いるチュンソフトがプログラムを担当。「ファミコン初の正統派RPG」として発表され、以後シリーズ化されていく。シナリオの著作権は堀井個人ではなく自身の会社「アーマープロジェクト」が保持しており、著作権表記には第1作から「ARMOR PROJECT」の名が入っている。堀井はエニックス(後のスクウェア・エニックス)の社員ではなく、この会社を通じて独立した立場でシリーズに携わり続けている。
『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』発売
パーティープレイや船での移動を導入し、シリーズの世界観に広がりを持たせた第2作。
— 『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』発売、社会現象と呼ばれる人気に
発売当日、都市部の店舗前には徹夜組を含む大行列ができ、学校を休んで買いに行った小中高生が全国で警察に補導される事態となった。この社会現象を機にRPGはパソコンマニアのジャンルから家庭用ゲーム機の主要ジャンルへとパラダイムシフトを起こし、以後のシリーズ本編は発売日を土日・祝日にする方針となった。堀井自身もこのヒットを機に肩書を「フリーライター」から「ゲームクリエイター」に改めた。
『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』発売
章立て形式のストーリーを採用した第4作。
ボードゲーム『いただきストリート』発売
「お互いにボードゲームを1つ作ろう」とさくまあきらと競作し、堀井がデザインしたのが本作。さくまが手がけた『桃太郎電鉄』とはシリーズの好敵手として並び称されることになる。
『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』発売、主人公の半生を描く
主人公が幼年期から青年期を経て結婚し、子を持つ父となるまでの半生を一貫して描いた作品。ビアンカかフローラのどちらと結婚するかを選ぶイベントが話題を呼んだ。
『ドラゴンクエストVI 幻の大地』発売
現実世界と夢の世界という2つの世界を行き来する構成を採用した第6作。
『ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド』発売
ゲームボーイカラー用に発売されたモンスター育成スピンオフで、シナリオ・ゲームデザインを担当した。派生シリーズの人気を確立する作品となった。
『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』発売
プレイステーションに初めて進出したナンバリング作品。
スクウェア・エニックス時代と国民的シリーズの定着
平成15〜
エニックスとスクウェアが合併、スクウェア・エニックス発足
『ドラゴンクエスト』を擁するエニックスと『ファイナルファンタジー』を擁するスクウェアが対等合併し、新会社スクウェア・エニックスが発足した。
『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』発売
シリーズ初のフル3Dグラフィックを採用した作品。
ふるさと納税で洲本市への寄付を開始
ふるさと納税の制度を利用して郷里・洲本市に950万円を寄付。以後も毎年寄付を続け、合計1億円に達した。
『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』発売、ファミ通アワードMVPを受賞
ニンテンドーDS用として発売され、発売3日後の7月14日時点で出荷本数300万本を突破。同年のファミ通アワードでは個人にMVPが贈られた。
東京ゲームショウ「日本ゲーム大賞2010」で経済産業大臣賞を受賞
ゲーム産業への貢献が評価され、経済産業大臣賞を受賞した。
『ドラゴンクエストX オンライン』発売、シリーズ初のオンラインタイトルに
シリーズで初めてMMORPGとして発売され、以後10年以上にわたりサービスが継続する長寿タイトルとなった。
私生活を巡る報道、前妻と離婚
長年連れ添った配偶者と離婚したことが後に報じられた。
『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』発売
PS4・ニンテンドー3DS向けに発売されたナンバリング第11作。同年、以前からゲーム開発に関わりのあった女性と再婚したことも報じられた。
洲本市の名誉市民に選定される
2017年12月に洲本市議会が選定に同意し、2018年2月に正式に名誉市民号が授与された。
近年の活動、そして最新作へ
令和1〜
位置情報RPG『ドラゴンクエストウォーク』配信開始、大ヒットに
現実の街を歩いて冒険するスマートフォン向け位置情報RPGとしてゼネラルディレクターを務め配信開始。累計ダウンロード数1000万を超える大ヒットとなった。
『ドラゴンクエストXII 選ばれし運命の炎』発表
シリーズ35周年記念特番で発表されたナンバリング第12作。堀井は「大人向けのドラゴンクエスト」とダークな作風を予告していた。同年9月30日には音楽を担当してきたすぎやまこういちが死去している。
ゲーム・デベロッパーズ・チョイス・アワードで個人賞を受賞
第22回同アワードのLifetime Achievement Award(個人賞)を受賞した。
キャラクターデザインの盟友・鳥山明が死去
『ドラゴンクエスト』のキャラクターデザインを1作目から手がけてきた鳥山明が死去した。同時期、スクウェア・エニックスが2024年3月期に多額の特別損失を計上したことも重なり、『XII』の開発中止説が一部で取り沙汰された。
— HD-2D版『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』発売
ドット絵と3DCGを融合させた「HD-2D」表現で1988年の原作をリメイク。翌年にはHD-2D版『I&II』の発売も予告された。
文化庁長官表彰を受ける
ゲーム作家としての功績が認められ、文化庁長官表彰を受けた。
ドラゴンクエスト以外の新作『転生ゲーム(仮称)』を発表
『ブルーロック』の原作者・金城宗幸と初めてタッグを組み、堀井がアドバイザー、金城が企画原案を務めるすごろくゲームを発表。死後の世界を舞台に友人同士で蹴落とし合いながら転生を競う内容で、開発はアルテピアッツァ、2026年内にNintendo Switch向けに発売予定。ドラゴンクエスト以外の分野で堀井が新作に名を連ねる数少ない例となった。
HD-2D版『ドラゴンクエストI&II』発売
「ロト三部作」の前2作をHD-2Dでリメイクした作品。
— 秋の叙勲で旭日小綬章を受章、ゲーム作家として初
日本の芸術文化におけるロールプレイングゲームの先駆者としての功績とゲーム産業振興への貢献が評価され、ゲームクリエイターとして初めて旭日小綬章を受章した。「ドラクエはライフワークです。今は40年ですけれども、なんとか50年まではいきたい」と語った。
『ドラゴンクエストVII Reimagined』発売
2000年発売の『VII』を新たに作り直したリメイク作品。
— 『ドラゴンクエストXII』を新体制で作り直し、「夢の彼方へ」に改題
2021年発表の『選ばれし運命の炎』は開発の中で様々な模索が続き、ナンバリング作品のあるべき姿を突き詰めた結果、新しい開発体制で作り直すことが決まった。改めてサブタイトルを『夢の彼方へ』とし、堀井は「ダークではなくて明るくワクワクするような世界が広がっている」とコメントした。
創作論『堀井雄二のドラゴンクエストのつくりかた』刊行
塩崎剛三との共著で、40年にわたるゲーム作りの考え方やノウハウを自ら解説する創作指南書。2026年7月17日発売。
72歳の現在も『ドラゴンクエストXII 夢の彼方へ』の制作を継続
新体制で作り直した『ドラゴンクエストXII 夢の彼方へ』の開発を、シリーズの生みの親として第一線で見続けている。